第39話 四つの道

 小春はすぐに振り返り、背中を見せている二体の化け物の首を瞬時に斬り落とした。

 あっという間の出来事だった。この見事な太刀筋には炎獄童子も舌を巻いた。

 ところが、小春が安心したのも束の間、最初に倒した一体の上半身が手で立ち上がった。切断面からは血が全く流れていない。その上半身が器用に下半身と切り口を合わせると、なんと傷口があっという間にふさがっていく。他の二体も、自ら頭を手に持って首につなげていた。

「こいつら、不死身か?」

 これでは小春に勝ち目がない。闘うだけ無駄だというものだ。

 三体は猛然と小春に襲いかかってきた。まるで、同じようにしてやろうと言わんばかりだ。小春は思わず後ろに退いていった。

「小春様、危ない」

 晶紀が叫んだ。小春は背後に崖が迫っていたことに気づいていなかったらしい。足を踏み外し、そのまま下へと落ちてしまった。

 残った晶紀に、不死身の化け物達が顔を向ける。

「さて、困ったな」

 晶紀はそうつぶやきながら、ゆらりと前へ進んだ。

 不思議なことに、化け物達は持っていた刀を口から飲み込んでしまった。まるで、相手を倒すのに武器など不要と言わんばかりの態度に、晶紀は凄みのある笑みを浮かべ

「この炎獄童子を愚弄するか」

 と言い放った。しかし、三体の不死は意に介さず、ただ立ち尽くすだけだ。その様子を見た晶紀は、相手が自分の動きに依存していることに気がついた。

 小春が刀を構えると、相手は刀を口から出した。攻撃を仕掛けた時、相手も攻撃を始めた。そして今、徒手の晶紀に対し、相手は武器を持っていない。

 晶紀は、試しにその場で座ってみた。面白いことに、相手も座り込んでしまった。

 どうやら、この化け物達は自分の鏡となるようだ。自分が攻撃的になれば相手も攻撃を仕掛けてくる。つまり、何もしなければ襲ってくることはないということだ。

 からくりを理解した晶紀は、立ち上がって崖の方へと近づいた。下を覗き込むと、激しい水の流れが目に映った。

「刀も一緒に流されたか・・・」

 炎獄童子は、鉄斎に会うまでは小春を襲わないことに決めていた。小春と刀との関係が気になっていたからだ。今、鬼はそのことを後悔していた。これからどうするか、しばらく考えていたが、ここまで来たのだから、鉄斎に会うため前に進もうと決心した。

 晶紀が、小春が置いていった荷物を手に持ち、洞穴の入り口へ向かった時、あの三体の化け物が入り口の前に立ちはだかった。しかし、晶紀は不敵な笑みを浮かべ、その間をすり抜けて洞穴へと入っていく。その様子をじっと見つめていた化け物達は、しかし全く動こうとしなかった。


 小春は、流れる水の中に落ちてしまった。

 下流へ流されながらもなんとか浮かび上がり、近づいてきた岩場にしがみつく。なんとか岩の上に乗っかって、あたりを見渡してみた。運のいいことに、崖がえぐれて平らな地面になっている場所が見つかった。軽快に岩の上を飛んで渡り、その場所へ着地する。そこは巨大な洞穴の入口になっていて、奥に道が続いていた。

「ここを進んでいくしかないか・・・」

 とりあえず、水に濡れた着物を脱いで、手で絞った。洞窟の中は涼しく、濡れた服では少し肌寒くなるが、乾くまで待っている訳にもいかない。小春は、晶紀のことが心配でたまらなかった。

 先程の場所に戻れるかどうか分からないが、とにかく先に進んでみようと小春が決心した時である。小春は、大事なものが手元にないことに気づいた。

「しまった、刀がない!」

 水の中に落ちた時、手放してしまったらしい。川の底に沈んでいるのだろう。取りに行かなければと、小春は川の方を見た。

 驚いたことに、大刀は小春がいる場所からそれほど離れていないところ、川の流れのすぐ横に落ちていた。

 すぐさま駆け寄り、大刀を手に取る。傷も汚れも全くなく、それどころか濡れてもいなかった。

「不思議だな。まるで私を追ってきたようだ」

 しばらくの間、小春は大刀を眺めていたが、やがて背中に背負い、新たな洞穴の中へと駆け出した。


 晶紀が通る道の両側には、石でできた仏像が並べられていた。座禅を組むもの、立っているもの、顔だけの石仏もある。そして、それらは異常に大きかった。晶紀の背丈の三倍以上はあるだろう。

 しかし、晶紀はそれらに見向きもせず、正面を見据えて歩き続けた。晶紀の進むその先には、赤い光が揺らめいていた。

 その赤い光は、巨大な火柱だった。高い天井から陽の光が火柱に差し込み、まるで鮮やかな赤い炎が黄金のベールに包まれているような幻想的な光景だ。

「水の次は炎か・・・」

 そう言いながら、晶紀はあたりを見渡してみるが、特に仕掛けなどは見当たらない。火柱から距離を置き、反対側へと移動しても、何も変化しない。

 その反対側には、大鎚に小鎚、金床、火箸など、刀鍛冶が使う道具が無造作に置いてあった。どれも驚くほど大きく、人間が扱えるものではない。この場所は、刀を鍛えるために使われていたようだ。

 人骨もあたりに散らばっている。いったい何があったのか、炎獄童子には知る由もない。

 晶紀はしばらくの間、燃え盛る炎を見つめていたが、やがて踵を返し、先へと進んでいった。

 洞窟の壁は、自然にできたものではなく、明らかに誰かの手によって削られ、きれいに均されていた。曲がりくねって、先に何があるのか見通せない中、晶紀は周囲を気にすることなく前進する。

 やがて真四角の巨大な部屋にたどり着いた。四方に道があり、それらの入口の両側に青白い炎が灯っている。中央には大きな石の台が一つ、設置されていた。

 その台に近づき、飛び上がって上面の端を掴むと、するするとよじ登っていく。晶紀は、その台の表面に大きく文字が彫られているのを発見した。自分のいる側には『炎』の文字が、反対側には『闇』、左側に『水』、そして右側に『風』と書かれている。

「さて、どちらに進むべきか・・・」

 炎獄童子は判断できず、その場に立ち尽くしていた。


 大きく開けた場所に出た小春は、我が目を疑った。

 目の前には三体の赤鬼があぐらをかいて座っている。全て目を閉じ、眠っているように見えた。

 普段は、夜でもはっきりと分かるような鮮やかな赤色をしている鬼達が、ここでは皆くすんだ朱色を帯びていた。しかも、まるで干し柿のように体がしぼんでいる。手足はいつもの半分程度の太さしかなく、すぐに折れてしまいそうなくらいだ。

 それでも、耐え難いほどの冷たい殺気は健在だ。眠っていてもなお、上から押し付けられるような強い圧力を小春は感じていた。

 閉鎖された場所で、一度に三体の鬼を相手にするのはかなり危険だ。そのまま逃げようと考えた小春は、急いで出口を探した。しかし、どこにもそれらしきものは見当たらない。鬼の影に隠されて見えないのかと、小春は壁沿いにゆっくりと歩いていった。

 果たして、一体の鬼の後ろに出口があった。しかし、そこには巨大な鉄の扉が行く手を阻んでいる。仕掛けがないかと小春があたりを探っていたときである。三体の鬼達が同時に立ち上がった。手には棍棒を持ち、小春の方へ向きを変える。

 小春は、三体の鬼達に囲まれた形になってしまった。鬼達から同時に発せられる闘気の嵐に晒されながらも、小春は大刀を手に持った。

 右手にいた鬼が棍棒を持ち上げた。まずはその鬼を倒そうと小春は身構える。棍棒を振り下ろした瞬間、小春は鬼の股下に潜り込んだ。

 しかし、ここで思わぬ攻撃を受けることになる。隣にいた鬼が、小春に向かって横殴りに棍棒を叩きつけてきたのだ。当然、小春をまたいでいる鬼の足を一緒に砕くことになるだろうが、そんなことはお構いなしのようだ。

 目の前に向かってくる棍棒を見るや、小春はすぐにそれを飛び越えた。棍棒は鬼の足を砕いただけで、小春にはかすりもしなかった。

 ところが今度は、足を砕かれた鬼が小春に向かって仰向けに倒れてきた。小春は急いでそれを避け、押しつぶされるのだけは免れた。

 ここまでなんとか鬼の猛攻を凌いだ小春だが、気づけば二体の鬼が自分の両脇に立っていた。小春の左手側は背後から、右手側は正面から、小春に向けて棍棒を振り回す。

 両者の棍棒が小春のいた位置でぶつかりあった。あたりにとてつもない衝撃波が走り、轟音が鳴り響く。地面は振動し、天井からは岩が降ってきた。

 そして、小春の姿は跡形もなく消し飛んでしまった。


 晶紀は『風』の道を進んでみることにした。

 道はほぼ真っすぐで、やはり自然にできた洞窟ではなかった。青白い光が等間隔に並んであたりを照らす。

 しばらくして、鉄の扉が目の前に現れた。晶紀がその扉にそっと手を触れてみる。予想に反して、扉は簡単に開いた。

 扉の向こう側には広い空間があった。そこは自然にできた洞窟のようだ。ここでも天井から光が差し込み、明るくなっている。炎獄童子は、そこで見た光景に唖然とした。

 小春が見たのと同じような、みずぼらしい赤鬼が三体、あぐらをかいて座っていたのである。どの鬼も、目を閉じて眠っているように見えた。

「なんだ、お前達は?」

 晶紀の声に反応して鬼達が目を覚ました。しかし、三体とも座ったままで動こうとしない。相手が鬼であることを把握しているのであろうか。

 その中の一体に晶紀は近づいた。鬼の顔を見上げ、無表情なまま

「長い間、人を喰らっていないようだな」

 と話し掛ける。しかし、鬼は無反応だ。

 晶紀は、洞窟の中を見渡してみた。自分の入ってきた側とは反対の方向に、洞穴が口を開けている。鬼達をそのままにして、晶紀はその出口へ向かった。

 その洞穴の中は明かりがなく、真っ暗だった。しかし、遠くに光が見える。

「また、外に出られるのか?」

 光に向かって、晶紀は歩を進めた。

 やがてはっきりと、出口の輪郭が見えるようになってきた。同時に、正面から強い風が吹き付けてくる。

「なるほど、『風』の道か・・・」

 晶紀は一人、つぶやいた。

 外に出るなり、炎獄童子はその光景に感嘆の声を上げた。

「こんなところに・・・」

 そこは高台になっていて、前に通った集落の跡を一望することができた。しかし、それだけだ。道がここで途切れていたのだ。

 端まで行って下を覗き込む。下りるための階段もはしごも、それどころか垂直に切り立った崖は滑らかで、足掛かりとなるような出っ張りも見当たらない。

 下からは強烈な上昇気流が噴き上げてきて、晶紀の髪を激しくなびかせた。

 仮にここから下りられたとしても、スタート地点に戻るだけで意味がない。炎獄童子は、引き返すことに決めた。


 小春を仕留めた鬼達は、再びその場に座り込み、目を閉じた。足を砕かれた鬼も、地面に伏せたまま眠りにつく。

 洞窟の中に、静けさが戻った。時折、天井から石ころが落ちてきて、地面にコツンと当たる音が周囲に反響する。

 少し大きめの石が上から落ちてきた。それは下で座っている鬼の頭へ一直線に向かっていた。

 鬼の頭に石が当たる。それは跳ね返ることなく鬼の体の中を通過していくように見えた。

 鬼の体が頭の方から裂けていく。石だと思ったそれは大刀を持った小春だったのである。

 棍棒が自分に激突する寸前に、小春は上へ飛び上がっていた。しかし、その後に襲ってきた衝撃波によって、宙高く飛ばされてしまった。

 洞窟の天井にまで達したところで小春は逆さまになり、足で天井に着いた。そして片手を岩の出っ張りに引っ掛けてぶら下がり、しばらく下の様子を探っていたのである。

 一体が倒されたことに気づいた赤鬼が立ち上がり、すぐさま小春のいる場所に棍棒を叩きつけた。しかし、小春はその動きを読んでいた。股下に潜り込み、両足を斬って動きを封じる。もう一体の鬼も、為す術もなく小春にとどめを刺され、残るは立つことのできない哀れな鬼だけだ。

 その鬼は、もはや戦意を喪失していた。小春から遠ざかろうと、細い腕で這って逃げていく。無残に折れた足は役に立たず、枯れ枝がぶら下がっているように見えた。

 今まで数多の鬼を倒してきた小春であったが、初めて鬼に憐れみを感じた。外敵を排除するため、この奥に潜む者を守るため、長い間ここで生きてきたのだろう。

「お前は、このまま生きたいのか? それとも、楽になりたいのか?」

 小春が思わず鬼に問いかける。しかし、鬼は動きを止めなかった。小春の言葉を理解することができないのだろう。

 小春は首を横に振って、鬼を放置したまま扉へと向かった。

 もう一度、仕掛けがないか探してみるが、それらしいものは見当たらない。試しに扉に触れてみると、簡単に開いた。

「なんだ、普通に開くじゃないか」

 大きなため息をついた後、小春は扉をくぐり抜けて先へ進んだ。


 晶紀が、四方に道のある部屋に戻ってきた。

 残るは『水』と『闇』である。どちらの方向へ進もうかと思案していた時、正面の方から声が聞こえた。

「どちらに進めばいいんだ?」

 大きな石の台に隠れて姿は見えないものの、それが小春の声だと気づいた炎獄童子が

「小春様?」

 と叫んだ。その呼びかけに、小春も

「晶紀さんか?」

 と返す。こうして、二人は無事に再会することができた。

「無事だったんだな、晶紀さん。よく、あの場所から逃げられたな」

「相手は鏡のようなもの。闘う意志を見せなければ襲ってきませんでしたわ」

 晶紀の言葉に、小春はなるほどとうなずいた。

「さて、どちらの方向へ進めばいいのかな?」

 そう言って、小春はあたりを見回した。

「私はこちらから参りました」

 そう言って晶紀は『炎』の道への入り口を指差す。

「小春様はあそこから」

 『水』の道への入り口を指差し、

「先程、こちらも調べましたが、元の場所に戻ってしまいます」

 と言いながら『風』の道への入り口を指し示した。

「じゃあ、残るはあの入り口か・・・」

 小春は、『闇』の道への入り口に視線を移した。道は真っ暗で、その先は何も見えない。

 『闇』の道に足を踏み入れる。今まであった青白い炎はここにはない。文字通り、闇があたりを支配していた。

「小春様、遠くに炎が燃えているのが見えますわ」

 晶紀の言う通り、明かりがほのかに揺らいでいるのが見える。道はそこまで真っ直ぐ続いているようだ。

「あれを目指して行くか」

 二人は、足元に気をつけながら、ゆっくりと歩き出した。地面を踏み鳴らす足音は反響することなく、闇に吸い込まれるように消え去ってしまう。二人の姿も全く見えない状態だ。

「晶紀さん、付いてきているかい?」

 先を進んでいた小春が問いかける。

「はい、大丈夫です」

 晶紀は怖がる様子もなく返事をした。

 かなり進んだところで、不意に二人は広い空間へ出たように感じた。しかし、まわりは闇に包まれているので、どのくらいの広さなのかは分からない。

 青白い炎が、小春と晶紀の前方で大きく燃え、その周囲だけを明るく照らしていた。

 二人は、その炎へと近づいていったが、全く熱を感じなかった。

「炎の割には冷たい感じがするな」

 小春がつぶやいたが、晶紀は黙したままじっと炎を見つめていた。

 炎の近く、地面に円形の金属板が埋め込まれている。外の扉を開けたときと同じ仕掛けのようだ。

 小春が背中の大刀を手に持ち、穴の中に刃を差し込んだ。

 炎が一瞬で消えた。闇と静寂があたりを支配する。

 突然、周囲にたくさんの青白い炎が舞い上がった。それは小春のいる場所を中心とした円の形に並び、周囲の壁を浮かび上がらせていた。

 その部屋は巨大な丸天井を有した円形の広場であった。どう見ても自然にできたものではない。何者かによって作られた部屋であることは間違いない。

 小春たちが、その部屋の大きさに圧倒されていると、先程まで炎が燃えていた場所から黒い煙が上がった。その煙はだんだんと何かの形へと変化していく。

 黒い煙から伸びた手が、大刀を持つ小春の手を思い切り弾いた。

 小春が思わず手を引っ込めた隙に、その手が大刀を穴から引き抜いた。

「しまった、刀を盗られた」

 大刀を手に黒い煙の中から現れたのは、小春そのものだった。ただ違うのは、肌の色が黒く、瞳は炎のように真っ赤に揺らめいていたところだけだった。

 黒色の偽の小春は、本物の小春に向かって突進して刀を横薙ぎに払った。小春は素早く後ろへと飛び退いた。

 しかし、偽の小春はなおも本物の小春へと斬りかかってくる。その動きは本物の小春のように素早く、それでいて容赦がない。

 小春は、とにかく相手の捌く刀を避けるしか手がなかった。横に避け、後ろへ飛び、かがみ込み、そして偽の小春が下段から斬り上げた時、その頭上を飛び越え、背後に着地した。

 すかさず小春は、偽の小春の両腕を掴んだ。ところが、偽の小春は腰を落とすと器用に小春の体を腰に乗せ、腕を下ろしながら体を曲げて、小春を前方へ投げ飛ばした。

 転がり落ちる小春を、偽の小春が大刀で突き下ろした。大刀は、地面に深々と突き刺さった。


 夜の森の中、月影は暗闇にまぎれて山へと近づいていった。

 周りには見張りがたくさんいる。かなり厳重な警戒だ。月影はゆっくりと前へ進んでいく。

 月影は、石段のある側とは正反対の場所から山を登り始めた。木々の間を縫って、山頂を目指す。

 儀式がどんなものなのか、知る者は冬音ただ一人。その冬音にただならぬ雰囲気があることを月影は感じ取っていた。

 儀式の場には何かが隠されている。月影は、それを暴くことが冬音の秘密を知る手がかりになるのではないかと考えていた。

 月影はようやく頂上へとたどり着いた。周りは闇が支配している。前方に、いくつか灯籠の灯りが見えた。おそらく、石段のある場所であろう。

 その灯りに照らされて何かの輪郭が見えた。かなり大きなものだ。誰かが座っているように見える。

 月影は、その何かにゆっくりと近づいていった。それは鬼の形に似ていた。下を向いているようで、動く気配はない。

(これが儀式に関係しているのか?)

 月影は前側へと進み、その姿を見て驚いた。

(こいつ、炎坊か?)

 月影は、炎獄童子が人妖を操る力のあることは知っていたが、『口移し』の術そのものは知らなかった。炎獄童子が全く動かないのは、晶紀に乗り移っているからである。しかし、月影にはそれは分からない。

(まさか、儀式で動きを封じられているのか?)

 と月影は考えた。

(儀式を取りやめるということは、こいつがまた動き出すということか)

 赤鬼の出現は、炎獄童子が関係しているのかも知れないと月影は推測した。よって、炎獄童子が動きを封じられれば、赤鬼は出なくなるということだ。

 だが、ここで疑問が残る。白魂では何を封じているのかということだ。雷縛童女が封じられているのなら、月影の前に姿を現すはずがない。他の青鬼を封じているのだろうか。その疑問を解決するためには、白魂へ行って直接調べなければならない。

 今は、直近の問題を解決することが先決だと月影は思った。


 炎獄童子は、小春が大刀で串刺しにされたと思っていた。

 偽の小春が突き下ろした刃は間違いなく小春の心の臓へと向かっていたからである。

 しかし、大刀は小春のすぐ脇に突き刺さった。まるで大刀が自ら小春の体を避けたかのように。

 しばらくの間、両者はそのまま動きを止めてしまった。小春は、仰向けの状態で偽の小春の顔を見ていた。瞳に宿っていた赤い光が、自分と同じ琥珀色へと変わっていく。

 やがて偽の小春が、大刀を引き抜いて両手に掲げ、その場にひざまずいた。

「あなたを真の所有者と認めます。どうぞ刀をお納め下さい」

 ゆっくりと立ち上がった小春は、何のことか分からないという顔をして刀を受け取った。

 偽の小春が黒い煙となって消え去った後、中央の、はじめに青白い炎の燃えていた場所から白い光が漏れ始めた。

 小春がその場所へ近づくと、地下へと続く巨大な螺旋階段がいつの間にか現れていた。光は、その下の方から発しているようだ。

「ここを下りていくしかないな」

 小春は、晶紀とともに階段を下りていった。

 階段は、かなり深い所まで続いている。螺旋階段の中心は空洞で、そこから光がゆらゆらと漏れ出ていた。

 二人が歩く度に、その足音が周りに反響する。

「この下に、鉄斎はいるのだろうか」

 小春が晶紀に話し掛けると、その声もあたりに反響した。

「そうかも知れないし、違うのかも知れない」

 晶紀は独り言のようにつぶやく。

 遂に、二人は穴の底、階段の尽きる場所までたどり着いた。そこには、大きな青白い炎が燃え盛り、あたりを明るく照らしていた。

 目の前には広い道が続いている。道の先には大きな扉が見えた。

「あの先へ行けということだな」

 小春たちは、扉のある方へと進んでいった。

 その扉は、木でできた何の変哲もない引き戸だが、かなり大きいものであった。小春は、その戸に手を掛けて思いっきり引いてみた。予想に反して戸を開けるのに力はそれほど必要がなかった。中から漂ってくる獣臭い匂いに、小春は思わず顔をしかめ、手で鼻を押さえた。

 中は大きな空洞になっていた。サイコロのような形の部屋には四隅に青白い炎が燃え盛り、内部を明るく照らしている。

 その部屋の中央、大きな図体をした者が座禅を組んでいる。青黒い色をしたその身体は痩せこけ、手足はまるで昆虫の足のように見える。

 顔には一つの大きな目があり、それは閉じていた。額には紅玉のような赤い石がはめ込まれている。

「まさか、こいつが鉄斎か?」

 部屋に入り最初に叫んだのは晶紀だった。

 一つの目がゆっくりと開いた。赤い瞳を二人の方へと向け

「招かれざる客もいるようだな」

 と地を震わせるかのような低い声で言った。

 小春は、その姿を見た瞬間から信じられないという表情のまま固まっていたが、晶紀の言葉を聞いてようやく口を開いた。

「まさか、鉄斎が鬼?」

 自分の父親かも知れない者が鬼であるという事実を小春は受け入れることができなかったのである。

「嘘だろ?」

「私は紛れもなく鬼だ」

 その言葉に、小春はうつむいたまま

「私が鬼の子?」

 とつぶやいた。

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