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 苦い!?


 無糖のレモンティーだ。シロップを……お出しするのを忘れた。


「すみません、すぐにシロップを……」


 慌ててグラスに手を伸ばし、不覚にもグラスを倒す。グラスからアイスティーが零れ、テーブルを伝い西野のワンピースに零れ落ちた。


「きゃあ……、あなた何をするの!」


「申し訳ございません。申し訳ございません」


「類、何をしている」


 鳴海店長はハンカチを取り出し、西野の前に膝まづき濡れたスカートを丁寧に拭いた。


「西野様、大変失礼致しました」


「不出来なアシスタントを持つと、鳴海店長も大変ね。試着用のワンピースが台無しになってしまったわね」


「ワンピースより、西野様の美しい脚を汚してしまい申し訳ございません」


「いいのよ。鳴海店長に免じて今回は目をつむります。新入りさん以後気をつけて下さいね」


「はい、申し訳ありませんでした」


「西野様、御召しかえ下さい。すぐに商品をお持ちします」


 化粧室で手を洗った西野は、再び試着室に入る。鳴海店長は西野にお買い上げの商品を渡した。


「類、早くテーブルを片付けろ。もうここはいい。美容室の北麹様と小池様、小島様にドリンクの用意を」


「……は、はい」


 私は汚れたテーブルを吹き、グラスを急いで片付けた。


 香坂は騒ぎを無視し、小池の長い髪の毛先を大きめのカールにし、ちょっとルーズなシルエットを作っている。


 キメ過ぎない感じが、逆にセクシーな印象を生み出す。


 三上は私に『大丈夫?』って、優しい眼差しを向けた。諸星はすでに北麹にアップルティーを出していた。


「鳴海店長、北麹様のスーツの御試着お願い出来ますか?」


 諸星の言葉に鳴海店長は頷く。


「北麹様こちらへ」


 鳴海店長は紳士服コーナーから濃紺のスーツを取り出し、北麹に両手で差し出した。

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