第4話
「ふわぁ……うん、んじゃ行って来るね……んっ」
唇をちょんと合わせるだけのキス。それだけで、眠たげでふらふらなサラはおぼつかない足取りで歩き出す。同じく、僕も少し寝不足だ。
珍しいほど、構って欲しがるサラのために、一晩中傍にいて、一緒に寝た。
うら若き恋人同士が、ただ添い寝に収まるはずはなく――際限なく、甘えてくるサラに応えて、とろとろになるまで甘やかした。結果の、寝不足である。
つーか、足腰大丈夫なのか? 意外とタフだよな、サラ……。
「昨晩は、お楽しみでしたね……」
入れ替わりに、無表情な少女が入ってくる――フィアは欠伸を一つしながら、勝手に僕の部屋へ……まあ、いいけど。
居間に上がると、畳に上で寝そべり、テレビをつけ始める。
「マイペースだな……飯は?」
「いるぅ」
「了解、適当に作るわ」
トーストを焼きながら、いり卵を作る。サラダを添えながら、インスタントの味噌汁を。五分でてきぱきと料理を仕上げ、座卓に並べる。
フィアは起き上がると、合掌してからもそもそと食べ始め――ふむ、と頷く。
「ハルトより、ごはん美味しい」
「そりゃ良かった」
「でも、ハルトのごはんの方が、嬉しい」
「……そっか。兄さんのこと、心配か?」
「うん」
しょぼん、と肩を落とすフィア。無表情を徹している彼女だったが、兄さんの話題が出るとたちまち表情が出てくる。よほど、大事に思っているんだな……。
僕も氷出し緑茶を口にしながら、訊ねる。
「兄さんとの出会いは――マフィアから、助けられたんだったっけ」
「ん、攫われて捕まっていたところを助けてくれた、王子様――でも、元の居場所には戻れないから――ハルトが、責任を持って預かる、って言ってくれて……」
「はー、兄さんが面倒見のいいことで……」
しかし、元の居場所に戻れない、か……何か事情があるのだろうか。
「それより、リントとサラの、なれ初めは?」
「なれ初めって――んな聞くことか?」
「幼なじみとは聞いていたけど」
「うん、まあ――幼なじみでね。実家の里が、南総里見にあるのだけど」
「ん――ハルトの故郷」
「そそ。そこで若い子はあまりいないから、必然とな……」
思わず思いをはせるのは、過去――古い、古い、里での思い出だ。
サラとは、物心ついた頃から、一緒にいた。
当時、長老はまだ長ではなくて、その父親を補佐して忙しかった頃で。
サラの母親は、彼女を産んで間もなく死んでしまった。だから、僕の両親がよく彼女の父に代わって面倒を見ていた。だから、いつの間にかサラとは一緒にいたのだ。
仲が良く、どこへ行くにも一緒。里の子と川で遊ぶときも一緒。
両親の手伝いもするときも一緒。山菜を採りに行くときも一緒。
僕はお兄ちゃんとして、サラの面倒を見ないといけないと思っていて。
サラも、よくなついてくれていて。
それに、もう一つ――僕とハルト兄さんは、里の子から避けられていた。
それは、僕たちに流れる血、『水神竜』の血である。
僕たちの里は、九割方、獣人たちであり、その中に僕たちだけは竜人だった。
神聖で強大な力で、里の人からは大切にされている存在だが、子供からしてみれば恐ろしい。その上、僕たちの姿は全身、鱗で覆われている。
今は封印を使うことで、異能を鎮めることで、普通の姿になっているが。
里の頃は封印する必要がなかった。だから――竜人の姿で、畏怖されていた。
気持ち悪い。あっち行け――なんていわれることもざらで。
今も、鏡を見て思う。竜人になって変化した姿は、ひどく醜い。
顔は首から頬まで鱗に覆われ、唇は青白くなり――目は、黄色く瞳孔は縦に割れる。まさに、この世ならざる姿だ――。
『お兄ちゃんの顔、カッコいいよ』
だけど、サラはそんなことを気にせずに、一緒にいてくれた。
竜人の姿でも傍にいてくれ、僕の顔に気にすることなく、頬を擦り付けながら甘えつつ、無邪気な笑顔で僕の目を見てくれる。
鱗も気にしない。すべすべだ、とか嬉しそうに笑いながら撫で回してくる。
『お兄ちゃんは、どんな姿でもお兄ちゃんだもんっ』
僕を避ける子がいると、決まって彼女は頬を膨らませてそう言った。
それに幼い心は救われていて――自然と、心を許してくれるサラの傍に、僕もいたいと思うようになっていた。まるで、共依存――。
互いに互いを求めて、一緒にいたのだ。
「長いこと――長いこと、ね」
「それで最近、くっついたからハッスルしているわけ」
「ん? まあ、そうなる――いや待てゴラ」
ふと我に返って突っ込みを入れる。ハッスルしていたことは、まあ、隣の部屋だ。分かるのは仕方がない。その前に――。
「最近――って何で知っているんだ?」
「ハルトから聞いた。つい最近、やっとリントとサラが付き合い始めた、と」
「なんで兄さんが知って――」
「言わなくても多分、分かる。二人が、護衛任務を終えてまで、傍にいたいと言い始めたら」
「――――やっぱり?」
長い沈黙の後に訊ねると、こくん、とフィアは頷いた。
「だから、ハルトが気を利かせて、長老さんを説得した」
「――本当、兄さんには頭が上がらないな」
「だったら、感謝して早く見つける」
「ん、ああ、もちろん――」
言いかけたそのとき、スマホが震えた。非通知――もしかして。
「もしもしっ?」
『ああ、リント――』
予感は的中した。フィアに目配せしながら、スピーカーに切り替える。
瞬間、響いた声は――二人が待ち望んだ相手だった。
『俺だ、ハルト――二人とも無事そうだな』
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