第76話「東京湾攻防」

 海獣類の多くが本来の速度以上の力で戦域を移動する方法が確認されたのは日本側にしてみれば、初めての出来事であった。


【リヴァイアサン】


 巨大な化け物がその無数の触手に大量の海獣類を実の成った樹の如く付けて、猛烈な速度で移動したのだ。


 30から50m程の巨体が長い長い脚に抱えた数千匹からなる海の化け物達を一匹も脱落させる事なく。


 普通の生物に有り得ない加速。


 時速1000km近い海中の高速移動に耐えるという有り得ぬ姿。


『ぐぁあぁ!?』

『どうした!?』

『ソ、ソナーが破損したようです!?』

『リ、リヴァイアサンは約600ノットで移動中!!』

『何ぃ!? 馬鹿な!? どんな方法で!!?』


 付近の海域では爆音が海中を奔り抜け、殆どの潜水艦のソナーがイカレた。


 常識では計り知れない生態。


 まさか、海獣達が海中を猛烈な速度で移動する巨大怪物体によって運ばれていたのだと知ってしまった多くの船乗り達。


 特に艦隊の指揮者達はもう笑うしかなかった。

 明らかに物理的とは思えない所業。


 倒せる事は分かったが、もしもその物体が高速で海中から突っ込んでくれば、倒し切る前に艦隊が全滅する可能性も高く。


 そもそも艦隊の速度では追いすがる事すら出来なかった。


 湊に戻っていった艦隊の殆ども送られてきた映像や情報には笑うしかなく。


 最終的に追撃可能な艦を持たない日米は唐突な戦いの幕切れをただ眺めている事しか出来る事はまったく無かったのである。


 太平洋に一体何があるのか?

 唐突な移動の理由は?


 そんなのを考えるより先に彼らには破壊された艦の修理と襲われた兵達の救護があった。


『救護班急げぇえええ!!!』


『目がぁあ!? 目がぁあぁあ!? 誰かオレの目がどうなってるか教えてくれぇ!?』


『オレの指がぁあ!? た、蛸に食い千切られ、ひぁあああああああああああ―――』


『メディイイイイック!!! 鎮静剤を早くしろぉおおおお!!』


 大量に甲板へ引っ付いた蛸と烏賊の残骸を何処の艦隊も引き下げながらの寄港。


『海豚は強敵でしたね』と冗談みたいな戦い方をする敵と海産物への真の恐怖を知った多くの者達が蛸も烏賊も食えないトラウマを抱えた午前中。


 シエラ・ファウスト号は日本近海の待ち伏せする海獣類達を打ち破り、潜水艦を止める為……島から120km北の地点で浮上して待機していた。


 その姿はまるで無防備にも見える。

 だが、そうではない。


 数km単位で海底に何か巨大なものが大量に潜んでいる。


 ソレらはまるで輪のようにシエラ・ファウスト号を取り囲んで曼荼羅のように広がって何かを待ち構えていた。


『南方と北方、更に西方から巨大な爆音を探知しました。どうやら獲物が網に掛かったようです』


 CICで少年が八木に報告する。


『君の言う通り、魔力を海中に垂れ流しただけで誘き寄せられたか』


『はい。これで太平洋側に大量の敵が誘因されるはずです』


『……私には君を信じる事しか出来ないが……確かに敵を一か所に集めて、その隙を突破する、という作戦は悪くない。敵が何処に潜んでいるか分からない状態で海中を高速で進むよりは……』


 八木は少年のプランを信じてこそいたが、感覚的には今も本当なら潜水艦を高速で動かしているべきだという思いを捨て切れずにいた。


『今の僕に出来る事は尽くしました。後はこの海域に相手を誘き寄せ、その全てを撃滅するだけです』


『……解った』


 今は二人だけの場所。

 男は少年を信じた。

 否、信じざるを得なかった。

 今まで引き起こされてきた奇蹟のような出来事。

 明らかに代償を支払う事でしか産み出せない状況。


 ソレを真っ先にただ義務のように果たしてきた少年の姿を彼は見ていた。


 だからこそ、一刻も早く追い掛けねばならない状況でもそうして待つ選択を支持した。


『敵、第一陣。30m級が11体!! 周辺海域に接近中!! どうやら海獣類を多数誘引しているようです。海底下のシエラ・デコイに喰い付いてます!!』


 少年が音響データから次々に周辺海域の海底に沈めた多数の外殻だけ真似て量産した空っぽのシエラ・ファウスト号の形の囮が【リヴァイアサン】達に激突され、次々に破壊されていくのを聞きながら、片手で魔導方陣を虚空に展開する。


『起爆用意。4、3、2、1、起爆!!!』


 不意に周辺海域の地底で猛烈な閃光が輝いた。

 だが、海底直下からの光は水のカーテンのによって遮られ。

 僅かな耀きを洋上から仄かに確認出来るのみだ。


 だが、海底は恐ろしい音の嵐によって巨大な数発の水のドームの如き衝撃波が次々と互いを呑み込むように広がりながら拡散。


 海獣類が猛烈な潜水艦のソナーやピンガー等とは比べものにならない破壊的爆音によって脳を破壊され、海底で大量の死骸となっていく。


 その中心にいるシエラ・ファウスト号の船体にも衝撃波は届いていたが、その修復された船体には摩擦係数を0近くまで下げる液体が皮膜されており、単純な衝撃波も海水もスルリと装甲表面を通り抜けていく。


『半径60km圏内の海獣類はこれで全滅したはずです……お魚さんには悪いですが……』


『構わない。この数年で海洋資源は急激な回復傾向だ。そもそも口元の外見がZ化している影響で消費量は落ち込んでいるしな』


 八木が海産物はもう喰いたくないという本音を言葉の後ろに透けさせた。


『今ので【リヴァイアサン】は確実に仕留めたと考えていいのか?』


『はい。戦った時のデータを元にし、相手が耐えられない威力にしたので』


『そうか。だが、これであちこちから連中が集まって来るな』

『でも、半径60km圏内にシエラ・デコイは山程在るので』


『襲われたら自動で起爆を繰り返して海獣類を一定地域に集めて全滅させる、か。衝撃と音と魔力で更に獲物が寄って来て、次々に海底の機雷を踏み抜く連鎖……考えたものだ。だが、海の中を逃げ出そうとすれば、必ず相手に捕捉されるな』


『はい。だから、主動力機関をどうしても造る必要がありました』


『……やるのか?』

『先程、魔力の充填が終わりました。いつでも行けます』

『そうか。ならば、全艦に通達を』


 頷いた少年が艦内の全ての人員に渡したビーコン越しに語り掛け始める。


『これより本艦は主動力機関による推進に切り替え、件の潜水艦を追います。ですが、潜水艦を補足して止めたとしても、黙示録の四騎士との遭遇戦が起きる可能性があります。皆さんにはその場合……敵主力たる騎士達とその装備と重火器のみで戦って貰う事になります』


 少年が静かに艦内で騎士達が使うフル装備に身を包んで待機する者達に告げる。


『潜水艦への接舷後、部隊はただちに艦内の蛸とゾンビを制圧して下さい。東京湾内での戦闘になる可能性が高い為、一匹も逃さないよう迅速にお願いします』


 誰もがその声に拳を握った。


『では、各位は座席に座り、シートを閉めて下さい。安定航行とは程遠い事になると思います。作業中の人は腰のフック、ハーネスを壁際に新設した手摺に掛けて備えて下さい』


 少年がフゥッと息を吐く。


『全艦、ドラグーン・シフト―――これより本艦は高度を上げ、滞空高速航行に移行します!!』


 元ミサイル・ハッチの中央。


 巨大な金属塊の周囲にミサイルのように並べられていた巨大な円筒形の金属物体……通常の魔力電池とも違う色合いの煌くディミスリル・クリスタルが魔力転化の光を放ち始め、艦内に張り巡らせられた無数の導線を伝って、艦の内殻と外殻、構造材の全てに魔力を供給し始めた。


 海面に漬かっていたタイフーン級がその莫大な質量を、水を滴らせながら、浮かばせていく。


 海洋は今現在快晴。


 波も穏やかだったが、その異様な光景を見る者は魚すら無く。

 この世界の人類が初めて乗るソレ。

 その離水を客観的に確認出来たのはベル当人しかいなかった。


『うぉ!? フワッとしたぞ!? エレベーター?』

『感想が貧弱……('ω')』

『長生きしてみるもんですな(*´ω`)』

『コレが魔力ってヤツの威力か……(-.-)』


『近頃のファンタジーなアニメのボックス買おうかな(-∀-)』


 艦の下には僅かながら魔力の転化光が雪か蛍のように輝いていた。


 魔力の放散現象である。


 エネルギーに転化して、無理やりに物体を浮かべているのではない。


 ディミスリル皮膜合金由来の能力……元々がチタン合金製のソレは今や魔力を微量に放散すると同時に自身そのものと周囲の物体に掛かる1Gの重力を減衰していく。


 そして、それが魔力の放散時の微量な転化による運動エネルギーによって風船のように軽い船体をフワフワと下から持ち上げているのだ。


 言わば、魔力を用いたホバーのような状況。


 下方の放散を強めれば上昇、上方を強めれば下降、左右に強めれば舵の役割を果たし、後方に強めれば、微速漸進となる。


 内部にある物も重力の影響が軽減されるらしく。


 多くの米兵と自衛官達が己の肉体が軽くなるという状況に驚いていた。


『ああ、もう言い訳出来ねぇ……(+_+)』

『オレ達、終にアニメの住人だぞ(;^ω^)』

『空飛ぶ船か。子供の頃の夢が叶ったよ(*^_^*)』

『サンキュー!! キャプテン・ベル(;´∀`)』


『もしかしたら宇宙船に乗るより貴重な体験じゃない?』


『あははは。よし!! 後は大陸を消し飛ばす主砲だけだな!!』


『止めろよ。マジであの子なら造りかねん……(-_-)』


『やるじゃない。騎士ベルディクト(^-^)』

『航空戦艦……(´・ω・`)』


『オレ達ってこの場合、海自なのか、空自なのか(-ω-)』


『問題そこ?』


 海面30mの低空。


 浮かんだ艦がスゥッとまるで滑るかのように移動を開始する。


 艦の後方スクリュー付近。


 ベルが後付けした魔力を運動エネルギーに転化して動魔術にする方陣が空気中に運動エネルギーのみを純粋に吐き出し、浮かんだ艦を押し出していた。


 空気抵抗は摩擦が減衰された状態だと壁には成り得ず。


 まるで濡れた氷の上を滑っていくような滑らかさで船体が次々に供給される運動エネルギーで加速、宇宙空間のように止まる事なくすぐに速度を上げていく。


 最初の時速10kmがやがては30km、50km、終には100kmの大台を突破した時、彼らの艦は不可視化の結界を発生させ、そのまま大気に融けて消えた。


『―――時速450kmに到達!! 敵潜水艦のいる海域に入り次第減速下降し、威力偵察部隊の投下を開始します!!』


 彼らのいた中心地点に向けて、目標となる相手がもういないとも知らずに無数の海獣類と【リヴァイアサン】の群れは突撃していく。


 中には超大型も混じっていた。


 しかし、小型が屠られた爆圧にもボロボロになりながらも耐えて進んでいく肉体は艦隊のように地底で群れを成すガワと内部の爆発用の魔力電池のみのシエラ・デコイの起爆による連撃を受けて、終には中心地点を真直にして消し飛んだ。


 物量による攻撃を主とするZ化生物の性か。

 その起爆後の航路へと多くが迂回しながら殺到する。

 が、そんなことを少年が考えなかったわけもなく。


 爆発した気泡と衝撃の中を無傷の者達が抜けていく最中にも海底には次々とデコイが浮上していく。


 何せ、のだ。


 少年が延々と夜中から現在に至るまで魔力を供給し続けた半径60km内の海底は遥か地下のディミスリル鉱脈までも魔力で満たし、方陣化され……ただただ巨大な化け物と海獣類の反応を感知するとデコイを浮上起爆させていた。


 ―――ギィオ゛オ゛オ゛ォ゛オ゛オォ゛オオ゛ォ゛オオ―――。


 海底では正しく己を磨り潰されながら狂乱となった海獣類と爆圧と激音の宴が断末魔を伴奏にして繰り返され。


 音紋を取られた生物など正にカモネギの如く。


 海水そのものが死となって襲い掛かるデストラップな魔の海域は猛烈な勢いで黒く染まっていった。


 日本側の太平洋地域を回遊していたほぼ全ての【リヴァイアサン】がこの無間地獄染みた罠によって激減し、その数を0にしたのはその日の夕刻。


 無人偵察機は黒い海域を映し出し、日本政府も米政府も同じく知るだろう。


 この十数年、自分達が心血を注いで護ってきた海域の安全が終に確保された事を……それは明確なパラダイムそのものであった。


 *


 ―――東京湾近郊10:09。


 海自と米海軍の合同観艦式は報道陣も詰め掛ける歴史的なセレモニーでは有ったが、今現在海洋で進むZ化した海獣類との死闘中に不謹慎だろJK的な事を言う者がいなかったわけでもない。


『今日は東京の日米合同大観艦式の現場から生放送だよ。イェァ~~♪』


『この観艦式、実は数年前から計画されていたものだそうよ。トーマス(*^_^*)』


『そうなのかい!? ジェニファー(T_T)』


『そうそう。貴方が鼻の整形した日から数えて1003日前くらいから予告されてたの♪』


『(視聴者のwwww弾幕)』


『そりゃないぜ!? 今の日本政府並みに不謹慎だぜ? HAHAHA!!!』


 よって、日本と英国とオーストラリア、ASEAN諸国しか繋がっていないインターネット上のSNSでは日米政府不謹慎過ぎワロタという反応が起きていた。


 だが、ネットでも生中継される光景に未だゾンビの被害に苦しめられている各国はやはり日米という経済大国を前にしては未だ人類絶滅の危機に瀕して尚先進国という認識も新たにされただろう。


『うわぁ……まだ、あの大都市圏が維持されてるんだ(>_<)』


『まぁ、さすが日本と米国が合体しただけはあるよ。うん( ;∀;)』


『もう危なくて海も空も渡れんが、確かにあの国は存在するよ(´_ゝ`)』


『あの船達が何れ僕達の国に無料で来るなんてイイハナシだなぁ~(^ω^)』


『そこは彼女達と言ってあげよう。ボーイ(´ω`*)』


 旧式艦と言えど、彼らからすれば、喉から手が出る程に欲しい装備ばかりなのだ。


 無論、油が無ければ動けはしないわけだが、日本で電池式の推進機関を乗せ換えた旧式艦の各国への譲渡は日本で電池式の艦が充足する2、3年後を目途にして進むだろうと言われており、ウチにあの船来ないかなぁという反応も多数であった。


 総理までも出席する式典の場所は埋め立て地で元々はオリンピックの選手村を誘致していた場所であり、設備は未だ生きている。


 この日の為に地方から出てきた人々と大量の都民。

 ごった返す其処は人口密度マシマシ。

 外国人なども極めて多く。

 アメリカ人が6割にG7各国の人種が2割。


 最後に百カ国以上の国々の人々が一同に会するアメリカも真っ青な人種のサラダボウルであった。


『う、ぅおおおおお!? これはこの野菜は缶詰じゃないぞおおおお!!!』


『ああ、生野菜なんて数年ぶりに喰うよ( ;∀;)』


『全部缶詰にして何とか食料供給持たせてたからなぁ(~o~)』


『今じゃ、地方で野菜食って生きるか。都市部で缶詰生活かだもんな(・´з`・)』


 来場者数は延べ200万人になると推計され、周辺地域でも今日は格安で缶詰以外の食料がふるまわれるとあって、多くの人々が詰め掛けている。


 そんな中、東京湾に一隻の潜水艦が入り込んでいたが、事前の打ち合わせ通り、東京湾を封鎖していた米海軍の艦隊はソレを素通し。


 近海で起こっている大異変と恐ろしく離れているのにソナーを壊す程の撃音の確認で何処も対処するどころか怪しみもせず、それどころではないとてんてこまいの様相を呈していた。


『ソナー使用不能!!』

『機材の換装はまだかぁ!!』

『負傷兵が先だぁ!!』

『もう医務室が一杯です!?』


 上げられた無人偵察機によって分かる事など特定の海域に大量の【リヴァイアサン】と海獣類が集結しつつあり、その海底で海獣大決戦でもしているのかという異音が連続しており、海底から透けて見える程の規模の爆発が起こっている事のみ。


 これを未だ秘匿されているハワイ陥落の報と絡めて考える指揮官は然程多く無く。


 まさか、生き残りが善導騎士団と共に海獣絶対殺す海域とか洒落にならないモノを造っているなどとは天地が裂けても考え付かなかっただろう。


 ただ、彼らに分かったのは本能的に誰かが戦っているという事だけであった。


 房総半島沖から侵入したそうりゅう型が湾内の奥深くへと向かう途中。


 その艦影が水面下に浮上しつつあった事は予定には無い出来事であったが、お祭りだからアピールしているのだろうくらいの感覚で艦隊からは見逃され。


 そうしてガコンとハッチが開いた時にはもう全てが遅きに逸した感があった。


『………』×一杯。


 ハッチ内から大量に湧き出すのは人間ではない。


 日本本土にもう泳いで渡れるという判断をした透明な蛸達が次々にハッチの上に人間の身体を捨てて湧き出そうとし―――。


 猛烈な銃火が開いたハッチに直撃していた。

 通常弾である。


『降下ぁ!!!』

『ハッチ制圧!!!』

『内部に突入するぞおお!!!』

『了解ッッ!!!!』


 ハッチ周辺が火花と黒い血飛沫に染まり、ようやく艦隊が異変に気付いた時には異様な光景が艦隊目当てのミリヲタ達の望遠レンズに目撃されていた。


 浮上した潜水艦の直上からいきなり人影らしきものが数名現れて着地したかと思えば、次々にハッチ内に乗り込んでいったのだ。


 艦隊から一隻の巡洋艦が離れて何が起っているのかを確認するべく近付いた時。


 米海軍及び自衛隊の軍用無線にはこのような情報が飛び込んできた。


『こちら海上自衛隊佐世保地方隊所属八木五朗一佐!! 八丈島地下基地の壊滅に伴い、最後に出たZに汚染された潜水艦の制圧に当たっている!! 艦内の人員は全て透明化する海獣類によって頭部を串刺しにされて簡易の受け答えをするだけのゾンビだ!! ハワイ脱出に成功した人員を多数こちらは抱えている!! 日本政府及び海上自衛隊への保護を要請する!!』


 あまりにも唐突な言葉だった事は否めないだろう。


 だが、海上自衛隊から軍用無線に連絡が入り、八木が騎士の襲来に備え、海洋での重傷者の引き渡しを打診した時。


 ソレは起った。

 艦が魚雷発射管を開口と同時に2発。

 次々に魚雷ではないを射出した。


 未だ艦内の制圧はヒューリを筆頭にした制圧部隊によって鎮圧途中。


『ヒューリさん!!』

『そっち言ったわよ!!』

『はい!!』


 まだCICを制圧出来ていなかったヒューリはその音に唇を噛む。


 電子装備掌握の為に同行するアンジェラとレンジャーであるクリストファー、他に十五人程の部隊で未だ通路の蛸達をペイント用の改造グレネードで色付けしつつ、確実に銃まで撃って来る相手を制圧していたのだ。


 時間は最速であったが、やはり発射は止められなかった。


 だが、魚雷を撃つだろうと想定されていたのが、実際には別のものが発射された事までは彼女達も知り様が無かっただろう。


 その瞬間、魚雷の代わりに発射されたソレが2匹。


 海上に顔を出し、中身の代わりに詰まっている身体を内部から迫り出させた。


 その頭部を槍の如く変形させて湾内部へと突入していく。


 ―――【リヴァイアサン】


 それも魚雷のガワの中に入る程の小型である。


 完全に虚を突かれた形となった艦隊が驚愕している合間にもソレを追って潜水艦の直上にいる見えざるモノが加速した。


 艦内放送がすぐに響く。


『敵個体を確認しました!! どうやら通常魚雷の中身の代わりに己を入れ込んでいたようです。魚雷内部に多数の別の個体が内在している可能性もあります!! 撃破の為、本艦はこれより水上戦闘に移行します!!』


 時速百数十km出ている極めてオカシな生きた魚雷からは僅かな魔力の反応。


 炸裂すれば、その瞬間に大量の小型の見えざる蛸などをばら撒く可能性があった。


 そうなれば、東京の運命は火を見るより明らかだろう。


「ハルティーナさん!!」

「分かっています」


「二体をどうにか空中へ投げ上げて下さい!! 海面下への攻撃では恐らく相手を撃破出来ても小型に逃げられます!!」


「分かりました!!」


 見えざる何かの上に立つ少女が遠方からは目撃されたかもしれない。


 少女は甲板の先端でその二発の魚雷染みた化け物達を見つめ、ソレが陸地に到達するより先に己の魔力を全て原始的な動魔術に変換して砲弾のように二匹の敵の中央に拳を叩き付けた。


 海面下への打撃。


 海水表面からの衝撃を受け取った拳周辺の手甲が展開し、瞬時に更なる打撃を彼女が産み出した魔力と同時に放ち、海面が歪んだかと思えば、膨大な水柱が吹き上がる。


 その威力で跳ね上げられた【リヴァイアサン】と魚雷が己から弾け散って、内部の小型の蛸をばら撒こうとした瞬間。


 その上にノシッと何かが引っ付いた。


「クヲ」

「マヲ」


 少年の使い魔たる猫ズである。


 黒と白。


 二匹の首に付いていた小さな鈴付きの首輪が瞬時に解けたかと思うと細い網のように広がって内部に弾頭を捕獲する。


 しかし、内部から【リヴァイアサン】が己からすっぽ抜け、内部に大量に入っていた見えざる蛸の幼体が次々と編み目から擦り抜けようとして、フッと消える。


 己の能力ではない。

 純粋にその空間から消失したのだ。


 ベルの導線で編まれた網の中を通り抜けた蛸はポケット内で生物の非殺傷設定の解除によって、分子レベルで分解され、その後熱量を加えられて茹蛸になった後、乾燥までされてサラッサラになったのを確認後に原始変換で土塊。


 要は珪素にされて形を失った。


 そうして、魚雷内部から出てきた【リヴァイアサン】が狂ったように網を破壊しようとその触手を出鱈目に動いた時。


 2匹は離脱して海面へダイブ。


 海から上陸を果たそうとする敵は己の肉体を網に入った部分のみ分解されつつも強引に網を乱杭歯と触手で破壊し、脱出する事に成功した。


 しかし、後方から物凄い勢いでジェットスキーのように水飛沫を上げながら、海面を走って来る碧い稲妻のような少女が一人。


 一足一足の海面への蹴りが打撃として機能し、魔力を再補填されて、更に脚による打撃を強化して加速する。


『―――ッッッ!!!』


 詰まるところ、少女は力強く地面を破壊して走る限り、その強化に終わりは無く、水の上すらも強引に渡る事が可能であった。


 海面から一際大きく跳んだ少女の後方で莫大な白い飛沫が上がり。


 その両の拳が開かれて、二匹の胴体を掴んだ瞬間。


 魔力転化による熱量が猛烈に供給され、3000度近い炎が奔った。


 乱杭歯と触手で抵抗しようとしたが、熱量が肉体に供給される方が早い。


 全身の細胞が収縮し、丸まっていく己の肉体の性に抗えず。


 3秒で茹で上がった脅威達は10秒を待たずにカリカリに焼け上り発火。


 少女が海面への着水の衝撃で砕けるまでに芯まで黒焦げの炭となっていた。


 観艦式の行われている区画まで残り1kmという距離でようやく打撃を終えたハルティーナが海面の上に立つ猫達の尻尾に掴まって何とか顔を海上に出す。


 魔力の大半を使い果たした少女は打撃を使えば、まだ海面を歩けたが、この至近距離でわざわざお祭り中らしい人々に脅威を感じさせる事も無いだろうとの配慮であった。


 鎧の重さにも負けず必死に沈まぬようデリケート・ゾーンの圧迫に耐えてプルプルしている猫達がユックリと傍の海面が波打ったのを見て、ようやくかと顔を横に向ける。


 すると、縄梯子が何もない空間からカランと彼らの目の前に降りてきた。


『お疲れ様でした。ハルティーナさん。潜水艦内は完全に制圧。一度艦内に戻ってきて下さい。騎士達への警戒をするにしても、一度消耗を回復させましょう』


「はい」


 猫達に御礼を言ってから縄梯子を掴んだ少女が肩に猫達が載るのもそのままに梯子を昇って不可視化の結界の中へと入っていく。


 甲板に上がった彼女が見たのは戦闘用の部隊が百数十人。

 完全武装で外を目視で監視する姿であった。


 甲板は皮膜のせいでツルッツルなのだが、彼らのスーツの靴底にはハルティーナと同じく艦の外壁であるチタン合金とほぼ同じ組成のディミスリル皮膜合金の金属板が張り付けられており、表面から自然放散する魔力を吸収して同じく僅か浮きながら動魔術で位置を補正する術式が込められていた。


 要は浮かんでいる甲板の上で更にその魔力を使って魔術を用いて移動している状態である。


『騎士ハルティーナ。ご苦労様でした』


 米兵の女性が猫を両肩に乗せた少女を引っ張り上げる。

 これだけ派手に戦った手前。

 騎士の襲来は必然。


 少年と八木は海上の観艦式から離れ、ヒューリ達を迎える為にシエラ・ファウスト号を湾外に反転させようとした……その時だった。


 ―――『面白い素材だ』


 世界の何処かで声がして、世界の何処かで一つ選択肢が執られた。


 本日は快晴だったはずだが、急激に東京湾から東京二十三区、横浜、神奈川、千葉にまでも呑み込んで巨大な積乱雲が発生していく。


『?!!』


 魔力を感じられる者達の大半がその巨大な励起状態の飽和魔力の高まりを空に感じていた。


 地域一帯の大気が励起魔力の自然転化現象で熱量を帯び、上昇気流が発生。


 それが雲を喚び込んでいるのだ。


 東京湾を中心に海面気温が一気に上昇し、膨大な湿気を伴った風が竜巻のように逆巻くと次々に各地で異常気象を発生させ、猛烈な突風と高潮が吹き荒れ始めた。


『風速20mを突破!!? 皆さん!! 一度、艦内に退避して下さい!! ヒューリさん!! そちらにすぐ向かいます!!』


 少年が猛烈な強風に雨が混じり始める前に全員を回収するべく。

 ミサイルハッチの一部を開口。

 すぐに総員を退避させる。

 飛び込んでいく隊員達が次々に靴底の動魔術で無事に着地。

 艦内に全員が退避した事を確認してハッチが閉まった。


 急速に高まる暴風を前にもシエラ・ファウスト号は即座に反転し、数分もせずに猛烈な急制動を掛けながら海面に漂っていたそうりゅう型のハッチから顔を出していたヒューリを確認し、横付けした後にすぐ隊員達を回収。


 艦内に揃った彼らが一息吐く頃には東京上空の巨大な台風の如き低気圧は猛烈な速度で風速を高め、観艦式の会場は混乱の極みとなっていた。


 参加していた艦の殆ども巨大な低気圧から逃げるように湾外へと。


 最大船速で荒波の中を退避していく。

 だが、遅い。

 全てが遅過ぎる。


「ベルさん!!」


 CICに駆け込んだヒューリを一足先に来ていたハルティーナが出迎え、艦内に持ち込まれたタオルを渡す。


『ヒューリさん。無事で何よりです。今、この嵐の解析をしていますが、どうやら飽和した励起済み魔力が東京湾を中心にして半径200km圏内で猛烈な熱さを産んでるみたいです』


『200km……』


『今までの騎士達の比じゃない規模の現象を見る限り……恐らくは最後の大隊と関係がある人物による大規模災害だと思われます』


『こ、これが個人の魔力なんですか!?』


 少女が少年がCICの全包囲に映し出した外の景色を見て、相手が高位魔族クラスの存在である事をすぐに理解する。


『単一魔力形質による制御しない形での魔力励起……確認しましたが、魔導のライブラリに一つ該当する魔力形質がありました』


 少年が大陸標準言語の説明を映像として出力する。


『【世壊魔力エクシトゥム・マギシス】……【血族種ブラッディー】の王族クラスが用いる破壊行為に応じて自らの魔力を生み出し、世界を激変させる環境破壊型の魔力形質です』


 少年の言葉が終わるより先に東京湾上空に巨大な青空。


 いや、台風の目が開く。


 それは黒雲に覆われた世界に一瞬だけ明るさを取り戻したが、同時に絶望を植え付けるものでもあっただろう。


 巨大な青空の中心に何かが落ちて来ていた。

 半径500m級の巨大な黒球。

 ソレが励起済み魔力の塊。


 点火寸前の爆弾染みた代物だと分かれば、彼らの誰もが息を呑んだに違いない。


 当たり前だ。


 その量と密度から考えて、炸裂した瞬間に東京湾全域の海水が蒸発して、莫大な高圧蒸気が周辺に拡散……恐らく、どんな建物に隠れても無駄な熱量に東京、千葉、神奈川、他の関東圏全域の総人口は蒸し焼きになるのだから。


『八木さん。アレを受け止められる位置に行って下さい。何とかします』


『……信じさせてもらうぞ。騎士ベルディクト』


 シエラ・ファウスト号が急加速し、その炸裂地点に向かう。


『どうするつもりなんですか!? さ、さすがにあの量はこの艦じゃ受け止められませんよ!?』


 ヒューリには魔力が浸透し切った状態のシエラ・ファウスト号では魔力を吸収する前に融けるだろうことが容易に想像出来た。


『……一つだけアレを受け止める方法があります』

『ディミスリルを採掘して今から間に合いますか?』


 ハルティーナの言葉に少年が首を横に振る。


『高密度の魔力を吸収出来るDCディミスリル・クリスタルを今から生成しても量がまったく足りません。精錬済みのディミスリルじゃ、あの密度の魔力を吸収するのに時間が掛かり過ぎます』


『では?』


『リスティア様を囲っているディミスリル塊を使います』


『『!!?』』


 二人が思わず固まった。


『あのディミスリルは恐らくリスティア様から出力される魔力を全て吸収する為の代物です。ただ、魔力を吸収すると恐らく熱量を発する事から電力と機械で冷却を続けていた……』


『でも、外に出せませんよ!?』


『外に出せなくても誘導は可能です。ヒューリさん。ハルティーナさん』


 少年が少女達に小さな指輪を二つ見せた。


『お預かりしていたリスティア様の指輪お返しします。空間制御用のポケットの本体機能と汎用式の複製を入れておきました……』


『ベルさんッッ!?』


 思わずヒューリが怒鳴った。


『ちゃんと帰って来ます。でも、もしもの事はいつだって考えておかないとならない。ですから、どうか受け取って下さい。僕が今まで貯め込んできたノウハウは全て詰まってます。お二人にはまだ騎士の襲来に備えるという任務がある以上、此処で消耗させるわけにもいきません』


 二人の少女が忸怩たる思いでその指輪を見つめる。


『八木さん……もしもの時の判断はお任せします。どうか、二人を……』


『分かった。その願いは私の力の限りに必ず』


 八木が今、死地へと赴く者に向けて己の全霊を尽くすと誓う。


『お二人の装備は区画格納庫内に全て予備数セットも含めて準備しておいたので。戦う時は使って下さい……行ってきます」


 ヒューリとハルティーナの手を取って、その指輪を握らせた少年はニコリとしてからCICから急いで駆け出して行った。


『……無茶しないって、努力するって、言ったじゃないですか……』


 ヒューリが拳を握り締める。


 今、もしも少女が外に出て行けば、少年を護り切れるかもしれないが、消耗した身体では恐らく騎士を前にして敗北するだろう。


 そもそも格上の相手なのだ。


 それが同時に4体となれば、万全の上にも万全を期さねば、どうにもならない。


『ヒューリさん……いつでも飛び出せるようリスティア様の傍に……すぐにベル様を回収出来るよう用意する事まで止められたつもりはありません』


 その言葉にハッとした金糸の少女は自分よりも年下の碧い少女を前にコクリと頷く。


『私達には今、私達が出来る事を……戦闘準備です!!』


『はい!!』


 八木は止めなかった。


 そして、それに感謝した少女達が頭を下げて去っていく合間も彼がCICから離れる事は無かった。


「……はぁ……いつから、こんな嫌な大人になったんだ……子供に戦わせて……力が無い事がこれ程に恨めしいとは……」


 少年少女の決意を前に彼が出来る事など彼らが帰って来る船を無事でいられるよう操舵する事しか無かった。


(せめて、彼らの決意に報いなければ、自衛官である前に大人として、人間として……あの子達の前には立てんな……)


 無力とは時に罪である。


 そして、今多くを救えるのは日本を護ってきた自衛隊でも世界最強の軍隊を自称していた米軍でもない。


 男は一人。

 ただ一人。


 映像も途切れたCICで残った現在地と巨大な攻撃の落下予想時刻。


 数分を切ったカウンターを見つめる事しか出来なかった。

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