第34話 救いの手すら、取れない彼

「戸塚君、シフトありがとねー」

 副会長の木下さんの一言を背中に受け、俺は学校内をさまよい始めた。

 フラフラと浮遊する風船のように、海辺を流れていく木の枝のように、俺は特に目的もなく校内を歩き回っていた。

 色々な催しが開かれている校内は、絶えず喧騒が響いている。ゲーム機を持ち込んでテレビと繋いでカラオケをやっているクラスもあれば、教室内に仮設のステージを作って漫才とかマジックとかをやっているクラスもある。どれも多くの人で賑わっていて、笑い声や歓声で溢れていた。

 俺はそのどれにも、自分のクラスに行くこともなく、人気ひとけのない屋上に続く階段へと向かった。

 さっきまで濃く聞こえた生徒の声も遠くなり、ここだけ切り離されたような、そんな感覚に陥る。

 うなだれるように頭を膝につけ、両手は力なく足首を触れている。どこからどう見ても、落ち込んでいるんだろうなってわかる人の姿だ。

 俺……陽平や及川と仲良くする権利、あるのかな……。

 ボーっとした白色の背景に、ぼんやりと浮かんでくる感情。

 それは徐々に色濃くなっていき、俺自身を攻撃してくる。

「お前みたいな裏切り者、もう友達でもなんでもない」

「都合いいときだけ仲良くしてるなんて、最低」

 脳内で再生される、誰ともつかない俺を罵倒する言葉。

 しかし、抵抗することはなく、ただひたすら体を丸めてそれを甘んじて受けるだけ。

「自分の罪滅ぼしのためだけに、友達になろうとするなんて、人間性を疑うよ」

「あーあ、あなたのために時間使って損した」

 ……何も言い返さない。いや、言い返すわけもないか。これは、俺が俺に対して思っていることなんだから。

 クラ対の時間になるまで、俺は屋上前の階段で過ごしていた。教室に戻ったのは、午後の三時過ぎだったから、かれこれ三時間ほどはあそこにいたようだ。

 戻った際、他の四人の顔をまともに見ることは、できなかった。

クラ対はきっとまあまあそれなりの出来だったと思う。終わった後、クラスの皆は満足そうな顔を一同に浮かべていたから、きっとそうなんだろう。

 そうして学祭一日目は、終わっていった。有志発表はクラス委員の管轄するところではないので、俺はそれを見ることなく、一人家路についた。


 次の日、土曜日。一般公開日の学祭二日目、最終日。

 約束の、期限日。

 その日は俺の心情とは対照的に雲一つない綺麗な青空が広がっていた。朝、通学路を歩く俺を照らす太陽は、俺を焼いてしまおうってくらい元気に照らしていて、髪から汗が垂れてしまう、そんな気温だった。

 いっそ、このまま本当に焼ききってしまってくれ、太陽さん。なんて一瞬思ったりもするくらい、俺の心は泥にまみれていた。

 教室に着くと、そこはもう完全に仕上がった雰囲気が漂っていた。

 ……もう、電気消してモード入ってやがるよ……。

「よお、おはよう戸塚」

 ドアを開けて教室に入るなり、俺は中嶋に肩を組まれる。

「お、おはよう……中嶋」

 朝からハイテンションの同級生に対して、どこか低い調子で返す俺。それを見て、

「……どうかしたか? 戸塚。なんか悩みでもあるのか?」

 中嶋は表情を硬くさせ、さっきよりもいくばくかボリュームを落とした大きさで尋ねる。

「あ、いや……朝から腹痛くてさ」

「ほう……? なんか変なもんでも食ったのか?」

「それはないと思うけど……」

「……まあ、何か悩んでのそれなら、あまり抱え込むんじゃねーぞ。最近のお前、なんかいつも思いつめた顔しかしてねーから」

 中嶋は俺の肩をポンポンと叩き側から離れていく。

 俺は口を半開きにして、立ち去る中嶋の背中を視線で追ってしまう。そして、その無意識の視線に気づいたのか、

「たまには戸塚だって誰かに背中預けたいときあるよな?」

 中嶋は暗闇のなかでもはっきりと映るくらい、優しい表情をして、最後にそう言った。

「……でも、まだ、俺は……誰かを頼るわけにはいかないんだ……」

 掠れる、話し声にかき消されそうなくらいの声で、俺はボソッと呟く。

 誰かに頼って、解決するべき問題じゃないんだ。これは。


 二日目に生徒会の屋台のシフトは入っておらず、俺は一日中フリーとなった。クラスの発表を手伝うかどうか考えもしたけど、あまり事情をわかっていない俺が今更首を突っ込むのも違うかと思い、また校内をフラフラすることにした。まあ、他のクラス委員はクラス発表も手伝っているみたいだけどね。……いや、みんなすごい体力ですね……。俺には無理でした……。

 二日目はやはり参加者の母数が違うからか、どこも昨日と比にならないくらいの混雑だった。

「生徒会のやきそば、列が校門まで伸びてるってよ」

「まじかよ、俺まだ食ってねーんだよな、売切れたらどうしよう」

「はやく行こうぜ」

 ……そして、どうやらその件の焼きそばは恐ろしく繁盛しているようで。

 とまあ特に何をするまでもなく、小一時間俺は校内を歩き回った。その間、頭のなかを占めていたのは、言うまでもなく茜にどう説明するか、だった。

 茜に真実を話そうとすると、及川の過去にまで言及しないといけなくなる。それだと、陽平が及川のことを覚えていないことが説明つかなくなり、及川が事故で亡くなっていることまで話さないといけなくなる。

 それは避けたい。及川の秘密は、守ると約束したのだから。

 ……でも、そうなると、説明のしようがなくなってしまう。

 こうなったら……俺が泥を被るか……いや、そもそもとして俺にも原因があるのだから当然のことなのか。

 俺は静かに覚悟を決め、今日の学祭が終わるのを待った。


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