第25話 私達、付き合ってます
「実は私と蒼司は付き合ってたんだ」
俺の家の玄関先で、特撮好きで巨乳な方の幼馴染が蒼乃に告げる。
その事実を突きつけられた蒼乃に表情は無く、光の無い瞳でぼたんの顔を見返していた。
「それを、何故私に言うんですか?」
「いやー、蒼司が蒼乃ちゃんと仲直りしたって聞いたからさ。私も前みたいに蒼乃ちゃんと仲良くなれたらなって思って……。だったらこういう事はきちんと伝えておいた方がいいでしょ?」
ぼたんは言いながら自然に腕を絡めて来る。女子高生とは思えない豊満な胸が二の腕に押し付けられて、無駄に緊張してしまった。
「本当なの? 兄」
蒼乃の冷え切った視線が俺へと向けられる。害意や敵意といったものは何も感じられないが、思わず背筋がうすら寒くなるような、そんな瞳だ。
「まあな。恥ずかしかったから今まで内緒にしてたけどな……」
もちろん嘘である。
俺が今日学校で、ぼたんにそういうふりをしてくれる様ひたすら頼み込んだのだ。
幸いなことにぼたんには未だそういう相手が居なかったため、親友の為なら仕方ないと理由も聞かずに請け負ってくれていた。
「まー、付き合ったからって何にも変わんなかったけどね~」
「ぼたんが変わるところを想像できないんだが」
きっとデートはヒーローショーとか行くんだろうし、話はライダーとか特撮やアメコミ映画で埋め尽くされて、好きだの愛だのは遠い星の彼方に投げ捨てられるに違いない。というか、恋愛トークをするぼたんなんてぼたんじゃないだろう。
「あはは、そうだね~」
「認めるなよ」
「あの、ぼたんさん」
そんな会話をしている俺たちの間に、蒼乃は無理やり体をねじ込むと、自分の胸を押し付ける様に俺の腕を抱きしめる。
「今日は帰ってもらえませんか?
こんな事をするなんて、まるで蒼乃がぼたんに嫉妬している様にしか見えないではないか。
想定外の行動をとった蒼乃に、俺もぼたんも戸惑いを隠せなかった。
「え~っと……? い、一緒に蒼乃ちゃんも遊ぶ?」
「聞いていなかったんですか? 兄は……」
「待てって、蒼乃」
俺は蒼乃の腕から俺の腕を取り返し、蒼乃の肩を掴んでこちらを振り向かせる。
「蒼乃、帰ってすぐにお前の相手をするなんて約束してなかっただろ。それにゲームはまた後でも出来る。俺はぼたんと用事があるんだよ」
「でも……」
「しないとは言ってないだろ」
蒼乃は不満そうな表情を浮かべた後、チラリと背後のぼたんを睨みつける。
恐らくぼたんから蒼乃の顔を見る事は出来なかっただろうが、纏っている雰囲気からどういう想いを抱かれているかなんて容易に感じ取れただろう。
そのぐらい、蒼乃は自分の感情を隠さなくなっていた。
「ぼたん、お茶とか持ってくから先に部屋に行っといてくれ」
「う、うん、わかった」
ぼたんは俺に促される形で家に入り、そのまま慣れ切った態度で俺の部屋へと向かう。もっとも内心は相当穏やかではないだろうが。
「何しといてもいいぞ」
「おっけー」
俺はぼたんの背中にそう投げかけた後、ジュースとお菓子を取りにキッチンへと向かった。
「兄」
無言のまま俺の後を追いかけていた蒼乃がようやく口を開く。
「なんだ?」
「昨日から私を避けてるよね? 今のもその一環なんじゃないの?」
昨日、俺は蒼乃から告白されそうになった。されそうになっただけで在って、肝心な言葉は蒼乃が口にする前に俺が口を手で塞いだために聞いていない。
ほとんど告白されたようなものだが、まだはっきりとは確定していないため、まだ誤魔化せる領域にある……はずだ。
「ちげえよ。だいたい俺はでかい方が好みなんだよ。それからするとお前は小さすぎだろうが」
「最低」
久しぶりに蒼乃の口から罵声が飛び出したのだが、不思議と今はその罵声が心地よかった。
俺は蒼乃に嫌われなければならないから。
「おう、だからすまんって。前のは血迷ってお前をそういう対象に見てしまっただけなんだ。ホントすまん」
好き、愛してるといった恋愛の対象ではないと否定し続け、あくまでも性欲の対象に見たと押し通すつもりだった。
どんなにバレバレであったとしても、それが蒼乃の為になるからだ。兄妹でそんな感情を持ってはいけない。この世界ではそんな事、認められるわけが無いのだ。
「多分だべりながら適当にゲームすると思うが、蒼乃も一緒にするか?」
「……いい」
蒼乃は少しだけ迷ったのか、一瞬遅れてから首を横に振る。しかし断ったはずなのに、蒼乃は俺の横から離れなかった。
「ねえ、今日のミッションどうするの?」
「食後だな。そんなに時間かからないだろうし」
ミッションはたった三分間額を合わせる事。クリアは非常に容易だったのだが、俺は朝にそれをすることを避けたのだ。理由は言うまでもなく、蒼乃と俺が止まらなくなり、果ては暴走してしまう可能性すら有り得たから。
お互いがお互いを『使った』と、絶対に一生黙っておかなければならないような秘密をさらけ出し、相手への感情を自覚したうえでそんな事をすればどうなるか、想像するに難くない。
「今しよう」
「ぼたんが来てるだろ」
「私が今したいの、しよ」
蒼乃が言い寄ってきて俺の袖をつかんでグイッと引っ張り、そのまま首を伸ばして顔を押し付けてくる。
それはまるで、キスをせがんでいる様で……。
「駄目だって!」
ついつい声を荒らげながら、蒼乃を振り払ってしまった。
「分かってくれよ。俺はぼたんと付き合ってるんだ。というか蒼乃は妹だろ? もっとその事を自覚してくれよ」
「嘘だって分かってるから。どうせ兄の事だからぼたんさんに頼んだんでしょ」
よくお分かりのようで。全く以ってその通りだが、今はその嘘を貫き通さないといけないんだよ。
「違う。俺はお前の事は……何とも思ってないけどな、あいつは違う。あいつは特別なんだよ」
そうだ。俺は間違いなくぼたんに一定以上の感情を抱いていた。
一番好感度の高い女性は誰かって聞かれれば、間違いなくぼたんだって即答できるくらいにはアイツの事を気に入っている。話が合うし、趣味も合う。一緒に居て苦痛じゃないし、遠慮なく色んな事を言い合えるくらいに仲が良い。
間違いなく最高の相手だろう。
……蒼乃が居なければ、の話だが。
「とにかくそういう事だ。俺には何も、求めないでくれ……」
絶対に応える事なんて出来ない。応えちゃいけないんだ。
俺はそう言うとジュースとお菓子にコップを引っ掴み、俯いたまま黙りこくっている蒼乃の横を通り抜けて自分の部屋へと向かった。
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