第98話「休日の掟」
「ベルディクトさん。このお食事お口に合いますか?」
「あ、はい。とっても美味しいですよ。あの時も思いましたけど、明日輝さんて本当にお料理上手なんですね」
「い、いえ、そんな事は……」
朝、緋祝家のお屋敷には食器の音が響いていた。
週休二日制を告げられたベルの初めての休日。
何なら家で朝食も食べていけばいいと姉妹達に言われた少年はそれに同意して朝起きて身嗜みを整えてからすぐに屋敷の中へと向かった。
少年が整備した屋敷周囲は現在森ではなく竹林になっている。
何か風景が今一という事で樹海の一部を移動させて、日本家屋に合う植物をあちこちに植えてみた、という……庭師も土木業者も驚く力技のおかげだ。
石畳の中、緑の竹林を歩いて行けば、現れる屋敷は今日も鉄壁の守備力をひっそり維持しており、少年やいつもの仲間達以外は出入り出来ず。
その際にしっかりとしたセキュリティーの審査を受ける必要がある。
「ベルさんはアステリアに餌付けされ過ぎな気がします」
「え、餌付けって猫や犬じゃないんですから……」
ジト目なヒューリが少年の横で食事していた。
近頃ようやく使えるようになったお箸で食事を摘み、ベルの何となく馴染んだ様子に目を細める彼女の視線は微妙に怪しげなものを見やる目つきだった。
明け方の頃。
居間の内部は電灯こそ付けられていないが、日差しは朱く柔らかく。
ホウレン草のおひたしやら、焼き鮭やら、豆腐とワカメの味噌汁やらが並んでいる。
シンプルイズベストの日本の朝食は無論のように白米で頂く代物だ。
「ヒューリアお姉ーちゃんて、ヤキモチ焼きよね」
「ヤキモチ? それって何ですか? ユーネリア」
悠音。
ベルの対面に座った朝の走り込みを終えてきたジャージ姿の小悪魔少女がそう年下に見えるヒューリに呟き、近頃ようやく姉と認められた彼女は首を傾げる。
「嫉妬深いって事」
「し、嫉妬なんて……ちょっと、ベルさんが知らない内に馴染んているなぁと複雑になっただけです。というか、ベルさんお箸使うの上手いですよね? 私は近頃、ようやく出来るようになったのに……」
「あ、いえ、その……」
夢の中でサラッと食事していた時の記憶のおかげで違和感無く使えている、とは言えず。
少年が困った笑みを浮かべる。
「マヲ!!」
「クヲ!!」
そんな時だ。
長方形のテーブルの端。
下座に小さな台を置いて乗り。
2匹でちょこんと座っている黒と白の猫ズが声を上げたのは。
二匹の前にはちゃんとお膳が並んでおり、普通にごはんが盛られ、おかずも味噌汁もあった。
二匹用の箸がちゃんと虚空には浮かんでおり、ソレがまるで人間がしているかのような掴み具合でおかずを二匹の口に運んでいる。
汁物はどうやら後で顔を突っ込んで食うらしく今はまだ手付かずだった。
「……いつの間にマヲーとクヲーを手懐けたんですか? アステリア」
頭痛を覚えるようにヒューリが二匹を見て溜息を吐く。
「あ、いえ……手懐けたとか、そんな……お二人が此処に家を移した翌日くらいから現れるようになって、お腹をグーグーさせてたので何か食べさせてあげようとしたら、猫用のものは絶対イヤって言っていたので……」
妹と同じように走り込んで来たジャージにエプロン姿の明日輝が二匹を見てニコニコすると猫達も明日輝を見てウンウンと頷く。
「というか、二匹の言葉が分かるんですか? 私も分からないのに……」
「え? ヒューリア姉さんは分からないんですか?」
そう訊ねられ、うぐっと詰まったヒューリが二匹を見やる。
「マヲ~~♪」
「クヲ~~♪」
二匹が鳴きながらシャケとご飯を交互にハフハフしている。
ウマッ、ウマッという声が聞こえて来そうだ。
「何が言いたいのかは何となく分かりますけど」
詳しいところは分からないとはさすがにヒューリも産みの親として言えなかった。
「きっと、明日輝さんの精霊魔術の素養ですね。そういう素養がある術師は声無き声を聴くのに優れるって言いますから」
「声無き声?」
当人が自覚も無い様子で首を傾げる。
「大抵の存在の本質を捕えたり、その発されるモノの意図を正確に読み取ったり出来るもので勘が良いとか、こっちの言い方だと蟲の知らせ?みたいなのがすぐに解る感じですかね」
ベルの説明に悠音が頷く。
「確かにお姉様って昔から勘が良かったわ。大っきくなってからはお父様にあんまり人に言わないようにしろって言われてたけど」
「……お父様が……」
ヒューリが僅かに瞳を陰らせる。
家を移築後、忙しかったヒューリはこの場所に来るのは今日が初めてだった。
「……ヒューリア姉さん。今日帰って来た後で父の遺品をお見せします」
「はい。分かりました……」
姉妹達の割って入れない関係を前にして少年が少し心配そうな顔でヒューリを見た。
それに気付いた少女が笑みを浮かべる。
「大丈夫ですよ。分かってます……だから、今日は一緒に愉しんで来ましょう」
「……はい」
微妙な空気になったのも束の間。
「マヲ~!!」
「クヲ~!!」
「はい。分かりました。お代わりですね」
ガツガツしていた二匹は米粒を口元と髭に蓄え、茶碗を浮かせてオカワリをし、それに笑顔で明日輝は山盛りの白米をおひつからよそうのだった。
*
食事後、身を清めた全員が善導騎士団本部庁舎へとフィクシーに呼び出されていたハルティーナと合流したのは朝8時くらいの事であった。
悠音は活動的という文字を絵に描いたようにデニム地の臀部が見えそうなくらいに短い大胆に脚を見せるパンツに上はカーキ色のノースリーブのタンクトップを着て髪を後ろでポニーテールとしている。
いつもの狐面と紅い紐のネックレスを下げていれば、何か日本を勘違いした海外のアニメ好きな美少女と見えなくもない。
無論、頭に生えた角や腰回りの尻尾を含めなければ、だが……さすがに今日はオフなので幻影を見せる術式でそちらはサラッと消されていた。
姉の明日輝はそれとは違い控えめで大人しい装い。
九月に入って気温がまだ下がらぬという事もあって薄手ではあったが、桜色の袖の無いワンピース。
二人の肩には小さなお揃いの薄い褐色のバックが下げられている。
「ほらほら、ヒューリアおねーちゃんも早く」
悠音が言うと玄関先にオズオズとヒューリが出てきた。
何を思ったのか。
その姿は薄紫色の太ももの上まで見えるミニスカートに袖なしの薄緑色のシャツを着込んだ何処かの学校の制服にも見える姿だ。
「これね。家の近くにあった学校の制服なんだ。ずっと可愛いなぁって言ってたら、お父様がお取り寄せしてくれて……でも、私達には大き過ぎて見るだけになっちゃってたの……うん。丁度良いみたい」
悠音が過去の思い出に目を細める。
「そう言えば、お二人の学校はどうしましょうか?」
ベルが考えていなかった為、ヒューリに話を振る。
「い、いえ、それは二人が決める事ですから。私からは……ただ、悔いのないようにとだけ」
ヒューリがさすがにこの国の事を知らなさ過ぎる自分が何を言うべきでもないだろうと妹達を見やる。
「う~ん? どうしよう? お姉様」
「そうですね。出来れば、学校には行かなくても勉強はしておくべきだと思います」
「そうですか。じゃあ、後で安治さんに相談してみましょう。カズマさんやルカさん達もああ見えてちゃんと学校並みの勉強はしているそうですから」
「え?! カズマやルカさんて勉強してるの!?」
「ええ、高校相当の勉強はしていて、点数が付いて、ついでにこの国での高校卒業程度の学力と資格は身に着けるようですよ」
ベルの言葉に悠音があのハードなトレーニングをしながら凄いなぁという顔になる。
「分かりました。では、安治さんに相談という事で」
明日輝が頷き、悠音は勉強かぁ~という顔になった。
「皆さん。車両の準備が出来ました」
今日はさすがにスーツに装甲に外套という善導騎士団スタイルではないハルティーナであったが、その装いは男性用にも見える袖なしのワイシャツに下は地味な褐色のパンツルックだ。
両手には白手袋。
腰の黒いベルトはカッチリと締まっており、銀のアクセサリ染みた鎖と懐中時計が共にぶら下がっていて、ベルもヒューリも首を傾げる。
「ハルティーナさん。その服、何処で
「あ、はい。基地の女性の方から『騎士ハルティーナは私服が無いのか』と訊ねられた時に無いとお答えしたら、私費で選んで下さったそうで……何かお返しをと言ったのですが、前に夫の故郷を助けて貰ったお礼だと言われてそのまま……ダメだったでしょうか?」
「いえ、良いと思いますよ。よく似合ってます」
「は、はい!!」
ハルティーナがベルの言葉に相好を崩す。
今日は髪を後ろに撫で付けてオールバックにして、髪そのものも後ろに丸く団子状に纏めていた彼女はそうしていれば、年相応の少女に見えた。
「と、ここまではいいんですけど、何でベルさんだけ外套姿なんですか?」
ヒューリがジト目で少年を見やる。
着替えて来ると言っていた少年だったが、着替えたら、装甲もスーツも見えない完全に夏の日差しを浴びるには不適格そうな騎士団の外套に身を包んでいた。
装甲の大型の盾などを装備する時は外套は肩の装甲の一部と接続し、一部マント状にしておくことが出来るのだが、そうする事すら無いというところがまったく少年らしいのかもしれず。
「え? ええと、この外套って一応は僕の魔導の拡張要素なので外すとシスコとかロスでの作業が止まっちゃう可能性が高くてですね」
「……今日は何の日ですか?」
「……僕のお休みの日です。ハイ」
「じゃあ、脱ぎましょう」
「いえ、ですから!? 本当にコレだけは勘弁して下さい!!? ホラ!? 下はちゃんとロスで貰ったヤツなんですよ?!」
バラッと外套の下が見せられる。
バイカー達が使うのだろうかという黒い革製のジャケットにジーパンとTシャツの三点セット。
とても夏日の日本で着るものには見えなかった。
「……ユーネリア。アステリア」
「「YES.My Big Sister!!!」」
三姉妹の息を付かせぬ連携。
胴体、ヒューリ。
上半身、明日輝。
下半身、悠音。
全員がガシッと外套でそのまま簀巻きにする形で少年を再び家の奥へと引きずっていく。
『が、外套はッ、外套だけは勘弁して下さい!!』
そうして数分後。
少年を着替え終わらせた三姉妹は何処か艶々した様子になりながら、一人の少女を連れて来る。
「……ベル様。良くお似合いですよ」
「マヲー」
「クヲー」
そだねーと言っているのか定かではないが、車両のボンネットにまったり腰を下ろしていた猫達が自分の主の姿。
悠音のものらしい身体のラインが出ない涼やかな薄桃色のワンピースがふんわりと風にスカートを舞わせている様子に鳴く。
脚も踵が僅かに高い白の革紐のサンダルで涼し気だ。
薄化粧を施された少年は極めて少女だ。
ほんの少々の違いである。
アイラインを少し引くとか。
口元に薄いリップを塗るとか。
髪をちゃんと梳いて花柄の髪飾りを付けるとか。
元々、男の娘全開な少年は色々と気を遣えば、完全に乙女に早変わりである。
「うぅ……」
少年は確かに外套を着込んでいる。
だが、その外套は短く詰められ、少年の身体をすっぽり覆う程であった先程までと比べても布面積は極めて小さく。
肩から腰程までのジャケット状で肩から羽織らされており、良いところのお嬢様が似合わぬジャケットを男性から着せられている。
というような感じに見えなくもない。
ぶら下げられていた大量の武器弾薬及び様々な魔術用の触媒は一切取っ払われてしまい……今やベルお手製の超多機能性外套も素の状態である。
「では、行きましょう」
もう、少年のそういう姿で動じなくなったハルティーナはそう言って、全員を載せて基地の地下施設へと向かう為、エンジンを掛けて運転席に収まる。
陰陽自富士樹海基地の最下層にある転移方陣は車両も入れるスペースとそこまでの直通通路が存在しており、今まで一度も使われた事の無い極秘回廊がその日ばかりは数分間解放されたのだった。
*
善導騎士団東京本部は基本的な機能が医療と基地機能に特化し、その運営者の大半が日本政府及び善導騎士団が民間から募った有志で回されている。
超少子高齢化もそろそろ半ばを過ぎた時代。
老後を年金と蓄えだけで過ごす者は多く。
地方とは違って農業一つするにも土地が高いという事実を以て、都市部では生けるゾンビ状態な暇を持て余した高齢者が大量にいる。
その人材を活用しつつ、様々な知恵や知識を善導騎士団は吸収し、隷下部隊にも大規模な戦闘が終結後は数多くの運営者としての仕事が任され、同時に本格的な隊員としての教育がスタートした。
『ばぁさぁん。お弟子さんに新しく入った子供達にお花教えてあげてって頼んでくれんかぁ?』
『はいはい。おじいさん。部隊をすぐに招集しますから、ちょっと待ってて下さいね』
『うぃ……基地全体の内装や間取りの統一任務とか大変じゃのう』
『うふふ(*´ω`)お茶の先生やお琴の先生と一緒ですから、何とかなっていますよ』
『ゴラァアアアアアアアアア!!! 華には命込めろっつてんだろ!! 此処はこう!! 此処は感性を大事に!! あぁん? こんなに厳しいならお琴が良かった?』
『ソウダソウダ~(一同)』
『じゃあ、そっちでやれ!! まぁ、お前らみたいな華も生けられない人間が高尚な音楽なんぞ無理だろうがな!! って?! 花材は優しく扱えっつってんだろ!! それでもお前ら女かぁ!? ゴリラみたいな握力で茎を圧し折るんじゃぁねぇ?!! 赤ん坊みたいに優しく扱うんだよ!!』
『あらあら、みんな元気ねぇ……』
『は?! 家元!? す、すんません!! 部下を満足に指導出来ず……』
『小さい子達が来るらしいから、そっちをお願い出来るかしら?』
『わ、分かりやした!!』
『分かりました。でしょう?(キロリ)』
『ヒィッ?!! す、済みませんでした。すぐに子供達を迎えに行ってきます!!』
『(優しそうなおばあちゃん先生なら安心だよね(*´ω`)と思う一同)』
『あら? 貴方達、自分の命が大切じゃないの? 華も命なのよ。大事に扱いなさいな。私だって人の命を中隊長として預かる立場だけれど、華も大切に出来ない人の命は粗末になってしまうかもしれないわよ?』
『((;´Д`))……はい(一同)』
日本国内の資格及び善導騎士団の基本知識を彼らは学ばせられている。
最終的に今も部隊人数は増え続けており、関東各地から連れて来られた大人から子供まで人種も性別もバラバラな彼らは一重に魔術や変異による超常の力を使える人材として養育を受ける立場だ。
だが、それにも況して社会や地域との乖離を防ぐ為、目標を持たせて、様々な面において一般常識やら一般知識やら学力やら感性やら精神性を育てる教育も重視されている。
『資材管理課でぇす!! 何か、此処の階、妙に水の使用量が多いんで―――』
『わーい(水掻きや人魚的な鰓を持つ水生系隊員達の楽園=水浸し階)♪』
『……ぅ~ん。そういうのはプールでやってくれねぇかな? 水に塩素とフッ素混ぜんぞ?』
『ひぃ?!!(もうしません(/ω\)という顔で水道の蛇口を締めて土下座する一同)』
『プールの予約が一杯だってなら、あんたら用のを騎士ベルディクトに上申書出しておくからさ。マジで今度からこういうのは無しでお願いするぜ? OK?』
『はい!!(あなたは神か(/・ω・)/(´Д⊂ヽ)(´▽`*)という顔で涙ぐむ一同)』
彼らはその大半は住み込みか、周辺に居住していれば、通いであった。
大規模な戦闘活動が終息した後は今までのように容易に命を掛けさせるわけではない為、賃金を払い続ける手前、その分の仕事もさせなければならない。
未成年者にしても余程に小さくない限りは基本的に何らかの仕事を任されており、一部では大人顔負けにやってのける子供もある。
要は彼らが暇にならないよう、無駄な悪事や悪意を持つような暇もないよう、勉強と仕事と趣味を上手に生活時間内に割り振った形であった。
日本国内の資格などに付いては集まってきた者達の中から詳しい人物がフリースクールのような形で集まった者達を教育。
教育される側は一筆認め、資格を取った場合は最優先で善導騎士団での仕事及び周辺業務を受ける事が決まっていた。
『えーい(-ω-)/』
『やー( `ー´)ノ』
『とー(=゜ω゜)ノ』
『皆さん頑張りましたねぇ~お母さん達に心配掛けないように今日は此処までですよ~』
『はーい(幼年者一同)』
『でも、皆さんの力を悪い事に使ったら、善導騎士団が処分しなくちゃいけない事になってますから、ちゃんとルールを守って、他の子に力を向けちゃダメよ~~』
『……はーい(微妙に目を逸らす幼年者一同)』
『今日は皆さんに見て欲しいものがあります。あ、コレは皆さんが悪い事をしてしまった場合の最悪のパターンを個人別に善導騎士団の協力機関であるシスコの【無貌の学び舎】でシミュレートした結果。それを魔導で夢にして見せるやつよ~~十五分くらいで終わるから、皆で見ましょうね~』
『はーい(幼年者一同)』
―――15分後。
『悪い事をしたらどうなるか。皆さん身を以て知ったかしら~~?』
『ぜったいワルイことしませんッッ(ノД`)・゜・。ゼッタイ、ゼッタイッ、ゼッタイにしません!!?(首を高速で縦に振り、必死な涙目で叫ぶ幼年者一同)』
『ふふふ~~みんなが良い子になってくれて先生嬉しいわ。(*´ω`*)さようなら~』
『カタセ・センセイッッ。ありがとうございましたッッッ!!!』
『皆が美味しくなって陰陽自衛隊に来るのをいつまでも待ってますからねぇ~~♪』
陰陽自で研究開発された技術や成果が輸入されると。
それを使いこなす人材の育成が始まり、これもまた大量の教師役や生徒が出現。
彼ら全員が賃金を貰うどころか。
食と住を全て賄われているとすれば、正しく善導騎士団は大企業、教育機関、大学顔負けである。
ただ、企業と違うのは彼らが解雇もされなければ、されようもなく。
辞めようとしても実質的な現状の日本の環境で辞められるわけもない。
という事だろう。
『アレ……見せたんですか?(´Д`)』
『え? うん。何かマズかったかしら?』
『……何でもありません(大人も5分で音を上げるドン底人生ライフをリアル体感時間で30日フル満喫させたら廃人になるんじゃねぇかなぁ、という実際の体験談を身を以て知る被害者の顔(;´・ω・)……)』
『でも、これであの子達も知ったでしょう。もう子供だからって何をしてもいいわけじゃないって事がね? そして、子供だって戦わなければ、生き残れない……それが今の御時世よ。うふふ(*´ω`)』
善導騎士団は変異者や魔力に目覚めた人物達にとってみれば、悪い事さえしなければ、この世の天国的な場所である。
その為、今や実家のように住み暮らす者もいる。
どころか……結婚したり、恋愛したり、部屋が防音だからって恋人達の愛の巣になっていたりもしており、隷下部隊は今や落ち着いた状況下で恋愛ブームと結婚ブームの真っ最中。
綱紀粛正、引き締めに風紀委員会を立ち上げざるを得ない始末であった。
戦いの中で生まれた恋や愛は数年で覚めまくりという話もあろうが、当人達はまったく外部の声など聞こえぬ様子でイチャイチャしている。
『宅配でぇす』
『はぁ~~い』
『……あのぉ、お楽しみのところ悪いんですけど、さすがに此処には子供も来ますし……出来れば、外側から風紀の乱れが感じられるような事はお控え願えませんか? あ、ちなみに自分は風紀委員会の者です(腕章を見せる男)』
『ぇ~~でも、彼が~~ウチの事を放っておかなくってぇ~~♪』
『……減俸2万』
『あ、ちょ?! そ、それは勘弁!? 勘弁して!?』
『次、来た時に乱れてたら、3万になるんでよろしくお願いしますm(__)m』
『……ようやく行った。ふぅ……満足に幸せを満喫出来ないこんな世の中じゃ(=_=)……』
『……悪りぃ(@_@)』
『え(。´・ω・)?』
『実はもう給料分減俸された』
『は?! え!? どういう事!?』
『お前が毎日寝てる時に別々の奴が来てて……』
『も、もぉ!? ど、どうやって生活してくのよぉ!? 別れるわ!! この甲斐性なし!!』
『で、でも、お前だって!? そ、それにお前と別れるなんてッ!!』
『え? お、お互い……遊びのつもりだった……でしょ?(´・ω・`)』
『……その、さ……結婚指輪だけ先に……買ったんだ……コレ……』
『な、何よ?! そんな顔したって駄目よ!? これからどうやって生活してくのよ!! そっちの方が問題よ!!』
『飯が食えて、住む場所があるなら、な、何とかなる!! だ、だから、オレと結婚してくれ!! オレ今、危険物取扱の資格取れそうなんだ!! そうしたら、上級職の魔術具管理職までやる気でさ!! ぜ、絶対そういう金の問題では苦労させないからさ!!』
『もぉ~~~~~~~~~ッッッ(≧◇≦)!!!! 馬鹿、好き、愛してる!!!』
『う、うおおおぉおぉおおおおお~~~オレもだぁあぁあぁ(≧▽≦)』
『( ̄д ̄)……(賃金0になっても変わらなそうなバカップル=死語を醒めた目で見ながら、颯爽とまだ残ってた月収を減らししつつ、扉を閉める風紀委員会の鑑のような仕事ぶりの独身39歳ウーマン)』
奇妙で愉快な陰陽自は大概と思う者は多いが、同時にまた奇妙な善導騎士団の本部でも同じような事が起こり続けている。
そして、本日の奇妙な事は確実にいつもスーツに簡易の装甲、外套を欠かさない騎士団の実質的トップ。
フィクシー・サンクレットの姿が朝方から見えず。
何処にも顔を出している様子もなく。
いつもならば、現れる食堂にもおらず。
代わりに善導騎士団の地下倉庫から一台の車両と一台の【黒翔】が揃って発進し、東京の何処かへと消えたという事だろう。
一部の団員は行ってらっしゃいと内心で呟き。
一部の関係者は小さく見掛けた時に頭を下げた。
『フィクシー副団長代行は本日遠方への外出で終日お会い出来ませ~ん』
『はーい。アポの方は関係各所の責任者の方へどうぞ~~』
『あ、お母さん方~~朝練ご苦労様でした~~え? 子供が何だか物凄く甘えん坊になって嬉しい? それは良かったですね~~♪』
『樹海基地への定期航路を利用する空自と海自の隊員の方々は地下発着場に向かって下さいね~』
『また、朝帰りですか? クローディオ大隊長~もぉ~そういうのが好きなんだから~~』
『いやぁ、黒髪の女性を口説いてたら、ちょっと時間が過ぎててな。はは……(ベル達の護衛を一応は頼んだが、どうなる事やら……米国もそろそろ動き出したって話だが、さて……)』
こうして少年の休日はまったりと始まったのだった。
*
―――04:23五島列島沖上空24000m。
薄暗い雲の中を流線形の剣にも思えるような物体が進んでいく。
それが近年、世界最後の技術的な中心地と言っても過言ではない日本国内で製造され、ASEANやオーストラリアに輸出されている対地爆撃能力に特化した戦闘機。
FB-22ストライクZだと知る者はさすが何処にもいなかった。
通常の戦闘機などとは比べ物にならない程の高高度に到達しているソレは明らかに既存品ともまた別である。
空気が薄過ぎてジェットエンジンなどが無力となるだろう場所。
遥か雲すらも下に見る世界。
しかし、ソレは進んでいる。
翼の下にも機体の後方にも何一つ推進装置のようなものは見えない。
だが、その機体の表層に浮かぶボンヤリとした青白い輝き。
鬼火とも言えるかもしれないソレの色が黒い緑の輝きに染まった刹那。
空対空ミサイルを4発。
空対地ミサイルを6発。
投下用の大型弾頭1発。
更に機体下部に備え付けられた二基の半球状の銃口も無い回転式レーザー迎撃用ポッドが同じ輝きを帯びる。
【
声が空間に響く。
しかし、それは何処か電子音声を思わせて奇妙な程に抑揚がおかしい。
【これよりアプローチを開始する。ユーラシア中央への到達最短ルートに『
緑の輝きが燃え盛るような白さを帯び。
やがて、煌々として仄白く虚空に陰影を結ぶ。
ぼやけた機影が―――加速した。
マッハ32相当。
地球の楕円を切り裂くナイフのような機影が機動する。
高速で突き刺さるようにして地表へと突入するソレは秒速㎞単位の世界に見る者すらなく。
目的地に到達する、はずだった。
【黙示録の四騎士を確認。空対空迎撃戦闘を開始する】
ストライクZが急激にその慣性を無視して鋭角に上昇した。
更に弧を描いで楕円軌道、更に海に向けて急降下。
その背後、いつの間にか後ろに付けた馬の蹄鉄の音が空に響く。
『また新しい玩具を投入してきたか!! BFC!!! 砕け散れッッ!!!』
蒼褪めた騎士。
雷光を纏ってストライクZへと肉薄しようとした騎士の剣が巨大な魔力刃を形成して虚空に放つ。
だが、ソレが瞬時にブレーキを掛けた機影の減速で命中のタイミングを外され、背後を取られた騎士が後方に馬の蹄からの魔力波動による莫大な拡散衝撃によって吹き飛ばそうとした。
だが、その中をまるで衝撃が到達していないかのように機影が突き抜け、大気圏内の断熱圧縮に燃え尽きる事すらなく。
そのまま二発のミサイルを放った。
『どれだけ能力を上げようが、所詮はぁぁッッ!!』
機械だ、と。
蒼褪めた騎士がそう叫ぼうとした瞬間。
二基のミサイルが後方の機影の下部にある片面全方位に打ち込めるレーザー照射を受けて、爆散した。
『何?! 自分で自分の槍を破壊するだと?!』
警戒した騎士が剣を手にして虚空で宙返りしながら反転。
即時にマッハ25で交錯する敵影を撫で斬りにしようとして、その巨大な剣が何かに弾かれた。
『ぬぅ?!』
ソレが周辺に拡散した何かだと気付いたのも束の間。
次々に回転しながら二基のレーザーポットによる迎撃弾幕が騎士を捕えようとして虚空を奔る。
『何だ? この砂を切っているような感覚は……周辺の大気に何か……あの誘導兵器の中身か?!』
冷静に相手の弾幕を相手の機体内部の機構。
魔力波動を発するソレの動きから予測して次々に避けながら、騎士が剣に魔力を集積する。
転化光が次々に青白く嘶く雷撃となって虚空に尾を引き―――。
『ならば、ソレ毎全てを断つッ、【
周囲3km圏内の空気を齧り取るかのように急激に膨張した電荷の壁が領域を閉じ込めながら膨れ上がっていく。
それはまるで地球の大気層を齧る何かのようにも見えた。
戦域の虚空に混じっていた何かもまたその魔力による運動エネルギーによる誘導によって大気を食らう雷撃へと取り込まれ、内部で高速で滞留しながら束ねられていく。
やがて、雷撃の波は剣を象って巨大な30m超の剣身を見せた。
雷の大剣が騎士の剣に連動し、未だ周囲を旋回しながら奔る雷撃を完全に予測して避ける機影に矛先を向けた。
『ハァアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!』
剣が高速で振られる。
その後、全方位の切られた空間上の軌道が全て煌めき、起爆する。
爆発は全て一定方向に揃えられ、薄くなった何かの壁を食い破るようにして機影を捉えた。
が、その瞬間に蒼褪めた騎士が気付く。
先程まで機影の下にあった巨大な弾頭が見えない事に。
(何処で切り離したッ? アレは何処で―――ッ)
そして、気付く。
自らの戦域がユーラシア内陸地域に寄っていた事を。
(まさかッ?!)
空気が雷撃の中で限界を超えて圧縮され、爆圧として放たれた後。
機影がソレに飲み込まれるより先に加速する。
『!!!』
未だ余力を残していた機影が完全に黒緑の輝きによって表面装甲に文様を浮かび上がらせる。
それは回路のようでもあったが、同時にまた古の叡智を思わせるような象形文字によって産み出された方陣の群れとも見えた。
急激に乱回転しながらの滅茶苦茶な軌道とレーザー弾幕の密度が広大な空にあってまるで避け切る事の出来ない豪雨の如く降り注ぎ。
戦域全体の大気層がその余波である膨大な熱量によって膨れ上がり、騎士の攻撃と相まって大気密度を限界まで薄くしていく。
普通の戦闘機にはあり得ぬ話。
だが、ソレが普通なわけもない。
内部の人間がいれば、慣性によって肉体はグチャグチャになっていなければおかしいし、それ以前の問題として戦域全体を熱する程のエネルギーは何処から出ているというのか。
(奴らめ。一段階、力を上げたか)
もう少しで急速な中心域への大気の逆流が起きる。
見えざるレーザーの弾幕を受け、装甲を赤熱させながらもその範囲圏外へと抜けた騎士が流れに乗って一直線に駆けた。
その軌道は正に雷撃。
大気圏内で固体が機動出来る物理法則上の限界を、慣性を別の法則で上塗りしながら、騎士の正面からの切り下ろしが、固体のままの肉体と帯剣で秒速150kmを記録し、機影の片翼を両断した。
擦れ違う際。
騎士は機影が翼を断たれる瞬間、自身でパージしていた事を理解してはいたが、追おうとして急激に力が減衰していくのを感じ、遥か真下の世界で急激に彼らが存在する為に必要な力の源が崩壊していくのを確認する。
地表に落とされた巨大な爆弾。
ソレが起爆後に為した事に違いなかった。
それはその世界の言葉に直せば、中国大陸の内陸部での出来事であった。
『ちッ、魔力が足りんか……奴らめ……』
『こちら紅蓮の騎士……奴ら、大陸のええとインド?で合ってるかしら。あそこに爆弾投下してったわよ。管区を跨いで来てみれば、あちらは最新鋭を投入して来たようね……』
『こちら白滅の騎士。やられたね……彼らの目的は最初からあの爆弾の投下だ。まったく、他人様の庭で力の源を破壊していくなんて止めて欲しい暴挙だよ。やれやれ』
二人をチャンネル間の通信で聞きながら、蒼褪めた騎士がオーストラリア大陸より南へと向かってゆく。
『悪足掻きにも程がある。大人しく滅亡すればいいものを……』
『あはは。あちらもそう思っているのかもしれないよ? 僕は引き続き、此処の護りに入る。まったく、彼らもよくやるよ。自分達の同胞の成れの果てとはいえ、それでもやはり良心というのは無いようだ』
騎士達の思考領域には紅蓮の騎士が観測した結果が次々に流れ込んでいる。
その中ではまるで事切れたかのように次々とインド及び中国、アジア内陸部でゾンビ達がただの躯へと還っていた。
『悪いけれど、何をされたか調べないとならないから、しばらく北米を開けるわよ。あの突撃野郎にやらせておいて頂戴』
『敵が増えたら彼は喜びそうだけどね』
白滅の騎士が肩を竦めたのが他の2人にも分かった。
『あちらも本格的に動き出したようだけれど、こちらも切り札は手に入れた。これでお相子よ。まったく、何処に隠しているかと思えば、極点の地とはね……』
『だが、北の極点には手が出せん。新たな頚城を手に入れなければ……』
蒼褪めた騎士が苦い顔をした。
『構わないわよ。今回のコレだって、効果は一年持たないでしょう。大規模な揚陸戦力なんて、あいつらが確保出来ない最たるものじゃない』
『そうだね。彼らが機械の数に頼らなければ、だが……』
『私達だって再充填までに数年の時間を要したけれど、まだ余力はあるわ。あちらとは根本的に事情が違う。時間は私達の味方なんだもの……奴らが焦るのも道理ね』
『フン。だが、先日の頚城は逃してしまった。何処にあるやら……』
『それでも勝利は揺るぎない。後の10年を戦い切れば、いいだけだもの。今回どうやってあんな事をしたのか分からないけれど、一時的なものに過ぎない。倒れ伏そうとも、屍は決して滅びない。我々と同じようにね』
『……つくづくボクらは運が無いな。あの頚城を探し出せていれば、あんな玩具相手に苦戦する事も無かっただろうに。今、あの国を彼らに任せたのはあの方の英断だったよ……』
『でも、敵になるんでしょう?』
『時間が味方と勘違いしている魔族には絶望と共にご退場願う計画だよ。まぁ、同じ世界の好だ。ボク達と同格以上の相手でもある。10年後に下したならば、彼らにはこの星の管理を任せていいかもしれない。この星の人類には絶滅してもらうが、別に彼らに対しては何の恨みも無いしね。繁栄したいって言うならさせておけばいいじゃないか。無論、僕らの下働きとして、ね?』
『怖い怖い。さすが貴族のお坊ちゃん』
『はは、貴族全般が誤解されそうだから、その言葉はどうかと思うよ』
白滅と紅蓮の会話に蒼褪めた騎士は内心でひっそり溜息を吐いた。
『これより任務に復帰する』
『お願いね。そう言えば、シュピナーゼ様は今何をしていなさるの?』
『ああ、シュピナーゼ様なら今はあの国にいるよ。楽しい事を見付けて友達に見せたいんだそうだ』
『そう……友達……まぁ、時が来たら、我らの同類になって貰う事にしましょう。そのお友達には悪いけれどね』
騎士達は明けていく空の下。
互いに顔も見ず。
三々五々に己の管区や任務へと散っていった。
そうして……彼らの去った後。
東南アジア近海に落下した機影はゆっくりとその進路を海面スレスレの低空飛行で日本へと向けたのだった。
*
―――『ブンカがメイサンチ~~』
奇妙なメロディーの流れる商店街。
人通りが少ないながらも、前よりは治安の回復と共に人出がある場所を少年少女は歩いていた。
道行く者達は一般的な装いが多いにも関わらず必ず振り向く。
それだけ少女達の美貌が物珍しいという事だろう。
『奥さん。アレ見て……今日、土日じゃないわよね?』
『でも、ほら、この間から休校するところが多かったから』
『外国人の方も多くはなったけど、何処の国の人かしら?』
『さぁ? 東欧かしら? 別嬪さんねぇ……』
『奥さん!! あっち見てる場合じゃないわ!?』
『え?』
『ほら、あれが噂のヒューリア印よ!!』
『ほ、本当に缶詰の横に……値段、値段は!?』
『(ゴクリ)……100円』
『その生野菜ダース単位で頂戴!!』
『私も20束!! いえ、30束でも買うわよ!!』
『あ~済みませんね~~コレ一人3束までなんですわ~あ、でも心配しないで下さい。何か関東圏にこれから大量に出回るらしいんで。明日には100束だって買えますよ。奥さん』
外国人との共生社会。
というよりは、明確な線引きを行っての共同生活が馴染んで数年。
多くの日本人は日本語しか話せないし、英語ですら普通に話せる人が稀、というのは大人も子供も変わっていない。
看板や店先で十年以上前と変わったのは生野菜や生肉などの生鮮食品を売る店が大抵缶詰屋になり、それらを普通に売っている場所は高級食材しか扱っていないのかという程にお高いくらいの話である。
特に都市部では生野菜、生肉の値段は爆上がり。
地方で美味しい生食材を使った食事が摂りたいと農業従事者として移住する者が実は結構多い。
「何か、あっちの方は騒がしいですね」
ヒューリが自分の顔写真が東京本部の総務によってヒューリア印の野菜の目印として使われているとも知らず。
その人の群れを遠目に見た後、少年の方をチラリと見た。
足元が気になるのか。
少年は朱い顔で俯いており、その恥ずかしがる様子に可愛い過ぎるという感情が抑え切れなくなったヒューリがその頭を撫でる。
「あ、あの……ヒューリさん?」
「うぅ、ベルさんは可愛いです。ええ、可愛いですとも」
「そうね。ベルはカワイイわ」
「はい。ベルディクトさんはカワイイですよ」
悠音と明日輝も同意し、三姉妹はウンウンと頷いた。
それに苦笑したフィクシーが白のライダースーツ。
そう見える善導騎士団のデフォルト・スーツというまったく様になった如何にもバイカーですという姿で肩を竦める。
実際、彼女のスーツにはそういう風な都市迷彩として善導騎士団本部に所属する元バイカーな隷下部隊の者達が龍虎相打つ図を描き込んでおり、肩パット入りを思わせる肩の二本目の腕にも優しい特注品だ。
「大人気だな。ベル」
「そ、そんな……せめて、もうちょっと、男性的な服が良かったです」
「ふふ、安心しろ。後で買いに行ってやる。専門の店はリサーチ済みだ」
「何かイヤな予感が……」
「ベル様。この通りの先を左に行くと現在の都内で最も品揃えが良い店だそうです」
今まで端末で地図と睨めっこしていたハルティーナが全員を先導していく。
すると、彼らの前に現れたのは大手の電気店、ではなく。
それなりの広さがありそうな個人店舗であった。
「ベルさんが来たかったところって玩具屋さんですか?」
「ええ、前に見た事があって、気になってたんです」
ベルが夢の中で緋祝家にあった少年の部屋の事を思い出す。
「へぇ~こういうところに来るのは初めてかも。ね? お姉様」
「そうですね。ユウヤさんなら喜んでいたかもしれません」
姉妹がもういない家族の事を思い出している様子なのを後ろに少年が店内に入っていく。
店内はかなり広かったが、壁際の大量の棚と積み上げられたプラモデルのキットの山で埋まっていた。
古いのから新しいのからプレミアムなものまでとにかく大量。
それを造る為の道具もズラリと棚には並び。
少年は男の子らしく目を輝かせた。
「………(・∀・)」
「あ、何かベルさんが今までにないくらい良い笑顔を……」
「ベル様が喜んでくれたなら、何よりです」
ヒューリは少年が何も言わず少し速足で店内の奥に向かっていくのを見て、やっぱりベルさんも男の子なんですねぇという顔となった。
ハルティーナがその背後に付き添っていく。
(娯楽映像なんかはこちらの方が大陸よりも勝ってます。これが全部、娯楽映像の中の鎧や機械、兵器を象った商品だなんて……あちらは大抵本物が作れますけど、こっちでの本物はこういう兵器だけなんでしょうね……)
少年が戦車やバイク、戦艦などの出来上がってガラスケースに飾られているプラモやミニチュアを繁々と見やる。
その後方ではヒューリを始めとして全員がそれなりに気になるものがあるらしく。
次々に棚やキットの説明などを見て、これ大きいなぁとか。
これを墓前に供えてみようかなぁ、とか。
あ、女の子のお人形もあるんですね、とか。
この乗り物……いいな、とか。
諸々、それなりに見て楽しんでいるようだ。
経費は潤沢なので少年は気になるプラモを片っ端からハルティーナが持っている籠に積んでいく。
しかし、ふと店の奥にある一際大きなケースに入った戦艦を見付けて。
「(・ω・)………」
それに見入る。
「どうかしましたか? ベル様」
「いえ、ちょっとお店の人に聞いてきます」
「分かりました」
少年が何やら店員に訊ねた後。
店の奥から出されてきた巨大なキットの箱を前に頷く。
ハルティーナは呼ばれてその上に更に今日買うプラモや道具を積んで清算。
〆て21万3000円也。
「皆さ~ん。何か気になるものがあったら、一緒に買っちゃいますから、持って来ていいですよ~」
今現在、店内にいるのは彼女たちのみ。
呼ばれてから、プラモを持ってきたのはヒューリとフィクシーだけだった。
悠音と明日輝は今日は買わないが、後日二人で何やら買いに来るという話をしており、晴れて少年は大量のプラモをゲットし、満足そうな顔となる。
『ありがとうございました~~またの御利用をお待ちしております~』
美少女も眺められ、売り上げも良かったホクホク顔の店員は満面の笑みだった。
大量のプラモを買った全員の手には大きな袋が大量に握られている。
が、それもすぐに路地裏で少年が導線を張った地面の奥に消えて少年の部屋に送られた為、また彼らは手ぶらとなった。
「今度はこちらで案内しよう」
フィクシーが路上に止めてあった【黒翔】のところまでベルを引っ張っていくと。
ヒョイと猫を掴むように首筋を掴んでぶら下げ、サッと車両後方に乗せる。
一応、二人乗り出来るスペースはあるし、後方も装甲のおかげで落ちたりする事も無い。
脚を掛ける場所もあった為、少年は大人しく借りてきた猫状態となった。
「ええと、何処に?」
「お前の服としっかりした下着を買いにな」
「ヒェ(;´Д`)?!」
「掴まっていないと頭をぶつけるぞ」
ハルティーナが全員を乗せた車両を出せるようになったのを確認して、フィクシーが自身の髪に手を当てるとシュルッと編み上げられて、団子状に纏まる。
少年がオズオズと腹部に手を回すと。
「では、出発しよう。ふふ……」
また、あの下着生活に戻るのかとようやく普通の下着をゲットして、ひっそり普段使いしていた少年は涙目であった。
『あれが通報のあった違法二輪ですか?』
『いや、アレは……通常業務に戻るぞ』
『え? 先輩、ですが、未成年が乗っていたというか。あっちの車両動かしていたのも明らかに未成年でしたよ!?』
『いいから、通常業務に戻るぞ。彼らはいいんだ』
『知ってるんですか?』
『あのナンバープレート見てみろ。先日、復帰したお前は聞いてなかったと思うが、あの黒と金のプレートは新設された善導騎士団用のプレートだ』
『あのやたらカワイイ未成年者の子達が善導騎士団?』
『外交特権。いや、それ以上だ。事故を起こした際もあちらの事情が優先される。車両の運転可能年齢やら道交法も全て免除の超法規的な特権だよ』
『この装備も善導騎士団のものですけど、善導騎士団にはあんな子達までいるんですね……』
『彼らは関東圏のあちこちから人を集めているからな。それこそ赤子から老人まで彼らがMU人材の面倒を大抵見ている。彼らのおかげで化け物にならずに済んでる連中や怪異化して暴走しそうだった連中も殆ど制御可能な状況だ。脚を向けて寝られんよ』
『でも、あの年齢の子が車両使ってると反射的に注意したくなりますね。いや、ホントに』
『この装備の供給が止まってみろ。我々はまた数週間前の状況に逆戻りだぞ? 毎日、同僚が死ぬ現場はもう見たくない……』
『そうですね……では、通常業務に戻りましょうか。それにしてもいやぁ、カワイイ子達だったなぁ』
こうして各地の警察に違法二輪が走っているとか。
子供が普通に車両を運転していたとか。
数十件にも及ぶ通報や交番への届け出などがあったが、警察は現場を遠巻きにして関与せずという方針でスゴスゴと通常の業務へと戻り。
少年と少女達の行く手を阻む公務員、なんて者は誰一人現れる事も無く。
まだ始まったばかりの日常は雲一つ掛かる様子もなく続いていくのだった。
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