歴史の宝珠 7-1 歴史の探求者たち

 見守るリューナは、手のひらに汗をかいていることに気づいた。


 剣を構えて目に見える危険に立ち向かうのは自分だから気にしないが、トルテのみが立ち向かうことができる危険――魔導の力が必要なときは見守ることしかできないので、極度の緊張を感じるのだ。


 自分が、守ってやれないから――。


 古代魔法王国の封印には、解除の過程で現れる隙間にいくつものトラップが張り巡らされていると聞く。その解除に失敗、もしくは気づくことすらできなかった術者は、自分自身の魔力マナを逆に取り込まれてしまう。魔力を全て奪われること――それはすなわち『死』を意味するのだ。


 トルテに、そんな危険なことをさせたくはない。できれば自分が解除に挑みたいのだが、リューナのような魔術師では、古代魔法王国の遺産『五宝物』を封印している魔法の解除は不可能だ。末裔たる魔導士でなければ、解除に挑むことすらできないのである。


 見守るほうは胃が引っくり返りそうなほどに心配しているというのに、トルテはいつもののほほんとした顔でリューナを振り返った。


「じゃあ、いくね」


 一声掛けてから、彼女なりに表情を引きしめたようだ。


 右腕を真っ直ぐに上へ伸ばし、左手は祭壇に向ける。腕先や体で然るべき動きを為し、多面体の表面に魔法陣を幾つも具現化していく。


 魔法陣を描くスピードは、決して早いとはいえない。宮廷魔導士であるトルテの母親と比べてはいけないのだろうが、やはりまだまだ未熟なんだろうな、とリューナは思う。


 それでも、『魔導士』というを持つものは、大陸に数えるほどしか存在しないのだ。トルテは魔法使いとして非常に貴重な人材といえる。そして、ソサリア王国にとってはもっと重要な意味のある存在なのだが――。


「我は知識を求める者なり。いにしえの封印から、今こそ目覚めよ!」


 トルテが魔導士によってのみ発音される魔法言語『真言語トゥルーワーズ』を高らかに発した。


 非常に正確な発音だ。リューナには発音することはできないが、知識としてはわかるので判断はつく。


 祭壇が、震えた。


 構成する平面が動いているのだ。激しくその位置を入れ替え、まるでパズルのように、仕掛け箱が開くときのように、次々と展開していく。やがて四枚の板となった平面は周囲の床に全て沈み、中身が現れた。


 『歴史の宝珠』が造られて封じられたのは『万色の杖』と同じ時期、古代魔法王国の末期だから――光の下に現れたのは実に二千年ぶり、ということになる。


 その実物を目の前にして、ふたりは感動と――それを上回る驚きに立ち尽くしていた。


「うわぁ……なんだか想像よりかな~り大きいんですけど」


 トルテが素直な感想を洩らした。


「同感だ……。宝珠っていうから、手のひらに乗るものとばかり思っていたぜ……」


 それは、とてつもなく大きかったのである。宝珠らしい球体なのだが、大きさはリューナの背丈と変わらない。不透明なオレンジ色をした表面はすべらかで、とても硬そうだ。きらきらと天井からの光を反射して美しく輝いている。


 ふたりは顔を見合わせた。


「……どうやって、持って帰ります?」


 トルテが訊いた。


 リューナは唸った。頭を抱えてみるが、名案が浮かばない。

 

 ここは、リューナの住んでいる町から半日以上歩いた森のなかにある遺跡だ。探していたものが意外に近くにあったので、ふたりは大喜びで遺跡を探索する計画を立てた。


 だが、トルテが王宮を抜け出すことに手間取ったため、待ち合わせの時間を過ぎてしまい、リューナが先に遺跡に潜り込んでしまったわけだが……いや、それについては今は置いておくとして。


 遺跡の中を、そして野獣や魔獣がいる森の中を、こんなに大きなものを転がして帰らないといけないのかと思うと――。


「トルテ。物質の重量を軽減できる魔法ってあったっけ。大きさを縮める魔法とか」


「リューナちゃんのほうが、あ、えっと、リューナ……のほうが知っていれば。あたしはそういう魔法は知りません」


 トルテは申し訳なさそうに肩を落とした。


「物質を浮かせて移動させる魔法はあったが……」


 ずっと魔力を使い続ける、というのは、いざ移動中に戦闘になったときに困る。トルテに魔力を放出し続けてもらうのも酷な話だし、かといってリューナではすぐに魔力を使い果たしてしまうだろう。


「ちきしょう、何でこんなにでかいんだよ!」


 リューナは祭壇があった場所に置かれている球状のものを手の甲でコツンと叩いた。


 すると、宝珠はいとも簡単にコロッと転がり、ふたりは慌てふためいた。だが、どこにもぶつかることなくすぐに再び静止した。球体ではあるが質量に片寄りがあるらしく、コロコロとは転がらなかった。


 ふたり揃って、顔を見合わせる。


 リューナは無言で球の表面に両腕を回した。その反対側に回りこんだトルテが、同じように細い腕を回し、「せーの」で持ち上げる。


 ふわっと宙に持ち上がった球をふたりは目を丸くして見上げた。少しの力で頭上まで持ち上がってしまったのだ。


「信じられない……先入観って怖いな」


 リューナがつぶやき、トルテもうんうんと頷いた。


 けれど、これなら抱えて帰れそうだ――ふたりはにんまりと笑い合った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る