歴史の宝珠 7-26 大切な約束

「まったく、いつも騒ぎの渦中にいないと気が済まないようだな、ハイラプラスよ。そんなに生き急いでいると早死にするぞ」


「あなたほどではありませんよ」


「ハッハッ、アカデミーに居た頃と変わらんな」


「アカデミー?」


「グローヴァーアカデミー、魔導の最高学術機関です。私たちは同期で学んだ仲なんですよ」


 リューナの問いに、ハイラプラスが答えた。


「同期って……」


 リューナは思わずふたりを交互に見つめた。種族の違いを差し引いても、ダルバトリエの年齢は三十代半ばに見えるし、ハイラプラスは青年といってもいい年齢のようだ。もしかして相当若作りで年齢が俺の親父ぐらいだったりして……。


「飛び級ですよ」


 まるでリューナの心の内を読んだかのように、ハイラプラスが口を開いた。


「そういえば、注文していた魔晶石はどうなりました?」


「おお、実はそのことでも話があるんじゃ。まぁ、ここでは何だし、我がメロニア王宮へ行ってからでどうだ?」


「そうですね」


 ハイラプラスとダルバトリエの遣り取りを聞き、リューナの傍らにいたトルテが、彼にそっと訊いてきた。


「なんの魔晶石なんですか?」


「『歴史の宝珠』に必要な最後の部品らしい。注文済みだと言っていたが、この人に頼んだみたいだな」


「まぁ、そうだったんですか」


「おまえさんが俺に頼みごとをしてくるなんて、アカデミーで准教授たちが揃って辞表を書いた事件以来じゃのぅ」


 ハイラプラスの肩を抱きながら笑い続けるダルバトリエの背中を見て、一体どんな騒ぎを起こしたんだろうと気になるリューナだった。





 監視塔から出て、メロニア王宮と呼ばれる建物がある中央街区までの間、リューナとトルテは快適な移動手段に歓声をあげていた。馬車とは違う優美なデザインの箱部屋が、魔導で動くのである。


 気を良くした竜人王が王宮で振舞ったアイスクリームを、リューナとトルテはディアンとともに三人でご馳走になり、ルエインは疲れたことを理由に早々と退室した。


 その後、ディアンも気疲れしたのか椅子に座ったまま寝てしまった。何といっても、もう明け方近いのだ。


「魔晶石のことだが」


 それまで若い頃の話などが展開されていたが、唐突にダルバトリエが話題を変えた。


「おまえさんの注文の充填専用の魔晶石を作ろうとして、偶然にも別の魔晶石ができてな。あぁ、待て、案ずるでないぞ。注文のほうもちゃんとできあがっておる」


「そうですか、良かった。あれがないと困るもので。――で、偶然にできたほうは、何か問題があるんですか?」


 リューナとトルテも目を擦っていたが、この話題には心惹かれるものがあり、目を開いて聞き入った。


 ダルバトリエは、椅子に座りなおして身を乗り出すようにしながら、目を輝かせて言葉を続けた。


「これがまた面白い、かつ貴重なものでな……驚くなよ?」


「何なんです? もったいぶらずに教えてくださいよ」


「――『万色』の光を生み出す魔晶石なのだ」


 その言葉に弾かれたように、リューナが、トルテが顔を上げた。


「おや、ふたりも知っておるのか?」


 ダルバトリエが意外そうに若いふたりに顔を向ける。ハイラプラスは片眉を上げて指を組み、ふぅむと唸ったあと、おもむろに口を開いた。


「確かに、珍しいですね……。『万色』の力を持つ魔導士がいれば喜ぶでしょうが」


「まぁ、そうじゃな。そのような力を持つものは、過去には三千年前にひとり現れたきりだし」


「どうしてその石が、『万色』の力を持つものにしか喜ばれないんだ?」


 リューナはどきどきと高鳴る胸の鼓動を感じながら口を挟んだ。何か、歴史の重要な面に立ち会っている気がしていたのだ。


「『万色』の力を生まれながらに持つ者は、自分の力をコントロールすることができない。ゆえに、その力に気づくまでは、あたかもたいした力を持たない者として誤解されてしまうのだ」


「類稀なる力ゆえに気づかれず、三千年前に現れたその魔導士の人生の半分は、非常に辛く孤独なものであったといいます」


「偶然できあがった品じゃ。その時の『万色』の魔導士に、この魔晶石を杖にでも仕立てて進呈したいくらいだが」


 ダルバトリエはふぅとため息をついた。


「その者以外に価値がないものなのか……」


 リューナのつぶやきに、ふたりの学術者は頷いた。


「こんな魔晶石は滅多にできるものではない。王国一の宝物にするほどの希少価値はあると思うのじゃが、何にせよ、使える対象が限定的過ぎる」


「ふっふっふ、王国一には私の『時間移動タイムトラベル装置エキップメント』で決まりでしょう」


 ふんぞり返るダルバトリエに、不敵に微笑むハイラプラス。魔導士ふたりのアカデミー時代が思い浮かぶようで、リューナはちょっぴり身を引いた。


「……あたしのお母さんは、『万色』の魔導士です」


 トルテがぽそりと言い、あくびを噛み殺して目の端に浮かんだ涙をぬぐった。急激に眠くなったらしい。火花を散らしていたふたりが、半分眠っているような少女に目を向けた。


 動きを止めていたハイラプラスの目が、はっと見開かれる。自分の顎に手を当て、ふむ、とひとつ頷く。


「――なるほど、それがあなたの力のルーツなのですね」


「あ、あのさ……」


 言いかけるリューナを手で制し、ハイラプラスは口を開いた。


「もうひとつ、新たな依頼ができました。その魔晶石を必要としている『万色』の魔導士に渡したいのですけど」


「おぉ、それは素晴らしい。だが――そのような力を持つ者が生まれたという話は聞いたことがないが」


 ハイラプラスはニコッと笑い、リューナに片目を瞑ってみせた。そして、リューナの肩にもたれかかるようにしてすやすやと寝入ってしまった少女を見ながら、ハイラプラスはゆっくりと語りはじめた。


 都市の灯りは少しずつ消え、いつの間にか黎明の空となっているのだった。


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