懺悔
例えば自分が人を殺したとしたら、エドワードはなにを思うだろうか。自分を慈しみ育ててくれたマダムのこと。それとも、自分を殺しかけたあの悪魔のこと。
その悪魔が、エドワードの眼の前で仰向けになって転がっている。死体の後方には荒い息を吐くルカがいて、ルカが描いた大切な壁画が血に濡れていた。
ルカが血まみれの手で壁画の悪魔をなぞったのだ。
「銃で腹に穴開けるとか、何考えてるのっ……?」
震える声が喉からあがってしまう。その言葉にルカが笑う。
死体の始末をルカと一緒にしろとマダムの命令でやってきて、エドワードが見たものは信じられないものだった。かつて自分を飼っていて、自分を殺そうとした男がルカの側で死んでいて、そんなルカが腹から血を流して死にそうな状態でいる。
「ねえ、何があったんだよっ!」
駆け寄ってルカに叫んでも、ルカは青白い顔をあげ弱々しい微笑みを浮かべるばかりだ。
「いや、なんかこいつ殺したら生きてることもどうでもよくなってさ、どうせあの人を傷つけるのなら、僕が死ぬのが正解だって分かったんだ。いいや、始めからそうすればよかった……。そうすれば、ダラスも君もマダムも、こんな思いつきの復讐に巻き込まなくてすんだもの……」
「ここで死なれちゃ困る。僕の大切な家なんだ。っていうか、死んだらマダムに僕が叱られるっ!」
とっさにエドワードは纏っていたシャツを脱ぎ、ルカの腹に巻きつけていた。力いっぱいルカの腹の前でシャツを閉めるが、そのシャツにすら血が滲んでしまう。
「くそ……。ねえ、傷口ぎゅっと押さえてられるっ!? 今すぐ、床屋読んでくるからっ!」
「いいよもう……」
そっとルカが必死になるエドワードの手を握りしめる。驚くエドワードの顔をそっと引き寄せ、ルカはその唇に口づけを落としていた。
「これだけもらっていくから、もういい……。ダラスとマダムに、ごめんって伝えといて……」
ふっとルカの銀の眼から光がなくなる。エドワードの顔を抱き寄せていた手は力なく垂れさがり、ルカの体はエドワードに寄りかかってきた。
温かい体は、ゆっくりと心音を止め、少しずつ冷たくなっていく。そんなルカの体をエドワードはそっと抱きしめていた。
人が死ぬのを見るのは、慣れている。ドブネブミとして飼われていたとき、エドワードはいやというほど同じ境遇の子供たちが犬に食い殺される現場を見てきた。 仲の良かった子が、次の日にはいなくなる。そんなことが当たり前の毎日だった。
ルカのことは好きでなはい。どちらかといったら嫌いな人間だ。
けれど、エドワードは思った。ちょっと歯車が狂っていたら、自分たちは仲のいい友達になれたのではないかと。さすがに、恋人はないだろうか。
「君ってさ、本当に馬鹿な奴だよね……」
大切な人を傷つけるのが嫌だったら、その人の前から消えてしまえばいい。消えて、モリーとしてここで生きればよかったのに。
その選択肢を、彼は自ら捨てたのだ。
それが、彼なりの罪の償い方だったのかもしれない。
そっとエドワードは俯くルカの顔を両手で引き寄せていた。光を宿さない銀の眼は、茫洋とエドワードを映すばかりだ。そんな彼の眼を見つめながら、エドワードは彼の唇に口づけを落としていた。
せめて、地獄に落ちる彼の行く末が幸あらんことを。
そう願いを、自分の唇に込めて。
そっと両手でルカを抱き寄せ、エドワードは眼を瞑る。その様子は、聖母が幼子を抱いている一つの聖画のようでもあった。
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