第6話 紙芝居から病棟にキャラクターたちが抜け出てきた

 結果からいうと、その週末に行われた窓越し紙芝居は大成功だった。


 早々に、メーカーの担当者によって医療機器には影響がないことが確認されたワイヤレスマイクやアンプ、スピーカーを使って、森一の部屋で、森一と優哉と花帆が上演する紙芝居の声が坊やの部屋に届けられた。


 窓枠いっぱいに拡大された森一の描いた絵と三人の熱演もあって、ドラゴンマンのピンチの場面では、坊やが思わず応援の声をあげるほどの坊やの熱中ぶりだった。


 思いがけないことに、その声に気づいた他の部屋の子どもたちも、森一の部屋の窓でキャラクターが戦う紙芝居の絵を見つけてしまい、終演には向かいの病棟のたくさんの窓から拍手を受けることができた。


 が、多くの子どもたちが途中から見たので、子どもたちと保護者、そして病院からの要望に応え、森一たちは再度最初から上演することになってしまった。とはいえ三人には嬉しい、予定外のアンコールである。


 森一の向かいの病棟は、ほとんど病室から出ることができない子どもたちが多い、と遥から聞いていた。これがどんな役に立つのかはわからないが、週明けに森一の元に届いた手紙は、向かいの病棟の子どもとその親御さんからのお礼や

「絶対元気になるよ」という誓いや約束の前向きな手紙だったことに少なくともホッとできた。


 その1枚1枚を、それぞれ今日3回目の読み返しになるが、まったく飽きることはない。繰り返し手にとって、手紙を読んでいる森一の耳に突然、向かいの病棟で子どもたちがあげた歓声が届いた。


 週明けの今日は、ドラゴンレッドが白衣をまとい、首に聴診器をかけて真向かいの部屋の坊やの診察に行くことになっている日だ。


 紙芝居で見て応援したキャラクターが自分たちの病棟に、実際にやってきたのだ。それも病院の先生として廊下を歩いている。子どもでなくても驚くだろう。


 週末、紙芝居の上演を手伝いに来てくれていた海嗣にも、この試みを話をした時


「シン、すげえこと思いつくな。その日は俺、他の現場があって行けないけど、前日までには全部、優哉君に渡しておくわ。」と快く協力してくれたので実現できた。


 森一が向かいの窓を見ると、行儀よくベッドに座った坊やが、服の前を開いてドラゴンレッド先生に胸の音を聴いてもらっていた。


「もう服を閉じていいよ」とドラゴンレッド先生が、坊やに声をかけたのだろう。


 坊やは、おぼつかない手つきながらも自分でボタンを閉め始めた。

 その耳元にドラゴンレッド先生が顔を近づけて何かをささやくと、坊やが弾かれたように向かいの窓から見ている森一を見つけて、森一に笑顔で手を振った。


「おじさん、ありがとう」今まで聴いた坊やの声の中では、ドラゴンマンの応援をしてくれた時の声と同じくらい大きく、明るい元気な声だ。

 ふと嬉しくなる森一。


 そして次に用意していることへの、坊やのリアクションを想像して口元を緩めた。


「ああ、何か企んでる顔だ。」

 と言いながら、今日は勤務中の遥が、森一の部屋に入ってきた。


「検温です。もう、このおじさんの企みのおかげで、お向かいの病棟は今までにないくらいの大騒ぎですわよ。親御さんも先生や看護師さんたちも喜んでるわ。あれから数値がよくなった子もいるんだって。よかったわね。あ、第二弾発動中ね。」


 向かいの病棟でまた新たな歓声が上がるのを聞いて、遥が向かいの病棟に振り返る。

 エプロン姿でお昼ご飯の配膳用のワゴンを押して、各病室に食事を配るドラゴンイエローの姿が見えた。


「36度5分。平熱ね。気になるところはない?」遥が森一に聞く。


「特にないな。」


「では、お大事に。午前の勤務が明けたら非番になるけど、何か必要なものはない?」


「特にないな。あ、あいつらと食事に行っていいもの食わせてやってくれないか。」


「そうね。病気と闘うヒーロー、ヒロインの子どもたちの援軍、サポートに、あのお二人大活躍ですもんね。あの病棟であんな歓声久しぶりだわ。」


 と遥は、まだ歓声の上がる向かいの病棟を指差して言い残し、病室を出て行った。


 森一が真向かいの坊やの部屋を見ると、ちょうどドラゴンイエローが、坊やの食事をベッドのテーブルに届けているところだった。

 顔は見えないが坊やが喜んでいる様子は、ドラゴンイエローの隣に立って見守っているお母さんの表情でわかる。


 どうやらドラゴンレッドも、急遽全病室を診察に回ることになったようだ。


 そこで森一は、彼らより先に食事を済ませることにした。そして早めに片付けて枕元に積まれた手紙の中で、まだ3回目を読んでいない手紙に手を伸ばした。


「これは、俺が退院するまでにもう一つくらい作った方がよさそうだな、紙芝居。」


 寄せられた子どもたちの何枚もの手紙を、何度も読み返しながら森一は呟いた。


 ふとそこに、窓から一輪の風が吹き込み、森一のもとに白い紙飛行機を1機送り届けてきた。


 紙飛行機を開くと子どもの字で書かれた手紙だった。


「おじさんへ。かみしばいたのしかった。どらごんまんありがとう。なつやすみがすんだらそとにでられます。そしたらいっしょにあそぼう。」と書いてある。


 真向かいの窓を見ると、ちょうど窓が閉まった後で、坊やがお母さんに促されて奥に入っていっているところだった。


 森一は、紙飛行機の手紙を高く上げて「坊や、約束だぞ。」と見えなくなった坊やに向かってつぶやいた。

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