第129話「一夜の夢」


「おーい。騎士ベルディクトー」

「?」


 緋祝邸の外から聞こえて来る声に首を傾げて。

 今日も明日輝とヒューリが共同して造った夕食。


 日本伝統の湯豆腐と湯葉の懐石染みた小鉢マシマシな食事を取り終わり、本日間に合わなかった家人の分が二人分残されていた事を知っていた少年が帰って来た相手。


 ラグの声に普段着と化したジーパンに革ジャン姿のまま外に出る。


「どうかし―――」

「怪しいのがいたから獲って来たぞ~」

「………」


 少年が思わず無言になったのも当然だ。


 どす黒い血液らしきものを垂れ流す太い腐肉の塊と頭部がラグの両手に持たれていた。


「これって意志のあるゾンビでしたか?」


「あ~~陰陽自の検問の外のパパラッチに紛れてやがったんだ。包囲部隊頼むの面倒だったから、相手が気付く前に狩って来た。パパラッチ連中が人殺し~~って驚いてたけど、すぐに化け物の正体顕したら、パシャパシャ撮ってたぜ?」


「取り敢えず、リングに入れて保存しておきましょう」


 少年が普通の衣服を内部から半ば破くようにして膨れていた腐肉に手を触れる寸前で魔導方陣を展開して解析。


 それで問題が無さそうな事を確認した後。


 すぐに虚空へいつもの導線リングを大きく展開し、内部へと消した。


「あの~~血の染みとかどうしました?」

「あ、悪りぃ。そのまま来た」


「そうですよね。直に持って来るしかないですよね……はい。今、基地の処理班にお仕事を頼みました。帰って来たラインをこの端末でなぞって下さい。それで周辺が明日までにはお掃除されると思うので」


「りょーかい」


 ラグは気楽に導線の中から取り出された端末の地図にツイッと自分が走って来た道を書き込んだ。


「じゃあ、ちょっと縁側でお話しましょう」

「はーい」


 二人で床に座って、もう寒くなって来た中庭で事情聴取となった。


 ラグの話を纏めれば、こうだ。


 近くの市街地で姉に言われた買い物をして検問所近くに戻ってきたら、いつも検問所を監視しているパパラッチの中に見慣れぬ顔の白人がいた。


 そいつの身体からネストル・ラブレンチーと同じような臭いがしたので殺す気で殺気を放ってみたら、瞬間的に腕を巨大化させて攻撃しようとしてきた。


 その腕が腐肉だったので狩ってもいい相手だと思って首を刎ねた。


 検問所でゴタゴタする前にパパラッチにゾンビを撮らせて静かにさせた後。


 徒歩で相手の死体を持って跳ねながら帰って来た。


「て事だ。問題あるか?」


「……今、検問所に連絡を入れて事情も説明しました。後、検問所の警戒人数2倍に増員とかですかね」


 魔術で先程から様々な部署に連絡を入れていた少年が後始末を終わらせてポリポリ頬を掻く。


「で、何か役立ちそうか? あの死体?」

「あはは……出来れば、生きたままが良かったです」


「死んでるけどな。りょーかい。じゃ、今度見掛けたら頭じゃなくて両手両足千切っとくな」


 ゾンビとはいえ。


 サラッと正気が削れそうな事を約束して、ラグが頷く。


「よろしくお願いします。今日はお豆腐と湯葉ですよ。ちょっと身体をお風呂で流してからお食事して下さい」


「臭うか?」

「はい。ちょっと」


「OK。それにしてもトーフ? ユバ? 聞き慣れねぇ響きだな。一体、どんなんだろう……」


 ラグは猟犬かネズミを捕って来た猫かという軽さでスタスタと風呂場に向かっていった。


「どうしたんじゃ? ベル」

「あ、リスティさん」

「ラグが戻って来たようじゃが」

「ええ、途中で大きなお土産を捕まえたらしくて」

「ほう?」


 ラフなノースリーブの白いワンピース姿のリスティアが検問所付近で起こったらしいゴタゴタの顛末を聞いてケラケラと笑い始めた。


「カカカッ♪ 良いではないか。ネズミを捕る野良犬というのも変わっていて」


「意志のあるゾンビ。頚城の情報からして、恐らくは頚城としての精度が高いんだと思います。でも、その数は未だに分かってません」


「ふぅむ。それなりの数、潜伏しとるのかもしれんなぁ」


「フィー隊長やクローディオさん。他にも民間人が入り込む可能性がある施設の警備を一時的に強化する事にしました。今、保安要員を増員して対処してます」


「いつでも見られていると考えるべきじゃな」


「ええ、黙示録の四騎士達には少なくともこちらの事情はそれなりに伝わっていると考えるべきです」


「ま、どちらにしても我らは未だ動けんのじゃろ? ならば、今までよりも気を付けるという事以外出来る事はあるまい。見えざる敵相手に剣を振り回すような疲弊は避けねば」


「そうですね」


『ただいま。戻りました』


「あ、ミシェルさんが帰って来たみたいですね」


「あの秘書も仕事が板に付いてきたのではないか? 主よりも遅く帰って来るようになるとは」


「主じゃないですよ。後見人で保護者です」

「同じようなもんじゃ。乳くらい揉んだか?」

「も、揉みませんよ!?」

「むぅ。では、吸うたのかや?」

「す、吸いません!?」


「何じゃつまらん。男の甲斐性が発揮されるのは寝床や女の胸の中と相場が決まっとるんじゃぞ? はッ!? そうか、お主……アステルの胸が忘れられずに……く、さすがにそれはどうにもならん。あの胸は確かに反則じゃよなぁ……」


 何やら一人合点した少女が自分の胸を見てからガクッと頭を垂れて、将来自分もそうなるという事も知らず、イソイソと自室へと戻っていく。


 明日輝が帰って来たミシェルやラグの分の食事の支度を始めるとミシェルが恐縮しつつも感謝する声やら、ラグが烏の行水よろしく身体を即座に洗って出て来て、姉に頭をもっとちゃんと拭けと叱られている声が響き。


 リビングからは洗濯物を畳んでいるはずのヒューリと悠音の苦笑する話し声が漏れて来ていた。


 賑やかな家。


 それに嘗ての自分の生家を思い出しながら、少年は今日泊まる事になっている部屋に直行して、明日輝達がさっそくベッドメイクした布団に潜り込んで瞳を閉じ、そのまま意識をに飛ばす。


 ソレがあるのは陰陽自研だ。


 生体観測用の揺りかごのようなカプセルから起き上がり、モニター部屋から出て研究室がある一角へと向かうと。


(皆さん。今日も好調みたいですね……)


 今日もトンカントンカンバンバンガンガンギュインギュインドッカンドッカンという明らかに致命的に聞こえるような音色が響いている。


「騎士ベルディクト。今日の夜はゆっくりする事になっていたのでは?」


 研究者の一人が寄って来て、他の実験や研究に熱心な者達に聞こえぬようヒソヒソと囁く。


「いえ、少し気になって……それで僕の身体の解析の方はどうですか?」


「その件でしたか。丁度、明日の朝にご報告しようと思っていたので。どうぞ、こちらへ」


 白衣の眼鏡男。


 様々な観測用機器を開発中の解析班の男に促されて、少年がパーテーションで区切られた区画より更に奥。


 機密区画に続く扉を潜る。


 その先には陰陽自研の中でも更に重要度の高い研究を行う小規模なラボが置かれており、そこを歩き回る白衣の者達は少年を見ると頭を下げて己の個室へと戻っていく。


 そうして進んだ先。


 解析用の機材が密集する一角で少年が自分の身体が寝かされている部屋を見下ろす一室へと通された。


 白い硬質な壁に囲まれた其処はもしもの時の為にあらゆるものを封じ込める機材が満載されており、内部でC4が10t爆発した程度なら少し煤ける程度で封じ込める能力を有している。


「解析班全員の見解を纏めたレポートです」


 デスクから取り出された紙製の資料が手渡された。


「……やはり、重力異常が残っていますか?」


「はい。術式反応有り。これは恐らく周辺領域から魔力を吸い上げて無秩序に重力変動を再現する術式です。BFCは我々と同様。現代科学では突破出来ない領域を魔術を使って再現する事に成功していると見て間違いないでしょう」


「術式の発現形態もそうですが、刻まれた媒体は見つかりましたか?」


「それが北海道戦域で騎士ベルディクトに実用データを取って来て頂いた分子塊に術式を付与するものと非常に良く似た方式だと分かりました」


「あちらも分子に術式を極小で刻む方式を?」


「いえ……それが、どのような方法で刻んでいるのか。微細な重力異常で観測が儘ならず。未だに【九十九】による疑似的な再現しか出来ていないのですが……原子の繋がりをそのまま術式化しているのではないかと」


「分子塊そのものが術式という事ですか?」


「はい。恐らくは……残存効果を除去しようとしたのですが、現在の技術で肉体に入り込んだ術式を全て取り除くのは不可能です」


「相手は恐ろしいものを使ってるようですね」


「ええ、これが通常の人体に作用すれば、常に重力異常に晒され、酸素濃度制御どころではなく。魔力を使うだけ、己の肉体をナノレベルからの重力異常で破壊されます。もはや“重力毒”と呼ぶべき代物でしょう」


 資料の中には術式らしい長い文字列となった原子の繋がりが原子記号の列で記されていた。


「……でも、あちらはその毒の影響を受けている様子は無かった」


「ええ、データは伺っております。恐らく、表層や体内に何か特殊な加工を施したゾンビ。いえ、頚城なのではないかと。あるいは解析を進めている概念系の魔術を用いているのかもしれません」


「魔力を使えば使う程に死に近付く毒……魔術師殺し……僕らの使ったものとは桁違いに危険ですね」


 少年が目を細める。


「ただ、現場で拡散した大気をある程度調べていたのですが、この毒の分子塊は発見出来ませんでした。完全に消滅しているという事から……恐らくは自壊コードの類が組み込まれているのではないかと」


「術式を魔力0の環境下で観測出来ますか?」


「はい。今やっていますが、もし我々ならば、魔力が無くなった瞬間に破壊されるように術式を構成しますね」


「……つまり、高魔力が残留する地帯にばら撒かれれば、常人にも有害。ただし、魔力を発生させない常人が受けても時間経過で消滅する、と」


「良く出来てますよ。正しく、魔術師の特性を極僅かでも引き継いでいれば、毒の効果は永続……MU人材を侵し、攻撃を防ぎ、攻撃そのものでもある力。ペネトレイターという言葉からも相手の防御を貫通する性質も付与されている」


「通常の術師は抗えないでしょうね」

「はい。ですが、此処は陰陽自研です」

「……何か対策が?」


 少年がさすがにこの短時間で解析してのけた目立たない男。


 名前さえ朧気な相手を見やる。


「要は今も続けている魔力の完全消費を基本とする現象のみを出力する武装で完全に身体を蔽い。外部からの術式を遮断して、システムを全てクローズドで賄えれば怖くないという事です。それに極微小の重力変動なら、システムや体内に張り込まれなければ、今北米と共同研究している慣性制御や重力制御のシステムで中和出来ます」


「確かにそうですけど、魔力を使うシステムの殆どがこれの影響を受けますよ?」


「騎士ベルディクト。貴方が造った我々の楽園をもっと信じて下さい。きっと、名前も覚えていないでしょうが、それでも私もこのラボで働く者も……貴方のおかげで研究者としてだけならば一流でいられる」


 30代の男は屈託なく笑った。


「高々、あちらは米軍崩れの死を超越した程度の研究者集団。我々は彼方が提供してくれた無限の物量と志を同じくする全ての仲間達の下、あらゆる研究を進めている」


 男は少年に手を差し出した。


「彼らが死んで有限のリソースを手に万能に手が届くというのならば、我々が無限を得て、全能に届かないはずもないでしょう?」


 男のお茶目なウィンクに少年はその頼もしさに涙が出るかと思った。


「―――あはは、僕はやっぱり皆さんに比べたら普通じゃないでしょうか? そこまで大きい事は言えないつもりですし」


「いえいえ、志だけで我々を超える方にそんな……」


 男が少年の背後を見る。


 すると、ゾロゾロと白衣の男女が資料片手にやって来ていた。


「少し時間を貰えませんか? あのお嬢さん方には悪いですが……」


「はい。僕でよければ、参加させて下さい」


「皆さん。今日は特別ゲストも交えて、あの美意識の欠片も無い兵隊を作っている連中をボコボコにしてやる方策を考えましょう。ええ、戦隊スーツだろうとラノベの強化服だろうと漫画のロボだろうとアニメの超能力だろうと日本人の想像力と専売特許で負ける理由も無いでしょう」


 誰もが頷いた。


「じ、実は自分!! スーパーロボットには一家言ありまして!!」


「実は陰陽自研の人達もひっそり案を仲間内で出してるんですよ」


「でも、絵心が無い。現場も知らない我々に想像の翼を授けてくれるのは一般の方々です」


「オレ、戦隊ものが子供の頃から好きで……」


「乗り込み系なロボなら任せて下さい!! アニメの知識が火を噴くので!!」


「漫画のロボの変形する機構を想像するの好きなんです実は……このラボの変態共と一緒なら変形合体機構くらい再現しますよ!!」


「実は……小さい頃から猫型ロボットの道具が欲しい派でしてね。僕……」


 一癖二癖どころか。

 癖しかなさそうな連中を前に少年は大きく頷いた。


 例え、敵がどれだけの技術力を持つ敵だろうとも、今の彼らならば、きっと対抗出来るはずだと何の数字の保証が無くても少年には信じられたのである。


 *


 暗闇の中でポチリとシャープペンシルにも見えるソレのボタンが押し込まれた。


 電源が入れられた途端。


 ソレが横からシュルシュルと布状の丁度長方形型の薄いマットのようなものを展開し、スマホのように画面に映像を映し出し始める。


 それと同時に通常よりもワイドな画面と完全なスクロール式のディスプレイが硬化し、カチカチになった。


 そうして、ネットに繋がった旨のアイコンが表示され、善導騎士団のロゴが指でタッチされる。


 すると、すぐにリアルタイム配信の動画サイトが表示された。


 後追いで映像を読み込んだらしく。

 すぐに映像が流れ始める。


『善導チャンネルのお時間がやって参りました。司会はわたくし売れない声優。雲間里奈くもま・りなと』


『売れない俳優。高野陽こうや・ようでお送りします』


 m(__)mと二人の男女が頭を下げる。


 顔が特別良いわけでもなければ、名前も知られていないようでさっそくコメントがその映像に対して流され始めた。


『誰?』というのが多くの視聴者の本音だったらしい。


 視聴者は現在44万人程であったが、1分で10万人単位で増えているのがスマホの画面にはしっかりと表示されていた。


『いやぁ~~始まりましたね。高野さん』

『そうですねぇ~雲間さん』

『私達って、きっと知られてませんよね?』


『まぁ、売れないアイドルでもない声優と売れないイケメンじゃない俳優ですからね』


『でも、これでちょっとは売れる?』


『どうでしょうか? 早く放送内容に移れというお叱りが流れている気もします』


『では、さっそく行きましょうか。皆さんも善導騎士団の広報内容が知りたいでしょうし』


『では、発表しましょう。まず、こちらのVTRをご覧下さい。Q』


 二人の男女が消えて、いきなり特報の文字が映画の販促映像のように映し出された。


 ―――【善導騎士団 広報部門主任 ジャック何某】

 ―――【善導騎士団 兵站部門代表者 ベルディクト何某】


 ピロリンとスマホに着信が入った。

 そして、その音が瞬時に濁流となり始めた。


 ピロリンピロリンピロリンピロピロピロピロピロロロロロロロロロロリン。


 明らかに大量の迷惑メール染みた恐ろしき表示の濁流。


 ―――【二人と関係者一同でお送りする広報企画第1弾】

 ―――【アニメ13タイトル26話××日後に放送開始】

 ―――【公募企画と連動タイアップ】


 ―――【MU人材系発掘用ゲーム機とゲームタイトルを同時に3か月後リリース開始】


 ―――【応募者全員に無償供与。お近くの大手コンビニ、ファーストフード店などでも無期限に無償配布開始】


 ―――【日本全国のシェルターに民間人用対ゾンビ装備の無償提供開始】


 ―――【MU人材個人への専用装備の配布はゲームと連動(人に向けられないので安全です。専用装備は当人の資質とゲーム内の評価から送られ、またアップグレードされます。多数のタイプを揃えており、中には車両型、航空機型、船舶型、人形型、ロボ型、対戦カードゲーム型などもあります。一般利用者にもゲーム内の評価によっては装備が送られます)】


 ―――【対ゾンビ防衛計画への参加で多数の特典が供与(ゲーム内の評価で善導騎士団の缶詰及びヒューリア印の生野菜や甘味食材、他にもHMペンダント系列の道具もGET)】


 ―――【人類絶滅シナリオに対しての生存率の上昇を確約】


 ―――【ベルズ・ブリッジ、北米のシスコ、ロスの二国家への観光が抽籤で合計10億人に当たる(最大7日最小半日の小旅行。移動は各市役所より善導騎士団東京本部への航空機、バス、新幹線の特別便の運航が決定)】


 ―――【広報アイドル15ユニットのデビュー決定】


 ―――【Eプロが全面バックアップ。テレビでの多数の二時間ドラマ放映開始】


 ―――【元ハリウッドの映画スタッフ招集―――善導騎士団の全てが語られる映画実写化】


 次々、矢継ぎ早に文字列が流れてゆき。


 明らかに多過ぎる情報量の最後にヒューリア印の野菜に使われていた顔写真のシールを更に豪華にしたようなマークが登場して、当人が横顔の影になってロゴとされた。


 無論、当人には無断での借用である。


『あ~~何か初々しい感じですね。凄く頑張ってるとは思うんですが、何かそれっぽく作った映像なのにコレじゃない感がスゴイ』


『でも、頑張ってますよ!! だって、超技術使ってコレでしょ? もう少し日本の常識とかハリウッド的なのを頑張って学べば、どうにかなる気が……』


『て言うか。サラッと人類絶滅シナリオとか。怖い単語が……』


『あ~でも、今のご時世これが現実ですし』


『ですかねぇ~~でも、抽籤で10億人て(笑)』


『ほら、応募者全員サービスみたいなもんなんですよ。きっと』


『て言うか。普通の人にも変異覚醒者の方にも装備渡すって見えたんですけど。しかも、車両型とか航空機型とか……明らかに免許必要じゃないんですか?』


『あ、そこはカンペが……ええと? スゴイ技術を使ってるから、安全対策は万全だから、問題無いそうです』


『何かテキトーですね』


『でも、超技術集団ですから。それくらいは可能なんじゃないですか?』


『どうなんでしょう。まぁ、可能なんでしょうけど』

『アニメとゲームはタイアップするそうですよ。更に……』


『つーか、三か月でリリースって粗製乱造のソシャゲじゃないんですから、ロクなもん出来ます?』


『そこはほら、やっぱり超技術集団ですから』

『それで全部片づけられるんですかねぇ?』

『さぁ? 後、何某って何ですか。何某って』

『あんまり、名前を知られたくないとか?』

『今更でしょう。この広報やってる時点で』

『まぁ……確かに……』


『おっと、此処でコマーシャルだそうです。まぁ、善導騎士団の協賛企業や共同制作関連のスタジオが軒を連ねてるらしいですが、長くなるそうなので暇なら大量の通知でも見てればいいんじゃないですかね』


『ちょ、怒られちゃうってwww』


『だいじょーぶ!! このチャンネルの帯域は全部善導騎士団のものらしいですから。協賛企業さんの名前出すのは義理人情的なもんであって、頼まれたからじゃなくて広報の一部だからって話だったはず』


『そもそもこのチャンネル。放映権とか諸々の利権抑えてたような?』


『らしいですよ。日本国の役人大変やなぁ。超技術集団相手に利権バンバン取られて』


『関西人でしたっけ?』

『言ってみただけです』


 何かグダグダしている声が遠くなり、協賛企業の名が数十社ブルーな背後の画面に黒字で次々に羅列されていく。


 だが、遠くなった声がその合間にも流され続けていた。


『あ、そう言えば、結局……善導騎士団賛美の内容は没になったそうです。あからさまだから、もっと分からない感じに賛美するべきだろって』


『あ~マジか~~え? 時間余らない? 確か、この番組って好きに造っていいって言ってたよね? あの企画がポシャッたって事はめっちゃ余るよね? 時間』


『そうですね。余りますね(笑)』

『ジャックさん……』


『あ、はい。適当に自分達の好きな音楽流しといていいぞって言われました』


『ジャックさん……ッ』

『ジャックさんは良い方ですよ。ええ、とっても♪』


『じゃ、もうリスナー・ヘイ・ユーとか言いながら軽快なノリのアレで適当に音楽流す? 此処ラジオ番組じゃないけど。つーか、映像はアレだ。試験放送でも流しときゃいいよ』


『ダメですよwww それにアレって何ですかwww 音楽は流せばいいんじゃないですか。後は私達の顔を映像で垂れ流せば解決です。確か、某音楽の著作権団体さんとは話が付いてるそうですから』


『マジか♪ じゃ、じゃあ、洋楽、洋楽流そうよ。洋楽』


『あ、スイマセン。ウチのスポンサーの大物がこの間やったゲームとか、見たアニメが気に入ったから、数年から十年以上前のゲームやアニメの音楽をBGM込みで流してくれたら嬉しいって……』


『スポンサ-横暴じゃない?! いや、横暴なのはいいけど。横暴じゃない!?』


『あ、でも、結構知ってる曲ありますよ。でも、知らない曲の方が多い……』


『どっちなんだよwww』


『あ、スタッフさんがカンペ出してますよ。カンペ……ええと、流す映像はアル。ですか? 何々? 善導騎士団東京本部内の独身92歳(自称)になった老医師のありがたいお話?』


『誰が見たいんだよwww』


『あ、でも、すいません。マジで用意してるようなので流しますね。BGMに壮大なゲーム音楽聞きながら、お爺ちゃんの話をどうぞ……マジでもう分かんねぇな。この番組……』


 そうしてドンドンとカオスになる番組内で東京本部の名物医師。


 とにかく自分は海軍の父の意志を継ぎ、切って切って切りまくると息巻くボケ老人の顔のドアップと真面目な診察現場とメスを持って患者を切り刻もうとして看護婦に止められるシーンが流れた。


 しかし、番組事故なんて知った事じゃない放映に文句も言われない善導チャンネルはそれからも何やかんやグダグダと続いて、しっかりと2時間くらい放映され、二人の司会が頭を下げて終わったのだった。


「………」


 ポチッと電源が腐肉の指で切られる。


「パパラッチに混じっていたあいつがやられた。あの方達の降臨前にまた失態……BFCの事もある。しばらく、都市圏から離れるべきかもしれん」


「ならば、魔族側の手が届き難い東北に身を寄せるべきか」

「首都圏での活動が低下し続けている以上。それが最善か」


「BFCの偵察に出た者達の連絡を待って、行動を開始し―――」


 ドチュリとその言葉を発そうとした腐肉の塊が、単なる物言わぬ塊に変貌した。


 ドスッと乱暴に巨大な機械椀が胸元から引き抜かれ、他の腐肉の塊となった者達もまた背後からの一撃で心臓と胸元をくり抜かれた様子で倒れ込む。


『BF……こ……あく……まめ……』


 辛うじてまだ事切れていない意志あるゾンビの首がドヂュッと踏み折られて弾けた。


「魔族側の拠点かと思えば、連中のだったか……」


 機械椀の主がその巨大な腕の関節を短く折り畳んだ。


「掃除をして撤収。この程度の純度でもリソースとしては有用だ。余さず持っていけ。次の拠点に行くぞ。未だ襲撃し続ける者の正体を確かめねば……」


 一室に声が響いて消えようとした時。

 その遥か上空。

 3000m付近から閃光が一筋奔った。

 関東圏の山間部。

 バブル期の廃屋内に直撃した雷光の如き稲光。


 瞬間、内部にいた声の主は黙示録の四騎士を想起したが、それが違う事を瞬時に看破する。


「魔族の頚城!! 見付けたぞ!!」


 山間部から不規則な軌道で僅かな緑色の粒子を瞬かせる機械椀を先端にして、巨大な爪が上空にいる何者かを狙う。


 五指の先から20連射100発規模の不規則な軌道で空間の歪みのようなものが放たれる。


 闇夜の中、ランダムに誘導された何かを見切るのは至難の業だ。


 何故ならば、観測すらも空間内のソレによって歪むのだから。


 だが、瞬時に上昇へと転じた雷光を放った主は急上昇していく。


 そう、ランダムな軌道では到底追い付けはしない加速。


 音速どころか。


 隕石レベルの加速度で瞬時に敵の攻撃を振り切った彼が鎧の片腕に装着していたボウガンを連射し始める。


 それは正しく光に似て空間を歪ませる何かに狙い違わずヒットしながら相殺。


 爆発こそ小規模であったが、自分を追って来る機械椀の主の捕捉を瞬時に切ってみせた。


「小賢しいッ!!」


 上空へと機械椀が薙ぎ払われる。

 同時に放たれた再びの歪みが空一面に広がる。


 広がり続ける範囲は瞬時に3km6km12kmと広大となって、上空の相手を宇宙空間までも追って包み込むかと思われた。


「ッ―――」


 機械椀が咄嗟に真横に振られる。


 ボウガンの矢が次々にその腕の関節部に命中し、身体への直撃を避けた声の主であったが、ビギッと機械椀の一部に罅が入った。


「貴様ぁ?! 市長より賜った我が腕に傷を付けるかぁあああああ!!?」


 激昂。


 薄緑色の粒子が声の主の周囲に急激に溢れ出す。

 それにようやく相手の姿が虚空へと浮かび上がる。


 赤黒い巨大な機械の左腕とその接続パーツらしきものに胴体の半分以上を侵食されているような形で機械式のスーツらしきものを纏う少女だった。


 少なくとも年齢はまだ十代後半始めくらいに見える。


 だが、ベリットが直接肌に打ち込まれているような質感のスーツは重厚な装甲の暗褐色の機械椀とは違って静かな闇色に緑色の星の輝きを鏤めたような、深い深い宇宙めいた色をしていた。


 爪先から顎の先まで完全に鎧われ、可動部から覗くスーツ状の部分も光沢質の金属が織り込まれているような質感。


 その表情は凄絶。


 今や激怒した目尻は本来から鋭かっただろうモノを更に刃のように研ぎ澄まし、その眉目は残忍というよりは人に畏怖を覚えさせるに十分だろう眉間の深き険が憤怒の仁王を思わせる。


 眉目は秀麗だが、何処か現実感が無い程に人形めいて人種が分からない骨格をしていた。


 黒い髪は短く。

 スーツはカーキ色の外套を羽織っている。


 片腕だけが改造されて露出している様子は機械に食われた少女という言葉を思わせるくらいには何処か痛々しかった。


 だが、背丈もそうあるわけでもない彼女の分厚い四肢に漲る力と鈍重にして重厚な装甲は決して明らかに特別な片腕に劣るものではない。


 彼女の装甲の内部。


 可動部のわずかに薄い部分から溢れ出した粒子の色はゆっくりと明度を上げながらも黒く黒く染まっては密度までも上げていく。


『【接触拡張子CEX】……データ通りの代物か』


「貴様か!! 我らが拠点を破壊していたのは!!」


 一撃を放つ為に貯めに貯めている途中の少女は叫ぶ。


『貴様らのあちら側の活動拠点は遠からず全て破壊する。こちらの出入り口を潰された程度では堪えもしないのは知っている』


「ッ、知恵を付けた屍め!! どいつもこいつもBFCの偉大さを理解せぬ愚か者ッ……市長が剣たる我らが貴様を討つ!!」


『残念だが、此処は人が人らしく戦う世界だ。亡霊は大人しく世の果てに還れッ!!』


「動く死体が言う事かぁああああああああああ!!!」


 ついに少女が燃え上がるような瞳のまま。

 機械椀に全ての粒子を凝集して高速で相手へと接敵する。

 もはや生物には不可能な加速。


 明らかに秒速10km単位の加速が巨椀を鉄の槍と化したが、それが逆に踏み込んだ相手……強襲者ユウヤ・ノイマンの懐に入った刹那の肘打ちで内側から外側へと弾かれて空しく虚空を切り。


「ッッッ」


 胸にボウガンの連射を受けた少女はしかし、その胸部装甲を半分程も砕かれながらも唇の端を歪めて、弾かれた機械椀の関節部を更に伸ばして鞭のように撓らせ、鎧の背後を狙う。


 グシャリとその爪が鎧を背後から打ち砕いた。


 だが、それと同時に少年の膝が相手の鳩尾を打ち抜き、装甲を砕かれた少女はそのまま弾き飛ばされていく。


『………』


 爪によって左脇腹までも装甲毎引き裂かれた少年であったが、すぐに治る事を思えば、状況はそう悪くは無く。


 しかし、深追いはしなかった。


 本来の相手の爪の威力ならば完全に貫かれていたかもしれないが、初撃で関節部を狙ったおかげで未だ上半身と下半身は繋がったまま。


 このまま追撃するには相手は手負いという程に削れていないと彼にも分かる。


 未だ獰猛なる瞳は決して衰えていなかったのが見れば解った。

 弾き飛ばされた相手の背後に巨大な空間の歪みが現れ。


「次は喰い落としてくれる―――待っていろ!!」


 その内部から鋼の翼のようなものがヌッと突き出したかと思うと顔を獰猛に歪めた少女を受け止め、ズブズブと通常の空間とは違うだろう異相先へと消えて行った。


 それと同時に気を抜いた彼が虚空で大きく息を吐いた。


『オイ。何で逃がした? 指揮官級のデータをぶっこ抜く機会だっただろ?』


 その背後、銀髪の少年。

 今は彼と同じ顔のみの相手が浮かんでいた。


『……それより連中の拠点は?』


『ああ、残らず砕いてきた。東北から関東圏はこれで出られなくなったと見て良い。問題は西日本のこっちでも拠点化された方だ』


『あの輝きを放つモノは?』


『恐らく二層、三層と複雑に空間を経由してんだろ。探してるが見つからねぇ。概念域内に引き籠ってる可能性が高い』


『了解した。しばらく、こちらは任せる』

『ハイハイ。好きなだけやりゃいいさ』


 ヴァルターが肩を竦めるとユウヤもまた黒い液状の沼のようなものを呼び出して、内部に沈み込んで消えていった。


『やれやれ。シスコンが極まるとああも献身的になれるもんかね』


『本人に言いなよ。そういうの……』


 ユンファが声のみでヴァルターに溜息を吐いた。


『で、そっちは?』


『黙示録の四騎士連中の手下。結構、いるみたい。たぶん、日本全国で2万くらいかな』


『うわぁお。すげー嫌な話どうもありがとう』


『どうやら活動が停滞してるみたいだけど、あんまり追い詰め過ぎると同時多発的にしでかすかも……少しずつ狩って範囲狭めてくのが一番良いと思う。やっぱり……後は相手が暴発しないのを祈るだけね』


『じゃ、ヴァル×ユンな連携を見せてやっか』


『うわ……近寄らないでくれるHENTAI。あ、ゾンビのHENTAI』


『小学校の頃にう〇こ野郎って女の子に言われたくらいショックだわ』


『どうして、そんな事言われたのよ?』


『え? あ~何だったっけかなぁ? 確かアニメ見たいから早く帰りたい時に付き合って下さいとか告白されて、塾と勉強で忙しいって嘘付いて振ったらだったか?』


『うん。このうん〇野郎……最低ね』


『小学生の性教育舐めんな。ABCの先までザックリとヤリそうな先進的な女子だったから仕方ねぇ』


『うん。この〇貞野郎……』


『それは真面目に人生終わっちまったのでめっちゃ刺さるんだが……』


 そんな掛け合いをしながら、ヴァルターもまた闇夜の中に消えていく。


 夜中に誰か花火でも打ち上げたか。


 そんな極短い時間で終わった光の饗宴を空に見る者は殆どおらず。


 何らかの変異覚醒者が暴れているのではないかと通報を受けた警察が現場まで向かうも何も見つからず。


 事件は静かに闇から闇へと消えていくのだった。


 *


 ―――???


 世界に輝きが浮いている。

 宇宙一つと同じ輝き。

 世界一つと同じ輝き。

 けれど、その輝きは闇だ。

 全ての闇と輝きが小さな欠片と欠片を繋げていく。


 真空に瞬く星々の間を埋める星座を巨大な瞳が見詰めている。


 中心となる場所には一つのお城。

 その中庭に彼女達はふと目覚めた。


 柔らかな芝生の上にはティーセットが誂えられ、入れたての紅茶が香気を上げている。


 座っているのは一人の老人だった。


 四つも椅子が余っているのにテーブルに腰掛けて、空を見上げている。


「ヒューリお姉ちゃん?」

「ユーネリア。アステリア……」

「ヒューリ姉さんにリスティアさん」


「ん? 何じゃ? ワシ、魔眼の素質はそんなに無かったはずなんじゃが……」


 四人の少女達。


 ヒューリア。

 ユーネリア。

 アステリア。

 リスティア。


 時間と場所も違う世界に生まれた四人の少女達。


 その瞳が呆然としながらも城の内部を見渡し、老人が近付いてくるのを見ていた。


「いつの間にか増えてる……オレの血筋も結構、御盛んだな。というか、何でババアじゃないんだ? 孫娘殿よ」


「あ、お主!? そ、そうじゃ!! お主はッ―――誰じゃっけ?」


 リスティアがボケた様子で首を傾げた。


「ああ、そういう事か。でも、首の皮一枚は繋がったらしいな」


 若者のようにな口ぶりで顔が黒く塗り潰された老人は其々の魔力の色合いを宿したドレスを着込む少女達を繁々と見やる。


 少女達は気付いていないが、彼女達は下着も履いていなければ、ドレスは胸元を飾り立てこそすれ、隠すようなものでは無かった。


 しかし、翅のように軽やかなソレは神々しく。


 何れかの名匠の手によるものでなければ、人ならざる何かが造ったとしか思えないような精緻な造形を宿している。


「あ、貴方、誰なんですか!? 後、此処、何処ですか!?」

「何か貴族みたいな服着てるわ。お姉様」

「そ、そうですね。何で蒼なんでしょうか?」


 三姉妹達が何故かリスティアの後ろにビクビクしながら、自分達の行動が理解出ずに混乱しつつ、その黒い顔の無い老人を睨んだ。


「お前らはウチに来たばっかりの猫か?」

「マヲー」

「クヲー」


 バターンと老人が頭から地面に落着して倒れた。

 その頭には何故か白猫と黒猫が載っている。

 猫ズは欠伸をシンクロさせると。

 ノシッと頭部に横から張り付いた。


「ぐ、お、重い……こいつら、好き放題やり過ぎだろ……」


「マヲー?」

「クヲー?」


 猫ズは知らん顔で愉し気に頭にぶら下がり、肩で息をしながら立ち上がった老人に張り付いたままにぶらーんとしている。


「久しぶりに会った孫娘は小さくて可愛い事言ってた頃に戻ってるし、何か玄孫の玄孫の玄孫の玄孫の、とにかく後の連中が三人もいるし、まったく世の中どうなってるんだろうな」


「お主、何か知ってる気もするが、結局……何しに来たんじゃ?」


「オレの血筋を引いてる連中の中でもお前らが四強なんだよ。四天王的な?」


「四天王か。ふむふむ。最弱と最強は?」

「お前最弱」


 老人に指差されて衝撃を受けたリスティアが劇画チックに固まる。


「お前最強」


 ヒューリアが指差されて思わず固まる。


「お前らは突然変異だな。魔族ってのは人間とそれなりの関係を築いてきた。だが、人間と異種の混血である人類種が更に魔族と混血した血統種ブラッディーはピンキリが激し過ぎてお前らみたいに何兆、何京分の一くらいの確率でしか三血統の黄金比を得られない」


 ヒューリアがリスティアの後ろから顔を出してジト目になった。


「分かり易く。簡潔にお願いします」


「お前らは異種、人類、魔族の良いとこ取りなんだ。下位神格クラスは目前。その後は時間さえあれば、主神クラスまで数千周期ですぐだ。あの聖女共よりは劣るがな」


「???」


「お前らは魔王の血脈において宝石だ。其々に聖寵を授けてやる。あいつとの約束だ。自分と同じような子が道に迷わないようにと……そう言われてたからな」


「結局、お主誰なんじゃ?」

「言っても此処じゃ分からん。並べ」


 老人の言葉に何故かそうしなければならないような気がして少女達が横一列に並ぶ。


「リスティア。お前は無限なるもの。その終わり亡き力は本来……あんな風に使うものじゃなかった……導いてやれなくて悪かったな……」


 その頬が手の甲で撫でられる。


「今度は間違うな。お前の力は決して途絶えない全てを繋ぎ続ける力だ」


「繋ぎ続ける力……」


「繋ぎ続けたものがやがて形を成すからこそ。お前は形を司るんだ。燃やし続けろ……お前の命の篝火を……」


 リスティアの姿が光の柱のようなものに解けて扉が閉じるかのように姿が失せた。


「ユーネリアか。お前は世界を生みしもの。その力はオレらの到達点に連なるものだ。戦うべきは己、護るべきは世界、お前が望む、お前の日常だ」


 少女の頭が触れられた。


「日常……」


「人が持つ己の世界に限界は無い。想像にして創造を司るものとなれ。護り続けろ……お前の愛しき世界を……」


 悠音がリスティアと同じように消失していく。


「アステリアだな。お前は母に成りしもの。その大いなる力は全ての知恵持つ者達の大源……母に連なる絶対の神理……お前が立つ限り、お前に連なる者が絶える事は無い」


「母……お母さん……」


 少女の肩が優しく叩かれた。


「増やし育むお前は人の極致。覚えておけ……愛は全てに勝り、何よりも強い事を……それが人間の力だという事を……」


 明日輝もまた消えていった。


「お前が最後だな。ヒューリア」

「貴方は―――」

「そうか。お前が今の中心か」

「中心?」


「オレの時はが中心で世界が滅ぶかどうかの瀬戸際だった」


「何を言って……」

「運命を束ねる者」

「ッ」


「嘗て魔術師が存在しない時代。異種の魔力と術式を使う者達は法術師と呼ばれた。【稀呪ヴィクス・マギア】……稀少なる者達……そいつらが言い出した事だ。とは運命の中心核だってな」


「運命の中心―――」

「お前が全ての始まりだ」

「私が……?」


「だから、決着はお前が付けて来い。その時、初めてお前は一人前だ」


「その……よく分かりません」


「今はいい。やがて、逃れられないものをお前は突き付けられる。その時、お前がどうするのかはお前が決めろ」


「……はい」


 ヒューリは顔の無い老人の言葉に直に頷く事が出来た。

 それはきっと相手の声が優しかったからだ。

 スッと胸の中心に人差し指が向けられる。


「お前は魔王になりしもの。その悲哀、その悲劇、その悲恋、全ては我らが末……その運命の残差……だが、戦い続けろ。その先にしか、その未来にしか、お前の望むものはない」


「私が望むもの……」


「覚えておけ。人の願いの結果を奇跡と言うんじゃない。奇跡とは―――」


 光に視界が呑み込まれていく。

 老人の顔は黒く塗り潰されて見えない。

 しかし、それでもその瞳は何処か優しい気がして。

 少女は最後の言葉を聞いた。

 死魔の化身にして化物の王。

 そう呼ばれた男の言葉を………。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る