第14話
「まあ改まるほどの話でもないんだけどな。俺とオオツキさんは俺の妻の浮気で初めて顔を合わせたんだが、いい年して女に騙された者同士、妙に馬が合ってなあ」
闇に溶けかけた、何もない空を見上げるナカオ。
「それで互いに色々なことを話すようになった。俺やオオツキさんがどんな風に妻に騙され続けていたのか……オオツキさんの孫娘さんのことも……俺と妻のこれまでのことも……。そこで、俺とオオツキさんのどちらの悩みも3時にあるってことがわかった」
「オオツキさんは孫娘の入院の原因が3時にあり……」
「そして俺は妻にプロポーズをした時間が3時だった。それが分かったとき、この世界からできる限りの3時を奪ってやろうと考えたわけだ」
「そこで時捜として思いとどまることは出来なかったんすか……」
「タカヤマ、お前はまだわからないかもしれないが、俺はもうすぐ50歳の半ば……オオツキさんに至っては齢60になる。もしかしたらお前は時間はまだ残っていると思うかもしれないがな、決してそんなことはない。自分にはあとどれくらいの時間が残っているのか、なんて考える時が来るんだけどよ……そんなことを考える時点で時間はロクに残っていないんだよ」
「……そう、ですね。俺にはまだその感覚はわからないです」
迷いあぐねながら返答するタカヤマに、ナカオは小馬鹿にするように笑う。共に捜査をしている時によく見た、不思議と不快にならない笑いだった。
「ま、そういうことでオオツキさんと計画を練った。俺がこっそりTMデバイスを保管庫から盗み出し、オオツキさんに渡して足が付かないよう場所を選んで実行してもらった。身支度を整えたら二人とも遠くの時間に逃げるつもりだったが、上手くいかないな。時間犯罪はさんざん見てきたはずなのに、いざ自分がやるとなったら詰めが甘くなっちまう。……でもなタカヤマ。俺たちはもっと大きなミスを犯したのさ」
「大きなミス、ですか?」
「なあタカヤマ。俺たちは世界から3時をというものを消した。その結果、3時に起きたことは過去も含めてすべて消え、歴史も大きく変わっちまった……。なのによ、3時を消した後も俺と妻は結婚したままだし、オオツキさんの孫娘はまだ入院中だ」
そう。つまり、3時を消してもこれまでの別の時間の中でナカオは妻にプロポーズを行い、オオツキの孫娘は虫歯になり入院してしまう。二人が変えたいと思った出来事は原因と思われる時間帯を消し去っても、歴史のどこかで補填されてしまうのだ。望んだような現状は訪れない。おそらく、オオツキが逮捕されずに3時を消し続けたのだとしても。
「オオツキさんも察しただろうさ。時間を消しても現実は変わらない、ってな。だから彼は逃げなかったんだろうし、そうなると俺もここまでだな」
ナカオはタカヤマを見上げ、両腕を前習えのように突き出す。
「後輩に縄を付けさせるなんて不本意だが、もう俺は時捜であるつもりはねえ。今となってはただの凶悪犯だ。……やってくれ」
タカヤマは目を閉じる。なぜか仕事終わりにナカオから煙草をもらった記憶が瞼の裏の暗闇に浮かび上がる。なぜ今になってこんなものを思い出すのか、タカヤマ自身にもわからなかった。
そして、タカヤマはスーツの内ポケットから強化プラスチック製の手錠をゆっくり取り出す。
「ナカオさん。あなたは間違いなく凶悪犯罪者だ。勇敢な時捜一人が犠牲になっている以上、その罪は軽いものではありません。ですが……それでもあなたは俺を時捜として育てたのも間違いない。本当に感謝しています」
「……早く連れて行ってくれ。今更だが水たまりで濡れたズボンが気持ち悪いんだ」
「では、行きましょう」
立ち上がったナカオの両手に、カシャッと軽い音と共に手錠がかかる。結局ナカオにとっては何から何まで思うようにいかなかった。にも関わらず、自らの手にかかる手錠を見つめた彼は全てを諦めたような、それでいてどこか満足しているような横顔を見せるのだった。
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