第9話 9

病み上がりだというのに、モーリスさんが、椅子を蹴って立ち上がった。


「なんだと!父を侮辱するのか!」


私は倒れた椅子を直し、モーリスさんをまずは座らせた。


「まあ、まあ、お身体に障ります。落ち着いてくださいませ。貴方様のお母様を慕うモモの言葉が気に入らないのかもしれませんが、私もお母様の日記を読んだ時、そのように書き記していらっしゃったと記憶しております。

モモ、日記を・・・」


言い終わらないうちにモモがテーブルを離れ、日記を取りに本棚に向かった。日記を手にとると、ペラペラとページをめくりながら戻ってくる。どこに何が書いてあるのか、しっかり把握しているようだ。


「ほら、ここ!」


モーリスさんの目の前に日記を突き出したけれど、モーリスさんは、二、三度瞬きをすると、


「まだ、焦点がうまく合わない。目が霞んで字が読めん。」


と、ぼやいた。


モモは威勢良く、


「私が読んであげる。」


というと、くるっと日記を持ち替えて、自分の方にむけた。モモが読み始める。


「・・・ああ、また失敗した。2日で孵った卵から生まれたのは、まるで出来損ないのトカゲのような蛇だった。母蛇にあっという間に飲み込まれ、消化されてしまった。やはり2日や3日では十分な魔力を蓄えたコカトリスを生み出すことはできないということか。蛇の残虐性にも問題があるのではないだろうか。おとなしいクサリヘビでいくら実験を繰り返してもうまくいかない。旦那様にグリーンマンバを入手してくれとお願いする・・・」


モーリスさんの肩が揺れた。


「・・・協力していたのか?」


モモは御構い無しに続ける。


「ジョシュアが食料品を持ってきてくれた。モーリスに会わせてほしいと懇願するが、旦那様から許可が下りないと言われた。・・・ジョシュアって誰?」


モーリスさんは少し考えると、


「以前いた使用人だと思う。子供の頃よく遊んでくれたんだが、いきなりいなくなってな。父は病で死んだと言っていたが・・・」


モモはパラパラとページをめくる。探しているページはすぐに見つかったらしい。


「ジョシュアがモーリスの様子を色々教えてくれる。お屋形に紛れ込んできた野良猫を飼いたいと大騒ぎしたそうだ。優しい子に育っているようで、嬉しかった。神様、どうかあの子の成長を見届けさせてください。」


またページをめくる。


「モーリスは今の所魔力を発動しないそうだ。良かった。こんな力は呪いでしかない。我が子に魔力をもたせたかった旦那様はひどくお怒りのようだが、私はモーリスが健やかに、普通の人として成長してくれればそれでよい。ああ、あの子に会いたい・・・」


モーリスさんが堪り兼ねてモモを止めた。


「待ってくれ!ちょっと待ってくれ!そんな!」


私もモモに、


「モーリス様はまだお身体も弱ってらっしゃるから。ね?またもう少ししたらお聞かせすれば良いよ。」


と、助言した。


しかしモモは、あの子の持つ、何事にも揺るがない、まっすぐな瞳をモーリスさんに向ける。


「でもね、モーリスは、お母さんが、お父さんに頼まれてコカトリスを創ったことを理解しなきゃ。一人二人の魔女の魔力だけじゃ大した力にならないから、魔物をまとめ上げて軍隊作ろうとしてたって。コカトリスはその手始めだって。」


モーリスさんが遮った。


「嘘だ!そんなことが・・・お前たち魔女の言うことなど信用できるか!」


あら、モモが火を使ったところ見てたのか。


モモは気にしない。


「私は魔女だけど、ドロレスは違うよ。魔法は使えない。

私たちの言葉は信用できないけど、コカトリスを倒すために、モーリスを一人で送り込んでくるお父さんは信用できるんだ。」


容赦ないな。


モーリスさんはテーブルの上に突っ伏してしまった。

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