第25話
「お嬢様――」
何を言えば良いのか分からない野々村氏に、俺はココアを三杯所望する。俺も、と乗って来たのは鍵村氏だ。電子タバコなんか持ってるくせに甘いものも好きなのか。ちょっとよく解らない人だ、俺はカップを二つ受け取り一つを百合に一つを水原嬢に与える。水原嬢は気が進まなそうだったが受け取って、こくりと一口、それからほうっと丸い溜息を吐く。俺の分も受け取って、長椅子に腰掛けた。天斗はロッジに戻ってまた髪を染め直しているらしい。今度は黒とピンクだ! とか言っていたが、あいつが髪を染めるのは事件からの気分転換からなのかもしれない、と俺はぼんやり思う。いやしかし念のために染髪料セット持ってくる神経は解らんが。念のためなんて考えちゃいけないのが探偵って奴じゃないのか?
「僕の所為かな」
ぽつりと水原嬢が呟く。
「二人の研究の打ち切りに関わっていたのは僕だ。僕がお祖父ちゃまを殺して、二人の殺人鬼を作ってしまったのかな」
「それは違う」
百合が珍しくはっきりと物を言う。
「殺す奴はどんな状況になっても殺すし、殺されない奴はどんな悪条件下でも殺されない。それだけだよ」
「それは、経験則?」
「八割がたは」
くすっと笑ってココアをもう一口飲む水原嬢。どうやら落ち着いたようだとほっとするのは野々村氏だ。しかし、と、まだココアの表面を吹いている猫舌らしい鍵村さんが、今朝までと違う目で俺達を見た。
「高校生名探偵ね。本当に実在したとは驚きだよ。今回は出遅れたが、百合籠天斗もそうとうなもんなのか?」
「あいつも探偵なの知ったのは昨日の事なので、よく解りません」
「まあこの長い日本列島に名探偵が五人もいたんじゃ、間引きされるのも仕方ないのかねえ」
ずず、と音を立ててまだ熱かったのかふーふーしている鍵村さんが、ジャケットから名刺を出す。関西の物だった、事務所は。
「なんか縁があったら俺の事も思い出してみてくれや。留守にしてることの方が多いから携帯が一番手っ取り早い」
「え……っと、すみません、俺達名刺とか持ってなくて」
「あるよ」
百合はポケットを探って名刺ケースを出し、一枚差し出す。喜世盛勇志、御園生百合、と二人の携帯番号。俺の名前がさりげなくあるのが嬉しかったりする青少年だ。強姦魔だけど。そんな事今はどうでも良い。
「どうしたんだそれ」
「八月朔日さんに作って貰っといた」
「八月朔日って、八月朔日葉桜か? 弁護士の」
「お知合いですか?」
「大学の時犯罪学の講義が同じだった。突飛な質問ばっかりしてたな。しかもちゃんと授業に関わる範囲だったから誰も止められない。マシンガン八月朔日が綽名だった。他の講義でもそうだったらしいが、しかしお前さんたちの顧問弁護士がねえ……」
「八月朔日先生ならうちの顧問弁護人もやって貰ってるよ」
「まじかよ水原ちゃん!」
「宇都宮、乙茂内、百合籠、全部のグループの顧問やってたと思ったけど」
「出世したなちくしょー、こっちは猫のお尋ねすらまだやってんだぞ」
はあっと溜息を吐いてやっと冷めたココアに口を付けた名探偵は、やっぱりまあるい息を吐いた。
「今回の景品の網走独房だけど、どうしたら良いと思う? 江守さんは連れてかれちゃったし喜世盛君は探偵じゃないし……でも推理は外してなかったね、体温下降とか。いっそ喜世盛君にあげようか?」
「いや網走監獄博物館に寄贈しろよ。一番安全だぞ、あそこ」
「監獄なのに安全、か」
そう、監獄は安全だ。死体ごっこだってできる。まさか本当に死体になるとは思ってなかっただろうな、宇都宮翁も。
乙茂内グループは先日会長が逝ったばかりだから暫く事件は起こるまい。起こったとしても俺達には回ってくるまい。日本を束ねる三グループのすべての変死に関わったとしたら大変だ。こっちが人殺しみたいになってしまう。俺が殺すのは百合の心だけで十分だ。思いながら水原嬢とも名刺交換して交通費を貰って、専用車で駅まで送ってもらい、さよならをする。
北海道らしいことは何にも満喫出来なかったが、そのうち夏に百合と遊びに来てみよう。網走監獄博物館とかを。あと北海道の中心とか見たい。やりたいことばかり残った旅行だった。否、探偵業だった。
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