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 そんなものいらないよ。


「ほら、堂々と歩け。ちょっと冷たい眼差し、口元だけ微かな笑みを浮かべろ。小悪魔みたいに、妖艶な悪女を演じるんだ。会場で波瑠が見てるはずだ。早く行け」


 会場で……。


「はい、頑張ります」


 冷たい眼差し。

 微かな笑みを浮かべ、妖艶な悪女。


 どんな顔をすればいいの。


 福笑いじゃないんだから。


 ウォーキングを終えた瑠璃がすれ違いざまに、足をスッと横に出し、私の足を引っ掛けた。


 私は躓き、前のめりになる。


 会場に一瞬どよめきが起き、会場の隅で鳴海店長が頭を抱えた。


 体勢を立て直し、凛と背筋を伸ばす。意地悪な仕打ちなんかに絶対に負けない。


 全ては借金返済のため!


 私のヘアメイクに観客は圧倒されている。香坂に言われたように冷たい眼差しで、口元に笑みを浮かべた。


 右手の人差し指を唇にあて、指先を舐める。香坂に言われたわけではない、自然と指先が動き、その手は後ろ髪をはねあげ、私はランウェイで大胆にもポージングをした。

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