第10話
一件落着し、僕はサラを連れて戻り、平穏が訪れた――。
だが、全てが解決したわけではなかった。何故なら。
「そうだよな、部屋を思いっきりぶっ壊されたんだから……」
主に、破壊したのはアイリなのだが――確認すると、凄惨な状況に、黙り込むしかなかった。ベランダと居間は全壊、壁はぶち抜かれ、家具が全滅である。
ハルト兄さんが手を回したのか、警察や消防の実況見分は終わり、事故として処理されることになった、という。
問題は――住むことがない、ということであって。
これの事態には、親父が対処に当たっていた。深夜だったが、すぐに宿を抑えてくれ――僕とサラは、そっちに身を寄せていた。
でっかい、お城みたいな、ホテルに。
『【ご休憩】と【ご宿泊】――コースが二つあったが、ひとまず宿泊で抑えておいたぞ』
親父のドヤ顔を思い返しながら、ちらっと部屋を見渡す。
広々とした部屋は、落ちついた内装だ。木造りの落ち着いた内装で、意外と清潔感のある――ただ、その部屋のど真ん中に、巨大なベッドが鎮座しているのだが。
そのベッドに腰掛け、はぁ、と一つため息。
里の人間が世間知らずってことを、侮っていたよ……。
他に宿を探そうにも、深夜だから見つからないだろう。ため息交じりに、ベッドに寝転ぶ――聞こえるのは、シャワーの水音。
心なしか、いつもより長い音に、思わずそわそわしてしまう。
そうしていると――不意に、スマホが震える。液晶を見ると、公衆電話からだった。
「――もしもし?」
『あ、リントですか? アイリです』
しとやかな声に、思わず目を細める――無事だとは知っていたけど、声を聞くと安心する。しっかりと親父は守り抜いたらしい。
「ああ、アイリか。お兄さんはご無事だったのか?」
『はい、今は近くの医者に診てもらっています。南総里見の、紹介で。監禁され続けて、大分衰弱していたので……』
「まぁ、無事なら何よりだ――もう、里に戻るのか?」
『いえ、兄の衰弱が激しいので、しばらくはこちらにいます』
「そっか。いつでも頼ってくれよ? 家族みたいなものだし」
『はい――ありがとうございます』
嬉しそうな声が、耳元で響く。それに加えて、小銭を入れる音――。
「あ、すまん、公衆電話だったな。長電話も良くないか」
『いえ、気にしないで下さい。ご報告だけはしないと、って思いましたし』
「ありがと。声が聞けて、安心した。任務は、果たせたな」
『はい――ハルト探偵にも、よろしくお伝えいただけますか?』
「確かに。じゃあ、またな」
『はい、また――』
その言葉と共に、がちゃんと受話器が降ろされる音。少しだけ、名残惜しげだったのは、気のせいだろうか。僕はスマホを消すと、水音が消えていることに気づいた。
からら、と引き戸が開き、サラがひょこりと顔を出す。
「た、ただいま……」
「お、おかえ――」
返事を返そうとして――思わず、固まった。ぎこちなく、視線を逸らしながら問う。
「あ、あの、サラさん? なんで『下』を履いていらっしゃらないのですか?」
「そ、そのぅ、寝間着を持ってきていなかったから、こすぷれ? っていう衣装を借りたんだけど……尻尾が、出せるやつがなくて……」
もじもじとする彼女は――上に制服っぽいブラウスを着ているだけ。下はスカートも何もない。風呂上り、ということもあって色っぽくしか見えない……!
サラのいつもの肌襦袢は、後ろに尻尾用の穴が空いており、そこから出せるようになっているのだが、人間の宿にそんな便利な浴衣やバスローブはない。
「だからって――そんな……」
「だ、め……?」
上目遣いで赤面しながら言うサラに、思わず言葉を詰まらせる――。
「その、サラは、恥ずかしくない、のか?」
「恥ずかしい、けど……一緒にいるのが、お兄ちゃんだし」
それに、と少しだけ口ごもり、もじもじしながら言う。
「好き、だから――」
「……なら、いい。かわいいし」
「えへへ……」
少しだけ照れくさそうに笑い、僕の方に歩み寄ってくる。ふわっとした甘い香りと――水気の帯びた髪の毛。思わずそれに苦笑いした。
「ドライヤー持ってきな。乾かしてあげる」
「あ、うんっ」
嬉しそうに頷き、洗面台からドライヤーを持ってくるサラ。手頃なコンセントにプラグを差し、スイッチを入れる。
「し、失礼します……」
「あ、ああ――」
サラが腰を降ろす――しっとりと包み込む感触に、思わず固まる。いかん、これは――肌が、直に触れてきて……ヤバい……!
先ほど着替えてホテルにあった服を着たが、半袖短パンを選んだのはミスチョイスだったか……! 見れば、サラも膝の上で硬直している。
ぱたぱたと犬耳が忙しなく動き回り、真っ赤になって目を回している。
「お、おに、お兄ちゃんの、生太もも……っ!」
「と、とんでもないこと言うな、ほれ……!」
ドライヤーに集中。熱風をかけながら、少し乱暴めに髪を撫で回す。次第に落ち着いてきたのか、サラの犬耳が落ち着いてくる。
だが、それでもぴく、ぴくと跳ねる犬耳――緊張が、解けないのか。
「――緊張しない方が、無理だよぅ、お兄ちゃん……」
「こっちも緊張しているんだよ、ちくしょう……」
「え、えへへ、お揃い……っ、あんっ」
耳を撫でられ、喘ぎ声を上げるサラ。思わず、指が止まる。
「わ、悪い……」
「う、ううん……大丈夫。続けて……」
「あ、ああ……」
ぎこちなく、ドライヤーを続ける――いつもより、丁寧に……サラも固まっているようにじっとしている。やがて――ぽつりと膝の上の彼女がささやく。
「ありがとう。お兄ちゃん――助けてくれて」
「……当然のことだろ?」
「うん、分かっている。だけど、お礼が言えてなかったから」
「そっか。どういたしまして」
そっと乾いた髪を撫でると、彼女はいつものように喉を鳴らす。さらさらになったのを確かめ、尻尾にドライヤーを移す。少しだけ、彼女は肩を震わせたが――すぐに、身を委ねる。
「――それより、この一件が終わった訳だけど、どうする?」
「どうする――って?」
きょとんと首を傾げるサラに、尻尾に熱風を当てながらさりげない口調で切り出す。
「だって、サラは異境狩りに対する護衛として来たわけだろ? 異境狩りが拘束された今、護衛の必要性はない――だろ?」
「あ――そっか」
しょぼん、と犬耳がしおれる。尻尾も手の中でへにゃりと垂れた。
「折角、告白できたのに、遠距離……?」
「あー、うん、それなら……」
少し気恥ずかしく思いながら、頬を掻きつつ一言。
「僕が説得しようか?」
「――え?」
「僕が長老に掛け合って、サラにこっちに留まってもらうようにお願いする。もちろん、上手く行くかは分からないけど……でも、僕もサラと一緒にいたいし」
「お兄ちゃん……っ」
嬉しそうに犬耳をぴこん、と立てる。尻尾が揺れて、乾かすのに苦労しながら、ふと思う。あの長老相手だと、苦労しそうだが……。
「まあ、そんときは腹括って言うか」
「ん? お父さんに何て言うつもりなの?」
「ん――ああ、まあ、渋られたら、だけど……」
恥ずかしいので少し冗談めかすように告げる。
「娘さんを、僕に下さい――なーんて……」
「……お兄ちゃん?」
ふと、声のトーンが落ちた。あ、なんかまずいこと言ったかな?
思わずドライヤーを止めると、彼女は身をふるふると震わせ――。
「お兄ちゃん……大好きっ!」
「うおっ!」
そのまま、身体を反転して、飛びついてくる。勢いでベッドに押し倒され、手からドライヤーがすっ飛ぶ。その腰の上に、ちょこんと座ったサラは目を爛々に輝かせている。
はっ、はっ、と息を荒げるサラは八重歯を剥き出しに獰猛な笑みを浮かべる。
「も、もう我慢できない……っ、お兄ちゃん、いいよね……?」
「い、いいってどういうことだっ!? 待て、理性を失うな、サラっ!」
「む、無理だよ、そんなときめく言葉、どんどん掛けられちゃって……! その上、尻尾を弄ばれてっ、優しく撫でられて……っ、そんなんっ、発情するに決まっているっ!」
上に乗っかられ、ゆさゆさと身体を揺らす少女の目から、ハイライトが消えていく。
こ、これは犬のマウンティングかな……?
引きつり笑いを浮かべつつ、逃げようとすると――両手を、サラの両手が抑え込む。
じゅるり、と涎を垂らしながら、サラは圧し掛かってくる――。
く、くそ……サラは獣人……正確に言えば、人狼なんだよな……。
「男の子だけが、狼とは限らないんだよ……お兄ちゃんっ、ふふ、ふふふ……」
「お、落ち着け、な? サラ。こういうことはムードのあるところで……」
「こんな露出多い格好で誘っているのに? 説得力がないよ、お兄ちゃん……っ!」
「ただの半袖短パンだよなっ!?」
「大丈夫。天井の染みを数えていれば、終わるから……!」
「ちょ、やめ、ア――――ッ!」
その日は、実は満月だと知ったのは、搾り取られるだけ搾り取られた後だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます