第50話「開戦」

 ―――8日目、午後9時44分23秒。


「偵察用ドローンの映像に感知しました!! 温度感知サーモセンサーに熱源多数!! 間違いありません!! 奴らです!!」


 市街地市庁舎に置かれた司令部。


「迎撃態勢!! 作業中の最後の民間人に避難指示を出せ!!」


 その中でアンドレがすぐに敵観測データを砲兵隊に回させ、まだ外に出ていた民間人全員への避難命令を下す。


 それと共にサイレンが数十秒に渡って響き。


 未だ完成していない市街地の幾つかの施設周りからエヴァの学校の子供達が操る車両で彼らは市街地の無人区画に設置されたドーム内へと向かい。


 全ての隔壁が殆ど人力で降ろされた。


「つ、続いて映像に感あり!! 予測データ通り、全周包囲されつつあります!! 何だ!? こいつらの中に光る奴が―――嘘だろオイ?!」


 司令部内の複数のディスプレイにはカメラのデータが転送された地域に薄ぼんやりと街の灯りのようなものが見えていた。


 その数が急激に増えていく。


 それはまるで大都市圏の灯りが移動しているかのような錯覚を覚えさせる程の量に違いなく。


 光学センサー類のみならず、あらゆる観測データによって敵の数が次々に推定で加算されていく。


 都市周辺10km圏内を飛行していたドローン編隊12機の日本製なカメラの映像から推測された敵ゾンビの数は凡そ予測から掛け離れた数値であった。


「ゾンビ総数440万から~940万と推定!! 光る奴だけで240万強!!!」


 さすがに司令部の誰もが息を呑んだ。

 世の彼方まで歩く死体が呑み込んでいる。

 熱源は確かに今日が夜中の真昼だと教えている。


 世界は終わりなく終わった者達で埋め尽くされていた。


「動じるな!!!」


 アンドレの声が司令部の二十数人を一喝する。


奈落壁アビス・ウォール一基に付き数十万体以上の敵を殲滅可能だ。それが68本!! あの奈落の大穴を超えて辿り着く敵が壁に接触したとしても、推定で50万体以上の敵に持ち堪え得る!! また、迫撃砲30000、高射砲820、榴弾砲500、市民からの義勇兵も2200人が参加している!!! 迫撃砲に至っては魔術での弾薬の装填から発射まで行ってくれる優れものだ!! 勝てる!! 勝てるさ!! 我々には今、あの騎士達が付いている!!!」


 その言葉に歓声が上がる。

 カラ元気など百も承知。


 しかしながら、次々に指示が飛ばされる司令部はこれから何夜続くかもしれない波状攻撃を前にして確かに防衛を成し遂げられるという希望を前にして進む。


 偵察用ドローン編隊からの情報を知った騎士団は要塞線の上で壁越しに薄ぼんやりと空を染める緑黄の輝きに事態の深刻さを実感していたが、それでもやはり誰一人として逃げ出そうとする者は無かった。


『北部と北東部、東部より敵集団第一波!! 更に20分後に南部、南東部より数推計160万!!』


 最も早く彼らの要塞線に接触したのは輝くゾンビ達が大量に含まれた群集団。


 続々と走るゾンビ達が近付いて来たかと思えば、世闇の中で次々に巨大な奈落の大穴の中へとダイブしていく。


 重ねられた穴の淵、ジグザクの道を通る事でしか穴の周囲から内部には至れないという事実を以て、集団飛び降りの現場と化した闇の奥。


 最初の1体が数百mダイブで自由落下後の地面との接触を経験した瞬間。


 その個体は巨大な何かザラザラとした地面に打ち付けられて血の染みとなった。


 数百、数万のゾンビ達が奈落の奥へとダイブしていく。


 通常、ゾンビは視覚と聴覚、嗅覚から移動位置を決めているが、危険とは分からなくても走れる場所だけを走ろうとする。


 つまり、穴などには比較的見えていれば、落ちないというデータがある。


 だが、今のゾンビ達にはそんな事は関係無かった。


 本来ならば、光るゾンビによって穴は照らし出されたはずだが、奈落壁アビス・ウォールと名付けられた巨大な穴の群れには今現在、魔術具による極めて単純で極めて低燃費、魔力も殆ど使わないとある術式が奔っている。


 幻影。

 魔術初級の子供だって出来る代物だ。


 だが、それが大穴を僅か1mmの薄さにしか過ぎない光波偏向の術式が引き起こす現象によって単なる地面へと見せていた。


 そう、単なる地面だ。


 地面内部に前方のゾンビが消えても、ゾンビに走るの止めて訝しむという行動は取れない。


 結果として次々にゾンビ達は穴に呑み込まれていった。


「おーおーマジで複雑な判断が出来ないだけでコレだけ効果がありやがるのか」


 要塞線の後方。


 旧外壁の前に建てられた直径120mの物見櫓。


 たった一人の男の為だけに設えられた其処は屋根こそ付いているが風が強く吹き荒ぶ場所だった。


 だが、そこからならば視力が半端ではない狙撃手は全ての状況を見て取れる。


 クローディオの視線の先。


 ゾンビの群れがまるで津波のように押し寄せ、地下に落ちていくのが見えた。


 しかし、それだけでは偶然にも突破する個体が多くなってしまう。


 直線距離で走っただけでは絶対に相手が辿り着く事は無いが、穴の容量も無限ではないのだ。


 それを最大限に生かすには。


「高度40mってとこだな」


 男が弓を引き絞り、射る。


 いつもの爆破矢が夜を割いて跳び、誘導路の前方の大穴の上空で起爆した。


 途端、北部から流れて来ていた敵が一斉に東に向けて移動を開始する。


 その動きに釣られて、急激に一か所の穴に集中しようとしていたゾンビ達が次々に別々の穴に張り込みつつ、誘導路方面へと向かっていく。


 それと同時にゾンビの入り込んだ穴の奥底でも異変が始まっていた。


 急激に水蒸気が上がり始めたのだ。

 それは言わば命の水だった。


 ゾンビ達が穴底で次々に干乾びて、その蒸気が上空へと上がっているのだ。


『ウバァアアアアアアアアアアアッッッ?!!?』

『ゴァハアアアアアアアアアアアアアアアア!!!?』

『ア゛アァア゛ァアアァ゛アァ゛ア゛ア!!?!?!』


 理由は穴底に敷き詰められている地雷にある。

 今回、ベルが用いた地雷は通常版ではなく。

 付加機能が付属する。


 それは遠隔起爆能力と接触した物体を急激に脱水して相手の身体から水分を搾り取る乾燥機能である。


 大陸にあ迷宮ダンジョンでは時折あるような環境操作式の罠だ。


 それが鉄片に仕込まれて、接触する物体から水気を飛ばすのだ。


 騎士団が乾し野菜などの行軍中の保存食を造る時に使っていた代物である。


 失われた水分は底に溜まっていくが、水底の金属に仕込まれた単純な魔力の熱量転化の加熱によって蒸発していく。


 こうして、次々に地表から送られてくるゾンビは底に溜まる事なく。


 その体積を限界まで減らされながらドライなスチームを浴びるサウナ状態。


 水分が蒸発し切った後、ゾンビと接触する地雷が起爆。


 粉々に粉砕して更に要らぬ隙間を埋める事になる。


 そして、その魔力は少なくとも2週間以上に渡り、連続稼働出来る量がディミスリルで地下の方に仕込まれており、その供給導線も地中に敷設済み。


 正しく、今地獄の窯の亡者は動かぬ亡者とされるべく。


 グツグツと鍋底で蒸し煮られていた。


「うへぇ……」


 ゾンビ達が水底に溜まっては脱水、水蒸気の中で萎んでいく光景はクローディオにも見えなかったが、それにしてもあの死に方だけはしたくないなぁと彼は両手で肩を摩った。


 こうして最初の群れの様子見を行いながら、榴弾砲による射撃が始まる。


 大穴から数百m後方辺りに向けてドローンや使い魔による弾着観測をしつつ、連続で砲火が相手を襲い粉々に吹き飛ばしていく。


 その号砲を合図にしたかのように今度は各位に新たな指令が下される。


『司令部より各員へ。司令部より各員へ。南部方面から多数の空中戦力が襲来!! 市街地の対空迎撃を開始せよ!!』


 闇夜に紛れたソレ。


 カラスの大群が雲霞の如く迫ってきているのをクローディオも確認していた。


「いやぁ~忙しい」


 矢筒の中から爆破矢を次々に取り出しては数km先の群れに連射し始めた男の手はもうブレてよく見えない高速と化している。


 地表でも莫大なゾンビの津波が穴に流入するに連れて水蒸気が次々に上がり始め、轟音と共に混沌とした様相を呈し始めた。


 爆破矢が数十本単位で群れの最先鋒付近で爆発を続ける。


 カラスの位置が誰の目にもハッキリとしていた。


 その距離が射程内に入った瞬間、要塞線の高射機関砲が唸りを上げて次々に群れを銃撃していく。


 だが、さすがに数が多く。

 全てを打ち落とす事は出来ず。

 市街地上空までも侵入を許した。


 しかし、無論のように市街地にも無数に配備されていた高射砲がビルの屋上や建物の屋上で唸りを上げて次々と敵の群れを打ち落としていく。


 その合間にもカラス達が己を弾丸と化して要塞線屋上から壁、市街地へと降り注ぎ、人間を狙う。


『う、うぉおぉ!? こいつら傘にガンガン当たって来やがる!?』


『大丈夫だ!! こっちでフォローする!! 地表に落ちたカラスなんぞ怖くねぇ!! 怖くねぇ!!? 野郎ッ、ぶっ殺してやらぁあああああああ!!!』


『盾を上手く使え!! 拳銃一発で死ぬ程度だ!! 砲手の背後を護れぇええ!!!』


『次から次へと!!? オレらはお前らの餌になる気なんかねぇんだよぉ!!』


『あの映画みたいになってたまるかってんだよ!!』


 来ると分かっているのに何の防備もしていないわけが無い。


 高射砲には上空からの攻撃を凌ぐ為の合金製の傘のようなシールドが張られており、ツーマンセルのもう片方の人間が銃座の方位を原動機を用いて微調整、更に盾と拳銃、サブマシンガンで近付いてくる航空戦力カラスはそのまま排除されていった。


 爆発の続く熾烈な上空と壁外での攻防を横目にしながらも、クローディオの爆破矢による誘導は続き、数多くのゾンビを東部に誘因。


 その流れと集合地点に向けての射爆が無限のように後方から続く死の川とでも言うべき流れを急き止め、制御していた。


 やはり、最も大きいのは奈落の大穴。


 そのゾンビの大半を呑み込んで水蒸気に変換しているソレが無ければ、決して支え切れる物量では無かったと司令部もまた理解する。


「ドローン偵察機、高度を上げます!!」


 通常の高度では既にカラスの餌食となるドローンが更に高度を上げていく。


「アンドレ市長!! ドローンが大型を捉えました!! 全方位の敵群から凡そ12km後方です!! 光るモノやフロッカー型です!! は、走っています!! 凡そ時速10km!! 数凡そ2000!!!」


「ついに来たか……騎士団と共に大型の殲滅作戦を開始する!!」


 今のところ、壁に到達するゾンビは極めて幸運に恵まれた数体のみ。


 誘導路に至ってはガランとしており、数体がミニガン列車からの僅かな一斉射で打ち倒された。


 だが、此処からが本番だと誰もが分かっていた。

 巨大なゾンビ達の集合体。

 その力は侮れず。


 更には複雑な判断も出来るという事は市庁舎側も報告を受けていたのだ。


 その対策は榴弾砲だけではない。


「迎撃態勢を取るぞ!! 敵は自分の一部を飛ばして遠距離攻撃してくる可能性もある!! 常に上空へ気を配れ!!」


 暗闇の中、不可視の結界によって隠蔽された要塞線後方の櫓群の上で騎士団の半数以上が持っていたカラス迎撃用の消音装置付きの拳銃や弓矢を仕舞い込み、対物ライフルへと持ち代える。


 櫓の下には滑車が備えられており、武器弾薬の入ったケースが地面には無数置かれていた。


 物資を引き上げる際はロープを掴んで飛び降り、予め結んでいたロープ先のケースを引き上げるのだ。


 引き上げて空になったケースと1人が満杯となっているケースと下に降りた一人を上に引き上げながら下に降りる。


 このような繰り返しで合理的に上り下りを繰り返して物資を補給する為、武器弾薬は少なからず心配する必要は無くなっていた。


『このままならイケるか?』


 アンドレが険しい表情をしながら、誰にも聞こえぬよう呟く。


 凡そ戦闘開始から1時間30分。


 敵群はほぼ全方位に溜まっており、東部を中心にして膨大な数が穴に流入し続けていた。


 巨大な水蒸気が幾重にも上り、視界は悪くなっていたが、ドローンやもしもの時は騎士団の使い魔による更なる超高空からの観測が予め決められていた為、相手の位置を知るのに苦労は無い。


 また、射爆の精度も安定していて、敵陣の厚い場所は次々に砕かれていた。


 壁に辿り着いたゾンビ達は数百体にも及んでいたが、壁沿いの東側の誘導路に誘因されては次々にミニガンに打ち砕かれ、その死体を入り口付近に晒している。


 が、終に水蒸気越しながらも敵群最大の敵だろう大型が射爆可能圏内に到達した旨を誰もが告げられる。


『砲兵隊各位へ!! 侵攻ルートは確定!! ただちに射爆を開始せよ』


 司令部からの命令に今まで群れを目標としていた榴弾砲が次々に予測進路に向けて射撃を開始した。


 一斉射。


 最初の一撃で約半数の大型が上半身や下半身を吹き飛ばされて消滅。


 更に複数が一部を欠損して半壊。

 だが、すぐに事態は急変していく。


『だ、ダメです!? 敵大型が周囲のゾンビを吸収しつつ、再生しています!!』


『何ぃ!?』


 アンドレがその映像に息を呑む。


 次々に大型が周辺ゾンビを引き連れながら捩じり合わせられるように肉体を再構成していく。


 組体操野郎と時折言われていた大型がそのままの事をし始めたのだ。


『構わん!! 射爆を続行!! 大型の接近を許すな!! 市街地での航空戦力からの被害はどうか!!』


『は、はい!! 全砲手健在!! 軽症者は出ていますが、全て治癒の魔術具での再生可能との事です』


 フロッカーと光る巨人。


 混合されたソレらの敵が射爆によって次々に破壊されながらも再生を繰り返しつつ、穴の直前で停止した。


 そして、そのまま腕をまるで遠投でもするかのように後方へと後ろに肩毎下げ、一気に投擲するように加速する。


 次の瞬間、腕の根元が切り離された。


 引き千切られたゾンビ達の肉体をばら撒きながら、動く死体が次々に穴を飛び越えて地面に叩き付けられる。


 だが、その数十体の内の十数体は他のゾンビがクッションの役割を果たし、犠牲となる事で無傷のまま壁付近まで到達した。


『投擲ぃ!? こんな方法で奴らッ!!? 射爆は継続しろ!!』


 次々に放たれるゾンビ塊。


 だが、最初の一撃以降、撃たれる度にその塊は巨大な虚空での爆発により、弾け散りながら穴の中へと消えていく。


 騎士団の対物ライフル。


 それも魔力の完全転化による衝撃弾が視線誘導で狙い違わず塊を打ち落としたのである。


 射爆と対物ライフルにより、次々と再生を繰り返す大型も投げる事が不可能になるか。


 あるいは投げても投げても穴の対岸へゾンビを送る事が不可能になっていく。


 しかし、そんな膠着状態が続く最中、穴と穴が接する道の最中を決して落ちずに走るゾンビの群れが確認された。


『培養ゾンビ!? 奴らは道に沿って走るのか!?』


 水蒸気が出ていない部分を見分けているのか。


 そのゾンビの後ろには数十のゾンビが次々と列を無し、大穴の先のゴールである壁まで辿り着こうとして―――。


 弓矢がその頭部を次々に射貫いていく。


『残念だが、通っていいのは死んだゾンビだけだぜ?』


 クローディオが自身が直接視認出来ない海沿いの壁付近まではカバー出来ない事を懸念したものの。


 櫓の騎士達もまた対物ライフルによって他のゾンビを誘導する培養ゾンビを次々と撃ち倒していく。


 東部への誘導は続けられている。


 その為、今や誘導路から真っ直ぐ正面にある地域は完全にゾンビの群衆で埋められていた。


 その姿は水蒸気で見えなかったが、明らかに良かっただろう。


 もしも、その威容が現場で見えていたならば、正気を保てる人間はそう多く無かったに違いない。


 まぁ、要塞線は壁で覆われていた為、相手が直接的には見えないのだが、それにしても正気は削れていたはずだ。


『クソォ!? カラス共め!!』

『うぐッ!? こいつら急所を狙ってきやがる!?』

『オレの股間に近付くなぁああぁああぁあ!!?』


 上空から降り注ぐカラスが砲手を護るシールドにガンガン当たって弾け散り、周囲は腐肉と血の海。


 砲手の守備を行う防衛部隊が上空に盾を翳しながらまだ無事なカラスを掃討するに忙しい様子は地獄絵図。


 排水溝には血の川がゴポゴポとネバ付いた音を立てて流れ込んでいる。


『敵大型が穴の中に落ちていきます!!』


 あまりの射撃に耐えかねたのか。


 次々に大型が地表から身体をグラ付かせて穴の中へと落ちていく。


 それに安堵した声が広がり、司令部の者達にも笑顔が戻った。


 最初に投擲で投げられたゾンビ達も殆ど東部に誘因されて撃ち倒されている。


 これならば、この状況ならば、彼らは持ち堪える事が出来る。


 そう、誰もが思った刹那。

 アンドレが気付く。


『―――大型の落ちた穴を最大望遠!! 水蒸気の量が減っているぞ!! どうなっている!!』


『は、はい。ただいま!!』


 奈落の穴の水蒸気が次々に今までの猛煙のようなものではなく。


 湯気程度にまで落ち着いて来ていた。


 その状況をよく考えて整理したアンドレの背筋が一瞬で凍り付く。


「まさか―――?! 砲兵隊に連絡!! 水蒸気量が減少した穴の中心に砲撃を集中!! 連中は恐らく壁から幕を張ってるぞ!!」


 一瞬でオペレーター達が状況を理解して顔を青くする。


 巨大な組体操をする敵である。


 何故、それが人型の形しか取れないと思うのか。


 合理的に考えるならば、水蒸気がゆっくりと上がらなくなったのは蓋のようなものが穴を塞いでいるのである。


 つまりはゾンビの橋だ。

 砲兵隊が次々に穴の中に射爆を集中する。


 すると水蒸気の量は増えるものの、穴にゾンビが流入する度にまた減っていく。


『クソッ!? 報告にあった、大型のコアとなる個体をどうにかせねば、どうにもならんか!!』


『任せて下さい!!』


 司令であるアンドレの直通回線に声が入る。


『君か!!』


 今どこにいるのか。


 サウンドオンリーの声だけがその状況を打開する耀きを灯していた。


『まだ、穴の周囲には掘削時の導線が埋め込んであります。穴の入り口付近から油を入れて発火させます』


『頼むッ!!』

『はい!!』


 少年の声が途切れてすぐ。


 水蒸気が途切れ始めた穴の入り口の外縁全周から次々に黒い液体が染み出して次々に火が回ったかと思えば、壁伝いに高速で降りていく。


 多くの穴の直下50m付近。


 無数の触手を穴の外壁に吸い付かせて張り巡らせていたコア部分となる個体。


 フロッカーと光の巨人の中枢はその触手が次々に炎に包まれていくのを知って、壁際から供給されるゾンビを次々に宛がって火から護ろうと集中させ始める。

 だが。


 ―――ガォン。


 触手周囲にゾンビを集中させ過ぎた為に触手自体の重量制限を超えた。


 だが、炎から肉体を護ろうとする本能は止められず。


 外壁部分にゾンビが次々に集中して動かされていった結果、次々に張り付いていた部分が崩落していく。


 そして、炎が届かない部分で再び触手を再構成して幕を張ろうとするも、やはり炎に包まれて、ゾンビを増やしての無限連鎖。


 結果、後手後手に回ったゾンビの皮膜の群れは終に穴の底に落ちる。


 と、同時に瞬時に乾燥が始まった。


 脱水されて干乾びていく身体を立て直そうにも、その時間は与えられなかった。


 カチッと穴の前面から音がして―――穴の奥底に貯めに貯め込まれていた地雷がようやくその機能を発揮して遠隔で起爆する。


 その爆音が連鎖する穴からは今まで血液を搾り取られていたゾンビ達が粉々になって水蒸気に混じり、赤黒い噴煙となって一斉に噴き出していく。


『……地獄』


 ゴクリとオペレーター達が唾を呑み込む。

 正しく、世は地獄であった。


 巨大なゾンビを呑み込む炎に包まれた大穴と血煙が上がる世界。


 地面から水蒸気、煙、炎、奈落の壁は決して相手を逃さない。


 しかし、それをいつまでも見ている事は出来なかった。


 何故ならば、今まで全周包囲しながらも東部に誘因されていた多くのゾンビ達。


 その流れが何の音沙汰もなく全て東部に動いたからだ。


 クローディオの爆破矢などではない。


 それを象徴するかのように後方からまだやって来ていた多数の大型も北部、東部の個体も今までの方向から東部に向けて結集し始めていた。


『一体、連中何をしようと……』


 クローディオが目を細める。


 次々に北と南の櫓からはゾンビ達が一斉に東部を目指して移動の報。


 先程まで猛攻を受けていた大穴に落ちる個体は極度に減った。


『分からん。だが、今がチャンスだ!! 集中的に東部を叩けぇ!!』


 全ての砲爆撃がゾンビの集中する東部の誘導路から直線状の地域に集中する。


 だが、それでもゾンビ達の動きは止まらず。

 終には血海が姿を顕す。


 あらゆる血潮が大窯たる奈落に流れ込む砲弾と命の坩堝。


 炎、衝撃、光、人類の英知たる火砲の蹂躙を受けて尚、その集中は止まらず。


 小山のようになり、標的となって狙い撃たれ、砕け、剥がれ、飛び散り、燃やされ……しかし、大山の如き何かが移動して大穴に自ら入り込んでいく。


 半分。


 そうだ。


 その巨大な半分が埋め込まれた刹那、一斉に起爆と乾燥が起った。


 だが、あまりの質量に蓋をされた大穴はそのまま。


 ズリズリとその半分を道にしたのか。


 数百m規模のソレが今度は目前の二つ目の穴に入り込んだ。


 やはり、それは決して穴の底に落ちる事なくすっぽりと収まらない。


『―――こんなのッッ、人類に倒せるのかよ……』


 オペレーター達の誰かが呟く。


 今も穴の真下ではパラパラと落ちているだろうゾンビ達の乾燥と起爆が繰り返されている。


 だが、それでも変わらず未だ穴はゾンビによって満たされ塞がったまま。


『壁に押し寄せてくるぞ!! 射爆を変わらずに埋められた穴へ集中。迫撃砲用意!!』


 魔術による無人での運用。


『了解しました!!』


 少年の声と共に無人のまま要塞に並べられていた迫撃砲の砲身に描かれた象形が僅かに輝く。


 虚空から現れた砲弾が内部に入った瞬間、砲撃が開始された。


 全てが魔術で自動化されているのだ。


 迫撃砲の砲身そのものがベルのポケットと連結されていたのである。


 一斉に30000発。東部のゾンビ達が土塊と共に吹き飛ぶ。


 だが、その噴煙の中から東部の文字通りの血路を走って侵入は開始された。


 最初に到達した数千体が誘導路へと突撃する。


 迫撃砲はベルのポケットから供給された砲弾を次々に撃ち放つが最初の一撃は予め用意していた為に可能なだけであって、家一つ分の砲弾では30000発には届かない。


 結果として要塞線から放たれる攻撃はまるで連弾するピアノを思わせてあちこちの迫撃砲から偏りなく放たれ続ける事になった。


 だが、殆ど狙いを付けず、特定の地点の面制圧として運用する為、殲滅は不可能であったようで東部からのゾンビの流入量を減らす効果しかなく。


『全隊、斉射用意!! 放て!!』


 6両編成のSLが合計で7車両。

 ミニガンの掃射が始まった。


 全ての弾丸が数百m先の誘導路入口に殺到するゾンビ達の頭部を貫いていく。


 その長い長い連続した咆哮は途切れず。


 次々に死体の上に死体を築いて進軍する敵を残り400mの地点で完全に急き止める事に成功した。


 瀑布の津波となった敵と言えど。


 限られた空間で必ず最前列が死にそれを踏み越えようとしてコケて後方から踏み潰されるという連鎖を繰り返せば、決して止まらない事は無い。


 物量が質に屈し、ゾンビの群れの悉くが頭部を失って障害物となった。


 数千体などあっと言う間だ。


 弾丸はそれこそ合計で数百万発を軽く超える量が用意されている。


『残り残弾が少ない!! 二号車射撃用意!!』

『一号車!! 弾丸が切れると同時に前進する!!』


 後方で待機していたSLの二号車が動き始める。

 そして、一号車の残弾が0になったと同時に動き出した。


 背後の二号車に連結されたミニガン車両に積まれた全ての銃身がピタリと敵群を照準する。


『射撃開始ぃ!!』

『照準誤差修正!!』

『的はデカイぞ!! 外すなよぉ!!』


 掃射開始と同時に一号車は後方のミニガン搭載車両の連結を切り離して、少し先の線路へと向かって外壁から市街地内部へと侵入。


 そこに待っていた新たなミニガンと銃弾を満載した車両を連結され、再び門の外へとグルリ回りながら向かっていく。


 切り離された後方車両は別の線路に切り替えられ、牽引用車両によって引っ張り出され、行き止まりの無い市街地の壁内部を奔る線路へと置かれていく。


 無論のようにカラスの弾丸が車両には襲い掛かる。


 だが、無論のように牽引車にも弾丸を持った騎士団員が詰めており、カラスを撃ち落としていった。


 人間ならば、銃を奪い破壊する事も出来るだろう。


 だが、カラスではどう足掻いても動かないミニガンは標的にならない。


 都市各地に置かれたミニガン付き車両の周囲には弾薬の物資集積所が置かれており、最終局面において市街地戦となった場合の移動戦力となるのだ。


 その為の牽引車もまたビルの地下駐車場にまで線路を引いて数十台が各地に用意されていた。


 誘導路の攻防は未だ都市側が優勢。

 しかしながら。


『敵残存兵力は……』

『す、推計残り800万強!!!』


 アンドレが長い長い夜になるだろうと。


 勇士達を監視カメラで見つめながら、何とかゾンビを対処出来ている現状がいつ崩れてもおかしくない事に唇を噛む。


 東部に一極集中したゾンビの群れは無限の迫撃砲と未だ続く榴弾砲の射爆によって万単位だとしても対応出来ている。


 だが、その均衡は早くも崩れ始めた。


『東部から次々に群れが移動しています!! こ、今度は南と北に別れました!!』


『また、さっきみたいに穴を埋める気じゃッ!?』


 それはどうやら当たりらしく。


 時間が過ぎていく毎に榴弾砲の一斉攻撃を物ともせず、山が作られ、移動して穴を埋めに掛かった。


 どうにもならない物量攻撃。


 穴が埋まると同時にゾンビの進軍が開始され、大型による投擲もまた次々に都市を襲う。


『市街地新外壁に敵群到達!!』


『構わん!! あの壁を突破するのはゾンビ共には至難だ!! 引き続き、東部への誘導を続けるようにと!!』


 アンドレの視界の先。


 ようやく到達したゾンビ達は壁を殴ったり、組体操をして壁を乗り越えるかと思いきや……すぐに東部へと走り出す者や壁とは真逆に振り返り、次々と仲間を食い殺そうとしたり、襲い掛かったりと混乱したような素振りを見せていた。


幻影壁イリュージョン・ウォール……上手く作動しているようだな』


 巨大な穴も地面に見える幻影を用いてるが、新外壁は人間が逃げる幻影をL字型のパーツの地面を踏んだり、壁に接触したゾンビに見せる代物だ。


 視覚情報に依存する移動を制御するのはまず東部に向かって人間が逃げる幻影。


 更に自分の横から後ろに相手が逃げてパーツの端で立ち往生する幻影。


 このような代物が接触式で発動しており、ゾンビ達は東に移動していくか。


 もしくはその場でパーツ端の見えざる存在に襲い掛かる。


 それは同時に群れで行動するゾンビに取っては同胞を襲うという状況に陥る。


 それは言わば、ゾンビを使い、ゾンビを襲わせ、ゾンビの数を減らす、相手に攻撃させない壁そのものであった。


 次々に局所的に集中したゾンビが山となって穴を埋めていく。


 その後続が続々と地獄の窯の上を歩いて行軍し、壁に沿って東部へと集中していくが、それでも壁は未だ健在だった。


『東部誘導路に第23波!! 総数2万!! 外壁には凡そ15万が張り付きました!!』


 突撃してくるゾンビ達が次々に数千発の弾丸による効率的な駆除で死体へと戻っていく。


 だが、あの大穴を埋める為に大量のゾンビが道となっている為、その数は圧倒的に壁にも誘導路にも少ない。


 もう誘導路には数万体のゾンビ達の死骸が溢れ返り、その血臭と腐臭は耐え難い程にまで高まっていた。


 装着された鼻から口元を覆うマスクで殆ど持っているようなもので、その場に何の装備も無くいたならば、間違いなく伝染病になるだろう。


『………』


 アンドレが未だ後続からやってくる大型達の姿に目を細める。


 此処からが地獄。

 そう、地獄の始まりなのだと彼には分かっていた。

 理由は言う必要も無いだろう。


 あの小山のようなものが直接壁へとぶつかってくる。


 恐らくはそれが最も合理的戦法。


 ゾンビがいきなり様々な戦法を取って来ても対処出来たのはその背後にいるだろう黙示録の騎士達の事を考えての事だ。


 その対処の為には未だ出し惜しみしている。


 だが、あの小山に対処出来るのは恐らくたった5人のみ。


 それも一人は最も高い物見櫓でカラスの対処や誘導の要となり、もう一人は迫撃砲の砲弾生成と発射に忙しい。


(偉大なる父よ。どうか我々に勝利を……どうか、彼らに……)


 やる事など全てやった。

 後は己の限りを尽くし、最後の結末を待つのみ。


 彼はただ真摯に祈り、自らの戦術の全てを傾ける事しか出来なかった。

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