第5話 了承
「頼み、ですか?」
さっきから嫌な予感がしてしょうがないので、訊いてみた。
「さっきの話と俺たちに関係性がないように思うんですけど、なんですか?」
俺たちはクラス委員であるが、できる雑用とそうでない雑用がある。人には能力や適性というものがある。
しかし、先生は言った。
「その、だな。お前たちに、あいつがどうしてあそこまで不真面目になったのかを訊きだしたうえで、生活態度を改めるように説得してほしいんだ」
「嫌です」
俺は即答した。
正直、やっぱりそうきたか、と思った。悪い予感が的中した。
「……だめか?」
「俺たちは、江南さんとほとんど交流がないんですよ。なのに、どうやってそこまで深い話ができるんですか。それに、そういうのは先生の仕事でしょ」
「まあ、おまえの気持ちはわかる。よくわかるぞ」
わかるのであれば、即刻その頼みごとをやめてもらいたい。自分が匙を投げた仕事を押しつける対象としてクラス委員が用意されているわけではない。
「だいたい、生徒に頼むにしてももっと適任がいるでしょう。西川とか」
むしろ、西川以外には無理な芸当だ。しかし、先生は首を横に振る。
「実はすでに頼んだことがあるんだ。あいつはどうしてあそこまで不真面目なのか、それとなく聞き出して改善を促してくれないかと。そして、断られた」
「……断られたんですか」
意外だった。西川はギャルだが、授業態度は極めて真面目だ。成績もかなり上位だったという記憶がある。今の江南さんの様子を見て、改善してほしいと思っているのではないかと考えていた。
「理由は正直よくわからないんだ。ただ、さっきのお前のように即答だった。断った理由すら教えてくれなかった。最近の高校生は何を考えているのかよくわからん」
「はぁ」
「よく聞いてくれ。お前らだけが頼りなんだ」
そんなこと言われても困るが、一応言い分は聞くことにした。
「まず、2年生になってから江南が何回時間通りに登校してきたか知っているか?」
当然、知らない。それまで黙っていた藤咲が答える。
「わからないですけど……半分くらいは登校しているんじゃないですか?」
「違うんだ、藤咲。こっそり教室に入っているときもあるから気づいていないのかもしれないが、それどころじゃない」
じゃあ何回なんですか、と訊くと、驚きの答えが返ってきた。
「6回だ」
「……」
6回? 今は10月で、4月からカウントして登校日は80日以上あったはずだ。それなのに、たったの6回?
「衝撃的だろう。江南がいない朝のHRは日常風景だからな。もはや生徒の誰も気にしなくなっている。しかし、一学期の初めに6回登校したあと、ずっと遅刻しつづけている」
「気づいてなかった……」
というか、今までよく容認されてきたな。普通に留年確定だろう。
「お前らの言いたいことはわかる。ここまでひどい状態になるまで、なんで放置していたんだとな。しかし、放置していたわけではない。あいつの家に訪れて、親御さんにも協力してもらうよう伝えたり、職員室まで呼び出して粘り強く遅刻してくる理由を聞いたこともあった」
「そうなんですか」
知らなかった。藤咲も知らなかったようで、俺と似たようなリアクションをしていた。
「あんまり詳しいことは言えないが、あいつの家庭事情にもいろいろあってな。俺もそこまで強くは言えなかった。しかし、さすがに許容できる範囲を超えている。それに、このまま堕落させるのでは本人のためにもならない。だからこそ、今日は思い切り叱り飛ばしたんだが……全然本人の心には響かなかったようだ」
それは知ってる。
「先生と生徒という立場の隔たりから言えないこともあるだろう。しかし、同じクラスの生徒同士なら、通じ合うものもきっとあるんじゃないかと思うんだ。だからこそ、お前らに江南のことを頼みたい」
「お断りします」
「ここまで聞いておいてそれか!?」
当たり前だろう。もともと断るつもりで話を聞いていたのだ。
引き受けたところで失敗するのが目に見えている。あの江南さんだぞ。顔は可愛いかもしれない。でも、話しかけようとするすべて(一名除く)を跳ね返してきた江南さんだぞ。こちらに何のメリットもないうえ、なんで失敗するとわかっていることに挑まなければならないのか。
「真面目なお前なら、ああいう生徒は許せないだろ。直してやりたいとは思わないのか」
「……特にそんなことは思いません」
俺は、確かに嫌いだ。ああいうことをしている奴は嫌いだ。
だから、関わりたくないのだ。
「……藤咲、 お前はどうだ?」
「……そうですね」
俺以上に真面目な藤咲は、先生の話を聞いて少し考えこんでしまったようだ。
そして、言った。
「わたし、一回江南さんと話してみます」
「……本気か?」
俺は一度もないが、藤咲の性格ならすでに江南さんに話しかけたことがあるだろう。そしておそらく、無碍に扱われているはずだ。それでもなお、挑もうというのか。
先生はよほどうれしいらしく、文字通り、飛び上がって喜んでいた。
「本当か! ありがとう! お前に言ってよかったよ、藤咲!」
藤咲がそういうのであれば仕方がない。俺も言った。
「それなら一回だけ、俺も一緒に言ってみます」
「助かるよ!」
ふと、藤咲のほうを見ると、小さく手を前に出して謝っていた。
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