第15話 待機

 愛莉の自我は憂鬱だった。機械の身体にされ電脳の片隅でしか存在できない事に。その晩は丹下犯罪学研究所のあるフロアで待機状態にされていた。丹下教授も淳司もそのほかの学生も帰宅してしまったからだ。なぜ待機させられているかというと、用がなかったからだ。


 全身拘束刑を受けている囚人と最新鋭型超高性能AI搭載アンドロイド(もしくはガイノイド)に共通点があった。維持するには飲料水と有機物の混合液体が必要な事だ。かつてロボットといえば油圧で動作する機械式が主流であったが、近年開発されたのが人工筋肉で動作するロボットであった。人工筋肉を廉価で提供できる技術によって飛躍的に様々な分野に使われるようになっていた。


 下は食用人造肉から上は大型人型兵器まで使われるようになっていた。だからフツーのロボットでも人工筋肉を維持し稼働させるために食事が必要になった。そのため人間がロボットにされていても教えられなかったら気付かないわけだ。


 実際、丹下教授は自分の研究所にやってきたエリーが全身拘束刑を受けている少女だというのを知らなかったし気付かなかった。まあ、知ったとしたら自分の興味である犯罪学の研究対象にされかねないが。


 エリーの機体は機体固定用のカプセルに固定され緊急時以外は動作しないようになっていた。それはまるで使わない時の充電式掃除機みたいな姿だった。この時、全身拘束刑の受刑者は自我が制限されているので、それほど悩むことはないものだが、半端に自我がプログラムされている愛莉はいろんなことを考えるのが出来た。


 「うーん、退屈だね。娯楽用になにかないのかしらね、適当なアプリはね。いくら受刑者だといってもつまらないわね。このまま眠れないしね」


 愛莉は電脳の片隅で自我を発散していた。そう愛莉は受刑者なのだ。昔のような刑務所にいる受刑者といえば、二十一世紀初頭に判決を出され、半世紀近くも服役していてもはや社会復帰できそうもない長期受刑者であった。刑務所は養老院として存続していた。しかし、新規の受刑者は行動を制限される措置を受けるので刑務所に入らない。かわりに重罪犯罪者は全身拘束刑で機械として強制的に働かされるわけだ。それにしても・・・いくら刑期が十年でも重すぎないのかしらん? 全身拘束刑は! そうつぶやいでいた。


 「確かに淳司がいうように、恣意的だよね。私を全身拘束刑にするなんて。しかも関係者がどんどん死んでいるようだしね。でも、なんでだろうね。私のように身寄りがいない学生なんて、拉致して違法に改造すればいいだけなのに、手が込んでいるわね。黒幕って何者だろうね」


 そういって淳司がダウンロードしてくれた自分の事件に関する情報をチェックしていた。チェックしやすいことが電脳化されて唯一よかったことなのが、悔しかった。事件に関与していたのは総勢百人近いようであったが、なぜ従ったのかがミステリーだった。もしかすると、なんらかの洗脳を受けていたかもしれなかった。


 「それにしても・・・淳司はどこに行ったんだろうね! 私と直接仮想現実で安全にコミュニケーションできるのは傍受防止のために半径五メートル以内というけど・・・寂しいわよ! 一人じゃ!」


 愛莉は仮想現実でしか体験できなくなっている、自分の生身の感覚を思い出していた。そのとき、淳司にキスをされたことを思い出した! 男とあんなことをしたといえば・・・父だけだった。そう、最後に現実にしたのは死を迎える直前の両親との思い出の中であった。


 「父ちゃんとキスしたよね? あんまりあたいがダダをこねるからといってね。もし、もっとダダをこねていたら・・・助かったのかしら二人とも?」


 十歳の時の記憶に愛莉は余計寂しくなった。自分だけおいて両親が四国で亡くなった親戚の葬儀に向かう日の事を思い出したのだ。あの日、急だったので飛行機の予約が取れず、また愛莉が平日で学校だったので、一緒に行けなかった。仕事もあるので次の日には帰るはずだったが・・・そのまま帰ってこなかった。帰って来たのは「遺品」として手荷物の一部だった。両親を乗せた飛行機はテロによって粉々になったのはその直後だった・・・


 「うーん、こんな悲しい事を思い出させないでよ! いくらなんでも! あたし悪い事していないのに! ロボットにした奴を許さないわ! でも柴田技師長ではないわよ!」


 そうやって愛梨は動かないエリーの中でつぶやいでいた。

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