第72話「産まれ逝くならば」

 明け方よりも前。

 未だ薄暗い世界には静けさが戻りつつあった。


 島の内部からは霧が晴れており、東の空と海のの水平線には薄らと灯りの兆が弧を広げていた。


 生温かった風も今は涼し気に吹き。

 それは嵐の前の熱さと冷たさを思わせる。

 だが、それを映し出すのは巨大な艦の中枢。

 ミサイルハッチ下の巨大金属塊の表層であった。


 真夜中にようやく再び出会った二人の少女達は幽霊状態のリスティアに指導を受け、1時間程で正方形物体の周囲の内壁に魔術方陣を描き上げ、その中枢の通路を【秘儀文字アルカナ】で埋め尽くし、寝台を設置して、四肢の無い少年を寝かせていた。


 身体を清めて眠る事3時間。


 しっかりと魔術で強制的に眠った彼女達は全裸で上級士官用の2人部屋で起き上がり、恥ずかしさを感じている暇も無く。


 用意していた供物。


 少年の手足が入ったスーツの切れ端を二つずつ持って、互いの肉体にも方陣を描き、寝台の左右の通路から入って少年を横にして金属塊へと向かい合った。


 彼女達の身体は薄らと汗を掻いて瑞々しく湿っている。


 碧い髪と金色の髪。

 全裸に方陣を描き出したまま。


 彼女達は魔術で鍛造した粗末ながらも一度だけ使用する剃刀―――大陸東部では“神剃り”などと呼ばれ神事に用いる刃で互いの髪を僅か掌に一筋斬り落とし、互いの手に握らせた。


 金属塊―――正体不明のディミスリル合金がゆっくりと開いていく。


 組み合わせが無限にも思えるパズルのように先日とは違った開き方で艦の中央を完全に占拠する程に拡大したソレの中心部。


 下半身が埋め込まれた女が姿を顕した。


『……互いに乙女……未成熟ではあるが、愛いのう。ワシにもそんな頃があった……毛は……生えておらんようじゃな。この世界の人間はお主達くらいになれば生えるそうじゃが』


「ど、何処で得た知識ですか!?」


 ヒューリが思わず厳かな雰囲気をブチ壊す当人を睨む。


『ほほほ、ワシは大魔術師じゃぞ? この艦内にいた人間の精神を解析するなど、魔力さえあれば朝飯前よ。まぁ、そう怒るな。まだ時間はある。これもお主らに対する教導の一環じゃ』


「教導?」


 ハルティーナが訊ねる。


『これからする儀式はな。我々人類種にしか出来ぬものだ。この世界の人間とは違う我々にしかな……そして、それこそが我らが祖先達の選択でもあった』


「一体、どういう……ベルさんを救うのに必要な事なんですよね?」


「うむ」


 偉そうに元ミイラ婆がその豊満に過ぎる癖にまったく垂れない巨乳を強調するように腕を組んでから頷いた。


 それを見た少女達もさすがに女性も圧倒される威圧感に釘付けだ。


 彼女達の持っていたスーツの切れ端が四つ虚空に浮かんで小さな4つの方陣の内部へと納められ、光の塊に呑み込まれていく。


『ふふ? そうワシに見惚れている暇はないぞ? これからが本番じゃからな』


 少女達とてその身体は瑞々しく。


 ヒューリは王家という事で大事に育てられた事が伺える肌には目元の傷跡一つ以外、まったく瑕疵もなく健康的で瑞々しい。


 女性的な肢体は臀部も胸部もそれなりにふくよかで“少女”から“女”へと向かう様子が分かる。


 裸体は描き込まれた血化粧で艶やかを通り越して神々しくすらあった。


 ハルティーナもまた引き締められた体躯は女性的な膨らみこそかなり薄いものの、その頑健さの割りには筋肉は見えず。


 只管、臀部と胸部以外から脂肪が削ぎ落された裸体はしなやかの一言に尽きる。


 無駄のない人体。

 男の無骨さも無く。


 しかし、女性というよりも人間として完成された美はヒューリよりも肌の色が濃い分、人間味……いや、人の美しさを示すかのようだった。


 2人の桜色の膨らみは今や儀式を前にした決意と普通であり得ない状況に鼓動の速さに僅か震えては空気の中で張りを保ち。


 その開放感からか、湿って熱くなり始めた身体の太ももには僅か汗が流れ落ちる。

 対照的な体付きの二人。


 しかし、同時に彼女達は母として……母体として申し分ない存在である事をリスティアも感じ取っていた。


『まず始めにこの使い魔の創造の儀式術じゃが、異種の血が流れぬ種族には不可能じゃ。魔力とは大陸に数十億年の覇を唱えておった古き始祖の異種達と人間の混血によって人類種が手に入れた力なのじゃ。そして、使い魔の創造とは一種の血統の合理化手段でな』


「血統の合理化?」


『つまり、使い魔という名じゃが、立派な命だという事じゃ。それを産む為により魔力が強い始祖への先祖返りを促して、ソレを母体として術式に込める血肉の情報を書き込んで、魔術的に優れた生命として誕生させる。お前さんらの卵を使う以上は我が子と同等じゃ』


「「……はい」」


『覚悟は出来ておるという事か。ならば、良し……本来ならば、おのこの精を使うところじゃが、血肉と骨がある以上は構わん。構成の基礎となる母体はお主らじゃが、もう“来て”おるな?』


「「はい」」


『よろしい。本来なら男女の交わりくらいさせてやりたいところではあるが、時間も無い。ワシの前に』


 2人が同時に彼女の傍に歩み寄る。


 未だ霜が降りた彼女の肉体には煌々と刻印が輝いていた。


『今からお主らの胎にワシが組んだ術式を刻印する。そして、そこに初めて入れるのは……そのおのこの血肉から抽出した情報となる』


 リスティアの両手の上に膨大な情報が光の筋となって繭を形作り、二人の少女の未成熟な胎の上に押し当てられた。


 瞬間、彼女達が壮絶な衝撃。

 痛みでも熱さでもない。


 そう、魂に響くかのような背筋を完全に焼く衝動のようなものに支配されて棒立ちとなる。


「―――ぁ」

「―――くぅ」


 僅かな声しか出ない。


 だが、それでも彼女達はダラダラと下たる全身の汗にも構わず前を向き続けた。


『二度と胎が使えなくなるというのはな? 先祖返りした個体の能力が強過ぎて肉体が猛烈な負荷に襲われる可能性が高いからなんじゃ』


 スッと両手が少女達の腹部から離れた瞬間。


 彼女達の全身に描いていた方陣がリスティアと同じように煌々と輝き出し、血化粧ではなく魔力の通った本当の方陣へと編み上げられた。


 その下腹部直上の皮膚がまるで黄金のよう染まりながら、肉体全体へと浸食を開始し、方陣と絡み合いながら最後には瞬間的に肉体中の血管という血管に食い込むかのように内部へと沈んでいった。


 しかし、先程とはまた違う金色とも炎とも付かぬ二つの百合の花が絡み合い。


 まるで、下着の象形にも思えるような女性の象徴を感じさせる刻印が下腹部を覆い尽していく。


 肩で息をする彼女達はもうすっかりと汗で全身を濡らしていた。


 首筋から鎖骨に掛けて流れ落ちた汗が僅か朱に色づいた玉の肌を流れ落ち、肩が震える様子はその場に雄という雄がいれば、押し倒すのに十分な理由だろう。


『ワシのこの術式は大陸中央南部の魔術大家の一人。血統の合理化を進めようとしておった男に教えて貰った代物でな。当時の最先端。もしかしたら、もう遺失しているかもしれん術式じゃ。従来よりは良心的じゃが、一つ問題がある』


「問、題?」


 何とかヒューリが落ちそうになる意識を鋼の意志力で保って訊ねる。


『男女の交わりが要らん!! 実にナンセンス!! もっとこう!! くんずほぐれつしてもいいじゃろ!? ワシが使い魔産む時はめっちゃあの屑野郎との間に期待しておったのに!! 要らないなら、構わないだろって!! 馬鹿か!!? 雰囲気とかあるじゃろ!! ワシはなぁ!! やっぱ、使い魔とか言いながら子供創るなら、少しくらい愛が欲しかったんじゃ!!』


 突如として激怒した女が眉間に皺を寄せる。


『くぅ!? 今、思い出しても胎が立つ!! あの魔王!! やっぱり近親相姦は一番好きなヤツに悪い気がするとか言い出しよって!! 祖父とか孫とか関係ないじゃろ!! したかったらすりゃいいんじゃ!!』


「あ、あの!?」


『人類種と魔術師の歴史は血を濃くする家族婚の歴史じゃぞ!? 異種に近付いて強い力を得て、生活を安定させるのがスタンダードじゃろ!? そもそも普通の動物と違って、血が濃くなっても何ら人類種困らんじゃろ!? そんな軟な種なら、大陸で最強クラスの超越者なんて排出しとらんし、他の生物みたいに劣性遺伝とか出るわけでもないんじゃぞ!?』


「そ、その!?」


『運命に愛されし、神すら産む愛の使者たる我ら人類種に喧嘩を売るとか片腹痛いんじゃ!! あのクソ魔族!!』


「ええと……」


 ヒューリが唖然としたハルティーナを横に激高するリスティアに声を何度か掛け、ハァハァしながらも何とか自分を落ち着けた彼女が真顔に戻った。


『うむ。ワシの愚痴はこれくらいにしておこう。取り敢えず、ヤル事をヤルのは今後でも構わん。時間も無いので接吻で我慢しておこう。口じゃぞ? これはワシが絶対外せない点じゃ。あ、そろそろ良い頃じゃな。もう一度胎を見せい』


 ケロッとした顔になったリスティアが驚いている彼女達が何とか言われた通りにすると、虚空の方陣の中央に保持されていた光の玉を己の両手に集めて、其々2つを1つにして同時に少女達の下腹部に押し込んだ。


「「ッッッ―――」」


 ズグン。


 下腹部に巨大な心臓を埋め込まれたような全身の血流が震えるような衝撃に彼女達が同時に膝を付いた。


『うむ。後はあのおのこに接吻して終了じゃ。3分もあれば、余裕で産まれようぞ。あ、形は選べんが、グロかったらワシがお主らの胎内なかで形成しておくので問題は無いのじゃ。ワシの造形美を信じるとよい。これでもワシ、昔は美術関係の術師だったんじゃ。神の意匠とか組むのう』


 もう彼女達のどちらもそんな声は聞こえていなかった。


 激しく繰り返し眩暈が襲って来る。


 しかし、確かにその度に自分の中で何かが大きくなっていくのが感じられていた。


(―――ベルさん)

(―――ベル様)


 2人がよろよろとした足取りで全裸に治癒術式を掛ける魔力電池と魔術具のネックレスを掛け、シーツ一枚に身を包んだ少年の横に何とか到達する。


「……助け、ますからね……」

「必ず、御護り、します……」


 汗を浮かべ、今やゆっくりと膨れていく胎を抱えて、少女達が互い違いに少年の唇に汗を浮かべた顔で僅かに唇を湿らせながら、口を開き……唇から奥へと舌を絡ませる。


 どちらが先だったか。

 そんなのは彼女達もすぐに忘れてしまった。

 ただ、貪るように激しく。


 しかし、やがて、二人の唇と熱い吐息が唾液に塗れながらも恍惚としながらも苦し気な色に塗り替えられ、同時に少年の寝台に倒れ込む。


「「ッッッ」」


 悶えながらも何とか少年に身を寄せて、その胸元に手を重ねた少女達は遠のいていく意識の最中、リスティアの声を聞いた。


『まぁ、は大丈夫じゃから安心せい。魔術的に取り出すのでな。あ、後産も要らんぞ。魔術的な生命体であって、胎盤使わんからのう。ああ、そう言えば、一番大事な事言ってなかったのじゃ』


 ちょっと、ヒートアップし過ぎちゃったかなぁという顔で元ミイラ美女がケロリとしてこう言った。


『リスクはワシが引き受けよう。お主らは死なんよ……ワシに感謝しながら生きてゆけよ? 若人達……まぁ、オマケの人生じゃったが、中々愉しめた……もしまた起きる事が有れば、おのこの初めてを貰おうかのう。かかか―――』


 世界が闇に閉ざされるより先に彼女達は己の中に渦巻く死の空白。


 それを誰かが大切そうに抱えて、消えていくのを目にしたのだった。


 ―――何時間経ったものか。


 少女達が目覚めた時、彼女達は未だ生きていた。


 しかし、己の安全よりも先に確認したのは傍の少年の鼓動であった事は二人にとって当然の事だったに違いない。


「ベルさんの腕が―――」

「はいッ!? 途中まで治ってます!!」


 ポロポロと二人が涙する。

 その雫が幾度か少年の顔を濡らして。

 しかし、すぐに二人が気付く。

 自分達のすぐ傍。

 鋼の中に下半身を埋めていた美女が項垂れていた。


「リスティア様!?」


 ヒューリとハルティーナが慌てて彼女を抱き起す。


 その身体にはまだ温かみがあった。


 しかし、先程まで感じられていたはずの魔力が一切感じられなかった。


 冷え切ったように金属塊も沈黙し、最初のような金属臭を放っている。


「これ……」


 ヒューリが気付いた。


 リスティアの胸の中心にはヒューリとハルティーナの髪の色をした二つの小石を勾玉のように合わせたものが埋め込まれていた。


「他者の状態を引き受ける生贄魔術サクリファイス系統の―――リスティア様……貴女、最初から……」


 ヒューリが項垂れる。


「ヒューリさん。リスティア様は……」


 泣きそうな顔を我慢したハルティーナが訊ねる。


「魔力が途絶えていても生きている。でも、魂魄が……私達のリスクを全部、受け止めたんです。きっと……肉体は膨大な魔力のせいで辛うじて……でも、それを発生させる魂が……」


「そんな……じゃあ、リスティア様は我々を……」


「今は止めましょう。まだ、危機は過ぎ去ってません。ベルさんには悪いですが、早く治癒させて行動を始めないと全部が間に合わなくなります」


「は、はい!! 悲しむのは後にします!! 今はベル様と皆さんを!!」


「今の時刻は……ええと、2時間ちょっと……もう夜明けみたいです。でも、これなら間に合うかもしれないッ!!」


 ヒューリとハルティーナが一端、少年に防護魔術を掛けてから部屋に戻ろうとしてふと気付く。


 自分達を見る視線が二つ。


「「(じ~~~)」」


 振り返った彼女達が見たのはリスティアの金属塊の梁に座って尻尾をユラユラと仲良く同調させている白猫と黒猫であった。


「マヲー?」

「クヲー?」


 ナニカを訊ねられている。


 生憎と猫語は話せない彼女達にも自分と猫達の繋がりが意識出来た。


 ポウッと少女達の下腹部に百合の紋が僅かに浮かび上がる。


「貴女が私の産んだベルさんの使い魔、ですか?」


 黒猫がヒョイと少年の寝台の横に付けた。


「マヲー」


 そうだよーと言わんばかりにその猫らしからぬ声が鳴く。


「貴女がベル様とじ、自分の使い魔なのでしょうか?」


「クヲー」


 そうだよーと言わんばかりにその猫らしからぬ声が同じように寝台横へ着地した白猫から響く。


「ね、猫型で良かったですね」

「は、はい。リスティア様のおかげ、なのでしょう」


 二人がホッとしたように息を吐いて、主である少年を見守っているようにと言い付け、部屋に着替えを取りに行った。


 それを見送った二匹の猫が小首を傾げる。


「マヲー?」

「クヲー!!」


 何かを会話する二匹はしかし、少年を一別してから、互いに溜息を吐いた後。


 まだ、息はしているほぼ死体に過ぎない美女。


 己達を最後に産み出した女をキロリと見てから、何やら二匹で合唱し始めた。


「マママ・マヲ・マ♪」

「クヲヲヲ・ククヲ♪」


 何をしているものか。


 主たる少年にも生みの親たる少女達にも知られず。


 二匹の合唱が終わる頃。


 彼女達が急いで戻って来た時には金属塊は再び閉じて、その中身を顕わにせず。


 少年は両腕が手首まである状態で猫達を抱いてペロペロと頬を左右から嘗められていたのだった。


「あ、ヒューリさん。ハルティーナさん。おはようございます」


 少女達の感想は同じであった。


「馬鹿ッ!! ベルさんの馬鹿!!? 心配したんですよ!!?」

「そうです!! コレ以上心配を掛けさせないで下さい!!」

「ええぇ?!! あ、あの!? ご、ごめんなさい……」


 困惑しつつもやっぱり謝ってしまう少年に泣きそう笑顔で二人の少女は抱き着かざるを得なかった。


 こうして、嘆いても泣いてもいられない世界の命運を掛けた1日が始まる。


「マヲー?」

「クヲヲ?」


 それを見ていた黒白の猫ズはやはり彼ら人間達を見て何かを相談、会話しているのだった。

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