第3話 脅しの裏で

 嘘が上手い女は、ある意味で魅力的かも知れない。それがどんなに酷い嘘だったとしても、自分の魅力に付加してしまうのだ。「彼女は、とても魅力的な人だ」と。莫迦な男は、その魅力にまんまと引っ掛かってしまう。


 良い女の条件は、必ずしも善人とは限らないのだ。彼女の場合は……そう、どう考えても善人ではなかった。今までの行動を見ても分かるように。彼女の中にあるのは、愛する男の独占と、そこに付随する様々な特典だけだった。

 

 彼女は王子に尤もらしい嘘(普通の会話と見せかけて、王子にフィリアの名前を言わせたのは、流石としか言いようがない)をついて、その不安を見事までに消し去った。


「どうもお体の調子が悪いようで。今、私の部屋で休んでいますわ」


「そうか」とうなずく王子は、彼女の話をすっかり信じていた。「それは」


「大変ではありません。私は、当然の事をしただけですから」


 ネフテリアは「ニコッ」と笑って、王子の手を握った。彼女の手は、冷たかった。まるで体温を忘れたかのように。王子が「ありがとう」と笑った時も、その温度を変わらず保ちつづけた。


「ネフテリア」


「はい?」


「君にはいつも、助けられているね」


 を聞いて、少女の頬が赤くなった。


「何処かの誰かが頼りないからです」


「なっ」と、今度は王子が赤くなった。「僕が頼りないって」


 王子は彼女にムッとしたが、彼女が彼の身体を抱きしめると、その気持ちを忘れて「ネフテリア?」と驚いた。


 ネフテリアは、彼の声に応えなかった。


「王子」の声が切ない。「私の前からいなくならないで下さい」


「ネフテリア……」


 王子は、彼女の頭を撫でた。


「大丈夫。僕は、君の幼馴染だからね。何処にも行くわけがない。僕達は、ずっと友達だ」


「ずっと」


 友達、の部分が胸に刺さるも……ネフテリアは、顔には「それ」を出さなかった。


「私は」


「ん?」


「嫌です。ずっと友達なんて」


「ネフテリア?」


 ネフテリアは王子の身体を放し、彼の前から少しだけ離れた。


「今度のパーティーですが」


 から少しだけ間を開ける彼女。


「私と一緒にまた」


「ごめん」


 王子の顔がまた、赤くなった。


「その日は……その、先約があって」


 ネフテリアは、その言葉に胸が締めつけられた。


「あの子、ですか?」


「ごめん」の言葉が重かった。「それは、言えない」


「そう、ですか」


 少女の額に陰が覆った。


 ネフテリアは無感動な顔で、王子の前から歩き出した。


「彼女が目を覚ましたら、医務室に連れて行きます」


「僕も一緒に行くよ」


「ダメです」


「え?」


「貴方と彼女では、身分が違います。ここは、私に任せて下さい」


 彼女は王子に頭を下げて、彼の部屋から出て行った。部屋の外は静かだったが、構わず自分の部屋に戻った。部屋の中では、少女達がフィリアの周りを囲んでいた。


「ネフテリア様」


 フィリアは不安な顔で、相手の目を見つめた。


「なに?」と、それを見つめ返すネフテリア。「どうしたの?」


「い、いえ。王子はその、何かおっしゃっていましたか?」


 忌々しい質問だが、一応礼儀として「ええ」と答えた。


「とても心配していたわ」


「そうですか」


 あの! と、フィリアは椅子の上から立ち上がった。


「これから」


「の事はもちろん、分かっているでしょう? この事は、誰にも言わない。あなたを心配する王子にも」


「……はい」


 ネフテリアは、部屋の扉に目をやった。「ここから出て行きなさい」と言う合図だ。


「土曜日のパーティーだけど」


「はい?」


「貴女も行くの?」


「いいえ。最初は、行くつもりでしたが」


「そう。まあ、妥当な判断ね。一人だけのパーティーは、淋しいでしょうし」


 フィリアの瞳が潤んだ。


「……はい」


 彼女は涙の線を描いて、部屋の中から出て行った。


 少女達は、その背中に胸を痛めた。


「ネフテリア様」


「ん、なに?」


「ネフテリア様は、土曜日の夜」


「もちろん、行くわよ。王子と一緒にね」


「そう、ですか?」


「なに? 不満があるの?」


「い、いえ! その様な事は」


 他の少女達も、「ありません!」とうなずき合った。


「王子と一緒に楽しんで下さい」


「ええ」と笑った彼女の顔は、周りの少女達を震わせた。「もちろん」


 ネフテリアは嬉しそうな顔で、学校の授業に必要な教科書やノート類を準備しはじめた。



 彼の部屋に行ったのは良いが、その扉を叩く勇気が無かった。


 少女は不安な顔で自分の周りを見、それからまた、正面の扉に視線を戻した。「うう、どうしよう」と迷っている間に正面の扉が開いた。扉の向こうには、エルス王子が立っていた。

 

 王子は彼女の登場に驚くも、すぐに「どうしたんだい?」と微笑んだ。

 

 少女はその質問に震えたが……覚悟を決めたのだろう。真面目な顔で「王子にお話ししたい事があります」と言った。


「実は……」から続く話は、王子を大いに驚かせた。


「その話は、本当かい?」


「ほ、本当です! 私は、彼女に虐められて」


 王子は彼女の話に戸惑う一方、内心では「落ち着け」と言い聞かせていた。


「とにかく、今は様子を見よう。下手に動いたら、またやられるかも知れないからね」


「わ、分かりました」


 少女は王子に頭を下げると、何処かホッとした顔で、自分の部屋に戻って行った。


 王子は、その背中をじっと見送った。


「ネフテリア、君は」

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