第96話「Lost Children」

 ―――??日前。


 ベルディクト・バーンにとって研究開発には3つの段階がある。


 第一段階。

 需要発生を知る。

 第二段階。

 必要な機能を探る。

 第三段階。

 現物を造る。


 研究開発何処行った?


 と、思われるだろうが、それは大抵が即現物として反映される。


 理由は単純だ。


『……これにしましょう』

『コレですか?』

『お高いですか?』

『あ、いえ、経費で落ちます』


『そうですか。でも、一応はお支払いしておきますね』


『分かりました……ですが、本気で?』

『経理の方に領収書をお願いします』


『……はい。政府も言った手前は唾を呑み込むでしょう』


 少年が使っている魔導内の情報や彼が常日頃から集めているあらゆる情報が大量に貯め込まれたアーカイヴは今も拡大中であり、その検索結果に従って、適した代物を少年が己の既知の知識と魔導内の知識、及び異世界での知識を寄り合わせて適当に造るからだ。


『……これにします』


『あ、はい。では、今メーカーさんの技術開発部門と設計部門に』


『お願いします。これがあれば、随分と戦力の展開が容易になるでしょうし』


『それにしてもライセンス生産とは考えましたね。騎士ベルディクト』


『いえ、僕には何かを根本的に生み出すというのは難しいので』


『そ、そうでしょうか? ご謙遜を……』


『僕が造るのは基本的に既存品のブラッシュ・アップ品なので』


『重火器類を見る限り、まったくの別物のようにも思えますが……』


『形を真似て、別の能力を付与する。というのは錬金術や魔術ならありがちですし』


『凄いんですね。魔術って……』


『いえ、不便ですよ? 便利なのは便利にしようと努力した人達の賜物です』


 造ると言っても大抵は拙い工学の知識を借りて既存の物体の基礎構造を魔術的、魔導的、錬金術的……そして、彼がこの世界において育んできたディミスリル加工技術を用いて強化するだけだ。


 最初から用途に応じた機能を持つ既存の品を造るのはそう大変ではない。


 何の知識も無い状態から物体を動かす為の車輪を発明しろと言われているのではなく。


 車輪をゴム製や鉄製にしろ、と言われたのならば、彼とて錬金術師の端くれに到達している為、出来ないという事は無いのだ。


『これにして下さい』


『即答ですね。ですが、残念ながらメーカーは潰れてまして』


『現品はどうでしょうか? 有りますか?』


『ああ、それなら……米軍は各国のメーカーから現品だけは集約してましたから』


『お願いしてみましょう。適当な金額を後でお渡ししておくので』


『分かりました。掛け合ってみましょう』

『ありがとうございます』


 少年が日本に来て身体が空いた後、最初にしたのは現在この世界に存在するあらゆる技術や技能、兵器や関連パテントの収集であった。


 そして、そのお眼鏡に適った品は即日発注、即日納入、即日交渉開始という具合に製品を出している企業や製作所、研究所から次々に陰陽自へ物と人がやってきた。


 少年のやり口はこうだ。


『一部のディミスリル資材をお安く納入して加工方法も一部お教えするので、貴社の当該製品の改造と生産の許可、技術開発、研究設計している皆さんの手を貸して下さりませんか?』


 噂の魔法と世間では呟かれる超技術が転がり込んで来る。


 ついでにディミスリル資材が安く手に入る。


 M電池やMHペンダントなどの話は関東圏のみならず。


 全国各地で響いていた。


 特に治癒の術式を施したMHペンダントは想像を絶して話題沸騰中だ。


 曰く、重症患者を治癒させ、大量の病と癌すら直し、古傷を回復させる。


 ついでに虫歯も治る。


 それが現実であるという状況では各地の病院が引っ切り無しに注文するのも無理からぬ事だろう。


 関東圏以外だと特定医療機関の医師や消防、救急に医療器具として卸す事が決定しており、日本中で関東圏以外でも日に6000個以上が大中小の企業群から出荷されていた。


 ソレは関東圏に十分な量が供給された後は大抵が小遣い稼ぎにと企業が政府から決められた量の発注を受け、各地にそれなりの値段で卸している。


 更にディミスリル合金の噂はシエラ・ファウスト号の構造材の話が何処からか民間に漏れた様子で次々に善導騎士団へ技術協力という名の開示要求がガンガンされていたが、無しの礫状態。


 しかしながら、善導騎士団が今後活動していく上で必要とされる商品や技術を持った企業に日本政府を通してアプローチが入った。


 コレ幸いにと彼らが二つ返事で騎士ベルディクトなる人物に会いに行くのは当然の帰結に違いなく。


 日本政府からは騎士団の重要人物であり、技術開発、物資生産の責任者と聞いていた相手を初めて見て驚くというのは陰陽自が奇妙な訓練を行う傍らも毎日のように続いていた事であった。


『我社の商品をライセンスで、ですか……ですが、さすがに軍用には耐えないかと』


『あ、いえ、もう現物からコピーして最初期の雛形は出来てるんです』


『は? それはどういう?』

『こちらをどうぞ……』


『この写真は……カ、カラフルだが、確かにこれには我社の製品の面影が……』


『あ、他の企業の商品も幾らか参考にしてます。皆さん、あちらで待ってますよ』


『一体、どういう?』


『ベースとなる既存品をこの国にある企業の方々に軍用として、僕が造ったコレを土台に再開発して欲しいんです。採算は考えず、ただ便利で壊れず、長期使用に耐えるなら、どんなにお金が掛かっても構いません。僕らの命を預けるものですから。その分の開発費は全て必ず御支払いします』


『まさか……』


 ガラッと。


 部屋の半分を仕切るカーテンが引かれて出て来たのは大小の企業から来た重役達。


 彼らはもう何やら話している様子で交渉途中の相手を見て『この会議に加わってみるかい?』という笑みを浮かべる。


『……善導騎士団も人が悪い』


『このプロジェクトは単純に今後来るだろう破滅に立ち向かう為の統一規格による最高の軍用兵器、軍用品の生産開発計画です。そのコストは全て善導騎士団が持ちます。必要な物資、物質、材料が有れば、全て現物さえあるならば、複雑な構造を持つ回路や繊維のようなもの以外は全て増産して提供可能です』


『―――凄まじいですな』

『ただし、期限はそう長くありません』

『如何程?』

『数か月から2~3年以内』

『それは……』


 不可能だ、という言葉は呑み込まれた。


 此処でそう言ってしまうのは限りなく不利益であろうことは当事者にも分かっていた。


『だから、関連する全ての製品を扱う皆さんに集まってもらいました。今、創らなければ、間に合わない。今、用意しなければ、意味が無い……兵器部門、乗物部門、糧食医療部門の3つに絞りました。乗り物は車両、造船、航空機、装甲へ更に別れます。外国企業の方にも来て頂きました』


 確かに外国人が複数人含まれている。


『今後、現品さえ出来れば、最悪それをコピーして増産します。生産効率などは全て後回しにして下さい。とにかく能力が無ければ、今後の破滅は乗り切れません。この研究開発中、皆さんに必要資材として各種のディミスリル合金を全て無償、無制限に貸与します。従来の金属を超え、魔力を用いて更なる力を発揮する部材です』


『魔力……陰陽自衛隊というネーミングといい。本当に貴方達は魔法使いなのですね』


『僕らの技術体系がそう呼ばれているだけの事で技術には変わりありません。出来る事も出来ない事もあります。だからこそ』


『我々の力が必要だ、と』


『はい。この計画で産まれた加工技術は全企業共有としますが、兵器開発への転用を防ぐ為、今後人類が生存圏を回復した後の戦争などを考慮し、こちらが指定したものは全て秘匿させて下さい』


『……まぁ、軍用品の生産となれば、確かにそういう話になるでしょうな』


『この研究開発に参加する全ての個人にはこの禁を破れぬよう我々の技術による制限を設けます。開発は全て陰陽自衛隊の基地内で行い、データも持ち出しは厳禁で基地内に保管されるでしょう』


『制限?』


 噂の超技術がどのようなものか。

 相手には測りかねただろう。

 首が傾げられる。


『具体的には日本国内で開発したこれらの技術を流出不能にする為、精神に拘束を掛けさせて貰います』


『……それは必ず、でしょうか?』

『例外はありません』

『少し社の方と相談しても?』


『無論です。ただ、回答期限は4日でお願いします。また、このプロジェクトで先行開発された技術のみ後発企業とは必ずしも全て共有は行わなくて良いというルールを設けました』


『後発は不利、と』


『競争原理を導入する一環です。人類が永続する限りは皆さんも稼ぎ続けられますが、滅んでしまってはそれも不可能でしょう。善導騎士団はこのプロジェクトの産物については団が存在する限りは日本政府と合同での管理を行います。平和な時代になったならば、陰陽自衛隊の保管庫に眠る事となるでしょう』


『……正しく、人類の決戦に際して使用される力……まるで古の刀匠のような気分になってくる話だ……差し詰め、我々は騎士の剣を打つ鍛冶師と……』


『ええ、どうか僕らの……人類の為に剣を打ってくれませんか?』


 少年の瞳は確かに真面目だった。

 大真面目だった。


 そして、騎士と呼ばれ、スーツと装甲を身に纏い、外套を着込んでいた自分の子供と同じくらいの歳に見える相手に対して―――営業畑から上がってCEOとなった漢が頷く。


『お話は分かりました。社に持ち帰らせて貰いますが、明日には人を寄越しましょう』


『では?』


 手が差し出される。


『騎士ベルディクト。我が企業は貴方達、善導騎士団、陰陽自衛隊に全面的な協力をお約束します』


 その手をベルがしっかりと取って握る。


『ありがとうございます』


 こうして人類の生存を掛けた闘争に向かう為、残される銃後の者達の戦いが始まった。


 連日、陰陽自に出入りする人々は増えていき。


 同時にまたその基地内で暮らし始める民間人も多くなっていった。


 彼らは互いに協力し、凌ぎを削り合いながら、コンペを開催し、どちらも良いならば、どちらも用いるような設計開発を行い、短期間で次々に試作品を生み出していく。


 既存品を軍用として確実な代物にする。


 その為に用いられるのは未知の金属ディミスリル。


 国内企業研究開発機関千数百社。


 更に日本国内の亡命政権下の企業数百社。


 大小は関係なく技術力と製品の確かさ、アイディア、基礎的な能力の総合で選ばれた延べ二千社以上の企業体が人員の提供母体となった研究開発機関の発足。


 それは陰陽自衛隊基地内に一つの研究所を造るに等しい行為。


 敷地に増設されていく研究開発設計担当者達の住居用施設。


 彼らが善導騎士団側から出ているたった一人の技術者たる騎士ベルディクトと共に作り上げていく代物は日本政府及び未だ残存する亡命政権を巻き込んでシエラⅡ、シエラⅢへの開発へと発展。


 富士の裾野に広がる樹海は官民なく。

 技術者と研究者達の一大共同研究機関と化した。


『え~~まずは皆さんには純粋波動魔力についての見識を―――』


『魔力って一種類だけじゃねぇのか……』

『え~この善導騎士団は実は異世界の~~~』


『え? いきなり異世界とは言い出したんだけど、マジで?』


『魔力親和性の高い金属元素は~~』

『まぁ、いいじゃないですか。気にしない気にしない』

『せやな……(´-ω-`)』


 サラッと少年の魔力講義や魔力親和性の高い金属に関する講義で当然のように僕らは異世界から来た魔法の使える騎士団ですという事実を暴露された技術者、研究者達であったが、彼らの大半はゾンビのいる世界に今更だよなぁという感想を抱いたのみだった。


 彼らの仕事は異世界云々などまるで関係なく。


 純粋に異なる技術の融合と物理現象を探求する科学的な見地からの新技術開発である。


 魔力を用いた科学による新工学がひっそりと誕生した瞬間であった。


 後に【魔導機械学ハイ・マシンナリー・クラフト】―――HMCと呼ばれるようになるソレの基礎を固め始めた彼らにとっての最初の難関は魔力の魔の字を覚える事。


 そして、既存品をブラッシュアップした騎士ベルディクトお手製ディミスリル合金製品を理解し、更に効率的な構造や設計を行う事であった。


『え~ですから、魔術による真空の発生で空力的な物体への影響は~~』


『真空……ほうほう?( ^ω^ )』


『術式単体は小規模でも駆動する為、魔術具化された物品には破損しても良いように複数の術式が内臓されていて~~』


『あ~~予備ね? うんうん(;´・ω・)』


『動力源を魔力電池に置き換えた際は転化後の物理量は各種殆どのエネルギーに~~』


『お、おう。電力、熱量、運動エネルギーに重力波………ん? え? 重力に出来んの(。´・ω・)?』


『魔力式の結界は励起魔力と非励起魔力型があって~~』


『えっと、予め決められた物理量で相殺する事前物理転化式と魔力そのものであらゆる事象に対して、判別した事象のエネルギーに転化して防ぐ相殺転化式……メモメモ(@_@』


『ディミスリル合金の基礎的な能力は純粋金属元素の不純物の混入量に比例して低く~~』


『純鉄や純銅みたいなのをディミスリル加工してから合金化しないと能力が落ちると(´・ω・)』


『各企業体からは現代の最新合金のレシピも随時教えて頂いており~~新型合金は加工前からディミスリル合金化すると従来のものから性能的に2倍から3倍の能力を示している事もあって~』


『3倍とかでもう驚かなくなった自分が怖い(T_T)』


 地下善導騎士団区画とは離れた場所に置かれた研究施設は外部からは単なる倉庫にしか見えないが、実態としては基地の地下に極めて大量の空間を占有している。


 元々は少年が自分用に開発していた実験場であり、周囲には滑走路やドックが軒を連ねている為、人の出入りが無ければ、それとは分からないだろう。


 施設の運営は陰陽自の部隊が行っており、一部は施設を用いる各企業体が独自に運営する独立採算制で幾らかの商店も入った。


 さすがに既存のチェーン店を入れるわけにもいかなかった経緯から、品揃えは悪いかと言えば、そうでもなく……陰陽自の仕入れと共に商品の調達が行われている為、日に日に棚は賑やかとなっている。


『主任。この棚……野菜の直売始めるんすか?』

『各企業の出向研究者技術者向けだな』

『確かに此処の野菜旨いですもんね』

『ああ、何かその内に肉も出るらしいぞ』


『え? 畜産まで始めるんですか? 騎士ベルディクトもやるなぁ……』


『あ、いや、畜産はせずに肉が手に入るらしい』

『???』


 基本的に食堂は全て無料。

 日に4種類の朝食、昼食、夕食が出る。

 それ以外の食事に関しては買ってねという事である。


 このご時世に缶詰ではない食事が無料という時点で研究者、技術者達のモチベーションは爆上りという程ではないにしても高くなる一因であった。


 研究用の資材は全て善導騎士団が用意し、機材も全て資金面が続く限りは持ってくれるとの話。


『こ、これ3億する機材……ずっと欲しかったヤツ!!』


『こっちは1g3000万する物質が一斗缶単位であるんですが……え? 研究室単位でコレ?』


『最新型のシーケンサじゃん?!! マジかよ……遺伝工学の連中も入ってるが、糧食部門なの?』


『うわ~~広いなぁ~~え? 地下なのに空見えるし、どうなってんだよ……』


『まwwwりょwwwwくwww 物www理www法www則ww無視とかぁあwwwwwww』


『魔術言語? 術式? 非物理事象の系が存在してて、それに干渉する法則が実在する? ぅ~ん、古典物理学で否定された話も諸々新たな前提や法則が存在すると引っくり返りかねんな』


『これが噂のディミスリル化金属……大量に関東の地面に降ってたのとは違うのですかね?』


 最新設備。

 ほぼ無限の資材。

 無料の食事。

 無料の個室。

 未知の技術たる魔術とその動力源たる魔力。

 そして、未知の金属ディミスリル。


 全ての要素を前にして『制限? ああ、別に構わんよ』という輩は5000人中8200人近かった。


 話を訊き付け、是非に参加させてくれという大学の研究者が大量だったのである。


 そもそもが人類の破滅を前にして立ち上がる技術者、研究者達という話であり、正しく人類を護る最後の砦的に企業体には説明されている旨から、共感してくれる者達は大量であった。


 各国の亡命政権からも実益を兼ねて数百名が追加で在籍する事にもなっており、もはや動き出した計画は善導騎士団の思惑を超えて、人類絶滅を前に殆ど諦めムードであった既存の技術と科学の申し子達を焚き付ける事に成功したのだ。


『……試作機が完成致しました。騎士ベルディクト』


 研究者達の半数以下ではあったが、少年に溜口どころか敬語を使い出してからしばらく経った頃。


 さっそくの成果が披露された。

 地下施設内の広い体育館倉庫程もある広い一角。


 今も改良が加え続けられている様々な品々が開発者達が集まる台の上に立ち並ぶ。

 だが、少年に気付かぬ程に熱中する者も多く。


 パーテーションで区切られた通路の先。

 ソレがあった。

 それは一台の大型自動二輪。

 そして、車高の低い特殊な形状の装甲車両だった。


『……最終的にはホバー併用式になったんですね』


『はい。どちらもディミスリル合金を混入した新型のゴム製タイヤと魔力浮遊式のホバーを選択して移動が可能です。魔力電池及びディミスリル合金化した新型のリチウムイオン・バッテリーパックを搭載。非魔力依存環境下での行動もしっかり可能です。仕様とされていた車載兵器の搭載は全て外部のパージ・ブロック内で完結しており、ペイロードも全て条件を満たします』


『ご苦労様でした。後で報告書をお願いします』


 どちらも色は黒だ。


 少年が大量に供給したのは単にディミスリル合金だけに限らない。


 人類が未だ大量生産技術を持たない物質をそれこそ部屋が溢れそうな程に供給する事で何兆、何十兆、何百兆掛かるかも分からないようなプロジェクトが幾つも単純な物量の力押しによって成し遂げられつつある。


 経済合理性を投げ捨てた開発費は少年の錬金術の前に屈し、今はたった100億を切る有様だ。


 最も研究者、技術者達が欲したのは炭素であった。


 ナノ系技術では代表的な元素だが、特定の炭素素材は大量生産が不可能である点で現代では超高額だ。


 だが、それが唸る程渡されたら、研究や実験やそれを用いた大量の成果だって生まれようというものだろう。


 それも魔術とその力を込めた魔術具込み込みの現場であれば、あらゆる物理事象をそれで引き起こし、本来は時間と手間が掛かる研究を超ハイペースで進める事などまったく簡単な話であった。


『それでさっそくで悪いんですが、後少しで作戦が開始されます。実戦投入は可能ですか?』


『ええ、遅れているのはベトロニクスの調整のみで、そちらもどうにか米国企業の方の協力で。生産台数は今の状況では月2台が限界です。無論、内部の電装系以外はという但し書き付きですが』


『十分です。まず、コレだけ電装系の部品をお願いします』


『この数、部隊単位での運用ですか?』


『はい。同時にデータが採れると思うのでソレと出動後の破損や乗員への聞き取りなどを行った後、問題点を洗い出して、更に再設計を……生産したモノは全てリサイクル出来るのでとにかく機能的に高いものを……魔力使用可能な領域、非魔力依存を強いられる領域、どちらでも同じだけの性能がなければ、話になりませんから』


『畏まりました。車両はコレをベースに今後設計という事で?』


『はい。先程、あちらの方に行ってきましたが、どうやらかなり進んだようです。コイルガン及びレールガンの問題が粗方解決した為、車両搭載の大きさで良ければ、もう実戦での使用が可能だそうです』


『いやはや羨ましい……あちらは大電力と構造材質の問題さえ解決すれば、ほぼ通常環境下での運用に関しては文句の無いものが出来るというのですから。軍用を前から造っているところは自力が違いますね。完成までの速度が壁一つ越えたら早い早い。米軍も真っ青ですよ、絶対』


『でも、皆さん……がお好きですよね?』


 漆黒の車両を前にして周囲にいた開発者達が唇の端を曲げた。


 無理難題。

 誰も成し得ない事を為す。


 そういうのが好きな連中程に地道な研究と実験を前にして燃え上がる。


 新たな技術の確立、閃きの上に成果が形を見せた時の感慨は一塩。


『まったく、最高な職場ですよ。幾ら試して失敗しても怒られない。幾ら実験してもいい。ああ、いっそ此処に就職したいってなもんだ。ははははは』


『残念ながら、此処の近くにフーゾクが無いのが唯一の欠点ですな!!』


『デリヘルも此処には来れませんからねぇ♪』


『………(゚д゚)(同僚の下品さにドン引きしつつ、リチウム化合物で核融合反応の出る超小規模爆縮実験を行う車両搭載型超高出力核融合動力炉の研究をしている常識人)』


『~~~(≧◇≦)(皆さん……此処には女性もいるんですよ!? という紅い顔で魔力式と化学式のスマート地雷を研究している20代の才女)』


『~~( ´ー`)y-~~(煙草を吹かしながら単純計算で国家予算並みのg数な希少物質をビーカーで適当に混ぜている老人)』


『ッッ(/ω\)(思わず赤面して顔を両手で覆ったディミスリル皮膜合金のウェハーに魔力で原子レベルの回路を刻んで三次元積層半導体を造っていた大卒の理系女)』


『(-"-)(こいつら仕事しねぇなぁという顔で魔力波動を用いた地下まで観測出来る3次元レーダーを開発中の独身男44歳)』


 限りなくを集めれば、が最精鋭なんて正しく大陸ですらよくある人類規模で普遍的な話であった。


『ええ、大好物ですとも。本題であるに関してはまた手付かずですし、騎士ベルディクトが再現された……での完全動作を目的に今、外界の影響からの車内環境ブロック方式を検討中です。幾つかの方式は後でご報告を』


『分かりました。じゃあ、今日中には作っちゃうので揃えた電装系や内装の部品はエンジニア班に回しちゃって下さい。明日までには可能だって言ってたので』


 少年がその漆黒の車両に近付き、触れ、魔導方陣を展開して解析し、すぐにその内部構造が自分の製造出来るものであるのを確認してそう彼らに要請した。


『さすが日本車の本場……車両組み立ての精密性と正確さは世界一ですか。了解です。騎士ベルディクト』


 今、彼らのいる区画にはベルの持ち込んだ魔導や魔術、魔力を用いた集積回路を構築する為のクリーンルームやら放射線を完全遮断する空間歪曲式の実験施設やらが稼働している。


『任しといて下さい。必ずやご期待に沿えるモノを……』


 魔力そのもので駆動する術式を奔らせるOSやらソレを可能にする論理ゲート……最先端の量子ゲートを応用した魔力系ゲートの設計集団やら……混沌として己の成果を次々に誇示し、あちこちで開発が進む毎に研究が統合集約され、次々に善導騎士団が必要とする物品が雛形ながらも出来上がっていた。


『ベルきゅんの為ぇなぁらぁ~えんや~こら~(´ω`)♪』


 正しくソレは大陸において七教会が行ってきた研究の焼き回しであろう。


 進んだ科学と魔法の区別が無くなるという話は科学に魔法が持ち込まれた場合も起こり得る。


 原理を理解せずとも、己の研究に利用出来るなら、何でも利用する研究者、技術者、開発者の執念と人類の科学が負けたままでいいわけがないというオカルトたるゾンビに抗う心は此処に来て大爆発していたのだ。


『オカシなのが揃ってますね。相変わらず此処……』


『そういう自分もそういうのだって自覚持とう? 秘書子ちゃん』


『誰が秘書子ですか!? 私には明神という名前があります』


『でも、騎士ベルディクトに手を出したら犯罪だからね~』


『は~い。口じゃなくて手を動かしましょうね~~此処は幼稚園じゃないのよ~~大人なら大人なりにあの大人な騎士ベルディクトを唸らせるような態度でね~~』


『幼稚園か。確かに此処の連中に常識とか語る方がオカシイわな』


『無駄口叩いてる暇があったら、無線送電のロスどうにかなさい。今後、モジュール化した乗り物系はブロック毎のエネルギー連動が鍵なんだからね。魔力に依存せず、電力くらいはこっちで問題解決しないとならないわよ。はいはい。仕事仕事』


 どんなに危ない実験も少年が魔導と魔術による保護環境を提供している限りはすぐに倫理面で許可された為、生体実験以外は殆どが次々成果となっていた。


 それは正しく今日少年の前に現れた車両であり、今後それに続くだろう全ての品々に言えるだろう。


 こうして、彼ら。


 正式名称【陰陽自衛隊付属国際委託技術研究所】。


 俗称【陰陽自研】と後に呼ばれる事となる者達の日々はスタートしていく。


 ―――現在。


 夢の島跡地。

 現善導騎士団東京本部の駐車場。


 作戦前に通行規制が敷かれていた為に今は満杯よりは少ないだろう8000車程が停車中の其処の歩道の下から次々に油圧ジャッキによって道が持ち上がり、コンクリートに見せ掛けられたディミスリル皮膜合金製のハッチが解放されていく。


 地下内部から響くのは排気音エグゾースト


 まるで航空機のジェットエンジンが空気を圧縮していくような甲高い音が響いたかと思えば、開放された隔壁が飛び出した道の先に次々と見えざる不可視の螺旋状の道が魔力の運動エネルギーによって敷かれ、虚空が歪んでいく。


『そうだったな。では、善導騎士団。高速装甲騎兵隊出撃!!!』


 次々に螺旋の見えざる道をほぼ45°の角度で駆け上っていく漆黒の機影。


 カーボンナノチューブ及び新開発された魔力生成方式によって生まれたグラフェン構造体を合成樹脂によって形成。


 ディミスリル化合金の粉粒で皮膜した特注の外殻。


 スマートなフォルムであったが、その暴れ馬の外観はバイクというよりは全ての機械的な内部構造が隠匿された動く巨大なゲーセンのバイクゲーム筐体と言ったところだろう。


 外殻の幅は1m近くで風防は頭を下げれば、人間がスッポリと入ってしまう。


 膝や脚、跨る部分は前面から見れば、完全に車体のフォルムに隠されており、突撃時に本人の身を護る方式が採用されている。


 突貫する先端はまるで雪国で線路の積雪を掻き分けるラッセル車の如く、雪の代わりにゾンビの海を描き分ける為の山型の衝角状となっていて、車輪すら見えない。


 ハンドルも外殻内に置かれている為、相手が操縦者を捉えるには真上を取るか真横を取るかという事になるだろう。


『サイド・ブースト。転化5秒前!! 3、2、1―――』


 巨大な漆黒のモンスターが見えざる道を駆け上がり、其々の担当地区へと向けて放射状に何もない虚空へと飛び出す瞬間。


 シート後方。


 黒と金のプレートが張られたソレの左右には4つの排気管。


 そのように常識的に見れば思えるだろう内部から青白い炎がチラ付き。


 ジェットエンジンの如く炎を吐き出して、車体を急加速した。


 それとほぼ同時に今まで車体に隠されながらも真下で駆動していた車輪がその堅さを歪めるかのようにして膨らんだかと思えば、車体内部と外界を隔てる風船のように出入り口に密着する形で真下を密閉する。


 術式によるゴムの弾性と靭性の変化による変形。


 タイヤの形状そのものをスイッチングで変える画期的なソレは並みの戦車砲では傷付ける事すら敵わないディミスリル合金の混入と皮膜により、どんな状況の地面と接触したとしても傷一つ付かないし、削れもしないだろう。


 空気そのものを用いるわけではない魔力転化による運動エネルギーの急速な放出。

 排気管内部で束ねられて回転するソレがバイクを飛ばせた。


『Cモードに移行』


 後方シートを護るように背後にあったカバー。


 それがようやく真の姿を顕し、【痛滅者】にも使われている盾が搭乗者が頭を下げたと同時にスライドした。


 上からスッポリと覆うようにして移動後。


 横合いから鎖帷子のように広がる内臓されていた盾の一部が展開して降り、パズルのように車体外殻と接合して横もまた覆う。


 こうなれば、もはやソレはバイクというよりは人力飛行用の翼の無い乗り物のように見えるだろう。


 魔力による物体の移動を機械的精密さで行うとすれば、それはもはや機械ならば複雑な機構が必要な部分をオミットしつつ、同じ効果が得られるという事だ。


 魔術や魔導で出来ない事は科学が、科学ではコストが高く耐久性の低い機構を使わざるを得ない部分を魔術が、互いに補い合いながら一つの成果として結実したのである。


 それは正しくSFと称したモノか、ファンタジーと称したモノか。


 虚空を疾走する巨大なソレを生み出した。


『【黒翔ニグラーラ】全機浮揚!!! 一時加速終了後、指定された地点まで最大加速で駆け抜けよ!! 敵のこれ以上の増殖を許すな!!』


 ホバーバイクというには語弊がある。


 浮かんではいるが魔力消費を抑える為、基本的に駐機中は全て直立させて置いておくのが基本であり、ずっと浮かべて置けるわけではない。


 空は飛ぼうと思えば、飛べる。


 が、少年の【痛滅者】を見れば、分かる通り……黙示録の四騎士との戦闘及び大気圏内の飛行には莫大な魔力が必要であり、あくまで小回りの利く二輪車両という点で使う事を念頭にされたソレは体積が限られていた。


 具体的には日本の一般道路において通常の自動二輪と同様に使える事が前提だったのだ。


 結果としてソレは市街地の複雑な地形においては浮いて障害物を避け、二輪であらゆる場所を走破し、一時は一直線で低空を短距離用のミサイル誘導兵器のように飛んでいく代物と化した。


 海上を、ビルの隙間を、住宅街の最中を、爆発的な加速で跳んだソレらは弾道飛行と言うべきだろう弧を描くような加速で各地へと散っていく。


『これより、騎兵隊の全指揮は私が執る!!!』

『了解です!! フィクシー副団長代行!!!』

『初お披露目ですか!! 腕が鳴りますな!!』


『初期対応の転移遊撃隊と【シャウト】の交戦開始を確認!!!』


 無線は全て特製の超小型高出力の採算度外視の代物を積んでいる。


 車体本体と個人の耳に小型マイクが据え付けられ、更に魔導方式のバイザーと電波で短距離通信して情報をやり取りする方式だ。


 大手通信キャリアと合同で開発し、単体でも世界中で使われていたあらゆる周波数帯域を扱え、無線を傍受、受信、更には通信基地として各機が一機で120km内の味方の無線を繋ぐ優れもの。


 魔力波動やチャンネルを用いた通信も可能だが、基本的には黙示録の四騎士や魔力を使える者達に居場所が露見するのを防ぐ為、科学方式が多様される。


『最遠の対応区画に入る後続機到達まで残り300!!!』


『遅過ぎるッ!! DCBディミスリル・クリスタル・ブースト使用!! 転化魔力は各自で補填!!』


『了解ッ!!! DCB使用許可が下りた!!! 最遠の対応区画の担当機は魔力供給開始!!!』


 東京のみならず、千葉、神奈川、横浜付近にも現れた敵。


 最も遠い場所に向かう者達の車体内部。


 座席直下に仕込まれた加速用のシステムが立ち上がる。


 そう大したものではない。


 膨大な魔力を込めたDCディミスリル・クリスタルから魔力を引き出す量は最速でも限られているが、それを一瞬で開放する方法がある。


 破壊……それは魔力の供給過多と同時に専用の術式を込めて自爆させるような行為に等しいが、瞬時に崩壊したクリスタルから発される魔力の量は通常の定常出力限界をゆうに300倍以上超える程の代物だ。


 緊急時の離脱用。

 あるいは巨大な敵に対する最後の手段。


 それを初期対応の為の速さに用いるのならば、どのような結果になるか。


 身体強化を己で出来る限界まで行った3名の男達が通常の魔力電池からは隔離されているソレに己の魔力を過剰供給し、術式を撃ち込む為の利き手のレバー部分にある半透明のカバー下のボタンを押し込んだ。


 瞬間―――車体中枢に備えられていた球体状のDCがパキッと割れたかと思うと瞬時に粒子となって膨大な魔力をその球体が固定されていた空間内から車体全体へと供給を開始する。


『安全弁開放!! 流入魔力の転化を―――おおおぉおぉおぉおおおお?!!!』


 使用した全員が悲鳴を上げた。

 その時、空を駆ける漆黒が瞬く。

 そう、まるで光の流星。

 断熱圧縮で表層を輝かせる事すらなく。

 真空を纏って突き進み始める。


 ソレは決して、その内部の人間を慣性以外の力に晒す事もなく。


 ミサイルの発射を思わせるような巨大な発光を四つの排気管から吐き出しながらかっ飛んでいく。


 3機の【黒翔】がその表面に僅か滲み出した魔力の転化光を個人の色に煌かせ、少し虹には足りない色合いで空に掛けて行った。


『このッ、暴れ馬めッッ、と、当該地域までこの加速なら残り30!!!』


『現地に着いてからの戦闘で遅れを取るなよ。この国の国民に見せる善導騎士団の初戦闘だ。お前ら、しっかりやれ!! フィクシー副団長代行に恥じを掻かせるな!!』


『『『了解ですッッ!!!』』』


 莫大な魔力を一括して機関内に流して尚、機体が持っているのは純粋にディミスリルの強度が高く、爆発しようとする余剰魔力を機体全体が吸い上げているからだ。


 それが更に術式を猛烈な速度で駆動させ、あらゆる込められた術式の効果を引き上げる。


 人間ならば、細胞の劣化に始まり、あらゆる人体の過剰魔力による恐ろしい症状に見舞われるだろうが、機械ならば潰しが効く。


 人間なら命懸けの行為も機械にやらせるならば、可能という事実を以て、彼らは一足飛びに己の力量以上の戦術を可能とする力を得ていた。


『現着!!! 遊撃隊と共に隔離戦闘に入る!!!』


『全機、薬莢一斉刻印準備!! 方陣結界弾を連鎖多重起動!!! 捕縛せよ!!!』


 次々に各地へ超低空、超高速で侵入した漆黒の馬達の車体後方。


 サイドの外殻の流線形部位の出っ張りに切れ込みが入ったかと思えば、その内部から次々と斜め上に円筒形の擲弾が発射され、今にも初動対応に動いていた部隊が敷いた結界から溢れ出しそうな程に猛烈な速度で絶叫と共に増えていたゾンビ集団。


 髪の毛と瞳の塊の如き鮨詰めのソレの周囲上空へと到達し、破裂したかと思うと巨大な方陣が数枚連続で結界を補強するかのように展開されていく。


『捕縛完了!!』


 その言葉が次々に部隊から聞こえる合間にも己の目の前の群れを結界で同じように捉えたフィクシーがハンドルを後ろに引き折るようにして変形させ、車体内部で銃把の如く握った。


 途端、衝角中央から離れた左右に2つの歪み。

 まるで金属の隙間が開くように穴が開く。

 それが銃口だとゾンビ達は理解せず。


『全弾殻結界透過。個別に視線誘導、誘導切れからの動体誘導に切り替え。結界内跳弾化、散弾化。全刻印完了と同時に撃てッ!!!』


 少女の声と同時に音声認識で内臓された全ての弾頭が的確な能力を持つ刻印弾として術式を薬莢に刻まれた。


 そのまま親指のボタンが押し込まれると同時に連射が開始される。


 刻印弾用の焼き付ける内部機構の術式は魔術、魔導側が用意し、その機構の中枢である弾へと刻印するプレートの組み合わせを音声認識システムと機械側で処理。


 現場で直接的に敵への最適解である能力を組み合わせた弾丸を製造する。


 正しく少年だから思い付くような無茶な仕様が現実となった威力はすぐに知れた。


 竜の嘶き。


 連射された44口径の弾頭が次々に結界内に撃ち込まれて視線誘導で結界外から見えているほぼ半分近くの敵の頭部を貫通、更に魔術師技能で全ての視線誘導弾を持て余した場合は動体誘導弾に効果が切り替わり、その上で結界内に貫通後の弾体が当たった瞬間。


 込められた術式によって結界から魔力を供給されて割れ、散弾化して分裂、結界内で完全に弾体としての機能を果たさなくなるまで跳弾を繰り返しながら相手を穿っていく。


 女の悲鳴が次々に上がり、虚空に黒い領域が広がり、内部から結界内に同じ顔、同じ形のゾンビ達が増えていく。


 弾薬が切れると同時に数が再び増殖するのは目に見えていた。


 弾が足りない。

 そう思った者がいるとしたら、彼らの背後。

 駆け付けて来た警官や陸自の部隊だろう。


 更に後方には各報道のカメラや望遠レンズで現場を捕えようとするフリーのカメラマン達もいる。


 弾が持たない。

 そう思った彼らは気付く。


 発砲が途絶えたかと思われた瞬間も次々に結界内に威力が供給され続けていた。

 ゾンビ達の破壊が継続されていたのだ。


『?!!』


 まだ、銃弾が尽きていない。

 だが、そんなはずはない。

 弾薬にはいつだって持てる限度、制限がある。

 そのはずだ。


 しかし、その黒き車体の二つの銃口からは火薬のマズル・フラッシュこそ見えなくなったものの、バレルを弾丸が通過する音が何かの小さな掘削用機材でも使っているように響き続けている。


 魔力転化式の弾体加速。

 車体から供給される魔力を転化。

 運動エネルギーを発生させ、弾を飛ばしているのだ。


 弾そのものが装填される様子は装填という言葉がまったく相応しくないだろう。


 何故ならチャンバー内に仕込まれた小型の転移方陣が次々に弾を召喚よびだしているからだ。


 転移によって基地から引き出した弾は予め、刻印弾にする際のデータが基地に送信されていて同じ物が即時送られてくる。


 女の叫びが次々に増す結界内の散弾化跳弾によって絶えていく。


 髪の毛が血の雨に染まって紅く紅く結界内がジュースのような有様。


 だが、それで弾丸の通りが悪くなるという事も無かった。


 基地の方から送られてくる弾の一部にはベルが奈落壁アビス・ウォールに使っていた乾燥術式の入ったモノが混じっている。


 ソレが結界から供給される魔力を用いて、次々に内部の液体を沸騰させて水分を蒸発させていた。


 あの穴の中で起こっていた事が今度は半透明の円筒形の結界の中で再現されたのである。


 思わず陸自も警察も口を押える者多数。

 が、それから20秒程の掃射の後。


 市街地、山林、住宅街、ビル群、歓楽街、あらゆる場所でゾンビ達が結界内部で完全駆逐され。


 ようやく掃射を止めた【黒翔】の中から出て来た隊員達が初期対応に動いていた転移遊撃隊。


 手持ち式に改良されたミニガンを2挺撃ち尽くし、サブマシンガンを掃射していた彼らへ片手を上げた。


「ぬ? 此処はお前の管轄だったか。ハルティーナ」


「フィクシー大隊長でしたか」


 思ってもみなかった巡り合わせに誰かが意図して配置を決めたかと苦笑しつつ、ハルティーナの肩をフィクシーが叩いた。


「良くやった。今、陸自と警察のローラー部隊も動き始めた。この関東圏の何処かに再び敵が現れた場合でも対処は可能だろう」


「はい。あの……そう言えば、ヒューリアさん達はどうしたのでしょうか?」

「あいつらは応援が必要な場所への増援と親玉探しだ」


「親玉……それはカズマさん達の……」


「報告は受けている。だが、もはや彼らも分かっているはずだ。元にはもう戻れない。そして、背後の者達に命を握られている以上、戦うしか生き残る術もないと」


「辛い、ですね……」


「ああ、そうだな。だが、我々がどうこう言える程の事ではあるまい。必ずしも宿命を当事者が倒さねばならないわけではないだろう。だが、生憎とベルが鍛えた少年にはそれを為すだけの意志と力と幸運があった」


「私達と出会った事がですか?」

「いいや、ベルと出会った事がだ」

「ベル様と?」


「……何よりも死に近く、何よりも死を看続けたあいつだからこそ―――決して望まれぬ死と……傍にいる誰かが涙する死をただ座して許す事は無い」


 フィクシーはそれ以上何も言わず。


 己の脳裏に入って来る状況に目を細めながら、今日は長い一日になるだろうと目を細めた。


 *


「予定通りだ」

「コレ……あいつ凌ぎ切れるかな」

「凌ぐさ。何せあいつは真面目だからな」


 とある雑居ビルの屋上。


 1人の少年と1人の少女は関東圏全土で生成した【シャウト】がどのような状況になったかも知らずにただ晴天の空を見上げていた。


 屋上はガーデニングの対象らしく。


 日向に咲く花が植木鉢やプランターで溢れている。


「あのちゃらんぽらんが?」


「ああ、あいつは何にでもそうだ。本当に自分がどうにかしたいと思った事には真面目だった。オレ達なんか見捨てりゃいいのにそう出来ねぇんだ。ばっかだよなぁ。こんな成りになって仲間も何もありゃしねぇだろうによ」


「―――そう、だね……」


 頭部を持たず。

 顔だけで会話する彼らは人間とは言えないだろう。

 鎧われた身体。

 装甲の内部に詰まっているのは死体だ。


 しかし、その鈍い色を放つソレが今は色褪せるくらいに彼らの表情は人間で……しかし、その血の色を通わせる事は無く。


 花の馨しさすら分からぬまま。

 屋上に2人黄昏ている。


「あいつは姿を見せたくないようだし、オレ達二人でやるぞ……」


「引っ掛かると思う?」


「ははは、引っ掛かってくれるの間違いだ。あいつら陰陽自衛隊の話は色々と入って来てるが、恐らくオレらの望み通りの動きをしてくれるはずだ」


「占う?」


「必要ない。どちらにしてもオレらはあの連中の玩具だ。精々、演じてやろうじゃねぇか。悲劇か喜劇か知らないが、大舞台の上で踊るなら派手にやろうぜ?」


「……ぅん」


 彼らが見下ろす街並みの先。


 果ての先から何か騒がしいものが近付いてくるのを彼らは与えられている五感によって感じ取る。


「さっそくおいでだ。どうやらメッセージは受け取ってくれたらしいな」


「馬鹿正直の間違いじゃない?」


「オレらが無い知恵絞ったり、頭で考えた手掛かりなんぞ逆に面倒事だ。こういうのこそシンプルでいい……」


「アンタも実は大概バカよね」


「バカは最強の称号だからな。あの馬鹿が本当にバカで助かるのはこういう時だ」


 彼らの五感が次々に四方から押し寄せて来る音を聞く。


 更に雲間を何か巨大なものが押し退けて来る様子も見る。


「さて、あっちからのテコ入れが入る前にバカには色々やってもらわなきゃならん事がある。今後の為にな」


「分かった。戦術予測―――今、送る」

「半分も無力化出来るのか? さっすがオレ」

「残りの半分で粉々だけどね」


「いいんだよ。オレTUEEEな死体になりたいわけじゃねぇんだ。問題は……」


「分かってる。問題は―――」


 彼らが同時に雑居ビルから上空へと跳んだ。

 彼らの身体は虚空に浮かぶ事が可能だ。


 装甲が雑居ビルが無人である事を確かめられて先制攻撃で崩壊していく。


 上空30m。


 二人の屍が見たのは次々に周囲に集結していく8輪駆動の漆黒のMBT。


 十式戦車に似たというよりはソレを改造したのだろう。


 爆走してドリフトをかましたソレが背後に連れていたものが本命か。


 トレーラーのように牽引してきたのだろう縦長のコンテナ型ブロックが彼らの前で次々に結界を展開し、彼らから視覚になるよう内部が開閉して次々に兵員が安全な場所から出撃し―――て来なかった。


「何?」


 通常なら不可能だろう大型トレーラーのコンテナ車のような後続車両の牽引。


 それを馬力を用いた力技によって引き連れた新型MBT。


 連結を解除すれば、単体では高機動の装甲車両、要は無限軌道を使わぬ戦車になり。


 それ以外ではまるで列車の如く複数の車両を引き連れて高速で移動する事にも活用出来る。


 展開された簡易基地機能を有するCPコマンド・ポスト車両は本来、数名の人員と十数名の兵員によって賄われ、最前線で味方の輸送、補給、治療、指揮、全ての要素を全う出来るものだ。


 それが数台。

 彼らを遠巻きに取り囲み。


 戦闘機動の為に連結を切り離したMBTは既に半包囲。


 この状況で兵員が一人たりとも展開されずにいるという事をヴァルターが不信に思った。


「ッ、コレッッ!? マズイ!?」

「何?」


「予測結果が書き換わってる!? このままだと私達捕獲されるよ!?」


「ッ―――一体、何が来るってんだよ?」


「カズマは問題じゃない。問題は―――あの船の子とあの車両の子!!」


 見上げた二人がようやく不可視化を解いたシエラ・ファウスト号の甲板を魔力波動による探知で正確に知る。


「カズマ……だけじゃねぇ。一番のルカにもう一人。空にも何か飛んでやがんな……」


 二人が見下ろす世界に1人の少女が出て来る。

 後方指揮車両から出て来た金糸の髪の少女。


 ヒューリ。


 カズマの傍にいる少年。


 ベル。


 二人が自分達にとっては致命らしいと理解したヴァルターが肩をすくめる。


「しゃぁねぇ。少し筋書きを変える」

「う、うん」


「ユンファ。オレはあいつが仕事を終えて戻ってくる前にあのクソ魔族共に助けを求める。お前は先に行け」


「な?! 一人でやる気!?」


「4分も持ちゃいい。此処ならとしての能力も使えるしな。あっちも解析はしてくれんだろ」


「……解った。でも、限界は3分32秒。それ以上は持たないからね」


「了解だ」


 二人の屍が虚空で何かを会話している。


 それを解析しようとして、完全に口元の動きなどが幻影系の術式で変更されているのを理解したベルがカズマに視線を向けて頷く。


『ぁ~あ~みっともねぇ。こんなにゾロゾロと連れション仲間連れてよぉ。一人でタイマン張ろうとか思わねぇのかぁ~カズマちゃんよぉ~~』


 声が区画一帯に響く。


 それに上空から鎧で垂直降下するカズマが後方に炎を噴出して、嘗ての親友の顔面に熱量を込めたままの拳を放つ。


 ソレを至近の細い腕で受け止めたヴァルターがニヤリと笑った。


「どうだ? 少しは甘ちゃん属性は取れたか? 親友」


「シッッッ!!!」


 ヴァルターの身体が虚空で密着状態から手のひらで放たれた衝掌しょうていによって吹き飛び、一撃で急激な熱量の供給に一部装甲を赤熱化させた。


 しかし、それを意に介する事なく。

 ユンファが虚空へ融けるようにして消える。


「ベルさん!!」


「済みませんッ。ロストしました!! ですが、今はこちらを優先します」


「了解ですッ。行きますよ!!」


 ヒューリが装甲を纏ったまま走り出し、カズマが吹き飛ばして追い縋っていくヴァルターに向けてかなり高く跳んだ。


 その時、指揮車両の一部の装甲がスライドしたかと思うと次々に板のようなものが虚空にフリスビーのように射出される。


 ソレがヒューリを追い越して一定位置で静止した。


「行って下さい!!」


 ベルの声と共にヒューリの脚がディミスリル皮膜合金製の合板を踏み抜いた。


 途端、その靴底と板の間で強力な磁力が発生する。


 更に板が靴底を押し出すように魔力を運動エネルギーに変換して脚を押し出す。


 ゴッッッッ。


 板が強烈な衝撃に真下に衝撃波を出しながら落ちていく。


 それだけでも十分に脅威であったが、カズマの追い縋りながらの拳による連撃を片手でいなしていたヴァルターが急速に近付き、擦り抜け様に自分を両断しようとするヒューリの剣を咄嗟に腰から引き抜いた帯剣で切り払って弾き飛ばす。


「あっぶね?! ったく、お仲間頼りになり過ぎじゃぁねぇかぁ。カズマぁ!!」


「ダッッッ、リャァアアアアアア!!!!」


 虚空で遊ばれていたカズマが肘で叩き落とされながらも拳に熱量を握り込んで相手に向かって振り抜く。


 拳が止められるのならば、止められた部分から更に炸裂させればいい。


 拳内部で熱量が急激に炸裂し、ヴァルターの片手が弾かれ、ガードを外された。


「ハッ、ホント小手先好きだよなぁ。お前!!」


 もう片方の腕が本命。

 熱量砲撃が至近で炸裂する瞬間。


 ヴァルターが鋭利な膝の装甲を垂直に蹴り上げて、カズマの顎を穿つ。


 ソレをギリギリで首を横に向けて回避したものの。

 態勢が崩れた腕があらぬ方向に砲撃を撃ち込んだ。


 猛烈な熱量の輝きが空を奔り抜け、瞬時に周辺温度が400℃を突破する。


「オイオイ!! オレが熱いの嫌いだって知ってんだろ? ったく、止めてくれよ。燃えるのは死んだ時だけで十分だっつの」


「ッ」


 さすがの減らず口にカズマが何かを叫ぼうとする。

 が、何とか己の口内に飲み下して歯を噛み締め。

 燃えるような瞳でヴァルターを見た。


「はは、さすがに鍛え直したってだけはあるな」

「―――」


「いいぜいいぜ? そういうお前とガチでやってみたかったんだよ」


 帯剣を構え、再び距離を取って、攻めあぐねているヒューリを背後にしたカズマに肩を竦めたヴァルターが人差し指で上を指した。


「付いて来い。付いて来れるなら、な?」


 垂直に猛烈な速度で上昇していくヴァルターをカズマが背中からの炎の噴射で追撃した。


「ベルさん!!」


「ダメです。あちらは恐らく法則改変くらいの階梯です。機動で燃料切れになる事が無い上、あまり上昇して派手にやると電離層などから魔力波動を検知されて、黙示録の四騎士を呼びかねません。本格的な航空戦力の投入まで高高度戦闘は控えて下さい」


「じゃあ、カズマさんに任せるしかないんですか?」


「……カズマさんの鎧には新機能も追加しました。今後、黙示録の四騎士相手でも致命傷を負わせられる可能性があります。実戦によって磨きを掛け続ける限り、彼もまた騎士を狩る可能性を持った戦士です。そう簡単にやられたりはしません」


「……はい」


 ヒューリが頷く。


「それに彼らがゾンビを発生させた場所も気になります。全ての発生地点を結んだ中央にいたりしたのも意図を感じるんです」


「意図?」


「彼らの目的は戦闘で勝つ事でもなければ、日本を破滅させる事でもない。そもそも【シャウト】を投入するなら戦略的には僕らの手が届かない場所に投入すれば、それだけで済む話でしょう」


「それは……じゃあ、彼らは一体……」


「まだ、分かりません。でも、きっと魔族側の事情も関係してます」


「それを知る事が、彼らを止める事に繋がる、と?」


「はい。短時間で僕らが此処を見付けるのを込みで行動しているとするなら、何らかの陽動の可能性もあります。此処は待ちに徹しましょう」


 カズマの炎が天へと昇っていく。


「あちらの動きから察するなら、こっちの捕獲の意図が恐らく占術によって露呈していた。一騎打ちを望んだ事から見ても、己の限界を知っている」


「厄介、ですね」

「ええ」

「カズマさん……」


 二人が空を見上げる。


 高く高く熱量のみを背後から噴き出して、少年は煌めく星のようだった。


 *


『どうしたカズマぁ!? お前の速度はそんなもんかぁ?』


「(あの野郎ッ、無茶苦茶言いやがって―――)」


 高高度の大気が薄い層へと昇った少年はヴァルターの変幻自在の機動に手古摺っていた。


 慣性を無視した機動で剣一つ。


 それのみで少年を翻弄しているのだ。


 巨大な熱量球を幾度か乱打して相手の軌道上を塞ぎながら本命を槍状にして数百本単位で相手へ打ち込んではいるのだ。


 だが、熱量の発生地点を複数にすればする程に形や温度、速度の維持だけで集中力が削られ、致命打になるような一撃は放てていない。


 ベルの特性スーツと全身を覆う装甲によって少年の生命維持は高高度でも問題ないレベルではあったが、それだけでは相手に追い縋るのが精一杯。


『集中力が足りねぇんじゃねぇかぁ? 教官が言ってただろ。お前に足りないのは一意専心……器用な事なんぞしてるから、そう無様を晒すんだよwww』


 ヴァルターが急速反転し、上空から帯剣の一撃を擦れ違い様に放つ。


 受け切ろうとしたカズマの腕の装甲が辛うじて剣を弾くが、それと同時に彼はスーツ内部までも届いた斬撃の威力に左肩を脱臼。


 下方へと吹き飛ばされる。


『だらしねぇぞぉ!! 敵は待っちゃくれないんだぜ? こんな風になぁ!!!』


 ヴァルターが己の首元に何処から取り出した注射器のようなものを突き刺して投げ捨てる。


 それと同時に明らかに気配が変わったのをカズマが悟った。


『適当な防御なんぞしてみろ!! その時点で終わりだッ!! オラァアアアアアア!!!』


 ヴァルターの片腕が掲げられる。


 途端、その腕が明らかにその瞬間、10倍以上までも膨れ上がり、鎧で辛うじて拘束しているかのような状態となった。


「くッッッ?!!」


 ベルの装甲は単なる剣程度で傷付くような代物ではない。


 先程は肩の脱臼で済んだが、今度は確実に装甲が持っても内部の人間が持たない。


 多重の防御方陣は彼の装甲内部に張り巡らされたスタンダード。


 だが、それすらも突破する純粋な超威力を生めば、破壊は可能だし、破壊出来ずとも内部の脆い人体程度余裕で粉砕出来るのだ。


 カズマの纏う装甲と同硬度くらいの金属を用いた物理打撃ならば、ソレが可能。

 恐らく、上半身そのものがスーツ内で弾け飛ぶのは間違いなかった。


『行くぜ? 相棒』

「ッ―――」


 その瞬間、ヴァルターの顔に見える本気に少年はまだ残っていた利き手を捨てる覚悟となった。


『喰らいッ、やがれぇえええええええええええ!!!!』


 純粋な加速力×打撃力×腕力×魔力の乗算がたった100mにも満たない世界で助走すらなく死をカズマに突き付ける。


 己の目の前に迫る嘗ての相棒の腕。

 あの時、自分を突き飛ばしてくれた腕。

 それを前に少年の瞳が彷徨い。

 しかし、死を前にして今の仲間達の顔が浮かぶ。

 狂気の世界に祈りを捧げて。

 少年は利き手の前に翳す。


 瞬間―――スーツ内部から光の筋が肩までも奔る。


 巨大な熱量の発生を前にして装甲の多重冷却用の方陣が緊急起動。


 その腕を絶対零度で完全凍結して、肉体全体の保護を図った。


 ―――撃鉄を引く。


 初めて片世と能力有で戦闘をした時、彼女は少年に最も安定して力を発動させられるイメージを作るよう言った。


 少年の力は熱量だが、少年の願いによってどのような形も取る。


 それはつまり意志の力次第でどんなものにもなるという事だ。


 嘗ての仲間に何一つ明確な殺意も害意も持てなかった少年は―――初めて。


 己の暴力を……大切だった……いや、今でも大切に違いない相手に、向ける覚悟をする。


 人を殺すよりも、見知った誰かを傷つけるよりも、ただ辛く。


炎棄神ヘリオース―――【七連砲ART7】」


 少年の腕の内部。

 氷結静止した細胞内。


 導線と化した熱量が腕を砲身に見立てて集約されていく。


 肉体を犠牲とする事で成り立つ強固なイメージにより、今の少年が想像し得る己が死なない最大の一撃が実行された。


 腕の細胞が瞬時に蒸発する直前。

 光が腕を通って凝集された小さな粒が七つ。

 掌を通って射出される。


 ソレが鎧を纏った巨大な拳にブチ当たった刹那。


 少年のもう片方の手の方陣が急激な熱量の上昇を遮断する強固な方陣防御を数十枚展開した。


 光が溢れ―――。


 一枚、二枚、三枚。


 一秒毎に輝きの中でソレが次々に割れていく。


 巨大な光球が周囲一帯を完全に飲み込んだ。


 二つ目の太陽が数秒間、関東上空に出現する。


 周辺の大気が大量の熱量によって膨張し、大気圧までも変化させながら、巨大な上昇気流と雲を発生させる。


 地表の塵や埃は衝撃波が出ていない上、都市部なので巻き上げられても微量だったが、それでも火山雷のように摩擦によって生じた静電気が次々に周辺の雲内部から雷を降らせた。


 大気が拡散されるまで数分。


 相手が見えもしない状況で声が響く。


『―――何だ。やりゃぁ、出来るじゃねぇか』


「?!」


 やがて……熱量の極大の爆発、その10秒後の世界に現れたのは残り一枚の方陣を残して片手を失い、落ちていく少年の姿。


 利き手は完全に失われているが、切断面は焼け爛れていない。


 もしもの時の緊急用システム。


 肉体の一部を犠牲にしても保護するというカズマ用に組まれた大魔術である絶対零度による条件防御。


 イメージに使う手足が大規模な攻撃になる程に痛み易い少年に対して命だけは必ず護ると説明された代物ソレはしっかりと機能した。


 熱量の伝導から保護する為に肉体の一部を完全凍結するソレは腕に発生した熱量を決してその先の胴体部へは通常の冷却とも違い熱交換させない。


 言わば、熱量に関する法則そのものを一部改変する代物だ。


 かなりの魔力を喰う上にフィクシーが組んだのは専門でもなかった為に維持出来て数秒。


 だが、それでも機能している内はどんな熱量も胴体部を焼く事が無い。


 その代わり、必ず使った部位は失われる事になるが……カズマはベルの申し訳なさそうな……きっと、そうするだろう自分への心配そうな顔に……新機能を説明された時も軽い調子で笑っていた。


『あの日に無くなった両腕もんに比べりゃ、どうってこたぁない。今更、惜しんで勝利を逃しちゃ死んじまう。だろ?』


 これから血塗られた道を歩くならば、胴体すら失くす日が来るかもしれない。


 それでも、そうなったとしても、どんな姿になっても、戦い続ける事が出来るのならば、あの日失った班員、両腕達の事を思うなら、それは自分にとって幸運な事なのだ。


 彼はそう笑い、前を向いて戦う事を決めたのだ。


 落ちていく少年は途中、魔力切れの鎧に酸素を生命維持ギリギリで供給されながら、チラリと横に浮遊していた親友の姿を見る。


 片腕が完全に消し飛び。


 胴体部を大きく焼け融けさせた姿ではあったが、その顔は昔のようにニヤリと笑っていた。


 その残った腕が落ちていく少年に向けられ。

 掌から光弾が打ち出される。

 それは少年に―――当たらず。


 しかし、彼らがいた雑居ビルの屋上へと直撃し、同時に黒い領域。


【シャウト】が己を複製する時に出て来るソレを拡大させたかと思うと内部から黒い壊れ掛けの門―――初めてヴァルター達が死後に現れた時に出現していたモノを引き出した。


 沼の底からソレが浮上した途端。


 バクンッと周辺にいた人間の大半は己の心臓が冷や汗を描いたような錯覚に陥る。


 その例外はベルと周囲の空でカズマをキャッチしようとしていた悠音のみだった。


「これって?! この感覚は……」


 ヒューリがその感覚に覚えがあって、すぐに思い至る。

 ソレはベルの魔力を引き受けた時の感覚に近い。

 使い魔を産もうとした時も確かに感じたもの。


 死だ。


 直接触れたからこそ、彼女には解る。


 死を魔力化するという事はこの世界の空白に黒の絵の具で何かを書き加える行為……無地のノートに筆を入れるような事実。


 少年が見ている定量化された死とは存在の消滅による宇宙の根幹的な原理上の上に載った世界の余白へ概念魔力という死の残渣で出来た墨を塗る事なのだ。


「記録完了。やはり、この術式は僕のものと方式は違いますが、かなり近しい性質があります」


 ベルが地表で悠音に指示してカズマを回収させながら、輸送装輪機動装甲車両【黒武ニグラーダシア】の頭上で黒の壊れ掛けた扉を前に目を細める。


「ヒューリさん。各隊に距離を取らせて下さい。僕は此処で詳しい解析を続けます」


「ベルさん!? 大丈夫なんですか!?」


 シエラ・ファウスト号から降りてきてビルを前にして魔導方陣を地面に展開していた少年にヒューリが不安そうな顔をした。


「ヴァルターさんは空中でロストしたそうです。恐らく、これを彼は見せたかったんじゃないかと」


「コレを?」


「……ッ、反応があります!! 急いでこの車両から退避して下さい!! ほかの人達の指揮はお任せします!!」


「わ、分かりました!! 無茶しちゃダメですからね!!」


 次々に部隊がギュルギュルとタイヤを回しながら後ろへと下がっていく。


 シエラ・ファウスト号も下がらせて、少年が己の立つ【黒武】の上で扉を見つめていると。


 ヌッと扉の中央が僅か開いて、ズルリと腕が飛び出た。


「ッッ?!!」


 概念域の中に生物。

 もしくは知的生命が存在する。


 そんな事は大陸ですら常識から外れている行為だ。


 概念域内に降り積もる少年の身体を構成している物質で形成された量産型培養ゾンビならばともかくとして、その手は皺枯れて尚、生命力を溢れさせている。


 水掻きの付いた手がギィィィッと普通の扉を押し開くとなれば、中から出て来るのが何らかの神格であったとしても、少年は驚かないだろう。


「おやぁ~~? 緊急と聞いて来てみれば、ほうほう? あの子達が音を上げるわけだ。これはクアドリス様にも報告せねばなりませんなぁ」


 扉の中から虚空をヒタヒタ歩いて出てきたのは……赤いローブに大陸の学者や魔術師が式典で被るような紫の菱形帽を被った老カエルだった。


 全長は常人程もあるだろう。


 ソレの瞳がキロリと少年を見やる。


「おお、貴方がシヴァルヴァ卿の報告にあった騎士団の頭脳ですな? 然り然り、あの屍共と確かに同質だ……ほほう? 南部帝国の出ですか? いやぁ、あちらには詳しくないのですが、その術式に大系……3万年程前に見た事がある……ああ、懐かしい……【聖杯委員会ペルスヴァル】にいた頃、貴方の基礎になっている術式を研究している在野の魔術師と知り合いだったんですよ」


「―――」


 唐突に喋り始めたカエルは本当にカエルだ。

 緑色の分厚い皮膚で大きな腹。


 もしその短い二本足で立っていて老人のように皺枯れていなければ、正しくゲコゲコしていそうなくらいである。


「ふぅむ。自分の基礎構成式を自己で保持しているという事は彼の血統は貴方という成果を残して消えたという事でしょうか?」


「……貴方は一体……」

「おお、そう言えば、自己紹介がまだでしたな」


 カエルが帽子を取ってビルの上から少年にお辞儀した。


「吾輩はの御身を賑やかす輩として生まれしもの。今はクアドリス様に仕えるしがないかわずの化身。嘗て大陸では神とも呼ばれていましたが、まぁ……言うなれば、古い高位魔族と言ったところですかな。名は『      』」


 バリンッと世界に罅が入る。

 それは文字通りの意味であった。


 カエルの立つビルの周囲が空間の亀裂によって引き裂かれたかのような爪痕を浮かべ、急激に空気の圧力が低下して、その場を生物が生存するには適さぬ世界へと変貌させていく。


 次々に亀裂が歪んで細かく砕けると内部から黒い概念域が溢れ出しそうになり、カエルが慌てて両手で何か押すような仕草をした。


 その途端、冗談のようにギュッギュッという何とも間の抜ける音が響いて空間が修復されながら、黒いソレが元あった場所へと押し込まれていく。


「おっとと、いやぁ、真名なんて久方ぶりに名乗ったものですっかり忘れておりました。、吾輩の名も世界には有害なのですよ。ああ、そうですねぇ。困りましたねぇ……徒名でいいでしょうか? この世界の言語に直すと【天地蛙リバーシア】等と20万年前くらいには呼ばれていたのですが」


 その言葉にもはやベルの顔色は青白い域で緊張していた。


「ああ、そう緊張しないで下さい。吾輩は【自生種アウトゲネス】の中でも精々が一億周期の若輩……貴方の考えているようなではありませんよ」


「―――クアドリスは貴方を従える程の魔族なのですか?」


「いえ、後見人でして。魔族の世界も人類種と交わってからは【血族種ブラッディー】と付き合いのある古い者が増えましてねぇ」


「貴方一人で黙示録の四騎士を圧殺出来ると思うんですけど……」


 少年の言葉にカエルが人間臭く肩を竦める。


「あはは、それでは何にもなりません。人の世の理は人の世にある者が行うのが良い。それが異なる世界であれ、変わり無き真理なのですよ」


「……緊急というのはどういう事ですか?」


「いえね? あの子達には無理そうなら、己のを使えと言っていたのですよ」


「?!」


「おや? まだ、が何かはご存じ無かったようで。まぁ、その内に詳しい事も分かるでしょう。取り敢えず、吾輩は戦闘などには参加せぬ本の蟲でして。クアドリス様に声を掛けられた時に知恵を少し貸す程度の仲と覚えておいて頂ければ……ふむ。あの子達もどうやら離脱したようですし、此処はカエル事にしましょうか」


 その言葉に心底安堵する自分を覚えながら、少年が蛙を見やる。


 老蛙は何やらいつの間にか取り出した小さな単行本を片手にしていた。


「コレですか?」

「本、お好きなんですね」


「はい。この世界の本を今、楽しく拝見しておりまして。いやぁ、世界は違えど、やはり人類種というのは良い文化を育てる力に満ちている。是非、この世界を救って頂きたい」


 高位魔族。


 大陸において人類の文化を誰よりも人類そのものよりも愛しているだろう種族の一角の存在はホコホコ顔で己の持つ本に笑みを浮かべる。


「クアドリス様もまた今は陣中ではありますが、暇を本で潰しておいでです。しばらくは動きもないでしょう。今の内に西の大陸へお行きなさい。が待っていますよ」


 カエルが言いたい事だけ言ったとばかりに再び帽子を被り直すとトコトコと虚空を歩いて門の中へと去っていく。


「……貴方が敵じゃなくて良かったです」


「ふふ、それはこちらのセリフだ。君が飼っているや君の本当の名に比べれば、吾輩の何と陳腐な事か……だが、いやぁ……長生きはしてみるものだ。大陸から遠く離れたこの世界で遂に様を見られるかもしれないと言うのだから……」


 首を横に向けた蛙の片瞳がキロリと光る。


 ソレだけで少年は今にもこの星の大陸の半数くらいが消し飛ぶんじゃなかろうかと背筋を凍えさせた。


「マヲー」

「クヲー」


 いつの間にやら少年の横には白猫と黒猫がいた。

 その瞳はカエルに向けられていて。


「分かっておりますよ。老骨は退散しましょう。いやいや、中々どうして世の中は上手い事回っている。運命が滅びたというのに誰が糸を紡いでいるやら……」


 肩を竦めた老骨を名乗るソレはヒラヒラと手を振って猫達に何もしないよと示しながら歩いて行き、扉の奥に消えていく。


 ギィィッと扉が閉まった途端。


 黒い概念域と露出している壊れた扉型のソレが急激に気配を薄れさせ。


 フッと最初から何もなかったかのように途絶した。


 緊張から解き放たれた少年がドッと襲ってくる疲れに息を吐いた。


 動き出したように感じる動悸を前にして膝を付く。


「ど、どうしたんですか!? ベルさん!? 何かあったんですか!?」


「―――扉は見ましたか?」

「え? 扉?」


 少年が己の魔導で記録しているはずの一部始終を脳裏で再生したものの、


(世界が壊れた時に意味消失ブランク・ワードレベルの崩壊が起きていた? アレが僕の空想じゃないのなら……良かった……誰も巻き込まずに済んで……)


「ベルさん?」


 顔を覗き込まれて、今だに己が青白い顔をしているのだろうと理解しながらも、少年がフゥッと息を吐いてヒューリに凭れ掛かる。


「だ、大丈夫ですか?!」


「恐らく、クアドリス側の干渉に関してはコレで終わりです。現場の封鎖が終了したら、他の案件が連鎖して起こらないか本部で監視を……ちょっと、疲れちゃいました。しばらく、オヤスミさせて下さい」


「あ!? べ、ベルさん!? ベルさん!?」


 気を失った少年を抱いた少女が上空で確保されたカズマの治療を開始した旨を八木から聞かされながら、周辺部隊に制圧戦力を少数残しての撤退を指示し、更に少年が司っていた陸自と警察の指揮をフィクシーに引き継いでもらうべく通信を入れる。


『フィー!! ベルさんがまた倒れました。今から東京本部に連れて行きます!! ベルさんの魔導は生きてるので、指揮だけ引き継いで下さい!!』


『了解した。どうやら、何かあったようだが、その声からしてまた四肢が吹っ飛んだという事は無いようだな。ベルの意識が戻ったら本部から通信を入れてくれ』


『は、はい!! 八木さん!! 皆さん!! シエラ・ファウスト号で東京本部まで撤収します!! 此処は陸自と警察、【黒武】を一台残していきますので大丈夫です。行きましょう』


 そのヒューリの言葉にすぐ各々の通信が入って来る。


『ベル君は大丈夫ですか? 騎士ヒューリア』


『ベル。大丈夫なの?! イキナリ倒れちゃったように見えたけど!?』


『ベルディクトさんをただちに収容します。八木さん、受け入れ準備を!!』


 ルカがまだ冷静に尋ね、悠音が心配そうな声を出し、明日輝がテキパキと仕事をこなして、地表に降り立ち、ヒューリとベルを抱えて上昇し、開口したミサイルハッチから直接内部へと向かう。


 カズマが寝かされた救護室。


 八木の部下の連絡将校達が既に受け入れ態勢を整えていた。


 彼らを乗せてシエラ・ファウスト号は一路東京本部へと向かう。


 その日、同型ゾンビの襲撃によって初の戦果を国民に示して見せた陰陽自衛隊と善導騎士団であったが、彼らがその日を超える前に再び、幾つかの隊が出動する事となる。


 それは封鎖された同型ゾンビの撃滅後の地域の幾つかで数十人の通常ゾンビが建物内に見付かったという知らせが入ってきた事に因った。


(まさか、関東圏だけで20件もゾンビの収容施設が見付かるとは……どうやら、人間というのは何処でも相変わらずらしい)


 そのゾンビの駆逐と掃討を行いながら、ビル内部の現場で指揮するフィクシーは目を細める。


 人の敵は人。


 昔からよく言われる真実は確かにその国にゾンビを持ち込んだ、もしくは製造した者が確実に存在する事を示していた。

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