第11話 寄り道
予定よりもだいぶ遅くに学校を出る事になってしまったため、時折下校中の生徒たちの姿が見える。
部活で疲れ切っていたり、遊びながら帰っているからであろうか、彼らの足取りは酷く遅い。
こう見えて蒼乃はその容姿から、学校ではそこそこ有名なのだ。先ほどから男子生徒の数人が、蒼乃をチラ見してひそひそ声で話していたりする。
そんな中を蒼乃と共に歩いているものだから、他人からどのように見られているのか気になって仕方がなかった。
仲が良い兄妹ですね~くらいならまだましだけれども、放課後デートでもしてたの? とか思われたら俺もう学校に行けない。
「あ~、蒼乃。走るか?」
「そんな事したら余計目立つからやだ」
ですよね~。
どうするかと視線を巡らせていると、ちょうどいい所にコンビニを発見した。
「なあ、コンビニ寄らね?」
「なんで?」
そりゃあ逃げ込むため……とは言いたくないな。なんかこいつが可愛い事を認めるみたいで嫌だ。
「買い食いしたい」
「私は早く帰りたいんだけど」
さすが帰宅部のエース。周りの声にも動じず、寄り道も一切せずに帰るのか。
だが俺は無理だ、耐えられねえんだよ。
「よっさんイカ奢ってやるから」
この前まだ好きだって逆切れしていたことが頭に焼き付いていたため、それを引っ張りだして交渉の材料にする。
「……コンビニは行かない」
「コンビニは?」
コクンと蒼乃が頷いて、まっすぐ先を指し示す。
「そこのドラッグストアなら二割引きくらいで買えるから、そっちで買って」
「二割引きって……5円くらいしか変わらなくね?」
駄菓子なので一個税込み30円くらいだ。ドラッグストアはそこの、といっても家と反対側にしばらく歩かねばならない。
正直5円安い程度でそれだけの距離を歩く気はしなかった。
「コンビニだと5個しか買えないけど、同じ値段でドラッグストアなら6個買えるでしょ」
「ん~、でも俺唐揚げ食いたい気分なんだよな」
「なら向こうのスーパーにする。多分値段変わらないし、唐揚げもコンビニより安くで量買えるから」
「…………」
この年齢からなんという経済観念の高さ。これは将来旦那の財布を握りそうだな。
「なに?」
俺が思わず蒼乃の顔をまじまじと見つめていたせいか、蒼乃の機嫌が少しだけ斜めになりつつあるようだ。
声はやや低めのトーンに、瞳には少しだけ険しいものが浮かんでいる。
「いやまあ、よくそれだけ覚えてるなって思ってな」
「こんなの普通でしょ。お母さんの手伝いしてたら覚えるし」
「ふ~ん。蒼乃って意外にお……」
おかん気質って言ったら絶対怒るよな。えっと……。
「良いお嫁さんになりそうだよなっ」
…………無理やり過ぎたか?
やべ、だんだん眉の角度が高くなっていってる。これは爆発するっ。
「バ、バカじゃないのっ!? 何がお嫁さんよっ! そんなのセクハラじゃないっ!! 最っっ低っ!!」
俺の予想通り、蒼乃は顔を真っ赤にして怒り出してしまう。
それだけ大声を出すという事は、その分目立ってしまうという事で、何人か居る生徒の他に、道行く人も何事か探るような視線をこちらに向けて来る。
……これは気まずい。
「すまん、別に他意はないんだ。ほら、あれだ。蒼乃と結婚した人は幸せになるだろうなとかそういう話でな。蒼乃を褒めたつもりだったんだよ」
「うっ、うるさいっ! 不潔っ、変態っ! もういいっ!」
蒼乃はふんっと思いきり顔を逸らすと、急に早足になってしまう。
蒼乃が足を踏み出すたびに、左右の髪に飾られたリボンが感情を表しているかのように大きく揺れる。
「ごめんって! とりあえず待てって。ミッションがあるだろっ」
「知らないっ」
俺は蒼乃の背中を追いかけて走り出してから……気付く。
意識はしていなかったが、先ほどまで俺たち二人は横に並んで下校していた。登校するときは蒼乃が俺の後ろをついてきていたというのに。
「一個じゃなくて何個か買ってやるから」
だが俺はそんな事実をとりあえず脇に置いて、蒼乃を宥めるためにはどうすればいいかという難問を解決するために脳をフル回転させたのだった。
寄り道してスーパーで買い物をした俺と蒼乃は、ようやく帰路に着いていた。
「……スーパーって結構安いんだな」
量はほぼ倍にして値段はコンビニとほとんど変わらない唐揚げが手に入ってしまい、俺は戦利品片手に思わずそうぼやいてしまった。
もちろん味の種類はプレーン一種類しかないのでそこら辺はコンビニに劣るが、それ以上に金額と量の恩恵は大きい。
「でしょ」
蒼乃は鼻高々と得意げにドヤ顔している。
ちょっとうざいとも思ったが、まあ確かにこれは蒼乃の功績五割、スーパーの実力五割なのだから受け入れざるを得ないだろう。
「ほれ、報酬」
俺はスーパーの袋の中からよっさんイカを含む駄菓子の袋を三つ取り出すと、蒼乃の前に差し出した。
蒼乃は駄菓子をじっと見つめて、
「一つ多いんだけど」
なんて文句を言ってくる。
スーパーに入る前は二つと約束していたが、駄菓子よりどり5つで100円なんてやっていたので、つい買ってしまったのだ。考えてみれば二つで50円なのだから、予定の倍お金を使ってしまったのでスーパーの策略に敗北してしまったと言えなくもないが、別段悪い気はしなかった。
こうして蒼乃に少し太っ腹な所をみせられるのだから。
「多いのになんで文句言われないといけないんだよ。とにかく受け取っとけって」
俺は蒼乃の手に駄菓子を押し付ける。一応、甘いのはそこまで好きじゃないということで、残りの二つはカツとのしイカだが、これが嫌だというのなら交換に応じるつもりだった。
「……分かった。貰っとく」
「うし」
蒼乃は俺から駄菓子を受け取ると、小さく礼を口にしてからポケットに押し込む。
「……今食べないのか?」
「歩きながら食べるの行儀悪いし」
「いや、買い食いなんだから歩きながら食べるのが醍醐味なんだって。家帰って食べたらただの夕飯じゃん」
そう言いながら俺は袋の中から唐揚げの入った透明なプラスチックのパックと割り箸を取り出し、袋をポケットに入れ、割り箸を二つに割って食べる準備を整える。
「ほれ」
二人の間に唐揚げのパックを広げ、割り箸の一方を蒼乃に差し出す。
「別に……ご飯あるから……」
そう言う蒼乃の顔には、ちょっとだけ食べてみたいな、なんて事が書いてあり、興味がある事はバレバレだった。
「もしかして、買い食い初めてか?」
蒼乃は割と真面目な性格をしている。それは先ほどの行儀が悪いなんて事を気にする態度だったり、夏休みの宿題なんかで母親からまったく怒られたのを見たことが無いからそう思ったのだが……。
「そうだけど……」
どうやら当たりだったらしい。
「行儀は悪いかもしれないけどな、買い食いしながら帰るってのはこう……青春ってやつだよ。青春は子どもの特権だから行儀よりも優先されるんだ」
「なにその屁理屈」
「いいじゃん。毎日買い食いするわけでもなし。たまにはさ」
蒼乃は一度ためらいながら唐揚げを見て、一旦視線を逸らした後、やはりかぐわしい香りの魔力には勝てなかったらしく、おずおずといった感じで割り箸を受け取った。
俺は内心ガッツポーズを取りつつ、箸を突き刺しやすいように足を止める。
「そういやぼたんは激辛味の唐揚げ丸が好きだったな」
「ぼたん……さんが?」
「…………」
「なによ」
睨むなよ。大したことじゃないから。
「そう言えば昔蒼乃が、ぼたんお姉ちゃんって言ってたなって思い出しただけだよ。今はさん付けなんだな」
「…………昔とは違うよ」
話をしている間に蒼乃は唐揚げを突き刺すことに成功しており、そのまま割り箸に刺さった唐揚げを顔の前に持ってきてまじまじと見つめる。
俺も初めて買い食いした時は、何となく悪い事をしている気がしてちょっと気が引けていた事を思い出す。きっと今、蒼乃も同じような背徳感を覚えているに違いなかった。
「…………」
唐揚げを前に、なかなか踏ん切りがつがない蒼乃をじっと見守る。
蒼乃は唐揚げをしばらく見つめた後、小さな口を精いっぱい開けて齧りついた。
唐揚げの10分の1ぐらいが蒼乃の口の中へと消える。そのまま蒼乃はもぎゅもぎゅと咀嚼してから……ごくんっと飲み下す。
「どうだ?」
俺は奇妙な高揚感を覚えながら尋ねる。
ワルに引き込んだという意識はなかったが、似たような感じなのだろうか。
「ん、その……」
「その?」
「食べたことあるはずなのに、違う味みたい」
蒼乃は左手を口元に添え、少し恥ずかしがりながらうっすらとほほ笑む。
俺はその笑みを、何年かぶりに俺に向けられた蒼乃の笑顔を見ながら、少しだけ、本当に少しだけ、蒼乃が学校で可愛いと言われるのに納得してしまった。
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