ヘンリーウォルターと悪霊の庭

ただみかえで

第1話 ヘンリー少年

 深い深い森の奥。

 ひっそりと小さな教会が建っていた。

 およそ人の訪れることの少ない場所ではあったが、その主な役割は墓守であり、賑わいは必要なかった。


「ヘンリー? おい、ヘンリー?」

 教会の更に奥、木々が鬱蒼と茂り昼でもほとんど日が差さない辺りに墓があった。

 そこへ一人の神父が名を呼びながら歩いていく。

 無精髭にボサボサの髪、昼間から酒でも煽っているのか思われるおぼつかない足取り。

 身にまとうものが神父服でなければ、森に住み着く浮浪者と思われても仕方がない風貌だった。


 墓地には、大小様々な墓石が立ち並んでいた。

 いや、立ち並ぶというほど整然としておらず、乱雑に石が転がっていると言ったほうが正しいかもしれない。

 大きな教会でしっかりとした墓を作れないような者たちの墓がほとんどだからだ。


 その中に一つ。

 最近できたと思しき小奇麗な墓石の上に、一人の子供が座っていた。

 布に穴を開けただけのボロを着たその姿は、一見すると男なのか女なのかわからない。


 子供は名をヘンリーと言った。

 声変わりの遅れた声は少女のようであるが、明日には15になろうかという少年である。


「……うん、そう。

 へぇ……そんなことが……」

 ヘンリー少年は、墓石に座りながら虚空を見つめて言葉を発している。


「……お前、またそんな格好して……」

「ああ、神父さん、おはようございます。

 この服、楽でいいんですよ?」

 呆れたような声など意にも介さず、ボロ布を掴みながらヘンリーは神父へ答える。

「あのなぁ。

 お前、自分がなんて呼ばれているか知っているか?

 『おばけ教会の幽霊少年』だぞ?」

「えー、でも『おばけ教会』はボク関係なくない?」

「うぐ……」

 痛いところを突かれ、つい黙り込んでしまう。

 壁には蔦が這い回り、崩れかけていても修復はされず、日の光も届きにくい森の中の教会は、周囲からは『おばけ教会』と呼ばれていた。

 その横に墓地があるものだから余計だ。

「いや、だが『幽霊少年』はお前だろうが!

 服だっていろいろ買ってやったろう!

 誰かに見られたら虐待だって――」

「どうせ誰も来ないから大丈夫だよ。

 それに、格好、で言ったら神父さんだってだらしないじゃん」

「お、俺はいいんだよ」

「『どうせ誰も来ないから』でしょ?

 だったらいいじゃん」

「……ちっ、ほんと口の減らないガキだ」

 どうやら、口喧嘩はヘンリーの勝ちのようだった。


「そうそう、ボブおじさんがまた奥さんに会いに行って怖がられたんだって。

 ミネバおばさんは怖がりなんだからやめなよ、って前にも言ったんだけどね。

 どうも忘れちゃったみたいで」

 勝ちに気分をよくしたのか、ヘンリーが虚空を指しながら・・・・・・・・続ける。

「お前……またそんなことしてたのか……」

 にこやかに話すヘンリーと対象的に、神父の顔が曇っていく。

「あのな、前に言ったことを忘れてる、って話じゃお前も同じだ。

 いいか?

 普通の人間は、幽霊・・なんて見えないし、話だってできない。

 お前のその力は、生きていく上で必要のないものなんだ。

 街へ出て同じこと言ってみろ、一発で変人扱いだぞ?」

 なんでもないように言うヘンリーに、神父は諭すように言う。

 だが、それは逆効果だったようで、

「いいよ!! ボクはずっとここにいるし!!

 父さんと母さんのお墓を守って生きていくんだ!」

 一転。

 神父の言葉に反発するように声を荒げると、そのまま教会の方へ走って行ってしまった。

「お、おい! ヘンリー!!

 ったく……」


「……ブレナよ……厄介なこと押し付けてくれたもんだよ……」

 ヘンリーを見送る神父が誰ともなく呟く声は、風に流れていった……。



 ヘンリー少年は、ごくごく普通の家庭に生まれたごくごく普通の少年だった。

 ただ一つ、幽霊とコミュニケーションが取れる、という点を除いて。


 その力が初めて現れたのは5歳のときだった。

 父方の祖父が他界したその葬儀の場にて、祖父からの言葉を伝えたのだ。


 最初はただの子供の悪ふざけ、として、不謹慎だと怒られた。

 だが、祖父と当事者のみしか知らないような事柄まで話し出すものだから(しかも、とりわけ誰にも知られたくない事柄を)、一気に気味悪がられ、忌避されるようになった。

 思わぬ暴露に『悪魔憑きだ!!』と罵る者まで出る始末。


 だが、両親はそんなヘンリーを変わらず愛した。

 そして、親戚や他人からの悪意から守り通したのである。


「いいかい、ヘンリー。

 君の力は決して悪いものではない。

 将来、きっと人の役に立つ素晴らしい力だ。

 けどね。

 使い方によっては、人を傷つけてしまうことにもなる。

 だから、正しい使い方を身につけるまでは、決して人前で使ってはいけないよ」

「うん、わかった!!

 でも……『正しい使い方』ってどうしたらいいんだろう……?」

「そうだね。

 君が15歳の誕生日を迎えた時、また話をしよう」


 しかし、そう言った父はヘンリーが13歳の誕生日を迎える前に交通事故により他界した。

 同じ車に乗っていた母も、帰らぬ人となった。


 ただ、その事故にはおかしな点が3つあったという。

 一つ、夜の遅い時間とはいえとても見通しのよい道路であったこと。

 一つ、真っ直ぐな道で対向車もいなかったにも関わらず、反対車線のガードレールに突っ込んでおり、ブレーキ痕も見当たらなかったこと。

 そして、最後の一つ。

 遺体は全て燃え落ちており、残った骨が二人分にしては足りなかったこと……。

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