第66話「厚い雲の下でⅡ」

 最も重傷者達から近い浅瀬からボートで上陸した部隊を見送って、少年達は本島の港湾設備が集中する一角へ3人で向かう事となっていた。


 潜水艦内の重傷者達には介助者と護衛を付けて、残った動ける部隊は重傷者を搬送する退路の確保が任された。


 更に何とかまだ戦闘以外は出来るという体力を消耗した部隊にも少年が採掘用の設備……いつもの導線を陸上で引いてもらうという仕事が残っており、彼らの周囲を更に鳥と船型のゴーレムが警戒。


 艦に積み込んでいたディミスリルや物資をポケットに満杯近くまで積んで、自衛官と米兵の持っていた重火器の殆どを皮膜合金で超軽量化してチューニングし、渡した少年はハルティーナの先行で海岸沿いの道を自転車で移動していた。


 まだ、ゾンビがいるかもしれないという静穏性を考えての事だ。


 元々、自転車そのものは作れたのだが、大半はキャンピングカーで移動していた為、造る機会が無かったのである。


 大陸中央ではこの乗り物が近頃は極めて大量に出回っており、乗りこなす事は誰にでも可能だ。


 まぁ、バランス感覚が無い人間の為に補助用の身体制御術式などがあり、魔導の遊戯覧の情報として登録されていたりもした為、少しも乗った事の無い少年も安心である。


「ベル様。この装甲とても軽くて動き易いです」


 ハルティーナがいつもの両腕両脚を覆う巨大な装甲とは少し色が違う。


 青み掛かった碧い装甲に付いての感想を告げる。


「装甲の強度は少し落ちますけど、動きを重視した代物なんですよ。大きな一撃を撃った後でも回避運動が出来るようにと思って試作してたんです。クローディオさんの装甲に使う用の新素材で……良かった……」


 ホッとした顔の少年の脳裏にあるのは毎回毎回突出して出撃する度に意識を失ったり、大火傷を負ったりしている少女の姿。


 ハルティーナはそれを言われずとも何となく理解し、己の未熟を内心で恥じた。


「ベルさん!! 見えてきましたよ。あの大きな灰色の建物じゃないですか?」


「そう、みたいですね」


 少年が海岸線沿いの道の先に巨大なドックを確認して地図でも一致した場所だと頷く。


「鳥型を先行させます」


 次々に彼らを飛び越した翼が施設の周囲を回りながら入口が無いか。


 ゾンビがいないかを監視する。


「どうやら、入口は閉ざされてるようです。窓もありません。従業員用の建屋の方は……荒れてますが、内部に動体反応無し。周囲にゾンビの影も無し。大丈夫みたいです」


 ようやく道の先。

 錆びれた検問所が見えて来る。


 自転車をそのまま乗り捨てて、身体強化で門を飛び越えた三人がドックの側面にある鋼鉄製のドアを見た。


「駐屯地の人達も此処は開けられないんだそうです。重要機密が置かれた施設だとかで。本国の亡命政権の偉い人のコードが無いと開かないんだとか」


「関係ありませんよね?」


「ええ、あんまり泥棒みたいな真似はしたくないんですけど、今は緊急事態ですから」


 少年が扉に手を付く。

 魔導方陣が壁際に展開。


 更に未だ水力発電でエネルギーを得ているらしい施設内の構造を次々に脳裏で丸裸にしていく。


「………地表部分の掌握は完了しました。錬金技能で各セキュリティーの回線を切断し、ダウンさせます。ルート構築も完了。最短で船のある中央に行けます」


「さすがベルさん!!」

「そ、それは出来れば控えてくれないかなぁと」

「さすベル!!」

「ごめんなさい。お願いします。止めて下さい」


 ヒューリに何とか苦笑いで頼み込んだ少年が頷く。

 ハルティーナが扉を開いた。


 ピシュッと内圧が高い事を示すように音がして、風が吹き出してくる内部へと三人が踏み込む。


 扉を一応は閉めてから、ベルのナビゲートに沿って三人が外殻施設を遠回りするようなルートで内部の中心地であるドックへと向かう。


「何だか凄い曲がってますね」


「物理的な距離を稼がせる通路なんだと思います。壁には色々と埋まってて、あんまり崩すと内部の機材が使えなくなるかもしれません」


「ショートカットは不可能なんですね」

「はい。あ、そろそろですよ」


 こうして数百m程、壁の内部を走った彼らが最後の扉を開いた時。


 自動で点灯していくドック内の灯りの下。


「―――大きい」


「凄い、船ですね。こんなの七教会の空飛ぶヤツを見た時以来かもしれません。あれより3分の1以下くらい小さいですけど」


「こんなものが海の中を……」


 厳然たる巨大さは180m近い。

 全幅も23mはあるだろう。


 黒光りする艦は巨大なレールの上に止められた大きな床の上にのせられていて、それを複数の金属アームが壁際から伸びて固定しているようだった


 少年が傍まで行って、長大な側面に手を付けて魔導方陣を展開。

 解析を開始する。


「武装無し、配管はそのまま。電子機器が幾つか……それに通電してる?」


 少年がよく見れば、上空の入り口付近に大きなケーブルが入れられているのを確認した。


「何を動かして……?……」

「どうかしたんですか? ベルさん」


「この船、動力源は積んでませんが、内部の電子機器が生きてて、何か電力を消費する事をしてます」


「分からないんですか?」


「その……魔力が通らない部分があって、電子機器が繋がってる先の隔壁を解析してるんですけど……もしかしたら、戦線都市由来のテクノロジーが使われてるのかもしれません」


「それって……」

「はい。魔力を用いた何かがある、かもしれません」

「隔壁の位置は?」

「中央の元々誘導兵器が入ってた場所みたいです」

「行ってみましょう」


 ヒューリの言葉にベルが頷き。


 全員が魔力を運動エネルギーに転化する原始的な動魔術で入口まで到達。


 魔術の不得意なハルティーナの手を取って、少年が安定させた後。


 ヒューリにちょっとむくれられながら、入口から内部への梯子を下りていく。


「艦内は配管だらけなんですね……」


 ヒューリが魔術の灯りを灯しながら、見回してそう呟く。


「こちらです。ハルティーナさん」

「はい。付いて来て下さい」


 ベルが魔導で出した潜行する光の玉が虚空を進み。


 ハルティーナがそれに続いた。


 後ろを付いていく二人だが、ハッチから続く電源もまたそちらの方向に向かっている事が分かるだろう。


 そうして延々と船首へと歩いた彼らが途中で巨大な伽藍堂にブチ当たる。


「大きい倉庫ですね?」


「いえ、これは倉庫じゃなくて、大陸を跨ぐような距離を飛ぶ誘導兵器の射出用の保管場所らしいです」


「ベル様。中央のアレ、ですか?」


 ハルティーナが光が照らし出した先にあるミサイルハッチの下を貫通する巨大な正方形の壁らしきものを指差す。


 巨大な船内において尚圧迫感を放つソレは周囲の構造材が黒く塗り込めた要塞の壁のようであるのとは反比例して確かに血に塗れたような剣を思わせ、血臭か金属臭とでも言うべきものを放っている。


 色合いもまた単純な暗色とは違って虚ろな黒い空に星を一つ二つ鏤めたような僅か表面の反射に違いのある鉱石染みていた。


 触れた瞬間に吸い込まれそうな……いや、喰われそうな、と言うべきだろう寒々しく本能が忌避する光は人間を寄せ付けない迫力があった。


「行きましょう。入口は恐らく反対側です」


 船主側にある艦の左右を渡る通路は棒線のように元々はミサイルサイロだったのだろう場所を区切るように渡っており、その一つがその正方形のソレと接していた。


 左から歩き出し、周囲の罠などに警戒しながらハルティーナを先頭にして進んだ彼らは正方形の壁と接する通路の真正面。


 確かに扉というよりも正方形の金属の表面穿たれたと言うべきだろう人一人が余裕で通れそうな穴を見付ける。


 その先にはもう一つ扉が有り、少年がハルティーナを伴って其処まで到達し、手を直接その中央へと付けて魔導を展開した。


 刹那、ゴウンと僅かに正方形が震えた。

 それは地震、などではない。


 確かに退路を確保していたヒューリはソレが震えるのを見たのだ。


「ベルさん!?」

「だ、大丈夫です!! ちょっと、魔力を吸われただけで!!」

「魔力を!? もしかして、この大きな正方形って!!?」


「はい。ディミスリルの類だと思います。でも、こんなに吸われたのは初めてかもしれません」


「え?」


「僕が今日まで使ってきた魔力の半分くらい吸われたかも……」


「だ、大丈夫なんですか!?」


「はい。扉の開閉条件なのかもしれませんね。今、解析が完了しました。魔力充填が完了したディミスリルは魔導でも解析可能です……中心に空間を確認……引き込まれた電力はどうやらコレを冷やす為に使われてたみたいです……内部に高熱源反応―――開きます!!」


 ハルティーナが咄嗟にベルを片腕で抱いてヒューリの傍まで飛ぶ。


 ベルの魔導が艦内の光源を更に上空に増やした。

 その光の下。


 カチャカチャと何かが組み変わるような音と共にディミスリルらしき何かが左右に開いていく。


 複雑に変形し、壁と天井こそ破壊しないが、そこまで柱や梁のようなものが突き出してまるで樹木が伸びたかのようにも見える程に大きく展開された。


 内部から白煙が上がる。

 その靄が晴れると。


 三人の目に入ったのは箱内部に置かれていた冷却装置らしき複数の円筒形の細長い缶とその下に続くケーブルの群れ。


「………ん? 何じゃぁ此処? 大天領じゃ……ないようじゃが……」


 霜の降りた身体を震わせ、顔を拭ったのは鉱物に半分以上埋め込まれていた老婆だった。


「「「(呆然)」」」


 そして、三人が呆然とするのは老婆が全裸だったからだ。


 しかし、その皺くちゃの全身にはまるで凍り付いているのが嘘のように湯気を上げる刻印のようなものが大量に奔り、老婆の全身をまるでボディーペイントでもするかのように脈動し、煌々と熱量を放ち続けている。


「ん~~~お~~~お~~そこのお主。ガリオスの血筋か?」


 まるで黒い魔女。


 老婆が霜を落しながら白い虹彩と赤い眼球でヒューリを見る。


「え!? わ、私ですか!?」

「そうそう。今は何年じゃ」


「い、今!? た、大陸の新暦だと二十と数年くらいですけど」


「新暦ぃ~? まさか、暦が変わったのか。ぁ~~じゃあ、もうガリオス興国騎士団やあいつら生きとらんのかぁ~~ぁ~~あいつの正当後継は……あの馬鹿の血筋もすっかり人間か……仕方ないのう」


「ぁ、あの~~どちらさまでしょうか? ガリオスの事、知ってるんですか?」


 ヒューリが老婆にそっと訊ねる。


「ぉ~~知っとるとも。ガリオス建国したのは半分ワシじゃからな」


「え?」

「ん?」


 2人が同時に固まった。

 どうやら二人の間には何か因縁があるらしい。


「お主、王家の血筋なら、ワシの事知っとらんか?」


「ぇ、ぇえと……ガリオスの建国記に魔女の方は出て無かったかと……」


 老婆が微妙に目を細めた。


「オイ。ガリオスの初代の王の名前は?」


「リスパリラ・ガリオスと初代は最初に名乗っていたと……」


「……そいつの建国記でほら出てないか? こう、翼とか持って戦う戦乙女的な感じに吟遊詩人が美談を紡ぐような良い女の話じゃ」


「す、すみません。寡聞にして存じ上げません。いえ、ちゃんと歴史は王家の書庫で習いました!! 習いましたけど……」


「まぁ、良いか。どうせまだどっかで生きとるじゃろ。ぶち殺す……」


 ゴッと老婆の刻印が燃え上がった。


「ちょ、ちょ~~っと待ってください!! 今、今、凄く私達急いでるんです!! そのもしガリオスに関係している方なら今の状況をお聞きになってからでも遅くないんじゃないかと!!」


 ヒューリが何とか押し留めようと声を掛け。


「ふぅむ( |ω| ) 良いぞ。話してみよ。小娘」


 老婆が落ち付いた様子で訊ねる。


「え、ええとですね……」


 それから20分程、説明タイムが入った。


「ん~~~此処はワシが封印されたガリオスどころか大陸ですら無いのか。で、お前らは善導騎士団の連中、と。確かにワシが起きとるのに大天領の気配もせんし、アルヴィッツの天界との門も反応しとらんな」


 老婆が腕を組んだ。

 その姿はかなり漢らしい。


「それで、その実際……初代とはどういうご関係ですか?」


「ワシはアルヴィッツ王家、中興の祖と言われた女王の孫じゃよ」


「アルヴィッツ王家の?」

「お前のところ親戚じゃろ? アルヴィッツと」

「え、は、はい。確かにそうですけど……」


「ワシはお主のご先祖であるワシの祖父の血が強くてなぁ。王家にいると面倒事になるとあいつが死を偽装してワシも旅に出たんじゃ。また、適当に王家起すから手伝えって言われてのう」


「え、え? そ、その……もしかして私と血が繋がっている方、ですか?」


「お主の祖はワシの祖父じゃ」


「―――え、ええと、衝撃的な事実は後回しで。とりあえず、今の状況を整理するとですね」


 ヒューリが今まで自分に起こった出来事と現在のガリオスの状況を告げる。


「つまり、ワシは異世界の船の中で何故か、この妙なミスリルに囚われている、と」


「は、はい……」


「15年前のアンデッドの発生。魔力を使う異世界の大国の為れの果て。そこに残された船、か……うん。まったく、分からんな」


 老婆がニッコリしてから、妙に魔力の籠った拳を自分の下半身が埋まるディミスリルに打ち込もうと振り上げる。


「ちょぉおおおっと待って下さい!! 今、此処でこの船が壊れちゃうと困るんです!! 今から向かう国に到達するまで少しお待ち下されば!! ちゃんとした方法をお探ししますから!!」


「ふむ。子孫とはいえ、従兄弟的な関係じゃしのう」


 老婆がチラリとベルを見やる。


「分かった。ワシも先達として先の子らに迷惑は掛けん。少し待ってやろうぞ。じゃが、そこのおのこをワシの傍へ」


「え、ベ、ベルさんですか?」


「うむ。変わった魔力じゃが、たっぷり補給しつつ、おのこを愛でるのはいつやってもよい(*|▽|*)」


 老婆はほんわか笑顔だ。


「ベ、ベルさんはさっき物凄く魔力を吸われて疲れているのでお、お断りします!?」


「よし。やっぱり、コレ壊すのじゃ(暴論)」

「わ、分かりました!! 魔力ならお渡ししますから」


 少年が大丈夫とヒューリに笑い掛けてから老婆の傍に行く。


「ほう? 良い度胸をしておる……お主の名を訊ねておこう」


 キロリとお茶目な枯れ木のような老婆が真面目な顔で訊ねる。


「ベルディクト・バーン」


「ベルディクト? どっかで聞いたような? まぁ、いいか。ワシの心臓に火を入れる程の魔力を注いで尚平然としているお主は自生種アウトゲネス基幹異種バルバロスの天使か、あるいは超大な概念魔力の持ち主でしかあり得ぬわけだが……何者じゃ?」


「ちょっと、色々あるただの魔導師です」

「ちょっと、色々か?」

「はい。色々です」


「ははは、まぁいい。全て後回しにしておこう。ワシはしばらく寝る。その合間にワシを迎える準備をせよ……それがお主への注文じゃ」


「分かりました。お名前を伺ってもいいですか?」

「ワシか? ワシの名は……」


 ズギュウゥウゥウウン、と。


「「?!!」」


 ヒューリとハルティーナが後ろに擬音でも出ていそうな顔で同時に固まった。


 少年の唇が奪われ、老婆の身体がまるで水を得た干物のようにカラカラな皮膚が瑞々しく色を取り戻していく。


 その顔がヒューリに似ていると感じたのは少年だけではないだろう。


 金糸の長髪や眉がほぼ髪が抜けていた頭部から噴き出し。


 濁っていた瞳が白と赤の瞳が、藍色に煌く。

 それと同時にゴゴゴゴッと。

 展開されていた金属が音を立てて変形。

 先程とは反対にゆっくりと閉じ始めた。


「ベルさん!?」

「ベル様!!」


「ワシの名はリスティア。リスティア・アルジェント・アルヴィッツ……魔王の血を引く者にして大門と大天領の頚城を継ぐ者」


「ま、おう? それに頚城って……」


「覚えておけよ? 死の匂いを連れた童……お前の全てを奪う者の名じゃ」


 10代から20代くらいの絶対的なJカップ。


 余裕で120cm以上の豊満過ぎる胸部を誇示した女はクスリと甘く微笑んで少年にソレを押し付け、ガシッと襟首を引っ掴んだ。


「では、また会おう」


 投げられた少年が宙を飛ぶ。


 そして、ガチンと最初とは打って変わって何か紅の宇宙、そのように染め上がった正方形が閉じた。


 最初の金属臭のようなものはもう無く。

 周囲の空気が一気にカラッとした。


 最後にバチリと下方から金属塊に繋がっていたケーブルが弾け切れる。


「い、一体、何だったんでしょうか?」


「分かりません。とにかく、もう大丈夫そうなので、さっそく色々させてもらいますね」


「大丈夫ですか? ベルさん……物凄く魔力を吸われたんじゃ……」


「基本的に魔力は無限なので、吸われた時にちょっとフラッとしただけですから」


「何か異変があったら、すぐに教えて下さいね。うぅ、ベルさん……後でしっかり洗いますから……」


 ヒューリが呆然としつつも……ちょっと涙目で少年の唇をゴシゴシ袖で拭ってから恨めしそうに金属塊を睨むのだった。


 *


 三分潜水艦クッキング。


 ―――下拵え1。


 大量のディミスリルをオイルに混ぜた代物で艦内外を綺麗に皮膜して5分間待ちます。


 ―――下拵え2。


 船の構造材質の変化を確認します。


 ―――下拵え3。


 艦内部の配管を確認後、推進用スクリューに動力を伝達するシャフトの機関部をディミスリルに蓄えた魔力の運動エネルギー転化で回るか確認します。


 ―――下拵え4。


 艦の気密性を確認後、内部の配管の足りない部分を下水処理、空調設備の部分のみ確認してゴーレムに溶接用の術式を組み込んでパーツを生産して取り付けます。


 ―――下拵え5。


 バラストタンクなどのタンク類を動かせるか確認します。


 ―――下拵え6。


 艦内機材への電力供給を全て魔力電池の電気エネルギーへの転化によって賄い、その際はどのくらいの電流で動くか確認します(重要)。


 ―――下拵え7。


 取り敢えず、進んで沈んで浮上して沢山乗れれば、他の事は全てまるっと後回しにします。


 ―――調理。


 魔導で各魔力電池と術師をオンライン状態にします。


「か、完成しました!!」

「わ、割りと早かったですね……」

「ベル様。凄いです……ええと、こういう時は……すごベル?」

「あ、それは無しの方向で出来れば……」


 謎のミイラみたいな老婆がピッチピチ(死語)になってから30分後。


 少年はその莫大な質量を誇る船を取り敢えず動くようには出来ていた。


 ただし、全ての兵装無し。

 居住環境0で空調と下水の設備以外は何も無し。


 大量の魔力電池化したディミスリルを分解して限界まで船を皮膜化した後、それを魔導で艦内外から剥離させて回収し、再魔力電池化して推進機関と動力、電力設備に転用。


 電力を生み出す機関部は配管や電線が所々寸断されている為、各所に魔力電池を置いて、動力電力供給をその設備の場所で賄った形である。


 その全ての制御が少年の魔導任せであり、実質的には中身の無い空っぽな船を辛うじて動くように出来た程度であった。


「取り敢えず、音響探査用に装甲を全方位にペタペタ張ってますから、前のと同じ感覚で動かせるかと」


「何か手作り感溢れてますね……いえ、勿論凄いですけど。ベルさんが言うと小物作ってるみたいに聞こえるので……」


「あはは……とにかく、八木さんに連絡しましょう」


 三人がまた長い通路を抜けて外に出た後。

 持たされていた軍用無線のスイッチを入れる。


『こちら潜水艦の準備完了しました。八木さん応答願います』


『こちら八木一佐。重傷者の収容は完了した。他の部隊も任務を終えた直後だ』


『船の設備やドックに詳しい方をお願いします。辛うじて動くだけの状態にしましたが、それだけなので設備を動かせないと海洋に出られません』


『了解した。先程聞き取りした際に何人かいた。すぐ向かわせる』


『艦への乗船はどうしますか?』


『魔術で移送出来るのならば、陸にいる内がいいだろう。海洋で襲われたら一溜りもない』


『分かりました。では、重傷者は地上用のゴーレムに運んで貰いましょう』


『こちらの船はどうする?』


『ああ、全員が下船したら資源可してこちらに回すので大丈夫です』


『そうか。分かった。では、これより部隊を編成し、そちらに向かう』


 八木の無線が切れた後。


 ゴーレム達に護衛されながら重軽症者達がいつものベルさんゴーレムに担架毎持たれて運ばれ始めた。


 まだ無事な隊員達も八木から帰された重火器を手にゾロゾロと進み始める。


 自転車でならば10分程度だったが、徒歩ならば負傷者込みで1時間というところだろう。


『うぅ、また移動か……』

『頑張れ。次の潜水艦で本国まで帰れるって話だ』

『いや、あの船は……』

『蘇らせたらしい。あの子供達が……』

『一体、彼らは何者なんだ……』


『もしかしたら、ゾンビだらけの世界を救ってくれる騎士様かもな』


『あの恰好……ギーク連中が好きそうだ』

『はは、違いない』


 少年は待つ間にも次々と艦内の配管が剥き出しの床やら壁やらを隊員達に設置させた導線を起動して、地表内部を掘削しつつ、元素を精錬、次々に質量を原子変換しつつ、解析済みの元々の構造材に合わせてパーツを生産。


 それを艦内に残しておいたゴーレムを増やしつつ、術式で溶接させて張らせてという作業を延々と繰り返していく。


 座禅スタイルで扉の横で目を閉じた少年は静かだ。


(整備用ゴーレム30体追加。極力小さくしてパーツを運んで溶接……単純な熱処理だけなら5時間もあれば、艦内のパーツは……でも、問題は……)


 今現在の少年は兵士達の護衛のゴーレムや艦内の整備用ゴーレムを同時起動し、尚且つポケット内で複雑な精錬と物質の変換まで行う多量の作業に追われている。


 そうこうしている内に部隊の最前列がドック前まで来て、次々に周辺の警戒と重傷者の護送が行われ、少年が目を開けた。


『ご苦労だった。騎士ベルディクト』


 彼の目の前には一汗掻いたような八木の顔があった。


『八木さん。一応、重傷者を寝かせる部屋と他の人達が狭くならない程度の住環境は整備しました。ただ、あの船は戦えません。それと船体のあちこちが造り掛けなせいで不具合が起る可能性もあります。船に詳しい人を紹介して貰えれば』


『分かった。重傷者を搬送、全員の乗船を確認後に話そう』


『了解しました。この船を海に出す設備が動くかは僕には分からないので……後は皆さんのお力をお借りします』


 次々に部隊が内部に入っていき。

 少年達もその波に続いた。

 ドック内に入った自衛官も米兵達も唖然としている。


 話は聞いた事があった者もいたようなのだが、それでもロシアの最大級の原潜がハワイに置かれているという状況はまったく予想外の上をゆく衝撃だったのだ。


『これより乗船を開始する!! 設備稼働に関する要員以外は速やかに重傷者の搬送に協力し、乗船せよ』


 設備の一部は生きていたが、元々が厳重なセキュリティーによって守られていた為か……ドックそのものの設備には電子的なロックは掛けられておらず。


 すぐに半地下となっている部分に注水が開始された。


 橋を渡って次々に隊員達が呑み込まれていくのを確認し、設備稼働を請け負っていた者達も撤収して総員の名簿での確認点検終了後にハッチが閉められる。


『艦が出航するぞぉ!! 各自、揺れに気を付けろぉ!!』


『重傷者の担架固定を急げぇ!!』


『重火器は弾を抜いたら箱に纏めて固定だぁ!! 弾も零すなよぉ!!』


 艦制御の操舵及び火器管制は全て戦闘指揮所CICで行われる仕様なのだが、少年の手作り感溢れる潜水艦は基本的に浮上と潜行、進路を変える以外は単純に魔導頼みであり、実際には潜水艦に勤務していた事がある、という士官から簡単なレクチャーを10分程受けただけで後はただただ手探りであった。


 ソナーもなければ、通信設備もなく。

 外の事を知るのが一人で操舵も経験者0。


 結局、やり方だけは知っているという士官が今の現場の指揮権を持つ八木に教えて、そのままぶっつけ本番という事になった。


『メインバラストタンクに注水……は海洋に出てからでいいかな。と、取り敢えず、微速漸進……ええと、ノット? すいません……面倒なのでmでいいですか?』


『構わんさ。この船の艦長は今のところ君だ。指揮権が有ろうと無かろうと君以外に彼らを国に返してやれる者はいないのだから』


 八木の言葉の後。


 ゆっくりと開けていく隔壁の先へと巨大な船影が動き出していく。


 未だ空には厚い雲が垂れ込め。


 今正に嵐の前触れのような風と雨粒が降り始めている。


 艦の中枢だと言うのに諸々の機材が取り外され、絶対にもう外なんか見えないよ、という事が分かり切った場所のキャプテンシートに座った少年は静かに八木と連携を取りつつ、その潜水艦を進めていく。


『周辺状況は?』


『波が高くなってきました。敵影は今のところ半径1km以内の海上海中に聞こえませんし、見えません。鳥型と船型ゴーレムで哨戒しながら行きましょう』


『了解だ。行き先はこちらで指定して構わないか?』


『はい。お任せします』

『では、横須賀に向かう』


『外洋の深い海に出るまでは船体を海底に擦らないよう気を付けて下さい。船体周辺の映像を脳裏で構築してリアルタイムで提示します』


 八木の前の虚空に現在の船体状況が一目で分かるようCG染みた周囲の映像が映し出され、ゆっくりと離岸中である事が見て取れた。


『今、設置してもらった導線から地表を採掘、珪素と各資材を外殻と内殻の間にある隙間に充填してます』


『複殻式なのか? いや、元々燃料や水を入れておく為の場所だが、バラストタンクは大丈夫かね?』


『はい。通常の液体燃料を入れる為の部分に粒体化して充填してますが、タンク類も強度が上がってるので問題ないはずです。急速潜行、急速浮上の時はゴーレムを導線化して外部に捨てたりすればいいので。それに……』


『それに?』


『デイミスリル皮膜化後に重量が従来の5分の1、更に魔力を込めると0というか-というか、この船体の構造材、色々応用が効きそうなので恐らく大丈夫です』


『よく分からんが分かった。目的地を示す。そこまでナビゲート出来るか?』


『はい。映像の目標地点に触れて下さい』


 八木が佐世保の場所に触れる。

 そして、現在地からの最短ルートが提示された。

 その頃、元々乗ってきた潜水艦。


 ガトー級もまた海の中で導線に吸い込まれるようにして分解、消えていく。


 その資材は全て艦内の所定の部屋に還元され、大量のディミスリルと皮膜合金はそこから更に艦内の各所にゴーレムと共に配置された場所、導線内からパーツとして浮上し、重要そうな配管などに使われていた。


『では、そろそろ潜行を開始しよう』

『はい!!』


 少年がメインバラストタンクへの注水し、八木に舵取りを頼もうとした時だった。


 ハワイ沖の各地で急激に巨大な魔力反応が展開され、遥か上空から何かが落ちて来る。


『皆さん!! 傍にあるモノに掴まって下さい!!』


 一瞬で絶望的な状況を悟ったベルが高速で導線内の掘削で大穴をハワイの岸辺に開けながらも大量の海水で隠蔽、大量の金属をバラストタンクに粒子で充填。


 外部のディミスリル皮膜合金に魔力を充填し、いつもの不可視化結界を高速展開して急速潜行し、全てのゴーレムを海中へと潜行させた。


 そして、トドメとして、まだ完全には還元され切っていなかった潜水艦を自分達とは違って真南へと向けて急速発進させた。


 海中で半分は無くなっていたが、上が有れば構わない。


 推力はディミスリル合金内の魔力で賄い海中へと消えていく。


『きゃぁああぁああああ!!?』

『な、何だぁ!?』

『ぐッ!? 海底へ落ちて行ってやがる!?』

『何かに掴まれぇ!!?』


 艦内は大混乱という程ではないが、極めて乱暴な操艦に次々とけが人が出ていた。


 ヒューリとハルティーナは皮膜合金化した船体を通しても伝わってきた巨大な反応が4つという状況に最悪の事態を想定し、艦内の混乱を治めるべく、ベルの指示を待たずに倉庫内へと走り出していく。


『一体、何が起った!?』


 八木の声に少年は顔を青褪めさせてから呟く。


『黙示録の四騎士……彼らが全員ハワイに出現しました』


『―――馬鹿な!? 単独行動が基本の奴らがまさか?!!』


『何に反応したのかは分かりません。ですが、この船を狙っている公算が極めて高いです』


『どういう事だ?! 何か知っているのか!? 騎士ベルディクト!!』


『……この船のミサイルハッチの下に有る金属の正方形ですが、恐らく戦線都市由来の代物です。そして、あの中には僕達の世界の人間が入れられていました』


『―――まさか、本当に米国は異世界人と接触し、人体実験を……』


 今まで何とか口にして来なかった事実が明らかとなり、八木がさすがに拳を震わせた。


『とにかく今は逃げます。もし、見つかったら……僕らは海の藻屑も残さず、この世界から……』


 正真正銘の大ピンチ。

 見付かったら確実に少年達は物理的に消滅するしかなかった。


『了解した!! 進路は最短距離ではなく深い海溝などがある方面に向かおう』


 彼らが頷き合う。


 進路変更と同時により深い海域へと急速に不可視の鯨は向かっていく。


 従来では考えられない原子力潜水艦ですらも出せない速度。


 そして、スクリューそのものに消音の魔導が掛けられ、シャフトが猛烈な速度で熱くなり、それをまた魔力電池による魔術が冷やし……全てが力技で彼らは太平洋を西に西にと進んでいくのだった。


 高度3km上空から落下して来ていた四つの輝き。


 蒼褪めた稲妻。

 紅蓮の明滅。

 碧き波光。

 真白き炎。


 彼らがハワイ全島の上空に到達した時。


 既に彼らの目にはただ嵐となりつつある島しか映っていなかった。


『あら? ようやく見つかったと思えば、反応が消えてるわね』


 自らの鎧と同じ色の馬に乗った彼らの中から唯一の女性騎士。


 紅蓮の騎士が進み出る。


『簡単に尻尾を出すとは思えない。とてあのの重要性は理解しているはず。誘い出されたのではないか?』


 蒼褪めた騎士。


 蒼き稲光を未だにパリパリと静電気のように纏う騎士が意見する


『ははははは、構わん!! 一向に構わんではないかぁ!! ならば、我らの手で撃ち貫くのみ!!』


 碧いオーロラを纏う大声。


 緑燼の騎士が我が戦は何処かと喜悦し、さっそく槍を己の腕の中に顕した。


『本当に君達は纏まりが無いな。ボクの苦労はまだまだ続く、か』


 白滅の騎士。


 今、嵐となっていたハワイ全域が彼の指が弾けると同時にそろそろ沈み始めた陽光に包まれる。


 島々をすっぽり囲む程の規模で低気圧が吹き飛ばされたのだ。


 円形に雲の輪が出来ている。


『さて、久方ぶりに集まってみれば、反応はもう消えてしまった……この管区と海域は君の管轄だ。緑燼の騎士……君はどうする?』


 白滅の騎士に訊ねられ、大声の男はガハハと豪快に笑う。


『知れた事!! 見つけ出して屠り、奪うのみよ!! モノ共!! 出合え!!!』


 緑燼の騎士が槍を一振りした途端。


 ハワイ全島の周囲が巨大な磁力の消失によって宇宙から飛来するエネルギーをマトモに浴びて水蒸気を上げながら乾きつつ、燃え上がっていく。


 それに呼応したかのようにハワイの外洋から次々に彼らの下へ巨大な40mはあるだろうキメラのような化け物【リヴァイアサン】達が数百頭までも数分で集合し、頭を垂れた。


 沖合にはが十数体見えている。


 海面下まで降りていく緑燼の騎士が槍先でグルリと海の西から東までを弧を描くようにして示す。


『全海洋を探索せよ!! さすれば、頚城は見付からん!! 見付け奪い我らに献上せよ!! あの頚城を!! 貴様らが任を遂行せし時は褒美をやろう!!』


 ザワリと巨大な身体の全てが震えた。


? 健やかな死はどうだ? 貴様らと違って我らは嘘を付かん!! さぁ、競うがいい!!』


 化け物達がその言葉の終了と同時に一斉に水柱を上げて、海中に潜り、高速で散っていく。


『あら、優しいのね?』


 紅蓮の騎士が降りて来て、意外そうな声を出した。


『くくくく、嘘は言っていない。嘘は、な』

『……ああ、そういう事ね』


 納得した彼女が頷く。


『さて、ボク達も暇じゃない。人類掃滅の任は続行中だ。この世界の愚かしき人類に鉄槌を与え、出来る限り、惨たらしく悲劇的な運命を押し付けよう。ボクらに彼らが押し付けたように……我らが主たるあの方もそれをお望みだ』


『心得ている』

『分かっているわ』


『今度は如何なる難敵が現れたるものか!! 実に楽しみではないか!!!』


 三者が頷いたのを機に白滅の騎士。


 統括者たる男はチラリと島々を見回し、焼けていく世界に満足そうな嗤いを零して、最後に目に留まった海岸部のドックに対して指を弾く。


『ああ、そう言えば、言ってなかったが、此処から西にある“あの国”はしばらくに遊ばせておくそうだ。捜索は南に集中させる』


 途端、ドックはドロリと灼熱し、融け崩れていく。


『あら、いいの?』


 紅蓮の騎士に白滅の騎士が肩を竦めた。


『最終的に我々が勝つとしても不毛な消耗戦は避けたいとのお達しだ』


『フン……いつかは我が槍の錆びにしてくれる!!』

『我が剣はあの方の為に……』

『はいはい。お仕事に取り掛かるわよ』


 四騎士が再び空の彼方の其々の方角に向かって掛けていく。


 残ったのはただ炎に没する島々だけであった。

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