02.「日笠ヒマリ」という吸血鬼
とはいえ、あまりそれらしいところはない。運動神経が普通の人よりちょっとよくて、おそらく普通の人間よりは遥かに長く生きられて、定期的に血を飲まないと死ぬ。あとは少し特殊能力が使えるらしい。吸血鬼っぽいのはそれくらいだった。そもそもそこまで長く生きていないため、自分が長生きする実感があまりない。
好きなことはココナッツミルクと不労所得。いちおうユーチューバーらしきものをやっているが、やっぱりまだまだ足りないと思っている。もちろん、お金は大好きだ。お金くらい大切なものもそもそもない。お金はたくさんあればあるほどいい、それがヒマリの考えだった。
そんなヒマリの事情を知っているのは、この町では友人であり、いつもヒマリに新鮮な血を売ってくれる
雪音とは、ヒマリがここにやってきた約10年くらい前からの知り合いである。艶があるアッシュ・ブラック系のセミロングの髪が印象に残る、おっとりした美人であった。ヒマリとは腐れ縁とも言える。
あるモノのフェチだというのを除くとすごくいい友人で、いつも不平不満ばかり口にしていまうけど、ヒマリも雪音が嫌いじゃなかった。自分をいじるのが好きなことだけは、もう少し勘弁してほしかったが。
ヒマリにとって、この町はいわば縄張りのようなものだった。もちろん、ヒマリは誰かを襲ったりしないし (血はいつも雪音から調達しているし、そもそも襲うつもりなんてない) 、誰かにそう決められたわけでもないため、それは気持ちの問題に過ぎない。だけど、ヒマリはこの、静かで何もないような町が好きだった。たとえ、それになんの見返りがなかったとしても。
だからか、ヒマリはまるで「町中警察」でもなったような気分で、ここを見渡すのが好きだった。いわゆる「世界警察」がスケールダウンしたようなやつだ。あまりカッコつけるのはガラじゃないが、なぜかそうしたかったからしょうがない。事実、あくまで時折ではあるが、ヒマリはこの町を荒らす不良を見つけては(物理攻撃で)成敗する時もある。ヒマリは物理攻撃の方が性に合っていたのだ。
ヒマリは自分の住むマンションの屋上で、雪音と外を眺めるのが好きだった。ヒマリたちの前に続いている見慣れた商店街や、そこを行き交うさまざまな人たち。そしてどこまでも広がっている空。不思議なことに、これらはどれだけ見てもあまり飽きが来ない。
夕方くらいの時間に、あそこから見る町はほんとうに美しい。ぶっちゃけ何もない町だし、見るところもあまりないけど、ヒマリはここが気に入っていた。他の人はあまり目を留めない、ヒマリたちだけのちっぽけな聖域。まるで秘密基地(外からでも見えるわけだが)みたいで、ヒマリはここにいると落ちつくことができた。
別に、ここで生まれ育ったわけではない。誰かがヒマリのことをわかってくれるわけでもない。だが、ヒマリはここが、ここにいることが好きだった。他には何もいらない、と思うくらいに。
それを見渡しながら、ヒマリはいつものように雪音にこう話しかける。今まで何度も繰り返されてきた、二人だけの会話であった。
「ここで不思議なことがあるとしたら、あたしとあんた、二人しかいない。残りはありふれた普通の風景。そうだよね?」
「そうね、ヒマリちゃん。わたしもそう思うわ」
雪音はいつものように、ニコニコしながらそっと頷く。それが二人の、いつもの距離だった。いつだって変わらない、二人だけの距離。長く続いてきた温かい世界。
吸血鬼には似合わないほどの、ごくごく普通の日常。だるい時もあるが、ゆるやかで気持ちいい日々。
ヒマリは、ずっとそんな毎日が続くと思っていた。
「あの出来事」が起きる前までは。
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