第11話:不穏な空気、不吉の予兆


「おぉぉい! 誰かいないのかああああ!?」

「いないならいないって返事しろぉぉ!」


 町の奥へと進むライガたちの後ろを、必要以上に声を張る冒険者たちがついてくる。


 怖気づいて逃げ出すかと思いきや、ちょっと引くくらい陽気になっていた。どうも、どんな敵だろうとライガたちに任せとけば、などと思われている気がする。

 ただのお荷物になるようなら、こちらは遠慮なく肉壁にさせてもらうつもりなのだが。


 逆に最初の威勢がすっかり萎んでしまったダリオが、忙しなく周囲に視線を彷徨わせながらライガに声をかけてくる。


「な、なあ。本当に生存者なんているのか? もう全滅してるんじゃ……」

「別にお前らは来なくていいぞ。その場合、依頼放棄になるからお前らの分も報酬は俺たちで頂くけどな。それにこいつが呪物絡みの事件だと証明できなきゃ、ギルドから大幅な減点を喰らうぞ。依頼を達成できない役立たずにギルドは厳しいからな」

「ぐ……ぼ、僕だって生存者がいるなら、見捨てる気なんかないさ!」


 最初に相手をしたゾンビもどきの中に、女子供はほとんどいなかった。町の推定人口から考えても、どこかに生き残りがいる可能性は十分あった。


 そういうわけでライガたちは生き残りの探索を続けている。道すがら家の中を探りつつ、目指しているのは領主の館だ。この状況下で生き延びた者がいるなら、最も堅牢に造られた館に籠城するだろうという考えである。


 道中も散発的に死体が起き上がるが、最初のような群れではないため、他の冒険者たちも対処できていた。


「くそったれ! 後味が悪いったらないぜ!」

「いっそゾンビになればいいものをよ! まるで俺たちが殺したみたいじゃねえか!」

「ちょっと、やめなさいよ! 住人の死体を蹴りつけるなんて!」

「うっせえ! 動き出しやしないか確認しただけだろうが!」


 しかし住人の死体を壊すことに気が滅入っているのか、情緒不安定気味になって揉める者がいた。ただでさえ人間相手の戦闘経験が乏しい冒険者、しかも魔物化したゾンビと違い、生前と見かけが変わらないのも精神を削る原因か。


 盗賊団は最初に戦った人員でほぼ全てだったようだ。その分奥へ進むにつれ、町の住人同士で殺し合った死体が目立つようになる。


 死体の損傷、周囲の状態などから推察できるのは、いずれも酷い憎しみ合い、いがみ合いの末に起こった殺し合いだということ。特に殺意で歪んだ双方の形相は、凶器だけでなく口汚い罵りの応酬を交わしたのが容易に想像できた。


 盗賊団の占拠が直接の原因とは考え難い状況。何者かの作為があったとしても、町全体というのは尋常ならざる規模だ。


 やはり、カースファクトが絡んでいるという確信がライガの中で強まる。

 それを裏付ける物的証拠らしきモノも見つかっていた。


『あり? ライガ、なんか出てきたよ?』

『こいつは……』


 何度目かのゾンビもどき撃破の際、砕いた頭部の中から『ソレ』が零れた。


 ゾンビもどきの頭と一緒に砕けたソレは、一言で表せばハチだ。黄色い甲殻に黒い模様、下半身に毒針を備えた虫のハチである。

 どうやら、このハチが頭に寄生して死体を操っていたらしい。


 瞬時に灰と化して朽ちるという、不自然な消え方をしたところを見るに、カースファクトの力で生み出された代物だろう。

 それに、ライガにはハチでピンと来るものがあった。


『ボクたちが以前に戦場で遭遇した《屍の兵士》は、薬物によって死んだ脳を無理やり活動させていたらしいわ。同じ対処法で倒せたことを考えれば、このゾンビもどきたちも同じカラクリで操られた可能性は高いわね』

『薬と毒は表裏一体。量を誤った薬は毒となり、毒も使い方次第で薬に転じる。だったらハチの毒で、死体の脳を動かすことが可能なんじゃないか?』


 カースファクトが生み出したハチとなれば、それくらいはやりかねない。


 それにレックスの異常な様子も、重度の薬物中毒者そのものだった。

 戦場では恐怖心を捨てる薬物を服用する兵士も珍しくないため、同じ症状を何度か見たことがある。


『ここの人たち、あのレックスにやられたのかな? ほら、最初にどうやって大量の死体を用意したのか、って話』

『俺も最初はそう思ったんだけどな。それにしては町の破壊が少ない。レックスが暴れて盗賊と住人を殺したなら、もっと建物が派手に壊されているはずだ。第一、レックスに殺されたんじゃ死体はグチャグチャになっちまうだろうしな』


 結局、憶測を積み重ねても答えは出ない。

 真相は当事者から聞き出すのが一番手っ取り早いだろうと、生存者の探索は続く。


 そうして、何度目かの家探しのときだ。


「……ねえ、ちょっと」

「あん? なんだよ?」


 双子が先に家の中へ入ったタイミングで、ライガは呼び止められた。

 呼び止めたのはダリオ一行の少女たち。なにやら、ダリオが他の冒険者と言い争っている隙に声をかけてきたようだ。


 またなにか難癖かと身構えれば、少女たちが発したのは予想外の言葉。


「えっと、その、まずは謝るわ。態度が悪かったこととか、色々」

「わ、私たちのリーダーも、随分とご迷惑、を」

「ダリオの無礼な言葉の数々、どうか謝罪させてください」

「…………」


 今更と言えば今更な謝罪に、ライガは少々面食らった。


 謝罪の言葉と共に、深々と頭を下げる少女たち。盗賊の少女だけは心なしか不承不承といった様子だが、そういえば彼女はここまで一度も喋った覚えがない。口下手なのか黙って低頭するのみで、しかし姿勢は一番キッチリしていた。


 彼女たちも散々な目に遭って色々と懲りたのだろうか。

 最初はそう思ったが、すぐにそうでないと悟る。


「ほら、ダリオってばああだから。私たちも内心迷惑していたのよ、ずっと」

「ご迷惑、おかけした分、私たちで、ええと、お力になれないか、と」

「私たちが組めば前衛が三、中衛が一、後衛が三とバランスも良いです。あ、勿論私たちはあなたの指示に従います。ダリオは指揮も酷くて……」


 勢いで押し切ろうとするような三人の早口。

 そこに透けて見える打算に、ライガは思わず閉口する。要は身を守るため、これまでの活躍から一番アテになりそうなライガたちに取り入ろうという魂胆なのだ。しかもリーダーのダリオを切り捨てて。


 媚を売ろうとダリオの陰口を叩く分には、ライガにとってどうでもいい話だったが。


「それに、ほら。あんたもたまには普通の女の子と接したいんじゃない? あんなまともじゃない、呪いなんて抱えてるようなバケモノ女の顔色窺ってさ。毎日、生きた心地がしてないんじゃないの? ここはまともな、普通の人間同士――!?」


 双子に矛先を向けられては、黙っていられるはずもない。

 戦士の少女の顎を握り潰さんばかりの力で掴み、不快な口を黙らせた。


「確かにあの二人は普通じゃないさ。なんたって鬼だからな。でも、それがどうした? 俺はそんな最高にイカレてイカした双子の鬼に、心の底から惚れ込んで一緒にいるんだ。勝手に見当外れの憐れみなんか抱くな。ぶち殺すぞ。それに……見縊るなよ。俺だって《トライオーガ》の、鬼の一員なんだ」


 ライガが睨めば、少女たちは真っ青な顔で息を呑む。


 ――少しは、鬼らしい凶相ができただろうか。

 そんな一抹の不安が、ふと胸をよぎった。


「お前、僕の仲間になにをしているんだ!? 女と見れば見境のないヤツめ!」


 他の冒険者との言い争いが終わったのか、ダリオがライガに食ってかかる。

 いよいよ付き合い切れなくなったライガは、戦士の少女を放り捨てて言った。


「お前こそ、しっかり自分でこいつらの面倒見とけよ。お前を見限って、俺に鞍替えする算段をしていたこいつらのな!」

「な、なん……!? お前ら、一体どういうつもりだ!? 僕を裏切るのか!?」

「ちがっ、これは――!」


 言い争う声を背に、ライガは双子が入った家に入る。

 すると、入ってすぐのところで双子が立ち尽くしていた。


「二人とも、なにかあっ」


 双子の体に隠れていた『それ』が目に入り、ライガは呼吸が詰まる。

 双子が見つめる先には、互いの首を絞め合って絶命した二人の死体があった。


 よく似た顔立ちからして、姉妹だろう。体中に引っかき傷や打撲の痕が見受けられ、かなり泥沼な争いをしたようだ。お揃いの髪飾りをしているので、決して仲は悪くなかったはず。しかし死に顔には互いへの憎悪だけが刻み込まれていた。


 なんと声をかければいいのかわからず、ライガは喘ぐように口の開閉を繰り返す。


「……なにもないよ。行こう」

「そうね。ボクたちには関係のないことよ」


 なんでもないような口調で、振り返った双子はそのまま家を出て行く。

 二人がどんな表情を浮かべているのか、ライガは怖くて確かめることができなかった。


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