第21話 美しい日用品

ブンブクは、どうやら食後のお茶が好きな様子だ。

それは数日の間、必ずこの鍋狸が、食後にお茶を飲んでいる事からも明らかだった。


「ああ、今日の茶はとくにうまいな」


「なんで?」


「旨い天ぷらを食べた後だからに決まってんだろうが。茶を飲むと口の中がさっぱりするから、気分がいい」


修二郎は、茶に口臭とかいうのの改善の力があるとか言ってたぜ、とどこから聞いたのかわからない情報が、鶴にもたらされる。

そうだ、と鶴は思い出した。あの、鑑定集団に出すものを、見繕ってもらえているだろうか。


「ねえ、ブンブク」


「何だぁ?」


綺麗な緑のお茶を、適温という名前の、熱くも冷たくもない、常温よりもやや温かい程度のお茶を、二杯も飲んでいるブンブクは、首を傾げた。

なんだ、と問いかけてくる視線が、いつも通り、純粋だ。

こんなに純粋な目をしているのに、ブンブクは推定年齢六十歳以上なわけだ。

鍋釜は人間と違って、成長しないところも大きそうだ、とかなり変な事を考えながらも、呼びかけた中身を言う。


「鑑定集団に出してもらえるもの、決まった?」


「おお、そうだったな、それがなあ、綺麗なものも汚いものもいっぱいあってな、ついつい目移りしちまって」


お茶の入った湯飲みを空にした後、ブンブクはダイニングテーブルの脇、ちょうど酒蔵の入り口の左側の、床を尻尾で叩いた。


「やっぱりにぎやかしだから、綺麗な物がいいだろう。そう思って三通り、選んでみたんだ。この箱の中に入っている」


鶴は言われるがままに、床に置かれていた木箱の中を覗き込んだ。

なんとなく、古めかしい天鵞絨の箱が入っている。かなり大きい箱だ。

いかにも値打ち物の予感しかしないのだが、こんな物がぽんと置かれている厨に、鶴はめまいがしそうになった。

管理がずさんすぎやしないだろうか、という思いを抱きつつ、鶴はその箱を取り出した。


「箱が見栄っ張りなわけじゃないの」


「開けりゃわかる」


ブンブクが、さあ開けて見ろ、と言いたそうな顔をするものだから、鶴はその箱の留め金を外し、留め金にさえ細かい打ち出しの模様が入っている事実と、箱の持ち手にも黒檀と思われる木材が使われている事に気付いた。

もしかして本当に値打ち物? 

と言った事が頭をかすめたものの、見かけ騙しの箱に入っている、がらくたなんてそれこそ、鑑定集団は見飽きている物のはずだ。

これはいいにぎやかしになるかもしれない、といった意味で期待した彼女は、開けた途端に目に飛び込んできたガラス瓶に、口が開いた。


「うそ、きれい……」


その箱に入れられていたのは、美しい栓を持った、これまた美しい吹きガラスの瓶だった。

それぞれに趣向が凝らされており、四点で一つのセットになっているものと思われた。三点の瓶と、一つ空白が、ある。


「春夏秋冬、っていう風に考えられてるって話だったな」


ブンブクが記憶をあさったような声で言う。吹きガラスの瓶は、春には華やかな花、秋には見事な落ち葉にどんぐり、といった風に模様が入っており、それらが照明の灯りに透かすと、きらきらと見事なくらいに光っていて、ダイニングテーブルの上には、空かされた光が見事に煌いていた。


「これ、夏はないの」


ガラスだもの、割れていても不思議ではない。


「夏はあれ」


鶴はしばし沈黙した。その沈黙を気にしない鍋狸はさらに続けた。


「修二郎が喜んで、これはいっとうお気に入りだから、洗剤入れにするって言って、それから……台所用洗剤の入れ物になってんだ」


「爺様何やってんの!?」


「何か入ってる方が綺麗だって、譲らなくてな。台所洗剤の透ける青さがいいとかなんとか、あいつぁ言ってたなあ」


鍋狸が指さしたのは、台所のシンクであり、確かにそこには、貝殻模様の線も美しい瓶が、台所用洗剤の半透明な青色で半分満たされている。

確かに青い洗剤で満たされた瓶は、一層美しい。

聞きたくなかった事実だ。というか何も考えずに、ずいぶんと綺麗な詰め替えの瓶だな、と思っていた自分が嫌になる鶴であった。


「こんなきれいな物なのに、日用品と同じ扱いしてどうするの」


「だってこれ日用品として売られてたんだぜ」


何言ってんだつる、と言いたそうな声でブンブクが言う。


「日用品として売られてたって……」


こんな日用品は聞いたことがない。

爺様の傘よりも理解しがたい。だがブンブクは、ちょいちょいと耳をかいてから、言うのだ。


「これ、人間がでかい戦争する前に、美しい日用品を台所にっていうのを流行らせようとした雑誌が、腕のいい工房に頼んで作らせたものだし。修二郎が買ったのは戦争が終わって、おいらと出会ってからだったけどよ、その工房で、使われないで、融かして新しいガラスにするってんで、修二郎がそれなら売ってくれ、こんなきらきらした瓶は人生で一度も見た事がない! って見とれて顔を真っ赤にして、ほしいほしいって言って、倍の値段で買って来たんだ」


「その工房は、その時はこういったものを売らなかったの?」


「その当時、華美な物は人生の敵だって感じが残っててな、戦争の名残だ。だから綺麗な物は売る事で批判されてたからよ、そこの工房も材料がないからガラスが作れないってんで、在庫の瓶とか、融かし直して作ってたんだ」


「こんなきれいな物を溶かして、どこにでもあるリサイクルガラスにしようとしたの」


今の感覚ではとても信じられないが、ブンブクは真顔で頷いた。


「それが戦争ってものの怖さだよ。価値観が狂うし、本当の値打ち物が壊されんだ」


「ブンブクは金属だから狙われなかったの」


「狙われるっつうか……軍隊に入ってたぜ」


「そっか……ブンブクの材料って軍隊のものだったんだ……」


ブンブクは人間同士の戦争ののちに、きっと軍用品がとかし直されて作られたものなのだろう。

鶴はそういう風に納得した。

きっと上官の言っていた自動機巧としての性能も、その際に作られたのではないだろうか。

でもそうすると、制作年代がちょっと合わないような気がするが……戦争の後、まだ作っている職人が生きていた事に作られたのかもしれない。

扱いやすい素材に、自分の技術を最大までつけたというのが、きっとブンブクの造り主の感覚だったのだろう。

鶴はうんうんと頷いた。


「おいら材料とかそういう話じゃねえんだけどよ……」


だが鍋狸は妙に不服そうで、それがどこかおかしかった。

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