悪役令嬢は、改心するまで何度も時間を逆行します
読み方は自由
逆行までのプロローグ
第1話 正真正銘の悪役令嬢
世界の歴史なんて、今更話す事でもないだろう。初等部の子供でもあるまいし、高等部の生徒なら「そら」で言える事だった。イヴァン公国が起ったのは、今から丁度250年前。カールマニア半島の東側にあった小国家群が、初代国王イヴァンによって統一され、現在の国が興された。
国の中には何百と言う諸侯が置かれ……彼女の生まれた家、パキスト家も王族と肩を並べる程の大貴族だったが、長年仕えた臣下の一族として、王都の中心部に館を設けていた。
館の外装は見事、その庭も綺麗に手入れされている。まるで、その地位を見せつけるかのように。そこで育った彼女、ネフテリア・パキストも……多少の不自由な所はあるが、齢17を迎えても尚、好き勝手な生活を送っていた。
土曜日の夜に開かれるパーティーはもちろん(彼女の通うノワール学園では、土曜日の夜にいつもパーティーが開かれる)、召使いの少年(黒髪の美しい少年だ)、ハナウェイを扱き使う態度も。
彼女は、取り巻きの少女達に「今度は、アイツを虐めて」と命じては、その光景をまるで女王様のように「クスクス」と笑いながら眺めていた。
「楽しい」
取り巻きの少女達は、その一言に震え上がった。今はまだ大丈夫だけれど、明日には自分達が虐められるかも知れない。「止めて、許して」と懇願する人間を蹴りつづけるのは、「楽しい」よりも「怖い」の気持ちが勝っていた。
(ごめんね)
(私達も、本当はこんな事をしたくないけれど)
口には出せないその言葉が、少女達の良心に深く突き刺さった。
彼女達は多少の躊躇いを見せながらも、彼女に命じられるままに目の前の獲物を蹴りつづけた。
「ううう。もう、許して!」と、獲物の悲鳴が響く。それを聞いても尚笑っていられるネフテリアは、ある意味で悪魔よりも恐ろしかった。
彼女の逆鱗に触れてはならない。
彼女の逆鱗に触れれば、今度は自分が虐められる。
必死に弱い相手(今回の場合は、少し違っていたが)を探す少女達は、内心で自分を呪いながらも、今の行いを止める事ができなかった。
ネフテリアは周りの少女に目配せし、その暴力を止めさせるとすぐ、獲物の顎を掴んで、その獲物に鋭く睨みをきかせた。
「怖かったでしょう? ううん?」
「怖かったです」と、相手がうなずく。「だからもう」
「『止めて』って? それは、貴方の行い次第よ」
「わ、私の行い次第?」
「そう」
ネフテリアの表情が変わった。これまでの笑顔が嘘のように。その瞳には、一種の焦りが浮かんでいた。
「エルス王子……と、最近仲が良いわね? あなた」
「え?」と驚く相手だったが、その言葉には心当たりがあった。エルス王子とは、このノワール学園の生徒で……月並みな言い方をすれば、女子達に絶大な人気を誇る美少年だった。彼はイヴァン公国の第二王子として、この学園の生徒会長を務めている。
獲物は、「獲物」なんて言い方は止めよう。
フィリアは、そのエルス王子と同じ生徒会に入っていた。
「それは……その、私は、生徒会の」
「書記だから? 高が平民の分際で、王子と仲良くして良いわけがないでしょう?」
無茶苦茶な理論だったが、それがネフテリアの言い分だった。「平民枠(平民を対象に設けられた入学枠。試験は難しいが、それに合格すると、「準貴族」の地位が貰える)で入学してきたくせに」と。
同じ平民同士が仲良くするなら別だが、身分を超えた付き合いは、どうしても僻みや妬みの対象になっていた。今のネフテリアを見ても分かるように。
彼女は……まあ、皆さんも既に察しが付いているだろう。そのエルス王子にホの字だった。幼い頃からずっと一緒にいる幼馴染として。
彼女はその性格に似合わず、恋愛に関してはかなり奥手だった。自分の思いを素直に伝えられない。そのくせ、誰よりも独占欲に満ちている。「自分の気に入った男に触れるんじゃない」と。
彼女は家の力、地位のすべてを使って、王子に近寄る虫を悉く潰してきた。
「ううう」と、フィリアが唸る。「で、でも」
「じゃない! 貴女の存在は、目障りなの」
ネフテリアは、彼女の頬を思い切り引っぱたいた。
「王子から離れて。貴女は、王子に相応しくないわ」
を聞いて、フィリアの目に涙が浮かんだ。
「嫌です」と言った時に叩かれた。「私も」と言った時にも叩かれた。
彼女は悔しげな顔で、目の前の女をじっと睨みつけた。
ネフテリアは、彼女の睨みに怯まなかった。
「分からない子ね」
たくっ、と言いながら周りの少女達に目をやった。
「この子を縛って」
「え?」と、少女達が驚く。「この子を?」
「そう」から続き言葉は、「今すぐ」だった。「誰もいない部屋に連れて行って」
少女達は互いの顔を見合ったが、最後は彼女の指示に従った。
身体をグルグル巻きにされるフィリア。彼女は少女達の力に抗ったが、これだけの大人数には敵わなかったのだろう。悲鳴は一応上げたが、学園の隠し部屋に行くまで、誰にも見つかる事なく、その部屋に投げ込まれてしまった。
「ふやだ! ふぁして! ふぁしてください! ふぁし(嫌だ! 出して、出して下さい! 出し)」
て、の声は残念ながら届かなかった。部屋の扉を閉める少女達。その鍵を掛けたのは、「ニヤリ」と笑ったネフテリアだった。
「こんな時の為に持っていて良かった」
ネフテリアはポケットの中に鍵を仕舞うと、周りの少女達に目配せして、隠し部屋の前から歩き出した。
「当分、あの部屋に閉じ込めておく」
「え?」と、少女達が震える。「で、でも」
「ん?」
「それは、流石に不味いんじゃ」
ネフテリアは少女達の顔を見つめたが、やがて隠し部屋の扉を振り返った。
「彼女には、それだけの罰が必要よ」
の言葉に絶句する少女達。少女達は「やっぱり危険だ」とか「王子にバレたらどうするの?」とか言って抗議したが、ネフテリアの方は聞く耳を持たず、挙げ句は「その時は、殺せば良いじゃない?」と言って、周りの少女達を驚かせた。
ネフテリアは、周りの少女達を笑った。
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