怪談ラーメン

もりくぼの小隊

怪談ラーメン


 22時30分過ぎ、俺は古びたラーメン屋のドアを横に開けた。中には客がたいしておらず壁に書かれたメニューも少なく寂しい雰囲気だ。


「いらっしゃい」


 新聞を読んで暇そうなオヤジが特に愛想もなく一応は客の俺に挨拶をする。俺は席に座るとセルフの水を注ぎながらオヤジに言った。


「ラーメン大盛り2つ。それと、怪談をセットで」


 オヤジは俺の注文を聞きピクリと眉を動かすと俺の顔をジッと見つめて


「まあぁいどおぉぅ~~」


 ニタアァリと気味悪く笑った。





 ラーメンを作り始めるオヤジを横目に俺は財布の中のなけなしの千円を確認する。

 後輩の言っていた噂は本当だったようだ。閉店になる30分前にこの店に来ると、オヤジの趣味の怪談話を聞けば大盛りラーメンを税込み500円で食わせてくれるって噂だ。ただし、オヤジの機嫌を損ねる事だけは絶対にしてはいけないらしい。そんなの口を挟まなければどうという話でもない。俺はたまたま残業になりこの噂を思いだし、一か八かと訪ねたのだ。ちょうど明日は給料日。思わぬ豪勢な前日ディナーとなった。


「おまたせしやしたあぁ」


 おっと、あれこれ思いだしてる間にラーメンができたようだ。

 おぉ、結構美味そうな昔ながらの中華そばじゃないかっ。深夜近くにはありがたいあっさり風味だ。


「じゃあ、食べながら聞いてくだせぇ」


 俺はオヤジが言うより早く箸を伸ばし、ゆっくりと怪談話を始めたオヤジの声に耳を傾けた。



 ーーーーこいつはうちの弟の友達の知り合いから聞いた話ですがね? 白い車に乗ったとあるカップルがいたそうなんですよ。二人はたいそう楽しいデートを1日過ごしたんでしょうね。それは幸せそうにおしゃべりに花を咲かせていたそうです。

 ところが帰りに山ひとつ切り開いた長いトンネルに入った瞬間に


 ーーーードサッ


 ーーーーと、車体揺らす程の何かが上から降ってきたみたいでねぇ、二人はなんだ? と思ったがトンネルの中はほとんど明かりの無い真っ暗といっていい状態。降りるのは逆に危険でしょうねぇ。彼氏もそう判断したのかトンネルを速く脱出してしまおうとアクセルを強めました。

 しばらくもしなかったでしょうか?

 彼氏はアクセルを更に強めたんですよ。彼女もさすがに危ないと思ったのか、彼氏の方を振り向いたんです。すると、彼は顔面蒼白で前だけをまっすぐみていたんです。横など見たくないとわかる程にね。がたいがよくて力強い彼氏のこんな顔を彼女は見たことありません。心配になって声を掛けるんですよ。


 ーーーーねぇ、どうしたのよっ?


 ーーーー見ないでっ、絶対に横を見ないでっ!?


 ーーーーと、彼が叫んだ時でした。


 ーーーーバンバン バン! バンッ!!


 ーーーー助手席の窓ガラスを叩く音がするんですよ。車はスピードを上げて走っているのに、するんですよ。こっちを見ろと言いたげに強く。強く。

 彼女は思わず振り向いちまいました。


 ーーーーっ!?


 ーーーー彼女は見ちまいました。窓ガラスに張り付く地みどろの女の恐ろしい形相をっ。


 ーーーーお前じゃない。おまえじゃない。オマエらじゃあないッ!?


 ーーーー女がそう言うと、何かがぶつかる音がして、女は姿を消しました。カップルはトンネルを抜けたんです。


 ーーーー人気のある場所までほうほうのていで帰ってきた二人が車を見ると、何かの手形がビッシリと付いていたらしいです。


 ーーーーあとで聞いた話ですがね。あのトンネルで昔、不慮の事故で車から投げ出された女が対向車線からきた白い車にひかれて、死んじまったそうです。もしかしたら、その女の霊が自分をひき殺した車の運転手を探すためにトンネルに張り付いていたのかも知れませんねぇ。もしかしたら……今も。



「とまぁ、以上です。お粗末さんでした」


 オヤジの話を聞き終えると俺はちょっと落胆して二杯目のどんぶりをテーブルに置いた。


「なんかあんまり怖くなかったな」

「へえ、怖く無かった……ですかい?」

「だってこの話。俺、ガキの頃マンガで似たようなの読んだことあるぜ? それに、怪談というより都市伝説じゃねえのこれ?」

「……」

「けど、ラーメンは文句なく美味かった。今度はチャーハンとセットでいただきたいね。お勘定」


 俺は満足に膨れた腹を一擦りし、なけなしの千円をテーブルの上に置いた。





 ーーーーへえ、「1600円」になりやす。





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