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「アチッ」


「類、大丈夫?」


「すみません」


 お湯の温度を下げ、三上の髪に触れた。


 三十八度くらいで……

 まずは、素洗い。


「類……昨日はごめん」


「えっ?」


 昨日って?

 薔薇の花のこと?


 それとも……

 キスのこと?


 キスのことは、記憶にないはずだよね。


「類、いつまでこうしてればいい? シャンプーしないのか?」


「すみません。今からします」


 シャンプーを手のひらで泡立てる。ちょっと取りすぎたな。


 三上の髪を洗うものの、指の腹で上手く洗えない。


「類、ちょっと痛いよ。エステでマッサージするみたいに、もう少し優しく洗って。気持ちよくして」


 キモチ……よくして!?


 昨日のキスを思い出し、さらにゴシゴシと頭を洗う。


「類、俺の頭は焦げ付いた鍋じゃないんだからね」


 三上がクスリと笑った。


「すみません……。強すぎますね」


 何をしても、不器用な私。

 シャンプーなんて出来ないよ。


「泣きそうな顔をしないで」


 三上が私の腰に左手を伸ばし、両手が泡だらけの私を引き寄せた。


「わ、わ、わ、波瑠さぁん」


 三上の体の上にドスンと倒れ込んだ私。鼻のてっぺんに泡がつく。


 三上は椅子に横たわったまま、その泡を拭った。


「可愛いな」


「……は、は、波瑠……さん」


「類が抱かせてくれるなら、俺は行かない」


「……っ」


 昨夜と同じセリフ。

 まさか、覚えてるの!?


 私にキスしたこと!?


 ダメだよ……。

 私、波瑠さんの夢を壊せない。


「波瑠さん、何のことですか? からかわないで下さい。本当はドジだなって思ってるくせに。髪を流しますね」


 三上の体から滑るように降り、私は平然とシャンプーを続ける。


 本当は嬉しかったよ。

 泣きたいくらい、嬉しかった。


 でも、私の我が儘で引き止めるわけにはいかない。


 だから、私は……。

 昨夜のキスを記憶から消し去った。

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