第26話:なにをいいだすの
各クラスが出し物を行う文化祭は終了の時間を迎えた。
この後は後夜祭が行われる。
キャンプファイヤーを囲んでイベントの成功を祝う、生徒会主催によるプログラムだ。
夕日差し込む校庭を見ると、丸太を運んで二本ずつ平行に置いて交互に重ね、四角に組んでる人が確認できる。
一般客がそれを横目にして、正門から外へ吸い込まれるように出ていく。
しばらくして、一般客が出ていく姿もなくなり、先生方が校舎の点検を済ませていく。
その点検が終わると校内放送が始まるはず。
「おつかれ一、
「
「キャンプファイヤーが始まるはずだから、行こうか」
手を差し伸べる颯一。
「うん」
差し出された颯一の手を取り、あたしたちは部室を後にする。
二人で手をつないで歩いてる後ろ姿を、
その後ろに
外に出ると、かなりの人数が校庭に集まっていた。
ザワザワとする校庭の真ん中に設置された丸太の薪。
人が四人くらいは入ることのできる、四角に積み重ねられた薪の内側には燃えやすそうな火種が詰め込まれている。
夕方だけど発言者が立つ朝礼台が運び込まれ、マイクとスタンドが用意され、飲物や軽食の準備も着々と進んでいく。
やがて空から降り注ぐ光が消え、夜の帳が下りる。
「皆様、おまたせしました。ただいまより生徒会主催による後夜祭を開催します」
パチパチパチパチ…!
周りから盛大な拍手が巻き起こり、10秒ほどで鳴り止んだ。
「今回の文化祭も大きな事故なく、無事に終わったのは生徒の皆さんが力を合わせて取り組んだ賜物です。そしてなにより、全校に渡って出店用の衣装をすべて内製しきった手芸部の皆さんの力を忘れてはなりません」
また拍手が巻き起こる。これはあたしたちに向けての…。
小恥ずかしい気持ちになりながらも、やり遂げられて本当によかった、と胸がいっぱいになる思いだった。
「前置きが長くなりました。お待ちかねの点火を行います。点火しますので先生の指示に従って薪から10メートル以上は離れてください。それでは弓道部主将、
ええっ!!?
まさか
姿を探すけど、見当たらない。
ざわっと沸き立ち、視線はある方向に集まった。
上ッ!?
屋上に柵越しで佇む一人の影。
横には燃え盛る
やっぱり、あの…埋橋さんだ…。
道着に身を包み、
無駄のない、見惚れてしまうほど華麗な動きで弓を構え、矢先を篝火にかざす。
矢先は勢いよく燃え上がり、火の灯った矢を弓に添えて構える。
ギリ…と弓をいっぱいに引き、風が収まるのを待つ。
シーンと静まり返り、刹那…わずかに弓の軋む音が届いたその瞬間。
ヒュッ!
風を切る音と共に、火矢が放たれた。
美しい曲線を描きながら、矢は薪の中心部めがけて突き進む。
これ、ワイヤーで矢を導かない本当の一発勝負!?
ザスッ!
たったの一度で狂いなく刺さった薪の中心部から、たちまち火の手が上がる。
「あたーりー」
「
誰か二人が大声でボケとツッコミを披露した。
ドッと笑いが起き、朝礼台に立つ生徒会役員が困っている様子だった。
「お見事っ!埋橋さんに盛大な拍手をお願いしますっ!」
ワーッと笑いに負けないほどの拍手が送られる。
あたしも手が痛くなるくらい大きな音を立てて祝福した。
「それでは埋橋さん、慌てず気をつけて降りてきてください。火は先生が片付けますのでそのままにしておいてください」
一礼して、埋橋さんは奥へ進んで姿を消す。
「後夜祭、スタートですっ!火に近づきすぎないよう気をつけてください。飲物や軽食を配っていますので、受け取ってからどうぞご歓談ください。頃合いにはダンスやゲームを企画していますので、
まさか埋橋さんが弓道部主将だったなんて…知らなかった。
「あの人だっけ?
「うん、茉奈と仲良くなりたくていろいろしてたけど、いつの間にか虐めちゃってたらしいよ。けど茉奈はやっと自分で虐めから抜け出して、仲良くなって、文化祭を一緒に回ったんだって」
すぐ後ろで紘武がそれを聞いていたことには気づけるはずもなかった。
花壇を囲うレンガの縁に二人で腰を掛けて、ゴウゴウと燃え盛る火を眺めながら、配られた軽食を口にする。
「あたし、颯一と出会えてよかった」
「うん。今日はいい思い出になるね」
来年も、颯一とこうして幸せなひとときを過ごせると思っただけで、胸がいっぱいになる気がしていた。
でも、手芸部はどうなっちゃうんだろう…?
輝が退部したら…多分追いかけて入部した人たちも辞めちゃう…。
となると、できる範囲でやるしかないよね。
颯一が肩を抱いてきた。
ホッとする暖かくて優しい手。
もっとぬくもりを感じたくて、颯一にもたれ掛かる。
今は、考えないようにしよう。
このひとときを大切に過ごしたい。
しばらくそのままで過ごしていた。
「お待たせしました。これよりクイズ大会を開始します。ルールはかんたん。二択クイズを出しますので、キャンプファイヤーの左右に分かれて、正解の方が次の問題へ進む方法で行います。上位者には豪華景品を用意しています」
「行こうか」
三角コーンで左右に分かれる目印を作り、更に後ろは…正門側にはポールとロープが張られた。
地面にはマルとバツが白線で描かれる。
あたしは颯一に引っ張られて、クイズに参加することにした。
相変わらず輝の周りは女子が囲んでいて近づくこともできそうにない。
でも今はいい。颯一がいるから。
「第一問!歴史の問題。真言宗の開祖は最澄である。マルかバツか」
ドヨヨッ…。
「中間試験かっ!?」
誰かが大声で発したツッコミに、周りからドッと笑いが起きる。
文化祭が終わるとすぐに中間考査がある。ついその事実を思い出すツッコミだった。
司会がカウントダウンを始める。
「彩音はどっちだと思う?」
「答えは空海だからバツよ」
「俺も同意見だ。行くか」
バツのエリアに移動した。
ほとんど半分に割れている。
ザワザワとしているのは、二択の討論をしているらしい。
マルバツで分かれた中央に、ロープを張りつつ走る生徒会役員。
「答えは、バツです!」
ワァーッ!という声と、オーゥという声が混じり合う。
ロープを持った生徒会役員はキャンプファイヤー側を軸にしてマル側へ回り込み、後ろへ追いやる。
失格者はこうなるわけね。
「第二問!国語の問題。行くの謙譲語は参る。マルかバツか」
やはり周りはドヨドヨしていた。
「颯一はどう思う?」
「マルだな」
「ならマルに行きましょ」
颯一任せにしてるように見えるかも知れないけど、マルが正解。
結構微妙な問題だから、マルかバツかで迷う人が多い。
今回も半分くらいに割れていた。
「正解はマルです」
失格者が続出して、だいぶ人数が減っていた。
輝はまだ残っている。
追っかけ女子同士で意見が割れたのか、輝にくっついてる女子もかなり減っていた。
四問、五問と進むうちに数えるほどの人数になる。
「第六問!家庭科の問題。塩の賞味期限は半年であるマルかバツか」
「あ~…颯一はどう思う?」
「わからないから一か八かだな。そもそもこれ、家庭科の問題か?」
賞味期限は何にでもあるはず。塩の袋なんていちいち確認しないわよ。
「ならマルにしましょう」
あたしたちはマルのエリアに進む。
これはさすがにわからない人が多くて、マルとバツを交互に行き来する人が多い。あたしたちもわからないけど。
中央にロープが張られ
「答えはバツです。塩を含めた結晶には賞味期限がありません」
「あー…そうだったんだ…」
あたしたちはここで脱落した。
「それではここで上位者が四名になりましたので、クイズを終了して表彰に移ります」
生徒会役員がくじ箱を取り出した。
「じゃんけんして、勝った順に各一枚ずつ引いてください。中には数字が書かれています」
上位者四名がくじを引く。
「それでは順番にこの封筒を選んでください」
四つ出された封筒を、順番に選んでいく。
「封筒を開けてください。景品が書いてあります」
なるほど、そういうことね。
くじで封筒を選ぶ順番を決めて、その封筒に景品が書いてあるんだ。
「ちなみに景品の価値はどれも同じです」
価値?
「一人目の中身は、デパート商品券五千円分です!」
周りから拍手が巻き起こる。
「二人目の中身は、amasonギフトカード五千円分です!」
なるほど、そういうことか。
「三人目は、食事券五千円分です!」
券面額が同じで、使える場所が違うということね。
「最後。中身は、図書券五千円分です!勝ち残った四名に拍手!」
パチパチパチパチ…
生徒会役員の音頭で拍手が起きるけど、微妙に最後がオチになった気がする。
開封はそれぞれバラバラだったから、狙ったわけでもないと思うけど。
「それでは準備がありますので、しばらくご歓談を続けてください」
ちなみに輝も最後の問題で失格した。
「それでは後夜祭の最後を飾るフォークダンスを開始します。キャンプファイヤーの周りに二つの円を描いています。交代を希望しないペアは内周へ、交代を希望する場合は外周に並んでください。男子生徒はそれぞれキャンプファイヤーが見える外側、女子生徒は内側です。交代の際は男子生徒が時計回りです」
音頭を取る生徒会役員に応じて、人が流れる。
「よし、内周だな」
「うん」
引っ張られるままに人の波を避けて、内周へ向かう。
で、お約束のように輝は外周に並ぶものの、女子過多の状態になっていた。
輝の向かって左側に追っかけ女子がズラーッと並んでいる。
生徒会役員たちが苦慮するものの、間引いたり待機列を作ってなんとか形になった。
「交代の際は笛を吹きます。笛が聞こえたら男子が時計回りに動いて交代してください。それではミュージックスタート!」
校庭を包み込むように音楽が流れ始める。
あたしの背中にはメラメラと燃える火が、背中をジリジリと暖めている。
ピーッ!
笛が鳴った。
けどあたしは交代の必要がない。
そのままゆったりと流れに乗って踊り続ける。
颯一がリードしてくれるままにステップして舞うふたり。
向こうを見ると、輝が目の前にいた。
流れに乗って、すぐ輝の姿が遠くなっていく。
やっと…輝のこと、諦められそう…。
じんわりと暖まる心。満たされていく気持ちを感じながら、ふたりの世界に入っていく。
「颯一…」
「彩音…」
お互いの名前を呼びあって確かめあう。
これで何周しただろうか。
少し疲れを感じたあたしは、ステップをやめた。
「少し休も」
「そうだな」
邪魔にならないよう、外周で踊る人たちの間を縫って、花壇の縁に腰掛けた。
いつ終わるとも知れない円舞にも、終わりの時間がやってくる。
フェードアウトしていく音楽に、そこはかとない寂しさを残した余韻に包まれつつ、ダンスの時間が終わりを迎えた。
ステップを踏んでいた生徒たちは舞うのをやめて、ばらばらと散らばっていく。
「これにて生徒会主催の後夜祭を終了します。火は30分後に消化します。それまでゆっくりとお過ごしください」
後夜祭のメインイベントが終わった。
キャンプファイヤーを囲んで、天をも衝くように燃える火を眺めるカップルが身を寄せ合って、あたりに散らばっている。
紘武は木に登り、木の枝に背中を預け、葉の間から差し込む火の光を眺めていた。
颯一はつないだ手を引いて、校庭でも火の明かりが届かない暗いところへ足を進める。
校庭の植樹されているところの影に入り、その木を背にして颯一が目の前に立つ。
あたしと颯一は、すぐ上に紘武が登って寝そべっているとも知らずに…。
颯一の顔が目の前に迫ってくる。
チュッ…。
軽く口づけをする。
鳥がついばむように、お互いの唇を確かめるような軽い口づけから、次第に興奮してきたあたしたちは、お互いの口の中に舌を差し込んで、
ぬめる舌や口の中が気持ちいい…。
唇の敏感なところに颯一の唇が当たり、ゾクゾクした快感が体を駆け巡る。
「んふっ…はむっ…」
「はぁ…んんっ…」
どこまでも続くと思った二人の口づけ。
やがてどちらからどもなく口づけをやめて、目がなれてきた暗がりの中で見つめ合う。
「颯一…」
「彩音…」
うっとりした目のままで、あたしは再び口づけをしようと顔を動かす。
しかし…
颯一は掴んだあたしの肩を押して、口づけしようとしたあたしを止める。
「別れよう…俺たち…」
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