情報屋

 美しいエドワルダの姿が脳裏を離れなくて、ルカは夜も眠れず木炭でひたすらに彼を描く日々を過ごしていた。スクールが休みになる週末にはダラスと共に駒鳥亭に向かいエドワルダのアリアを聴く。

 そうして帰ってきたルカは、エドワルダの肉体を思いいくつものスケッチを描くのだ。骨格が未成熟な少年のそれなのに、エドワルダの体は細く、腰回りには不思議な丸みがある。もしかしたら少年に近い少女のそれなのかもしれない。

 ルカの空想の中のエドワルダは、小さく形の良い胸をその身に持っているかと思うと、すべやかな薄い胸板を披露するときもある。

 口元に浮かべる笑みは、妖婦のそれか、男娼のそれか。考えるだけでルカは胸がいっぱいになって、幸福な気持ちになるのだ。

「ああ、あの金の小鳥はどんな声で囀るのかな。僕の腕の中で、どんな風に鳴くのかな」

 エドワルダを抱くことを考えて、そんなことを口走ってみる。すると、寝台枠に共によこになるダラスは、ルカをそっと抱き寄せるのだ。

「そんなに欲しいか、あれが……」

 ブラウンの眼をむっと怒らせ、彼はルカに問う。ルカはすっと銀の眼に笑みを浮かべ、答えてみせた。

「僕は、描きたい題材に恋をする。ダラスのことはまだ描き足りない。でも、君への愛だけでは、僕の芸術は満足しないんです」

 一糸まとわぬ白い体をダラスに絡め、ルカは妖しく笑ってみせる。彼を描くたび、ルカは彼と体の関係を持つ。それがもたらす熱い情熱がルカの中で芸術に昇華され、ルカは素晴らしい絵を描くことが出来るのだ。

 父である悪魔がもたらした魔力は、ルカに無限の想像力を与える。その想像の源こそ、ソドマイドという罪そのものだった。

 そっとルカは寝台枠から立ちあがり、大きなキャンパスのたてかけられた壁際へと歩んでいく。そこにはルカの描いた絵があった。

 ブラウンの髪をリネンのシーツに広げた青年が、悩ましげにこちらを見つめている。生まれたままの姿である彼は日に焼けた浅黒い肌を惜しげもなく披露し、優しい眼差しをこちらに向けていた。

「うん、これがダラスだって誰も思いませんね」

 そっと自身の描いた絵をなでながら、ルカは得意げに言う。なんだよそれと、ダラスは不満げに返事をした。

「あなたはそれだけ美しいってことですよ。その美しさの中にエドワルダも加えたい。三人そろって初めて、僕は今よりもより高い次元の芸術を目指すことが出来る」

 エドワルダを思い、絵画に指を滑らせるルカはそっと眼を瞑ってみせる。するとこつんと硝子戸を叩く音が室内に鳴り響いた。

 窓の直ぐそばにある木がゆれている。そのゆれる木の上に、ひとりの赤い女がいた。

 長い髪を後方で纏めて彼女は、赤いステイズから豊かな乳房をさらけだしながらこちらに微笑みを送っている。

 とたんにルカは、エドワルダを思い立ちあがっていた息子が萎えるのを感じていた。むっと彼はダラスを睨みつけ、口を開く。

「あなたはソドマイドよりも、清く正しい交際を選ぶわけですか」

「いや、たしかに彼女は娼婦だが、用件はそっちじゃないよ」

「は、じゃあ、あの女は何なんです」

 二人が言い争っているあいだに、赤いその女は窓を開けて寮内へと侵入してきた。彼女は真っ赤なペチコートを翻し、ルカに優美にお辞儀をしてみせる。

「お初にお目にかかります。ルカ・アンダーソン。情報屋のミス・レッドと申します。以後、お見知りおきを」

「情報屋……?」

「はい。見返りさえお支払いいただければ、どのような情報でもお客様にお届けするのが私の役目。どうぞ、なんなりとお申し付けください」

 訝しげなルカに顔をあげ、ミス・レッドは微笑んでみせる。

「特にエドワルダについて私より知っているものは、マダムぐらいなものですよ。あの子のことは、この世で私が二番目によく知っている。見返りをいただけたら、いくらでもお話しますわ」

 そっと赤い手袋に包まれたミス・レッドの腕が、ルカに伸びる。彼女はルカの首筋に指を這わせ、そっと熱っぽい眼差しをルカに送ってみせた。

「とくに、女を知らないうぶな少年は大好物ですの。是非とも私にお相手をさせていただきたいわ」

 彼女の言葉にルカは苦笑していた。

「あら、私じゃ不満ですの」

「いや、不満じゃない。むしろもったいないぐらいだ。ただ、僕には問題があって……」

「なんですの? なんでも仰って」

「女じゃ立たないんだ……」

 

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