間章「果てより禍を告ぐ者達」
【死に征く者達よ】
【戦い抜いた輩にオレは今報いられているだろうか?】
【幾多砕けた四肢で護れたモノなど無かった】
【助けたかった人はもう逝ってしまった】
【人を超越し、心までもそう在れたらなら、どれだけ良かっただろう】
【哀しみに染まる瞳から零れるものを尊いとは思えても拭う術を知らず】
【永久に戦い続けられようと苛まれるのは止められず】
【お前達に一度とて笑顔を向けた事があったのか】
【時代遅れの騎士となり】
【駆け抜けた人生に悔いしかなく】
【名折れと呼ばれて拳しか握れず】
【奮い立って尚、導いてやれず】
【お前達に僅かでも幸せな時を与えられただろうか?】
【苦しみの中に希望を見出させてやれただろうか?】
【本当は……自分でなければと何度も思った】
【先頭に立つのが自分ではなく……もっと優秀な者だったならばと】
【世の悪徳に押し潰され】
【希望の全てを奪われ】
【絶望の果てに朽ちた輩よ】
【オレは誓おう】
【お前達が例え全て消えようと】
【世界が我々を否定し続けようと】
【恨みすらいつか朽ちたとしても】
【それでも戦い続けよう】
【永劫の果てに届かずとも】
【死後の世界が無くとも】
【消えてゆく己がどれだけ無力だろうと】
【間違っているとしても】
【哀しみしか生み出せなくとも】
【何故ならば、我は騎士……】
【我は戦者】
【それしか出来ぬ愚か者】
【それにしか成れぬ不出来な男】
【その為ならば、全てを捧げよう】
【槍持つ手も】
【子を抱けなかった腕も】
【お前に辿り着けなかった脚も】
【今も腐り続ける体も】
【この愛の一つも囁けなかった口も】
【全てを全て……捧げよう】
『―――そんな事が許されると思っているとは何とも自覚が足りない』
全てが輝きに回る。
全てを描き出すようにライトが注がれる。
始めて己の五体を自覚した男は―――己の名すらも思出せず。
黒のモノリスを見上げた。
巨大な議事堂だった。
天鵞絨の敷かれた床。
半円形に並ぶ飴色の議員無き机の群れ。
議場の中央にあるのは漆黒のそそり立ったソレの前に置かれた小さな玉座だ。
そう、玉座と呼ぶべきだろう。
木製ではない。
冷たい灰色の石で出来たソレはまるで武骨に削り出したような粗末にも見えるものなのに……確かに玉座だと分かる……そんな字面上の魔力を、迫力を秘めていた。
それに座るのは白人の60代の男だ。
柔和な程に良い老人とも見れる。
着ているダブルは銀と漆黒のストライプ柄で靴は穏やかな飴色。
ネクタイは漆黒。
若い頃ならば二枚目で通ったかもしれない老人と言うには生気に溢れた笑顔は慈愛と威厳に満ちて、誰もが思うだろう。
これこそが現代の賢者かと。
そう、そんな事を思わせる雰囲気があった。
「ぁ………」
声がまともに出ない男は全裸だ。
玉座に座る男の数m前で四つん這いで蹲っていたのを何とか起き上がらせようとして、己の喉を思わず触り、男を驚愕と共に見やる。
「あの時以来だな。人類の敵だった者よ」
「―――」
敵。
誰の?
人類の?
それは何故?
男には何も分からない。
しかし、玉座の男は全てを分かったというように微笑んで指先から何かを弾いた。
それが全裸の男の前に転がる。
「欲しかったのはソレだろう?」
「ぁ……ぁあ……っ」
「確かに我々は追い詰められている。だが、まさか……まさか最弱とはいえ……10年を待たずに君が死ぬとは思っていなかったよ。正直に言えば、ね」
「あぁぁあぁ―――」
声が零される。
涙と共に弾かれて転がったものを両手に抱えた男の喉から悲鳴とも歓喜とも付かないものが。
「だが、良かった良かった。これで人類への償いをして貰えそうだ」
そんな玉座の男を全裸の男は見ていない。
「君にソレを与えよう。だが、残りは有償だ」
ジャラリと男は小さなガーネットのような、宝石の粒にも見えるモノを数粒何処からか取り出した。
それを見た全裸の男がそれに震えながら手を伸ばそうとして、いつの間にか男の眼前にいた二人の西欧のハルバードを持つ衛士に手首を地面へと縫い付けられた。
全裸の男の手から宝石らしきものが零れ、男が絶叫しながらもう片方の手を伸ばしたが、やはり衛士の脚に踏み付けられて止められる。
衛士達の姿は機械の人型にも見える。
だが、ロボットと言うには生々しい呼気が口元の排気口らしき場所から零され、全身が鎧姿であるにも関わらず、何処か肌のような質感で指先までも鎧われていながら滑らかな動きだった。
鎧の上に着ている漆黒に金の刺繍、鷹とリボルバーらしき拳銃をあしらったエンブレムが肩に付いた衣装は軍の制服のようにも見える。
それで分かるだろう。
その二人は鎧の姿を恥ずかしいと感じる肌と認識しているのだ。
「好きにさせてやりたまえ」
「市長。よろしいので?」
「二度は言わないよ」
「ハッ」
全裸の男が拘束を解かれると宝石を無我夢中で取り、男達に背中を向けて胸元に抱き締めるようにして震える。
玉座より立ち上がった男が一歩踏み出すと全裸の男の横にいた。
そっと腰が折られ、その口元が耳の傍に近付けられる。
「久しぶりの家族の再会を邪魔して悪かった。彼らも仕事でね」
男の手が宝石の残りを相手に見せるように僅か開く。
「だが、我々も台所事情が芳しいとは言えない。そこで取引しないかね」
「ぁ……?」
スッと手が閉じられる。
「ソレは君に差し上げよう。だが、残りは我々の欲しいものと引き換えだ」
男がもう片方の手で指を弾くと二人の目の前に小さな映像が映し出される。
それは巨大な氷山や吹雪に閉ざされた世界の何処かの光景。
「我々ではどうしてもあの領域を突破出来ない。生憎と我らが祖国は聡明で優秀だ。故に君がもしもあの先から我々の欲しいものを持ってきたら、君に残りの家族を返そう」
「――――――ッ」
「安心してくれたまえ。我々も悪魔ではない。中身は本物だ。そして、確かに未だ存在はしているし、君の事を覚えてもいる」
再び、玉座の男の手が開かれる。
「それは君の伴侶だったか。こちらが親友……こちらが祖父母、こちらが妹でこちらが兄……そして、こちらが君の娘さん、かな?」
「ぁぁあぁあぁあぁぁあぁぁぁぁぁ―――」
震えながらも手を出せない全裸の男に玉座の男はニコヤカな笑みを浮かべた。
「大丈夫。15年待てたのだ。ならば、一年も掛らずに行って帰って来れる場所に行くなんて簡単だろう?」
男は柔和だ。
「目的のモノの形は彼らに聞きたまえ。では、成果を期待している。嘗て敵だった男よ」
掌が閉じられ、衛士達が男を左右から引っ立てて、背後を振り向こうとする男を無理やりに議場の外へと引きずり出していく。
叫びはずっと聞こえていた。
それが遠ざかり、消え去るまでずっとずっと。
全裸の男の手には玉座の男の手に握られたのと同じ代物。
ガーネットのようなものが一つ。
よくよく見て見れば、その中には小さな影が映り込んでいる事だろう。
それは人類が所有する人体器官の一つ。
思考中枢にして消費カロリーの30%近くを得ている大食いな部分。
【
正式名称は彼らの一派の祖国である極東の島国の文字を取って神の
魔術技能を保有する血脈の生物。
その思考中枢である脳の形を崩さず、有機生体素子として加工……無機化合物と融合させる事で電子機器と同じようにシステムを構築、奔らせられるようになった奇跡の御業。
それこそが彼らBFCが人類に確約した繁栄への第一歩。
人間のように振舞える別の生物を用いる事で人類を高みへと導く技術の精粋であった。
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