第8話 ミッション4:一緒に登校しようっ
気持ちよく眠っていたというのに、顔にビシッと布状の何かが勢いよくぶつけられる。
そのせいで俺はまどろみの中から強制的に引っ張り出されてしまった。
安眠という珠玉の宝を非道にも奪っていった犯人は――。
「おはよう」
制服を完璧に着こなし、ぶすっとした顔でベッドサイドに立っている蒼乃であった。
しかもその手には俺の制服のシャツらしきものが握られており、どうやらこれを俺の顔面に叩きつけて起こした様である。
もっとマシな起こし方は無かったものかね。フライングボディプレスとか……はアニメの中だけで許される行為だな。寝ていて脱力している人のどてっぱらにあんなもんかましたら起きるどころか永眠するっての。
そうだな……優しく揺すりながら、お兄ちゃん、起きて。起きないとキスしちゃうぞ……だめだ、想像してて気持ち悪くなってきた。蒼乃がそんな事するとか想像するだけで吐きそう。
「…………」
そんな妄想をしながらぼーっと蒼乃の冷たい瞳を見つめ返す。
「お・は・よ・う」
「……おはよう」
これは決して望んでやっているのではない。昨日のミッションが、ゲーム終了まで毎日一度は挨拶をするというものだったからだ。
そしてもうひとつ。こちらは俺と蒼乃で決めたことだが、朝いちばんに起きてミッションを確認する事になった。
こうすればミッションの達成に一日という時間をかける事ができるからなのだが……。
「早すぎない?」
何も食事すらしていない早朝からあのゲームをしなくてもいいじゃないか。
えっと今は……6時かよ……。朝食は7時なんだけど。
つか俺はいつも朝食前に起きるんだよ、早えよ。
「私は嫌な事は真っ先に終わらせる
そうかい。俺もお前と色々するのはあんまり気持ちのいい事じゃねえよ。
ようやく気持ちが通じ合ったな。まったくこれでゲーム終わってくんねえかな……。
俺は心の中でぶつぶつと文句を言いながら体を起こし、伸びを一つする。
その間も蒼乃からの鋭い視線がグサグサと突きささっているが無視を決め込む。こっちは朝の貴重な時間を潰されたのだから本当は文句の一つも言いたいくらいなのだ。
「四回目だっけ、ミッション」
一回目は握手。二回目は会話で、三回目は挨拶。正直言って簡単すぎると言えば簡単すぎる。
だが、これが強制力を持ったミッションになってしまうのが俺と蒼乃の関係でもあった。
「いつまで寝てるの? はやく起きてくれない? ……その通りだけど」
その通りならいちいち馬鹿にする必要なくねぇ?
いつもならそういう事も口に出して言っていたのだが、今は別に言わなくてもいいや、ぐらいに思えてくるので少しだけ俺の内心が変わってきたのも事実である。
俺は欠伸をかましながらスマホを弄り、ブックマークからゲームを立ち上げて蒼乃にスマホを差し出した。
「…………」
蒼乃はスマホをじっと見降ろしていたが、やがて待ちきれなくなったのか画面に手を置いて連打を始める。
一昨日あれほどこのゲームを怖がっていたとは思えないほど遠慮や忌避感が無くなっている様だ。
慣れたのというのもあるだろうけど……いや、止めておこう。自画自賛になりそうだし。
「次、
「ん」
蒼乃に促され、スマホの画面に親指で触れる。
そういえば最近蒼乃が俺の事を昔みたいに「
『今日は二人で一緒に登下校してみよー!』
登下校か……。
俺たちが学生でなければこのミッションは成立しない。そんな事ゲームに一切入力していないのに。
これは俺たちの個人情報を何らかの形で入手しなければ出すことすら出来ないはずだ。
だというのにその個人情報を使って何かされた形跡はない。本当にこのゲームを仕掛けている奴は一体何を考えて居るのだろう。
いや、あの不幸が起こったことからして、果たして人間なのかも疑わしい。いくら考えても答えなど出るはずもないが、それでもゲームの正体について考えてしまっていた。
「……外で待ち合わせでいい?」
「んあ? すまん、聞いてなかった。なんだって?」
「だから、一緒に家を出るとか嫌だから外で待ち合わせでいいでしょ」
……ナチュラルにそういう事してくんなぁー……。いやもうこういうヤツだって分かってるからなんか腹も立たなくなってきたわ。
まあ、母親に妹と登校するヤツなんて思われたくないから賛成だけどな。
「俺に聞かずにゲームに聞くべきだろうな。外で待ち合わせが可能なら、学校の校門で待ち合わせなんてのもありになるだろうし」
そもそもゲームにどうやって聞くのか分からんけど。
スマホの画面を見てみても、丸い円が真っ二つに割られ、その片方に登校、逆側に下校という文字が浮かび上がっているだけに過ぎないため、細かいルールなんかはまったく分からなかった。
「ま、俺が先に出て曲がり角で待っとくから、蒼乃が後で来ればいいだろ」
もし家から一緒に出なければならないとしたら、一度家に帰って自転車でも使ってもう一度学校に行けば十分間に合うだろう。
なんとも間抜けな話ではあるが。
「……分かった」
蒼乃はコクリと頷いた後、何事もなかったかのように部屋から出て行ってしまう。
ゲームを終了させて画面を見れば、そこに表示されている時間は6時5分だった。
「……まだ眠れるか」
俺は6時55分にアラームをかけた後、もう一度布団の中に潜り込んだ。
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