従僕の錫杖 8-33 想いが導くもの

 『大陸中央都市』ミディアル――。


 その都市は、まさに大陸交易の要であり中心地であった。大陸中央街道からソサリア王国の南街道へ繋がり、そして同国の北街道との接点として発展してきた、大陸内でも有数の陸上交易の拠点である。


 訪れる隊商はもちろん住む者たちの種族も多種多様で、アーストリアで主要な五種族のみならず、珍しいとされる少数種族の姿もよく見られた。


 ちなみに五種族とは、人間族、飛翔族、竜人族、魔人族、エルフ族のことである。


 ミディアルは、領土的には人間族の統べるソサリア王国に属するが、南隣の国の民である飛翔族の数も多い。飛翔族とは、人間族とほぼ変わらぬ体格をしており、背中に鳥のような翼を持つ種族のことだ。


 テロンやルシカ、クルーガーたち一行はミディアルの北側から都市に入り、振興住宅地区を歩いていた。


「すごいひとの多さですね。それに、背中にきれいな翼を持つひとたちがたくさん」


 マイナは顔をあちこちに向け、くるくると体を回すように周囲を珍しそうに眺めながら歩いていた。まるで全ての光景を目に焼きつけておこうとしているかのように。


「おっと。あまり余所見よそみばかりしていると迷子になるぞ」


 ひとにぶつかられてバランスを崩したところを隣を歩く青年に助けられること数回、その度にマイナは赤くなりながらクルーガーに謝っている。ちなみに魔獣であるプニールは王都からの『転移』に乗れなかったので、今頃は大森林アルベルトの中をこちらに向かって驀進ばくしん中だということだ。


 マイナの熱心な観光熱に、後方を歩くティアヌが水を得た魚のように次から次へと語っていた。


「テミリアと比べて背の高い建物が多いのは飛翔族が多いからですし、通りの交差の複雑さは、この街が中心から次々と外側へ広がっていったからなんですよ。新興住宅街の広がりは、まさに迷路同然の勢いです!」


「ティアヌだともうまず間違いなく、迷子決定! ――の街ってことよね」


 リーファがエルフの青年の横から口を挟む。その合いの手に、くすくすとマイナが楽しそうに笑っている。


 クルーガーはそんな少女の笑顔を横目で見て、嬉しく思っていた。


 ミルトの村で馬を調達し、この商業都市まで街道を飛ばしていたとき、マイナと交わした会話を思い出す――。





 ティアヌとリーファはいつの間にか馬術を身に着けていた。旅の間に覚えたのだという。


 魔導士の娘ふたりは単独で馬を乗りこなすことができず、クルーガーとテロンがマイナとルシカをそれぞれの馬に同乗して駆けてきたのであった。


 夕暮れに空が染まり、周囲が刻々とオレンジの色彩と闇の織り成す夜影に沈みゆくなか、街道沿いをひた走っていたときのことだ。


「――クルーガー、もしかして……ルシカさんのことが、好きなのではありませんか……?」


 それは小さな声ではあったが、訊かれた瞬間クルーガーの心臓がごとりと鳴った。


 力強く疾走する馬上で、自分の前に座るマイナの黒髪がハタハタと彼の胸鎧の表面を叩いていた。


「ルシカは俺の友人だ。そして弟テロンと結婚したパートナーだ」


「はい。でも――」


「どうしてそう思う?」


 内心の動揺を押し隠し、低い声音でクルーガーは問うた。自分では、声は少しも震えていないという自信はあったが。


「さっきのお屋敷でも、ずっと気にしていましたから。何か言いかけては止め、また言いかけては止めて……ずっと見つめていました」


 マイナはそこまで言葉を続けたが、ふいに「ごめんなさい。もし違っていたら、本当に……」とうなだれた。


 クルーガーは手綱を握る手に、無意識に力を込めながら答えた。


「――いや、違ってなどいないさ」


 前方を見つめる青い瞳を、僅かに伏せて囁くように言う。


「ルシカのことが、友人以上に大切だった。だがそれは過去のことだし、決してテロンを上回れるほどではなかった。……俺にルシカは護れない」


 手綱を持つ手の感覚が失せたクルーガーは、喉が絡まるような声で続けた。


「現に今も、あのふたりは俺に――俺たちに、自分たちの重荷を背負わせることのないように考え行動している。……ふたりというより、ルシカが、なんだろうな」


 自分の声が、自分の胸に突き刺さるようだ。それでもクルーガーは言葉を続けた。マイナは黙って聞いている。クルーガーの前に座っているので、その表情は見えない。


「あいつは出逢ったときから、自分自身を甘やかさない、他人に頼ろうとしない。本音を全てさらけ出す相手がいるとすれば……ただひとり、テロンにだけだ」


 だが、ルシカにそんな重荷を背負わせているのはソサリア王国そのもの。すなわちそれは、国王であるクルーガー自身に他ならない。彼女を縛る鎖は――宮廷魔導士、そして陰の王国の護り手という『立場』だ。


「しかし今回、テロンもれているようだ。それでもテロンは……ルシカの抱えこんでいる全てを――その強さも弱さも、全てを受け入れようと足掻あがいているが」


 双子だから――いや、同じ相手を気に掛けていたからこそ、その気持ちが手に取るようにわかる。


 けれど今、状況は変わっている。運命さだめはクルーガーにも、同じ思いを抱かせる相手――マイナを引き合わせたのだ。少なくともクルーガーはそう感じていた。


「俺にはそこまでの覚悟はない。それに――今は護りたいと思う相手が、俺が護れると思う相手が目の前にいるのだから」


 その言葉に、マイナがハッと振り返った。大きな紅玉髄カーネリアン色の瞳が、間近で見開かれたままクルーガーの顔を見上げる。


 クルーガーはちらりと目を合わせ、微笑んでまた進行方向に視線を戻した。


「ひとの思いは隠せるようなものではない。特にちかしい者には。――俺はマイナに隠し事はしたくない」


 だから話した、とクルーガーは言葉を続けた。


 マイナは自分の手元を見つめた。その手を動かし、自分の体の前で手綱を握る手の上に移動させた。


 クルーガーは刹那目を見開いて驚いたように緊張したが、すぐに表情を緩めた。手綱を握る力も自然に抜ける。


 ふたりを乗せ、馬は走った。後方に続くの三頭の馬も頼もしく力強いリズムで大地を蹴っている。


 途中休憩を挟みながらも夜通し街道を走り続け、次の日の午後を迎える前に、一行はミディアルに到着したのであった。


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