第29話 健康は食事から
準備は完璧だ。昨日のうちにクレバには大臣当ての手紙を持参させて送り出した。
目的は幾つかある。
聖女イベントが発生したということは、リグテリア帝国――王宮内に伝わる伝説の薬草の採取が可能ということだ。
オール草は100年に一度、聖女が誕生する日に王宮の地下庭園に咲くと言い伝えられている万能薬だ。
これをクレバに取ってきて貰えれば、重度の患者が居たとしても問題はない。
オール草と聞いた途端、クレバとアゼルが驚いていたのには俺も驚いたが、どうして彼らがオール草のことを知ってるかは今は問題じゃない。
お次はマーカスへの伝言。
クレバにはマーカスへの伝言も頼んでいる。
マーカスにはアメストリア近郊にいる商人達を動かしてもらうつもりだ。
商人達に運んで来てもらうものは3つ。砂糖と塩、それに果実だ。
アメストリアにもそれらはあるが品薄だ。
特に砂糖は貴重で、そう多く出回っていない。
だからこそ、商会に直接頼む必要がある。
最後は革命軍に大量の魚を用意してもらう。魚の調理はジェネルとシェルバちゃん指導の下行えば問題ない。
この機会に魚介の美味しさもアメストリアに広めてやるぞ。
「おお、実に立派な大樹だな!」
「ちょっとジュノス殿下、本当にこれを駆除できるのかしら?」
早朝、俺達は王都ストリアから南西に数キロほど行った先にある小さな村、フレマセルへとやって来ていた。
フレマセルには巨大な大樹がそびえ立っている。
「ああ、楽勝だよ。つっても、俺が駆除する訳じゃないけどね」
「あなたがしないって……なら誰がするのよ!」
「ステラだ!」
「えっ!? ちょっ、ちょっと待って欲しいの! いくらダーリンのお願いでもステラは木コリさんじゃないの!」
「ああ、それなら問題ない。ただステラにはあの大樹に触れてもらうだけでいいんだよ!」
「触るだけならステラでもできるのっ!」
――じーーっ。
あかん……レイラもエルザもジト目で俺を睨みつけている。
まったく信用してないな。
まぁ、ステラが聖女だなんて説明したところで、信じる奴なんていないよな。
でも、聖女ステラが呪われた喰魔植物に触れることで、その邪気が浄化されて消えるのもまた事実。
ゲーム時代はこのことが原因で、彼女が聖女であることが帝国全土に知れ渡る。
結果、彼女は帝国内において絶大な地位と権力を手に入れることとなるのだが、今回はそうはさせないぞ。
ステラが図に乗ると面倒だからね。
「それでダーリン、ステラが触ればいいの?」
「うん。ステラの体を通して、そこから俺の王子パワーを大樹に流し込むんだよ!」
「ちょっと、何で彼女じゃなけゃダメなのよ!」
「そうですよ! それならレイラ様でも良いのでは?」
うわぁ、面倒臭いな。
適当に誤魔化そっと。
「この術は帝国の王子である俺が、帝国育ちの貴族にしかできない決まりなんだよ」
「それなら……仕方ありませんわね」
「ステラとダーリンの愛の共同作業にケチをつけるのは感心しないの!」
「なっ!? あなたは黙ってなさい!」
「ふんっ!」
「ちょっ、髪当たってるのよ! 気をつけなさいっ!」
「あははは……」
ドリル対鞭か……凄い絵図らだな。
ステラが大樹に触れたタイミングを見計らい、俺はインチキ霊媒師の如く両手を彼女へと向ける。
適当に呪文ぽいのを唱えながら、念力を送る振りをする。
「アダムスアダムスプププノプー!」
「キャッ! 感じるの……ダーリンのステラを思う愛の力を背中いっぱいに感じるの!」
嘘つけっ!
何も感じる訳ないだろ。それはただの思い込みだ。
俺は何もしてないんだから、ったく。
「す、凄いわ!」
「信じられません!」
「まさか、ジュノスにこのような魔の力があったとは!」
「ジュノってやっぱり凄い!」
「さすがジュノス殿下です!」
「オイラ……弟子になりたいぞ!」
「あはは……はは」
何か皆を騙しているようで申し訳ないな。いや、騙しているのだが……。
しかし、実際に見ると本当に凄いな。
ステラの聖女パワーで木が発光して、電気が通ったように根が光を放っている。
まるで蛍光灯だな。
燐光を放つ根が粒子のように弾けて消える様は、まるでシャボン玉のようだった。
陽の光を反射して、燦然と輝くそれらがアメストリア中を神秘な光で包み込んでいく。
「愛の輝きなの!」
まぁ……強ち間違いではない。
これはステラに与えられた慈悲の愛という設定だからな。
彼女本人からは慈悲の欠片も感じられないのが残念だが……。
「終わったな」
「す、凄いわ、ジュノス殿下!」
えっ!? レイラの目が凄くキラキラしている。
これまでのレーザー光線のようなそれとは少し違うな。
ちょっとは信用してもらえたのだろうか?
「私はあなたを誤解していたのかも知れませんわね」
なんか……非常に申し訳ないな。
「い、いや、それよりステラにも労いの言葉を……」
「そうですわね!」
ハァー……アメストリアを、レイラを救ったのは俺ではなく彼女なんだ。
俺以上に彼女が感謝されないと……何か申し訳ないよ。
「ん……?」
ステラにお礼を言いに行ったレイラが激昂なさっている。
あのバカは何を言ったんだよ。
「ジュノス殿下、この次は……」
「ああ、一度王都ストリアに戻って炊き出しの準備だ! 食べることが体力の回復には欠かせない。弱っている者には水分を、元気な者には空腹を満たす食事が必要だ!」
健康の秘訣は栄養のある美味しいものを食すことにある。
その点、OS2と魚は完璧だろ。
呆然と立ち竦むジェネル達にも声をかけて、急いで王都へと帰還する。
王都に戻れば既に多くの商人達の姿がある。
彼らを雇うのにとんでもなく出費してしまったが、アメストリアがお得意様になればすぐに元は取り返せるだろう。
街の人々は先程のジェネル達同様、神様でも降りてきたのかと思わず聞いてしまいそうになるほど、晴れ渡る青空を呆然と眺めていた。
そんな中、俺はてきぱき働く。
すべてはバッドエンドを阻止するため。
商人達にOS2の作り方を伝授し、ジェネル達は魚を調理する。
一部の商人が大量の米を荷馬車に乗せていたので、それを使って寿司も作る。
決して、俺が久しぶりにお寿司が食べたいとか……食べたいとか、食べたいとかではない。
断じて違う!
お寿司は米と酢、それに生魚だけで手っ取り早く作れるから便利なだけだ! 本当だ!
「お父様!」
「ん……?」
「ジュノス殿下! これは……そなたは本当に……」
まるで幽霊でも見てしまったって顔してますよ、陛下。
「陛下も是非召し上がって下さい! とても新鮮で美味しいですよ」
「ああ、ああ! ……これは美味い! どれも絶品だな!」
「お気に召して頂いて光栄の極みでございます」
これでアメストリアはもう大丈夫だろう。
と、なると。
残る問題はセルバンティーヌだな。
あいつはきっと帝国の裏切り者……俺をバッドエンドへと
喰魔植物の種を王宮から盗み出せる奴なんて限られている。
黒幕を捕まえないと、また事件を起こされかねない。
それに、今回の喰魔植物事件が帝国の不祥事だとアメストリア側に知られれば、賠償金はもちろん、外交問題にも発展しかねない。
そうなれば戦争も……あり得るな。
まずはセルバンティーヌにゴマでも擦って、言わないで貰えるようにお願いしよう!
温かいものでも差し入れすれば、話しくらい聞いてくれるだろ。
適当にその辺の出汁でも持ってくか。
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