第2話栞さんがお隣?

「よし、今日も張り切っていこう!」


 学校生活が始まって数日が経った。今のところ大きな悩みもなく、友達とも話せるようになってきて、充実した学校生活が送れていた。ただ、一つ問題があるとすれば…


 「鳥原以外の友達を作る勇気が出ねえよ…」


 もしかしたらこれは、大きな悩みなのかもしれない。

 今のところ友達と呼べるのは鳥原一人だけだ。つまり、学校で話せるのも事実上鳥原一人だけということになる。違う人とも何度か挨拶はしたが、それだけだ。前に鳥原の後を追って友達を作りに行ったのはいいものの、この学校の近くの人達である程度グループができており、余所者の俺が入るのは憚られた。

 いや、入ろうと思えば入れたかもしれないが、今の今まで友達のいなかった俺が、突然友達を作ろうとしても作れるはずがない。そう、勇気が出なかったのだ。ヘタレである。


(こんな調子でいつになったら家に誘えるのだろうか…)


 はぁ…と、内心でため息をつく。高校生活は楽しむと決めていた俺はある程度の目標は決めてある。学校生活を充実させるという目標は、友達の数以外達成したと言っていいだろう。ただ、友達関係での最難関、「うち、遊びに来いよ」これが言い出せる気がしない。そして何より、誘うのが鳥原しかいないんだったら寂しい!これは早急に友達を作らなくては。


「行ってきまーす」


 家を出る前から緊張しすぎて、誰もいないのにそう呟いてしまった。落ち着け、俺。そういって自分を落ち着かせながら靴を履き、扉の鍵を閉める。足を数歩歩ませると、ガチャ。っというドアを開ける音がした。それを気にも溜めず歩いていると、後ろからずっと視線を送られているのに気づいた。


「ぁ…」


 視線が気になったので後ろに目を向けると、視線の主は息を漏らすような声を上げてから顔を赤く染め、逃げるように家に帰っていった。


「あれって…」


 うちの制服だ。…ってか、見覚えのある整った顔だった。一応、表札をのぞいてみると、こう書かれてあった。


 [神崎]


「やっぱりなぁ…まさかお隣だったとは」


 気まずいんだろうな、向こうも、きっと。俺は神崎と、その過去から逃げるようにして、足早にその場を去った。




「今日は授業にも集中できてなかったみたいだけど、どうしたんだ?浮かない顔して」


 朝のことをずっと考えていると、何かを感じた鳥原が俺に話しかけてきた。


「あ、いや、その…色々あってな…」

「大丈夫か?俺でよかったら相談に乗るぞ?」

「…大丈夫、そんな大それた事でもないしな」

「まあ、それならいいけど。なんかあったら連絡しろよ」

「ああ…ありがとう」

「なんだよ、水臭いな。友達だろ?」


(ありがとうな)


 そう言って笑顔を浮かべる鳥原に、心の中で感謝をする。鳥原は自然体だから気付いてないだろうけど、話しているだけで励ましてもらってるよ。


「…じゃあ、また明日」

「おう、明日は元気に学校こいよ?」


 そう言葉を交わして学校を後にした。




「…なんだこれ?」


 住んでいるマンションまで着いた俺は、朝のことを気にして俯いていたせいか、普段なら気づかないであろう足元に落ちている小さいものを見つけた。

 ゴミではなさそうだったので拾って確認すると、ケースの裏にはローマ字で[KANZAKI]の文字が。


「神崎のか?なんだこれ」


 ケースを開けて中身を確かめてみると折りたたまれた一枚の写真と鍵が入っていた。


「キーケースじゃねえかよ…見て見ぬ振りは出来ねえし…ああ、もう。部屋の前で待っとくか…」




 神崎、寄り道とかするタイプじゃないし、すぐに帰ってくるだろ。今の間に制服とか着替えておきたいけど、入れ違いになったら嫌だしなあ…

 なんて考えていると、奥から人影が歩いてくるのが見えた。顔を見ると、間違えるはずもない。神崎だ。


「しっかし、こうやってみるとやっぱり綺麗だなぁ…」


 という言葉とともに感慨深いため息をついた。


「なあ、神崎…さん…これ、そこに落ちてた…」


 突然、コミュ障ぶりと女子への耐性のなさを遺憾なく発揮して、神崎に話しかける。


「あ…これは…わざわざすみません。ありがとうございます、前沢さん」


 と感謝の言葉を述べて、笑顔でお辞儀してきた。なんなんだろうか。相手によく思われていないとは知っていても起こる、この胸の高鳴りは。


「そ…それじゃあね、神崎さん」


 胸の高鳴りを抑えるようにそう言って、玄関のドアを開けようとする。


「あの…前沢さん…よかったらうちへ上がっていきませんか?感謝をしたいですし…ご飯だけでも」


 うちへ入ろうと足を上げ、まさかの言葉にその体制のまま身体が固まる。


「ぇ…?」

「で、ですから、よかったらうちでご飯を食べていきませんか…と」


 ……えぇ?


「そっ、そそそそんなこといけませんって、軽々しく家に誘うとか…」

「軽々しくないですよ。鍵なんて大事なものを拾ってくださったんですから、お礼をしないと」

「お、お礼なんていいですって」

「よくないです。お礼をしないと私の気が済みませんからっ。それに、ご飯の材料なら二人分ぐらいならあるんで、大丈夫ですよ」


 そういって可愛らしい笑顔を向けてくる神崎。胸が跳ね上がるのを感じる。心臓の鼓動が早くなって、身体中が火を噴きそうなぐらい熱くなる。


(だめだ…このままじゃ色々と持たない)


 襲うだとかは考えてないが、昔の関係のせいで気まずさを覚えるのは確実なこととなるだろう。それに、女性経験がない俺のことだ。家に上がってもまともに話もできないだろうし、恥ずかしさでご飯を食べられるかすら危うい。

 だが、恐らく今のやり取りを見るに必ず上がらなくてはならないだろう。だから、まず心を落ち着かせるために今できるせめてものことは…


「一回家に帰って服着替えさせてください」

「分かりました。それでは私も着替えて待っていますので、着替えたら来てくださいね」


 そう言って家に入っていく神崎を見送ってから、俺は考えた。


(どうやったら緊張せずに行けるのかな…)

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