第94話「奇妙で愉快な陰陽自part3」
「ハルティーナさん。どうですか~」
『問題ありません。ベル様』
富士樹海基地の地下施設には全体の10の1程の広さで善導騎士団の区画がある。
その一角には当然のように訓練設備が満載されているのだが、今現在使われているのは少年の魔導で生み出された見た目は金属の壁と床だが、衝撃を受けると柔らかくなって吸収し弾むという性質を持つ構造材、ディミスリル皮膜合金製の一室であった。
周囲には装甲も外套も付けないスーツ姿の対魔騎師隊の面々が揃っている。
安治のみが上層部との折衝中であり、その場にはいない。
今まで床の上で跳ねたりしていたハルティーナのゴーサインを受けて、少年が横の片世をチラリと見た。
「おっけー。それじゃ、さっそく戦闘訓練してみましょうか」
この数日以上の間、殆ど現場に姿を現さなかった彼女は何処か溌剌としている。
それが実は仮想体験で黙示録の四騎士相手に幸せそうに戦っていたからだとは誰も思わないだろう……そして、その戦績は少年も驚く132戦78勝21敗33引き分け。
まだ、その事実は陰陽自衛隊の上層部に報告されていないが、それでも中々にして良い成績……その戦闘データは勿論少年の魔導で集積されているが、それだけで彼らが目指すべき強さなどは決まってしまったも同然と言えた。
「あ、全員で掛かって下さい。片世さん相手だと全員でも足りないので。能力使用は不可。魔力使用は可とします。ただし、身体強化と動魔術のみで」
全員が頷く。
「では、始めましょう。片世さんには騎士の動きをトレースして貰います。まずは蒼褪めた騎士単体の状態から……この剣をどうぞ。剣は固いように見えますが、当たると相手の身体を魔力でペイントします。ペイントされた場所は瞬間的に痺れて動けなくなる仕様です。手応えはあるでしょうが、柔らかく変形して相手は傷付けないので思い切りやって下さい」
「了解了解」
「では、始めましょう」
ルカ、カズマ、悠音、明日輝、ハルティーナが次々に片手に剣を持った片世を取り囲み、己の肉体に其々魔力と魔術を働かせて襲い掛かる。
が、最初の一太刀で全員が胴体を真っ二つにカラーリングされた。
それでもめげずに片世から一本取ろうと拳や蹴りを繰り出したりするも一切、その身体の端にすら触れる事は無かった。
「そこまで。皆さん。見事に全身細切れですね」
少年が苦笑しながら全員に武器を渡していく。
いつものサブマシンガンや彼らが使っている投擲武器、装甲などだ。
「今度はコレを使って戦って下さい。コレは実弾と同じ反動ですが、やっぱりペイント弾です。ハルティーナさんの手甲以外は当たっても相手に衝撃を与えず、ペイントで麻痺させるだけですし、ルカさんの杭も当たるとペイントしてグンニャリ曲がって落ちるだけなので全力でお願いします」
再び全員が片世を取り囲んで再度少年の合図で襲い掛かる。
しかし、そう広くない空間とはいえ。
片世は最小限の動きで銃弾を全て避けて見せるどころか。
その弾丸を剣で弾いて仲間に当てさせたり、距離を取った相手を瞬時に追い詰めて一人ずつ斬殺したり、並んでいると首を綺麗にスッパリ飛ばしたり、終了するまでに彼らは300回以上切り殺され、その全身は紅いペイント塗れであった。
「うぅ、あんなのに勝てる気がしない」
悠音がさすがに片世の容赦ない攻撃にガクリと項垂れる。
「さすがに片世さんは格が違いますね」
「うん。やっぱり、片世准尉は凄いよ」
明日輝とルカが汗一つ掻いていない女が一人でこの剣面白いわ~と踊るように振り回している様子を見て大きく息を吐く。
「ぁ~~やっぱ、この人数でもダメか。オレの時は手も足も出なかったけど、全員でも出ないと……やっぱ真面目に弾丸避けられると凹むよなぁ。あっちのスーツだけ加速装置付いてるんじゃねって疑いそうになるホント……」
カズマが半笑いでポリポリと頬を掻いた。
「あ、でも、別に皆さんには片世さんを倒すのは期待してなかったので。これから皆さんの戦死回数の高い順にお名前を発表します」
「え、そういう趣旨なの?」
カズマが思わずベルを見やる。
「ええ、コレは片世さんの再現する騎士相手の攻撃を受けて戦死0回を目指す趣旨の戦闘訓練です。死ななければ、負けません。皆さんが相対した時、死なずに帰って来る為だけの訓練であって、片世さんに勝つというのは二の次、三の次です」
ベルが虚空に映像を映し出す。
その中には戦死回数ランキングなるものが張り出されていた。
「え~最下位は悠音さん。632回」
「あ、あたし、そんなに死んでるの?!」
「え~未熟な相手をザックリ最初に仕留めるのが騎士のやり口なので当然のようにまず一番最初に狙われて殺されます。頑張りましょう」
「あぅ~~~」
悠音がガックリと涙目で項垂れる。
「次は明日輝さん。620回……ええと……胸を庇うよりもまずは攻撃しましょう。後、今度弾まないようにスーツ調整しておきます」
「ひぇ?! ぅ~~~?!!」
その指摘が恥ずかしかったらしく。
思わず顔を真っ赤にした明日輝が妹と同じ状態になる。
その様子を見たルカとカズマは『乙女だ……』という感想を抱いた。
「次、ルカさん。444回。初回にしては極めて優秀です。ただし、中遠距離で集団から離れ過ぎると攻撃対象になり易いので仲間との適度な距離感を保ちましょう」
「は、はい」
ルカがその評価にちょっと嬉しそうな顔をした。
「次、カズマさん。355回。前から訓練していただけあって、相手の攻撃の避け勘が抜群です。予測を外されてからの対処が物を言うでしょう。目指せ200回です」
「お、おーう……それでも、200回死ぬのかオレ……」
カズマがこの戦闘訓練て死なないようにする訓練だったんだと今更に教えられて複雑そうな笑みになる。
「第一位は当然のようにハルティーナさんです。初回なのに301回。凄いですよ。やっぱり【招演奏拳】の生存力の高さが決め手ですね。相手の攻撃をいなす事に特化してカウンターを狙わないなら150回切るんじゃないでしょうか」
「過分な評価。痛み入ります」
「あはは~~やっぱり、ハルティーナちゃんは凄いわよね~やってる最中カウンターを随時狙って来るもんだから、他の子がちょっとおざなりになっちゃった。それが無ければ、後400回は皆を殺してあげられたんだけどなぁ~~」
片世がケロッとした顔で言うとハルティーナ以外の少年少女の顔は土気色であった……実際、後400回殺されたら、彼らの身体に染まらぬ場所は無くなっていたに違いない。
「さて、これで皆さんにも分かって貰えると思いますが、まず騎士相手だと皆さんは勝てません。勝つどころか300回以上殺されてます。これを0回に抑え、尚且つ相手に致命の一打を与える……それが対魔騎師隊の目指すところです。善導騎士団で倒せる可能性がある悠音さんと明日輝さんもコレは同じです」
少年の言葉に姉妹も頷く。
「死ななければ、相手を倒す機会は必ず来ます。この訓練は死亡回数0回になるまで必ず毎日行います。0回に到達した者はそこからは野外での片世さんとの実弾演習を。片世さんにもこの訓練用に開発した装備をお渡ししますので、その時はよろしくお願いします」
「りょーかーい」
「では、最後に僕と片世さんの戦闘を見て貰った後、お二人は【
「わ~楽しみね~~うふふふ( ^ω^ )」
片世はウキウキだ。
ルカもカズマも頷く。
少年の傍に姉妹達も戻って来た。
「では、今日も気を引き締めて行きましょう」
そうして早くも本格的な訓練へと入った対魔騎師隊と善導騎士団の見習い二人は互いの訓練へと赴くのだった。
―――数十分後。
ベルが長い滑走路の周囲に姉妹を連れ立ち。
初の飛行訓練に入ろうとした時。
準備し始める彼らの後方へと車両がやって来て止まる。
「誰だろ? お姉様」
「さぁ? 偉い人達が来てたので、そちらの方々でしょうか」
降りて来たのは3人の男性。
1人は頭を坊主にした64歳の初老の男。
体付きも細く。
黒いサングラスを着用している病的にも見える老人。
1人は唇から顎に掛けて引き裂かれたような跡を持つ40代の強面のカマキリのような痩せぎすの男。
最後の一人には見覚えがあったので少年がすぐに理解する。
偉い人を彼が連れて来たのだろうと。
「神谷さん。お久しぶりです」
「ああ、久しぶりだな。騎士ベルディクト。北米以来になるか。本来の任務より先に東京や関東圏の非常事態で駆けずり回ってたんだが、この度ようやく緊急の任務が終わって対魔騎師隊に配属となったんだ。今後よろしくお願いする」
神谷1尉。
ベル達がゾンビの群れから救い出した部隊の隊長。
八木と共に少年の護衛として付けられるはずだった男は後発の艦で来る予定がハワイの陥落後に東京の騒動が起こるまで日本に帰って来れなかったのだ。
一度帰って来てからもあちこちの陸自部隊を廻って色々と助けているらしいと八木からは聞いていた為、それがようやく一段落したのだろうと少年が得心する。
「こちらの方達は?」
神谷が老人から先に紹介する。
「こちらは陸自。いや、本日付けで陰陽自衛隊の幕僚監部のトップとして就任なさる事が決まった結城幸谷陸将。そちらがオレと共に陰陽自衛隊所属の特殊部隊に配属が決まった
「結城……?……あれ? もしかして、結城って……」
悠音がどっかで聞いたような名前だなぁと首を傾げ。
老人がニコヤカァ~~に微笑む。
「ああ、恐らくテレビで聞いたんじゃないかな。一時期ワイドショーでは散々叩かれてたからね」
「ああ、そうそう。確か、流れ着いたゾンビか違法難民か分からない人達を機関銃で撃ち殺しまくったとかで、皆殺しの―――え?」
ダラッと悠音の額に汗が浮かぶ。
「お嬢ちゃんのような子にまで知られているとは光栄だ。皆殺しの結城と世間からは呼ばれている」
「お、おおお、お姉様?! この人、アレ!? あの事件の人だよ!?」
さすがに明日輝も妹を叱り付けるどころではなかった。
思わず老人を見てからぎこちなく頭を下げて、妹にも頭を下げさせる。
「あはは、そう固くならないでくれ。これでも子供好きで有名なんだ。いやぁ、あの称号を貰って以来、何処に行っても驚かれてねぇ」
フレンドリーを絵に描いたような初老というよりは老人だろう男の笑みに横の朽木と呼ばれた男がフゥッと溜息を吐いた。
「陸将。村升事務次官のお言葉ではありませんが、あまりそのネタは使わない方がいいかと」
「おお、そうだったそうだった。悪い悪い。これから陰陽自衛隊の一番偉い人になるお爺ちゃんとでも思ってくれればいい。騎士ベルディクト……君には心底に期待させて貰いたい」
真面目な顔を作った老人が差し出した手を握って少年は病人の手じゃないとハッキリ感じた。
その細い手はしかし極めて鉄の芯が通ったような感触でガッシリとしており、握力も並みでは無かったのだ。
「は、はい。それで結城陸将は何の御用でしょうか? 今からテスト・フライトなんですけど」
「ああ、それを聞いて見てみたくなってね。善導騎士団に配備される航空戦力は何れ陰陽自にも空自と共に配備という事は決まっているし、どういうものなのかと」
「あ、はい。後で資料をお送りしておきます。取り敢えず、安全の為に10m程下がって頂ければ」
「了解した。行こうか。神谷1尉、朽木」
「はッ」
「了解です」
三人が後ろに下がったところで少年が外套から取り出した導線を地面に放って、内部から【痛滅者】を浮かび上がらせるようにして取り出してから二人の前に誘導して地面に降ろす。
「び、びっくりしたぁ……あのお爺ちゃん、ああいう喋り方するんだ……」
「確かに悪魔のような男って言われてましたから、少し意外でした……」
「悪魔のような?」
「ええ、まだ私達が小っちゃい頃に物凄く騒がれた人で……ゾンビが九州の沿岸地帯に流れ着いた時にそれと同時に流れ着いた重傷者やまだ生きている難破船の人達なんかを一律ゾンビ予備群として……その……」
「虐殺、でしょうか?」
「は、はぃ……当時はそう言われてました。でも、おかげでゾンビの侵入を防げたって言う人達もいて、罰するのは適当じゃないと政府が公式見解を出した後、教科書にも載ったはずです」
「す、凄い人なんですね」
ベルが結城の方をチラリと見るとニコヤカな笑みを浮かべていた。
「取り敢えず、外野は置いておいて……さっそく動かしてみましょう。ちゃんとお二人の今の体形に合わせて調整してあるので動かせるはずですよ」
「わ、分かりました」
「う、うん。あのお爺ちゃんにあたし達がカッコ悪いところを見せたら、善導騎士団の株が下がっちゃうものね」
悠音と明日輝が頷いて、少年の指示に従って、背後の背骨部分が開いた場所に身を滑り込ませるようにして両脚を入れ込み、両手もまたドッキングした。
「どうですか? 感覚は?」
「う、うん。自分の腕みたいにこの翼? 盾? 動くわ」
「本当……凄く自然でスカートの方も何か私達の動きに合わせて動いてくれてるみたいです」
音はしないのだが、翼とスカートの盾兼翼兼刃であるソレらが互いにぶつかり合う事なく連動して動く様はまるで磁石で引き合い反発しているような奇妙な連動感を感じさせるものだった。
「では、まず走ってみましょう」
「走る? 飛ぶんじゃないの?」
「カズマさんの装甲と同じで浮いて移動するので。まずはこの長い滑走路を一周して来て下さい。加速は脚先の左右のペダルを踏み込むと対応する片翼が推進力を生みます。翼のブレーキは対応する方向のグリップの握り込み具合で決まります。強く握れば、それだけブレーキが掛かりますが、基本的に完全停止は親指の位置のボタンだけです」
「左グリップの親指で押すボタンは推力全停止。右グリップの親指で押すボタンはその場で滞空静止。ただし、時速300km以上の速度だとかなりのGが掛かるので滞空静止する時は速度に気を付けて下さい」
「は~い」
「はい」
「滞空静止以外の状態で推力をカットしても慣性である程度は進むので変則的な動きをする場合以外、基本的には地表や基地、滑走路に着地する時以外は使わない方がいいでしょう。後のグリップの指に対応する複数のボタンは兵装関係ですが、今はいいです。高度を上げる方法も後でお教えします」
「分かった。お姉様、やってみよう?」
「ええ、では、行ってきます」
二人がそっとペダルを両脚で押し込むと【痛滅者】がフワリと浮いて前に進み始める。
そして、二人がまるで歩くように足を踏み出す度にペダルを踏み込まれ、ゆっくりと加速していく。
走るようにして動くとそれに合わせて滑らかに連動して動く為、まるで本当に空中を歩いているかのような光景が展開され、遠目に見ていた陰陽自の誰もがその光景に目を奪われた。
少年が後ろの三人の下まで向かう。
「どうでしょうか?」
「素晴らしい。まだ浮かんで走るだけだが、飛べると考えていいのかな?」
「はい。飛行形態時は恒常的には時速300km程で飛行します。シエラ・ファウスト号のシステムを小型化したような仕組みなので浮いている間の使用者の肉体の重量は0.1G下相当のものとなります。慣性に関しては僕らのような魔力を持つ人材の魔術で幾分か制御出来ますが、そもそもソレが難しい類のものなので使える人は限られるでしょう」
「ほうほう?」
「ただ、陰陽自衛隊に卸す事になっている装備に関しては全て一般人でも使えるようにする事がもう日本政府との間でも取り決められているので、魔術師が載らない前提で火力、推力、防御力、機動性、航行時間を犠牲にして良いのであれば、一般部隊にも配備可能です」
「魔力がちゃんと供給されるならば、かね?」
「ええ」
シレッと一番重要な事を聞いてくる老人に少年はやっぱりこの人も油断ならない人なんだろうと内心で評価に書き加えて置く。
「ちなみに諸々のスペックはお教え頂けるかな?」
「武装の最大積載量は盾一つで1400kg。その状態での最大時速は4500km。ただし、この状態は1時間しか持ちません。それと加速終了と同時に魔力を使い切り、殆どの能力が最低レベルまで落ちます」
「燃料切れ、という事か」
「はい。ちなみに慣性制御術式で内部の術者が慣性を強引に完全無力化した場合の最大スペックは計測してません。魔力さえあれば、内部の人間が耐えられる事を前提にして加速し続ける事は出来ますが、魔力切れの瞬間を狙われたりすると即死する可能性が高いのでお勧めしません」
「魔力量が防御力の要でもあると」
「その通りです。対騎士戦闘も全能力の開放時には同じくらいの時間で魔力が切れます。現実的には戦闘中の魔力使用を考えるなら、20分くらいが限界でしょう」
「やはり、魔力を用いるネックは使用量に比例して戦闘時間が決まるというところか」
「はい。ただ、自衛隊側に卸す魔力は一括供与する事が協定で決まりましたし、この基地にある全ての魔力使用を前提する機器は全て僕の裁量で常に補填させて貰います」
「有難い話だ。続けて欲しい」
「はい。推力を生み出しているのは翼ですが、物理的に繋がっていません。基本的に積層魔力、魔力を物質化したものを不可視の縄状にして連結しています。盾一つ一つに膨大な魔力を込められる魔力電池を詰めてシエラ・ファウストのように浮いた物体を魔力の自然転化現象及び動魔術によって浮遊、加速させているだけです」
「空気抵抗は例の摩擦を0にするとかいう塗料を使って軽減する、と」
「はい。真空系の術式は魔力消費が結構激しいので。恒常的に使うならほぼ同様の効果を生む塗料の方が効率的です」
少年が姉妹達が走る様子を見つめながら続ける。
「ちなみにこの盾は元々が対騎士用の代物を転用したもので推進機関、盾、剣、銃、魔術使用時の魔力源として用います。あの盾一つがこの基地で使われる1日の総魔力量を軽く100日分以上貯め込んだ代物であり、使用者には細心の注意を払って貰う必要もあります」
「あ、こけた」
神谷が双眼鏡で二人を見ていたらしいのだが、悠音が調子に乗って速度を上げた後、つんのめってズシャァアアアと空中をコケたまま滑っていく。
「高速飛行時には専用の加速形態が有り、高速飛行時はスカートになっている盾を頭部方向に集めて被い、弾丸に翼が生えたような形になります。通常飛行及び地表などではあくまで装甲としての形を取ります」
少年が虚空に自動で航行させている時の映像を出した。
「ほうほう?」
「基本的に墜落しないよう魔術によるセーフティーが働いていて、意識を無くして墜落した場合、使用者が対処し切れない攻撃を受けた場合は自動で運行されます。状況に応じて高速で指定していた場所まで使用者を搬送したり、その場で仲間が回収に来るまで防御形態で外部からの攻撃を遮断したりもします」
「至れり尽くせり、か」
「この世界の航空戦力相手だと恐らく相手は何も出来ません。騎士クラスの超高速超威力の物理攻撃や魔力原理が応用された攻撃以外は盾の自動方陣防御が抜けません。方陣防御を抜いたとしても物理的に摩擦が0になる盾を突破するには熱量、光、衝撃などで塗料を剥がさないとロクに攻撃が通りません」
「全部、ツルッと滑っていくのか……」
「ええ、刃物や銃弾みたいな弾体や物体をぶつけるような攻撃は余程の超威力でない限りは抜けません。内部の人間だけを破壊するなら、それより簡単でしょうけど。治癒術式や衝撃緩和用の術式も当然使われるので……1発で抜く為の条件は相当に厳しいです」
「具体的には?」
「方陣防御を抜けてから威力が十分で衝撃緩和用の術式や治癒を超えて即死させるとなると………そうですね。秒速130kmくらいで加速された直径25m以上の岩塊がブチ当たるとか、ですかね」
「つまり世界を滅ぼせそうな隕石が落ちて直撃すれば?」
「ええ、抜けます」
「ははは、それはいい事を聞いた。現代兵器では不可能という事か」
「はい。あの盾の防御を抜くのは僕が現在対魔騎師隊に納入している重火器類でも不可能です。誤射、同士討ちを誘発する敵の幻影や誘導操作の術式などへの備えでもあります」
「生身を狙ってはどうかな?」
「人体を直接狙ってもカバーする不可視の多重防御方陣を全て貫通する必要があります。僕が組んだシステムの反応速度を突破するには秒速30km以上の攻撃。少なくとも雷のような速さでないと厳しいです」
「今までの話を総合すると……航空機はそもそも相手にならないか……」
「はい。今後追加する射程の長い射撃武装を用いた弾幕の防御圏も突破しなければなりませんし、この世界の誘導兵器で効くのは恐らく星の外側から撃ち込む核込みの弾道弾とか言うのくらいです。が、そもそも当たる可能性は極めて低いです」
「まぁ、人間大の空飛ぶモノは捕捉出来んだろうな」
「核も爆心地での直撃が前提でなければ、防御が抜けるか怪しいです。レールガンとかレーザーとか言われている兵器の話も聞きましたし、調べましたが……元々高位の魔術師が用いるそういった人体の反射機能で防ぐのが不可能な攻撃を防ぐ為に造った代物なので対処は可能。また、当たってもこの世界の従来の携行火器では出力が足りません」
「対騎士用の防御力、人間に超えられない壁はシステムが対応する、か。ゾンビ化した兵士などや軍隊を相手にする事は想定済みなのだな」
「ええ、この間、UWSAの兵隊がゾンビになっていたので、もしもの時の為にもこの世界で知られている大抵の携行兵器には対応可能としておきました」
「では、設置型の大きな火力を出せる兵器でもやはりダメかね?」
「……あの装甲を抜くならば、この世界で実用化されているレールガンでは不可能。レーザーなら超高出力のものを集束して十秒以上直撃させ続ける必要があります。それも盾一枚分を抜く為にです………」
「だが、それを実現可能なのが黙示録の四騎士、と」
「はい。まず間違いなく盾一枚で相手の技を1回から数回防げる程度……相手の継戦能力的に考えたら、全ての盾を使い切っても20分持ちません……」
「先ほど説明されたような防御力を以てしてもかね?」
「彼らは対人間用、対軍隊用の術式などは今まで使っているようでしたが、殆ど実力を温存、隠しながら戦っていました。僕らに本気となって、対超越者、対高位魔術師、対魔族用などの高度戦術や高度術式を本気で使い出したら……」
言葉にはせずともハッキリと凌ぐのは厳しいという事は結城にも分かった。
それは今まで黙示録の四騎士と相対した者でなければ、分からない実感だろう。
「ふぅむ。だが、普通に考えれば、パーフェクトな兵器と称していい性能なんだがなぁ……」
「僕達と戦っている時も終始、彼らは遊んでいた……油断はしないと言っていた人もいましたが、油断はしなくても意表は付けたというだけです。ただ殺そうとするだけならば、即座に全滅していたのは確実です」
「……人類は遊ばれているわけか」
「ええ……」
「この平和もまた彼らの遊びの延長と言われては我々に返す言葉は無いよ。事実……本当にそうだろうしな」
「彼らと戦った事があるから断言出来ます。彼らは人類がより絶望し、永い苦しみを味わい、悲惨な目に合っているのを嘲る為に戦っている。そして、だからこそ、その人らしい感情に漬け込む隙がある……」
「ほう? まさか、私と同じ意見の人物が君のような若者とは……」
「え?」
「実は私もね。直接ではないが、奴らの声を聞いた事がある。二つ名を頂いた頃、東南アジアへ一時期派遣されていてね……彼らは島一つを虐殺するのにまどろっこしい手を使って、現地の人間を地獄の底に突き落としてからゾンビに殺させていたよ」
「そんな事が……」
結城が少し疲れた様子で息を吐いた。
「有意義な時間だった。また、大きな会議などでは会う事もあるだろう。報告書は楽しみに読ませて貰うよ。騎士ベルディクト。彼女達や対魔騎師隊の面々には期待している。この基地の自衛官達をどうか戦えるようにしてやってくれ……」
男が軽く頭を下げてから、朽木に付き添われて、車両で去って行った。
「神谷さんはいいんですか?」
「ああ、これから君達と一緒に騎師隊の面々と顔合わせだからな」
そうこう話している内に何とか戻って来た悠音と明日輝が汗ビッショリな様子でベルの前にへたり込んだ。
「ぅう、た、楽しいけど、疲れるわ……というか、一度姿勢を崩すと元の体勢に戻すの大変なんだけど……ベル」
「え、ええ、滞空静止からじゃないと起き上がれませんでした。推力の停止のタイミングや慣性の使い方とか。凄く覚える事が多そうです」
「まぁ、元々は空で使うものですから、地表で転ぶと確かに面倒かも……即座に起き上がるモーションを自動で行うよう制御用の術式を組んでおきますね。その話が聞けただけでもかなりの進歩です」
少年はニコニコだ。
だが、神谷の内心は二人の姉妹が使う装甲に釘付けだった。
(黙示録の四騎士を前にして戦える防御力……コイツで師団クラスの部隊を編制出来れば、あるいは連中全員を相手にしても辛うじて対抗出来るかもしれん……期待させて貰おう。騎士ベルディクト……君の小さくて大きな背中にな……)
神谷の瞳には少年少女の明るい顔が眩く映っていたのだった。
*
外で何やら盛り上がっている様子。
というのも、今現在、善導騎士団の英雄VS自衛隊の超人というタイトルマッチが観客総動員で行われているからだ。
演習場区画を遠目から双眼鏡で覗くだけの簡単な話であり、ペイント武器オンリーとはいえ、それでもソレ以外は全部本物と同じ重量手応えの重火器や刃で魔力能力込み込みのガチンコ・マッチの最中となれば、さすがに誰もが興味津々であるのは疑いなかろう。
夕暮れ時という事も相まって、外では陰影を刻む二者の互いを削り合う様子は超絶劇場版アニメ張りに猛烈な速度で推移していた。
善導騎士団の敷地内での魔力消費の大半は全て結界及び基地そのもののディミスリル皮膜合金によって吸収される為、殆ど全力でやっても黙示録の四騎士に見付かる心配はない。
廃墟街が爆炎を上げ、融け崩れ、魔力の輝きでキラッキラしながら爆発を繰り返し、虚空の最中、全力で殴り合い撃ち合う両者の姿は正しく美しいとさえ言えた。
が、それはそれとして悠音と明日輝は座学中であった。
悠音は後で絶対録画を見ようと決意を固めながらの勉強である。
場所は善導騎士団所有領域内の座学用講堂だ。
今は善導騎士団の隷下部隊の人々も外で自分達の大隊長の勇姿に興奮しつつ応援している事だろう。
「え~では、第15回目の座学を始めます。今日のお題は魔術魔導の基礎と歴史です」
「何か真面目だわ……ベルって」
「座学なので出来れば真面目にお願いします」
悠音の言葉に少年が困ったように笑う。
「まず、お二人に聞きますが、魔術の術式って何か分かりますか?」
「「え?」」
「お二人は考えずに使っていると思ったので。というか、殆ど刻印頼みで処理も脳裏で僅かにするだけだと実態が分からないんじゃないかと」
「ええと、ジュツシキって設計図でしょ。魔術の」
悠音が昔、父に聞いた話を思い出して口にする。
「はい。ですが、今現在、善導騎士団とお二人以外の陰陽自衛隊にいる殆どの方は魔術は使っていても術式は殆ど使ってません。知らぬ間に術式化されているモノを使う方は片世准尉の他にも幾らかいるようですけど」
「「???」」
「分からないという顔ですね。術式は言わば、動作や儀式で行う魔術法則下での現象の実現を脳裏の魔術用の言語を用いて記述し、現実での動作や儀式の過程を省くものなんです」
「……機械のプログラムみたいなものでしょうか?」
明日輝の言葉に少年が頷く。
「はい。その通りです。魔術師の術式は言わば、自分の頭で処理するプログラムです。この術式に用いる言語や処理方式が魔術の体系になります。この体系を決定付けるのは血統上の資質とそれに適合した術式用の魔術言語なのですが、この世界にはソレがありません」
「???」
悠音はチンプンカンプンな様子だが、明日輝が何か閃いた様子になる。
「……何が言いたいのか分かりました。つまり、この地球の人達は術式じゃなくて、直接的に動作や通常言語、儀式なんかでしか魔術を使ってないんですね?」
「はい。正解です。一部の人達は体系化して独自に魔術言語を開発してたりしたようですけど、魔術の世界は1人1体系と言われるくらいに魔力形質や資質と絡み合って複雑な処理を求められます。こっちには多くの術師に適合する汎用的な言語や術式が殆どありませんでした」
「つまり、こっちの人達の魔術は未熟って事?」
悠音にベルが頷く。
「科学が発達したのも早かったでしょうし、技術として淘汰される時間も早かった。僕達の大陸では5000年掛けて幾つも体系化された術式や魔術言語が広まりましたが、そういう下地も無かった、という事です」
「おぉ~~ベルが先生してるわ……」
「悠音」
「は~い。それで?」
「魔術の体系化が阻害される最大の要因は個人の魔力形質に適合する魔術言語とそれで構成する術式が汎用性に乏しいという一言に尽きます。つまり、親や一族が使えた術式、魔術言語が突然変異した子供世代には使えないという事が普通に有り得るんです」
「つまり、どこかで継承してきた魔術言語や術式が使えずに無意味になっちゃうって事でしょうか?」
「はい。結果として廃れて後、適合する術式を生み出しても、今度はその子供の世代は前の世代のモノに適合するという事もあったりして……魔術の体系化は複数の方式の魔術言語で同じ結果を齎す術式を多数用意する必要に駆られます」
「た、大変なんですね……」
「ええ、大変なんです。これは魔力形質の発現が歴史的には別種族から受け継がれた能力の隔世遺伝である為で、歴史というのはこの部分ですね」
「カクセーイデンてなーに?」
悠音が付いていけないよという顔で訊ねる。
「脳裏で術式を処理するのは魔力形質がある人間なら可能な事です。これは過去に僕達の大陸の人類がそれまで数十億年という時間を支配していた異種と呼ばれる種族との混血で手に入れた能力で、その血が強い人間が優秀な魔力形質を持っているという事が分かっています」
「元々は他の種族の力なんですか?」
「ええ、そうです。そして、5000年前くらいにドクトル・ファウストゥスと呼ばれる魔術師の祖となる人が最古の魔術となる魔術言語と術式を多数広めていった事で大陸では人類の魔術が勃興し、何度も隆興を繰り返しながら現代に到達。最新の魔術が七聖女ハティア・ウェスティアリア様が大陸中の魔術言語と術式、魔術体系を集め、七教会の魔術部門と共に造った魔導なんです」
「お~~凄いんだ? そのハティアって人」
「ええ、大陸一の美少女と言われてますし、それを否定する人も人類種には恐らくいないでしょう」
「美少女なんだ?」
「はい。御尊顔のブロマイドが大陸中央……ガリオスでも普通に売ってましたよ」
「へぇ~~」
「神域の魔導聖女と呼ばれてました。僕の魔導はハティア様が作った大陸中で使われている一般的な魔導用の魔導言語と汎用術式集積体と呼ばれる汎用式で構成されます」
「ハンヨーシキ?」
「汎用式は1つの事を1つの式で行う魔術とは違い。1000の事を1つで出来る極めて優れた術式です。一つの汎用式に幾つも幾つも情報を付け足して使いながら処理するので普通の魔術用の式よりも処理工程も短く簡便で同時に多数の魔力形質に適合します」
「凄そう……」
それが悠音の真っ当な感想だった。
「はい。凄いんです。そして、お二人に魔導師になる為の第一歩として魔導言語と汎用式を教えようかと思ってるんです」
「そうなの? 英語みたいに覚えられる?」
「あはは、さすがに普通の言語みたいには……ただ、その前に今日は儀式でお二人の刻印に手を加えます」
「刻印……私達のお腹にあるお父様とお母様が刻んでくれた文様ですか?」
「はい。アレは大陸中央諸国で今は廃れた旧い術式と魔術言語の集積体です。更に魔導言語と汎用式を書き加えて、お二人が魔術を使う際にはどちらの方式でも処理出来るようにします。言わば、ハイブリットですね」
少年が二人の下まで行くとちょっとだけ恥ずかしそうに机の上に載ってお腹を見せて下さいと頼む。
それに少し朱くなった姉妹はコクリと頷いた。
「こ、これでいい? ベル」
「ベルディクトさん。ど、どうぞ」
二人が今はスーツを脱いでスラックスと薄い夏用の袖無しのシャツを着込んでいたのだが、その白いシャツの中央のボタンがプチプチと解かれ、二人の両手が腹部を見せるようにシャツを開く。
「お二人の刻印は一種の魔力で出来た魔術具です。魂に刻まれる形の……ガリオス王家の魔術を大量に魂へ刻んで生み出された精霊みたいなものですが、内部の変更ではなく付随する形で刻印に手を加えるので不具合は起らないと思います」
「何かあったら、どうすればいいですか?」
「何かあったら後で呼んで下さい。問題の部位を解析してから調整するので」
明日輝の言葉にいつでも行って下さいと言った後。
少年が両手に魔導方陣を浮かび上がらせ、二人の腹部にそっと触れさせる。
「ふっ……ぅぅ……」
「ん……っ……」
姉妹が僅かに声を押し殺して少年の手の感触に耐える。
スゥッと。
少女達の腹部に刻印が浮かび上がったかと思えば、それに付け足されるようにして装飾や修飾らしき複数の呪文や魔導方陣が集積されたものが肋骨の下辺りまで拡大し、まるで生け花の如く花園のような文様として定着していく。
それを見た少女達が驚いた。
自分達の刻印がより華やかになったような印象。
肉体に刻まれても何処か懐かしさを感じさせるような印象を受けたからだ。
「これって……」
「ガリオスの国華に指定されている華と装飾用の魔術象形。言わば、国の魔術師の紋章に近いものです。それを僕が色々とアレンジしました。どうでしょうか?」
「……綺麗。ベルってこういう得意なんだ? ありがとう♪」
「はい。ありがとうございます。ベルディクトさん」
二人がそっとシャツを降ろした後机の上から降りた後、少年に少し頬を染て艶やかに笑む。
「え、ええと、これで今日の座学は終わりです。明日には魔導言語の本格的な勉強を開始しましょう。そろそろ試合も終わったでしょうし、クローディオさん達のところに行ってみましょうか。初顔合わせという事で」
思わず目を逸らした少年が抗議は終わりだと告げようとした時。
「ねぇ、ベル……ベルってあの時の事、後悔してるの?」
そう、小さな呟きが響いた。
「へ?」
「夢の中で……ああした事……あたしは……後悔してないわ……」
「え、ええと、その……」
「そう、ですね……ベルディクトさんで良かったと……私も思います……」
「あ、あの、と、取り敢えず今日の講義は―――」
悠音の首筋に掛かる紅の紐に編み込まれた小さな硝子玉。
少年が造ったディミスリル合金製の結界発生用のソレが妖しく黄昏色の魔力に満ちていた。
(あ、もしかしてもう発動して―――)
少年が少女の胸元のソレを何とか停止させようと手を伸ばすと。
フニュッと少女の手によって胸元ではなく胸そのものに誘導された。
「ベル。こういうの……好き?」
「い、いえ、違います?! そ、そういうのはええと、と、取り敢えず、その結界発生用の中核を停止させれば、お二人も元に戻―――」
手をとにかく玉に触れさせようとするも、悠音の手は案外力強く。
ニュモ。
「ん……ベルのえっち……」
「ご、ごご、ごめんなさい?!」
悠音が妖しく笑みながら少し嬉しそうにも聞こえるような声を上げた。
「ベルディクトさんが教えてくれた魔族の事……こういう気持ちになり易いって事なのかもしれません」
「え? 明日輝さん。あの……」
背後からグニュムッとその二つの双丘を押し付けられて、少年が思わず縮こまる。
「ベルディクトさんは……ヒューリア……私達の姉とどんな事してるんですか?」
「な、何もしてませんよ!? ええ、祖先の霊とかはいませんけど、魔術師の誇りとかに掛けて!?」
「嬉しいです……ベルディクトさんの事、ベルさんて呼んでもいいですか?」
まるでヒューリのような呼び方をする甘く艶媚な声を前にして少年が完全にどうしようと思考するも、ソレすらも徐々に鈍くなっているのが感じられた。
二人の手が少年の身体にそっと触れようとした時。
「ベルさ~ん。二人の座学はどうですか? 東京本部に届いたお菓子を持って―――」
大きな一抱えもありそうなバスケットを持って来たヒューリが講堂に入って来た。
瞬間。
パキッという音と共に何かが壊れる音がして、バスケットがドサリと落ちる。
「……ベルさん?」
ニッコリ笑顔のヒューリは確実に見た事も無いくらいに冷静でないのが……少年にも分かった。
「ヒューリさん!? き、聞いて下さい!? ちょ、ちょっと、コレには―――」
「コレはベルさんをこの場所から騎士団本部に送還した方がいいのかもしれません。ふふふ……」
「あ、あの~?」
「いつまでユーネリアの胸を触ってるんですか!?」
「ひゃ?! ご、ごごめんなさい!?」
思わず土下座した少年の横で少女達が今まで自分が何をしていたのかを思い出して、ちょっと恥ずかしそうにしながら、悪い事しちゃったなぁという顔になる。
「あ、ヒューリア=オネー=サン。ちょっといい? い、今のはあたしの魔力がええと何かがおかしくなっちゃったから、ああいう事に……」
「……何かって何ですか?」
ヒューリの視線は極めてニコヤカだ。
「ご、ごご、ごめんなさぁ~い!?」
悠音がその視線に耐え切れず講堂から逃げ出した。
「あ、悠音!? わ、私もご、御免なさいぃぃぃぃ!?」
先程までの自分に顔を真っ赤にしつつ。
明日輝もまた妹を追い掛けて逃げ出していく。
「まったく。ベルさんも頭を上げて下さい。何がどうなったのか教えて下さいね? ちゃんと」
「は、はい!?」
少年がササッと立ち上がってバスケットを持ち直して椅子に座った少女の横に行って色々と説明し始める。
「つまり、悠音の結界の効力なんですか?」
「ええと、今日は
「魔王の血統……魔族の性……クアドリスが言ってた事ってこういう事なのかもしれませんね」
「ええと、悠音さんは特に三人の中でも魔族としての血筋として覚醒しているようなので。あの姿になったのも一定年齢になれば、魔族としての特徴が出て来る先祖返りだからなのかもしれません。リスティア様もきっと同じだったんじゃないかと」
「……話は分かりましたけど。私が来なかったら、また浮気……」
少女はジト目だ。
「ご、ごごご、ごめんなさい!?」
「あはは……嘘ですよ。もう怒ってません。あの子達にもベルさんの良さが分かるって、きっと……そういう事なんですから……」
いつもの調子に戻ったヒューリが微笑む。
「ヒューリさん……」
「でも、これからは気を付けて下さいね。というか、気を付けようが無さそうなのが困りものです。でも、東京の方も状況が落ち付いて来ました。フィーが言うには次の一斉検挙が終了したら、いつものメンバーで西のユーラシア大陸とかに遠征するって話ですし、そうしたらまた一緒ですよ」
「あ、ようやく決まったんですね」
「はい。結局、忙しくて皆離れ離れでしたけど、次の旅はまた一緒ですから……」
ヒューリの手が少年の手に重ねられた。
「あ、は、はい!?」
少年の笑みにドクンと己の中の本能と言うべきものが疼くのを感じて。
少女がフワッと少年を抱き締める。
「ぁ、あの? ヒューリさん?」
「あの子達の気持ち……解ります……だって、私も……」
「……ヒューリ、さん?」
少年の瞳を捉えた少女の瞳の虹彩は漆黒に染まっていた。
それでいて耀きは怪しく混沌としたものを放っていて。
「ちょっとだけ……ちょっとだけですから……ベルさんの事……奪わせて下さい」
常の少女ならば、絶対に出て来ないだろう言葉。
いつもとは明らかに違う様子。
しかし、少年はただ全てを察して、いつものようにコクリと笑みを浮かべ頷く。
いいですよ、と。
「ん……ん……っ……っっ」
少女の唇が優しくというよりは強引と思えるように少年へ押し付けられる。
「ん、ひゅーりひゃ……っんく……」
少年が目を瞑って受け入れている間も少女の舌はまるで容赦なく少年の口内を蹂躙し、もっともっとと急き立てるように少年の唾液を舌で絡め取り、コクコクと喉の奥に流し込んでいく。
それから何分経ったか。
口元をテラテラと汚しながらも少女がボンヤリとしつつも怪しく微笑み。
舌をチラリと出してから、啜り上げていた少年の最後の唾液をコクリと飲み干す。
そうして。
「………………?」
いきなり、目の前の状況に戸惑ったような顔になってから、ハァハァしている少年と自分の唇から下の惨状……胸元にまで濡れるものを感じ……。
「ッ~~~?!!」
我に返った様子でボッと赤くなった。
「ご、ごご、ごめんなさい!? ベルさん大丈夫ですか!?」
しかし、少年はもう呼吸も浅く。
殆ど昇天していた。
「ああ!? ベルさんが!? うぅうぅ、わ、私なんて事を!? ベルさん!? ベルさぁぁあん!?」
慌てた少女がバスケットと少年を回収し、慌てて救護室へと駆けて行く。
「マヲ」
「クヲ」
それをいつの間にか教壇の上で見つめていた使い魔二匹が尻尾をプラプラさせつつ、欠伸をしながら講堂を去り際、尻尾を伸ばして電灯のスイッチを切った。
後にはただガランとした空間だけが残り。
―――【くくく、ようやく侵入したぞ。奴らの塒は此処か……此処で奴らの戦術を学べば、一瞬にして瓦解させる事も……ぬ? この時間、講義はもうしていないのか……仕方ない。コーイシツでまた良さそうな相手を見繕って来るか】
お祭り染みた外の熱気も伝わらない善導騎士団の領域はまた別の熱を静かに冷ましていくのだった。
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