第24話:もんだいなさそうね

 文化祭一日目

 虐められ続けていた茉奈まなは、やっと虐めていた人と打ち解けて一緒に回ることになった。

 あたしはというと、お試し交際をやめて本気で付き合うことにした颯一そういちと一緒に文化祭を回ることにしている。

 手芸部にいる人達は、あまりの忙しさにクラスの出し物は役割を付けられず、手芸部の展示品案内だけになっていた。

 二人一組で一時間交代を一度だけということになっている。

 部長に聞いたことだけど、輝が生徒会にかけあって、手芸部員はクラスの出し物に関わらせないようしていたらしい。

 というのも、夏休みが終わった段階で出した計画を元にすると、とてもクラスの出し物に関わっている時間は取れないというデータを示して、生徒会役員を納得させたからだそう。

 ほぼ学園祭すべてを横断しての衣装制作という大仕事は、ボヤ騒ぎで燃えた分の衣装を含めなくても、実際かなりギリギリだった。

 燃えた衣装の再制作を含めると完全にオーバーワークだったことは昨夜の出来事。

 この高校において、手芸部というのは少し特殊な位置づけにある。

 おかげで颯一との時間がたくさん取れそう。


「文化祭、思いっきり楽しもうね」

「もちろん」

 あたしと颯一はパンフレットを手に、近くの出し物から入ってみることにした。

 このパンフレットもデザインは生徒のものだろう。

 さすがに印刷は印刷屋に出しているはず。この大きさの紙を出せるプリンタは校内に置いてない。

 最初に入ったのはコスプレカフェだった。

 手芸部で作っていたから、見慣れた感じで何か不思議。

「ねえ颯一、カフェって結構多かったはずだから、目についたらすぐ入ってちゃお腹が水でたぷたぷになっちゃうかもよ。それに明日あたしは…」

「そうだな、飲食の出し物は吟味しなきゃダメかも」

 出てきたコーヒーを啜りながら、このあと立ち寄る場所の相談をしていた。

 周りはアニメキャラやゲームキャラ、ドラマに出てくる人物の制服など、知ってるものから知らないものまでいろいろ来ている生徒がホールスタッフとして動いていた。

 さすがに予算が予算だけに、カウンターテーブルを自作するところまでは無理だったみたいで、明らかに学習机を並べたもので間に合わせていた。

 鎧をまとっている人もいるけど、さすがにダンボールでは済まさなかった。

 プラ板を切って曲げて塗装して…と結構手間がかかっている。

 本来ならコスプレしている姿を楽しむべきなんだろうけど、苦労して作った側からすると、無事に全部作り上げられてホッとしている心境だった。


「次、どこ行こうか?」

「そうだな…」

 手をつないで歩いてる姿を見る輝。

 周りには相変わらず女生徒が取り巻いているけど、その顔は浮かない。

 彩音と一緒にいる颯一に、心の奥でモヤモヤとした暗雲のやり場がないままギリッと歯噛みをしていた。


 颯一に引っ張られて、お化け屋敷に足を踏み入れる。

 あたし、こういうのダメなんだよね…。

 入り口でメガネを渡される。

 確かこれって、立体的に見えるあれだよね?

 さすがに今どきのものは赤と緑などで色がついてるものじゃないけど…すっごく嫌な予感がする。

 そんなことを思っていたら…

「キャーッ!!!」

 お化け屋敷教室の中から悲鳴が響いてきた。

「ねぇ、やっぱりやめない?」

 怖気づいてしまったあたしは、颯一に問いかける。

「行こうか」

 押し切られる形で、あたしは暗幕をかき分けて中に入る。

 ぶにょ…。

 うわ…、嫌な感触。

 ずっとこんななのかな…?

 ところどころにうっすらと明るいところはあるけど、青白い光で怖さしかない。

「ね…ねぇ…颯一はこういうの平気なの?」

「あんまり…」

「ならなんで入ったのよっ!」

 ガタンッ!!

 ツッコミを入れた瞬間、突然脇の箱からガイコツの人形が飛び起きた。

「やーーーーーっ!!」

 思わず颯一に抱きついて本気の悲鳴を上げるあたし。

「だ…大丈夫だ…単なる作り物だから」

 あまり大丈夫そうじゃない震え声であたしをなだめようとする。

 それからも、ガバっと襲いかかってきそうで、決して触れない脅かし役の鉄則を守りつつ、けどもう足がガクガクしてるあたしは、颯一に抱きかかえられながら進んでいく。

 学生の子供だまし、というレベルを遥かに超えている。

 かなり気合い入れて作り込んでいた。

 やっと最後のほうまできた。

 ここまでくる間、あたしと颯一は渡されてかけっぱなしにたメガネのことなどすっかり忘れていて、出口を目指して進んでいる。

 最後と思われる暗幕をかき分けて、足を進めたあたしたちの前に…


 ピシャーン!!!ゴロゴロゴロ…


 雷を思わせるフラッシュとともに、かなりの大音響と共に目に飛び込んで来たのは、青白い顔をした恨みがましさのあまり醜く歪んだ顔をして、ボロボロな白衣を纏う血の滴る鎌を手にした女性だった。

『シャ----ッ!!!』

 それがゆったりとした動きから一転して、奇声を発しながらあたしたちに襲いかかってきた。


「ギャ----------------------ッ!!!!!」


 思わず腰を抜かしてしまい、堪えきれず絶叫を部屋中に撒き散らした。

 もちろんこれは暗幕に投影された立体映像で、かけたメガネによる目の錯覚を利用したもの。


 さっき入り口で聞いた悲鳴、これだったんだ…。

 冗談抜きで終始怖かった。あの悲鳴は演技でもなんでもない。

 心が凍えるほどの恐怖を味わった。

 特に最後のあれは、締めくくりの演出としてはこの上ないだろう。


 すっかり腰砕けになったあたしは、なんとか持ちこたえた颯一におんぶされながらお化け屋敷を出た。

「あ…う……は…」

 もはや何も言葉にならない状態。

 やっと開放されたという安心感があるとはいえ、あそこまで本格的なお化け屋敷を作るこの高校って一体…?

 確かにあたしたち手芸部の衣装制作も含めて、本格派を掲げる校風の文化祭だけど、ぶにぶにした床のギミックといい、立体映像や音響も素人や片手間のそれではない。

 手芸部で作った衣装も確かにみかけたけど、苦労話として振り返る余裕などまったく無かった。


「大丈夫か?」

「うん、落ち着いてきた…」

 疲れた人用に、廊下にいくつか点在している椅子に腰掛けていた。

「しっかし凄かったな。彩音の悲鳴」

 プッククと笑いながら意地悪を言う。

「もう…本当に怖かったんだから」

「確かにあれはビビったよ。あれを見て入り口でかけられたメガネを思い出したけど、あれを考えつく頭のいいやつがいるんだな。メガネのことをすっかり忘れた頃に満を持してあれだもんな」

「まったくよ。明日の一般開放でどれだけの人がアレにやられるのかしら」

 立ち上がろうとするけど、足に力が入らなくてへたり込んでしまった。

 隣で座る颯一はあたしを椅子に座らせて、横からあたしの体を抱き寄せてポンポンと背中を優しく叩き撫でる。

 こうしていると、とても安心する。

 身長が146cmと小さいあたしに対して、颯一は172cmと教材の定規一つ分くらいの身長差があるから颯一がとても大きく感じて、守られてる感が強い。

 輝はもう少し大きいけど、あたしから見ればどっちも大きいことに変わりない。

 抱きしめられているあたしの姿をその目に捉える輝。

 進もうとしたところに見たくないものを見て、足を止めたと思ったら引き返した。

 輝を取り巻く女生徒は心配しつつ、引き返す輝を追いかける。

 あたしはそんな輝の姿を捉えずに、颯一の腕に抱かれていた。

「最初は俺も気が進まなかったけど、彩音の意外な一面を見られてよかった」

「ん?」

「いつも毅然としてて、いざというときはびっくりするほどの行動力を見せるけど、こういうのに弱かったんだね」

「もう…忘れてよ」

 あたしは頬を膨らませてむくれてみる。

 しばらく抱かれてやっと落ち着いたあたしは、そのまま文化祭の出し物を楽しんでいた。

 同じ頃…


「申し訳ありません。本日は校内向けの日でして、校外の方はお断りしています。せっかくご足労いただきましたが、明日のご参加をお待ちしています」

 正門の受付でそんなやりとりが繰り広げられていた。

「そう、明日は誰でも入れるのね?」

おっしゃるとおりです」

 わずかに目を細め、はるか向こうの校舎をその目に捉える。

 見事なアッシュブラウンの長い髪、切り揃えられた前髪、身長160cm前後でスラリとしながらも出るところはしっかり出ている見事なスタイル。

 服はシックな色使いでありながら、地味さは無くてヒラヒラした末広がりの美しくも可愛らしいシルエットがとても印象的な、切れ長の目で整った顔立ちの女性だった。

「輝…明日、逢いに行くからね」

 ぼそっと呟くと、きびすを返してコツコツと軽快な足音を立ててその場を離れていった。


「颯一、占いやってるよ。見てもらおうよ」

「そうだな、面白そう」

 ふと目にとまった出し物に心を引かれたあたしは、颯一を引っ張っていく。

 暗幕をくぐると、目深に被ったフードで顔は見えない黒衣の占い師が座っていた。

「どうぞ」

 声からして、どうやら女生徒らしい。

 このフード付き黒衣も手芸部で作っていたのを見かけた。

 二つ用意されている学習机の椅子に腰をかける。

「占いの館にようこそ。早速だけど何を占ってほしいのかな?」

 こういう時の定番といえばやっぱり二人の相性、将来でしょ。

「彩音はどうしたい?」

「やっぱりあたしたちの相性を見てもらいたいかな」

「わかりました。希望する占いの種類はありますか?」

 そう言って、目の前に取り出したのはガラスと思われる水晶に見立てたものと、タロットカード山札デッキと星座の描かれた板だった。

「他にも手相や数秘術などがありますが、内容から不適と判断したので外しました」

「うーん、どれがいいかな…」

 あたしが迷っていると…

「これにします」

 颯一がタロットを指差した。

「それでは他のものは下げます」

 無駄のない動きで水晶(?)と星座盤を後ろに置いた。

「内容から、小アルカナが適していると判断しましたので、すべてのカードを使います。カードの置き方ですが、ヘキサグラムかケルト十字のどちらかが適していると判断します。どちらにしますか?」

 そう言って、二つの紙を取り出した。カードの置き方が書かれている。

 なかなか無駄のない手際の良さが際立つ。

「よくわからないけど、ヘキサグラムにします」

「わかりました。配置の上下は、私が下の基準です。そちらからは上下逆です」

 カードの山を崩して両手で円を描くようにしてカードをシャッフルする。

 たしかカードの上下も意味があるんだったっけ。

 円形にカードが散らばり、やがてそのカードを中央に集める。

 一つの山札にまとめ、その山札を三つに分けた。

「この中から二つ選んでください」

「中央と右で」

 指差しながら応えた。

 中央を手に取り、右へ重ねる。最後に左に重ねた。

 サッサッとカード裏で配置し、カードをひっくり返す。

 占い師はしばらく沈思黙考している様子だった。

「なかなか興味深い結果です。お二人は過去にすれ違いがあり、現在は何かわだかまりがあるものの努力している。未来には苦難があり、対策は停滞を示しています。周囲は祝福しているものの、潜在的な願望は別にある。最終判断は逆位置のナンバー21世界ザ・ワールド。迷いながらも進もうと手探りの状態で、相性としては不安定なところが多々あるようです」

 え…?あたしと颯一って…相性悪いの…?

「これはあくまでもを現しているのであり、人の努力でいくらでも移ろうものです。未来にどうなるかは神すらも知り得ぬ領域です。私からのアドバイスとして、カード一枚で占ってみましょう」

 そう言って、カードをすべて裏面でシャッフルし始め、まとめた後にカットする。

 カードを一枚だけ配置する。

 表になったのは、盃が四つあるものだった。

「逆位置の聖杯せいはい4。現状は大きく変わり、新たな展開があることでしょう。さらに」

 もう一枚を引いて、あたしたちに見せる。

「逆位置の戦車チャリオット。変化や新たな展開はあなたたち二人の意志では止められないでしょう。状況を受け入れて、その上でどうするかを考えるべきです」


 占いを終えて、あたしたちは文化祭の続きを楽しんでいた。

 それにしてもあたしたちって一体どういう状態なんだろう…?現状が変わって新しい展開って、何が起きるの?


 二人で回るうちに、占いのことなど忘れかけて、時間は過ぎる。

 日が傾いてきて、そろそろ終了の時間が迫ってきた。


「ただいまをもちまして、文化祭一日目を終了します。明日は一般開放します。本日発生した問題点などありましたら、遅くならないよう準備してください」

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