第30話「旅立ち」
「え? 海路で迎えに……」
少年が首を傾げるのも無理は無かった。
「ええ、お願い出来るかしら。あっちに物資を送るにしてもやっぱり事情を知ってる人間が行った方がいいと思うのよ。数日で行けると思うから」
ベルが目を丸くしている横でフィクシーがバージニアの言動に瞳を細める。
「海路で騎士団を運ぶと? だが、船の積載物は基本的に食料などの物資のみと聞いている。実際、都市にとって死活問題である海路を数百人もの異邦人に解放するというのか?」
明らかに怪しいと言いたげな瞳に話せという圧力に屈したバージニアはその夕暮れ時。
市庁舎のオフィスで四人を前にして事情を話さざるを得なくなっていた。
「つまり、逃げ出した連中の居候先と亡命政権の者達がやってくる、と?」
「ええ、我々にしてみれば、断れないのよ。あの国からは今、食料の6割を輸入しているの。他にも医薬品は死活問題」
「食料と弾丸は自活できるようになったと言ったところで医療品は……」
フィクシーがベルを見たものの。
ベルもさすがに高度な合成が必要となる医薬品などは元となる蛋白質などの物質と大元があってようやくどうにかなる複雑なものばかりであり、無理な事は分かっていた為、首を横に降る。
「仕方ない。我々が見付かると厄介事になるのは理解出来る。だが、我々の部屋や騎士団の施設は残ったままだぞ?」
「今は留守だから入らないようにって釘刺しとくわ」
「ベル。今日中に此処に残しておいてはマズイものは纏められるか?」
「は、はい。でも、魔術や魔導に関するものは殆ど外套の中ですから……そんなに見られて困るモノは無いと……あ……」
「何だ? 何かあるのか?」
「い、いえ、ディミスリルが大量に在庫があって……」
「ディミ……ああ、あのミスリルもどきか」
「はい。研究してはいるんですけど、今はまだ安定した強度の合金に出来なくて……後、アレを幾つか鍛冶屋の人にインゴットで渡してます」
「そこまでは調べられんだろう。だが、魔力を通す鉱物系の媒質は貴重だ。私もアレをどうにか利用出来ないかと考えてはいたが、どれくらいの量がある?」
「騎士団の拠点で家が9つ分くらい。要塞には確か40個分くらい。すぐ近くに作った倉庫街だと30個分くらいだったと思います……また採掘は出来ますけど、使えるようになったら、すごく有用そうなので……出来れば、変換しないでおきたいんですけど、どうでしょう?」
二人の会話にバージニアが呆れた。
山を削ったとの話を聞いた時にはもう溜息すら出なかったが、彼らのやる事のスケールは極めていつも何処か常人とはズレているとは感じていたのだ。
「いいわ。今軍事基地造ってるからって理由であの区画と倉庫街は封鎖しておくわ。要塞の方も軍事機密って言って突っぱねる。ただ、その魔法の鉱物はある程度持って行きなさい。連中が何を我々に要求するのか分からない以上、護れるかは確約出来ないから……」
「分かりました」
ベルが頷く。
「じゃあ、明日の朝4時の定期物資運搬船に乗船許可を出しておきます。あちらに着いたら教えて頂戴。こちらが戻って来てもいい状況なら連絡します。ダメそうならあちらで同じ様に生きていく事もあなた達なら出来るでしょう」
「バージニアさん……」
ベルがまるで我が子のように自分の頭を撫でていた女性の気持ちに僅か目を潤ませる。
「ほら、泣いてはダメよ。男の子でしょう……そもそもあなた達の事に付いて干渉して来ない可能性もあるんだもの。そうしたら、またハンターとしての任務を受けてもらうわ。何よりも……あなた達のおかげで随分と都市の状況は改善した。あれだけの重火器と要塞、大量の資源、これで他の国とも多少なりとも対等に渡り合えるようになった事は貴方達のおかげよ」
バージニアが椅子から立ち上がって、頭を下げる。
「本当に感謝しているわ」
「そ、そんな、頭を上げて下さい」
「そうです。私達の事をちゃんと信じてくれたのはあなたが始めてでした。だから、私達も応えられたんです」
ベルとヒューリが頭を上げさせる。
「そう? そうね。でも、本当は……ね。ただ、子供が死ぬのはもう見たくなかっただけかもしれないわ。あの子が愛した都市を、あの人が護った街を、ずっと残し続ける為に戦い続けてきたけれど、そのせいで多くの若者も老人も子供も皆死んでしまった……本当なら此処を放棄して、逃げ出さないかって案だって昔はあったのよ。でも、多くの人が私と同じ様にこの都市にしがみ付いた」
その言葉にフィクシーが異を唱える。
「いや、それは未練ではない。結果がどうあれ、あなた達は生存してきた。それは少なくとも齧り付いてでも護りたいものがあったという証左だ。それを為し続けた者達に送る言葉は賞賛だけでいい」
ありがとう。
そう綺麗に笑ったハンター達の親玉は自らの引き出しを空けて、ファイルを一つ四人に差し出す。
「今生の別れになるかどうかは分からないけれど、餞別よ……15年前から13年前に掛けて、軍から流出した情報ファイルの一つ。守備隊のもう死んだ友人からの贈物でね。もしかしたら、同じようなのが各都市にも残存しているかもしれないわね」
「各都市?」
「此処とあなた達が向かう都市。そして、西海岸最後の砦」
「それって……ニューヨー……何とかいう」
「あら、知っているの?」
「前にちょっと調べたら、この国の大都市は沿岸部に多いって話でしたから」
「嘗て国連。この世界の国家間の問題を取り仕切る組織の本部があった場所よ。今も連絡は取っているけれど、距離が遠過ぎて定時連絡以外はしていないのだけれど、あそこなら戦線都市で消え失せた資料なんかも見付かるかもしれないわ」
「バージニアさん……」
「あの騎士達が何者なのか。あなた達の世界の者だとしても、どうして我々と戦っていたのか。真相が分かるといいわね。そして、コレは純然たる個人的なものなのだけど……生残りなさい。あなた達にはその力がある。私には分かるわ。生残ってきた者達の目を見て来た……いつも見送ってきた……だから、分かるの……生きる事は戦いよ……負けないで」
そのスーツの襟を正して、彼女が敬礼する。
それにまた彼らも敬礼で帰した。
「明日の四時。遅れないでね」
頷いた全員が出て行くのを彼女は見送らず。
その後に入って来た秘書に今まで自分が機密指定してきたファイルを持ってくるよう言って……数年来使っていなかった灰皿を引き出しの中から出してドカリと机の上に置いた。
「まだ、こんな使い道が残ってたなんてね。禁煙が辛いって此処に置いたのがもう随分昔みたいに思える……ふふ、案外ヘビースモーカーも役に立つじゃない」
彼女は微笑む。
明日から彼女の戦いは始まるだろう。
しかし、今は孤立無援というには少し背中に重しが乗っていた。
嘗て、彼女が家族を背負っていた時の重しが……。
*
フィクシー達が殆ど徹夜であれやこれやと準備して港に出て来た時、彼らの目には大型のタンカーが2隻、埠頭に見えていた。
その最中、彼らの愛車らしいキャンピングカーがクレーンに吊られてタンカーへ乗せられるのを見た四人の心情は胸が一杯である、という事だろう。
歩いて乗船しようと船へ向かっていくと。
その途中で車が一台。
中から出て来たのは30代のバージニアの秘書だった。
「そのままお聞きを。浮浪児と孤児達を教会で更に受け入れるそうです。倉庫街の金とレアメタルの類はその原資に当てると。それと浮浪児の子供達の声を……船の上で聞いて下さい」
そのまま彼が小さなレコーダーをフィクシーに渡して通り過ぎ、ヒューリが泣きそうになっていた。
物凄く気にしていたのだ。
彼女は自分が野菜を卸していた多くの店にどうか浮浪児達を何とか養ってやってくれと前夜、頭まで下げて回ったのである。
それが思わぬところで報われた形になれば、それは泣きそうにもなるだろう。
すぐに出港準備へと取り掛かっていた
船の傍まで行くと乗船許可が出され、四人は貨物として運ばれる旨を丁寧に説明された後。
それとはまったく異なるだろう船員用の船室に案内された。
手荷物らしい手荷物は武器のみの彼らだったが、すぐに船員から外に来るように言われて船の甲板から接舷している方を見れば、何十人かの人々がひっそりと声も出さずに手を振っていた。
それが子供達の一部や教会の一度もまともに顔を合わせなかったシスターや要塞を一緒に造ったハンターや施工業者の一部だと気付けば、彼らにも感慨が湧いた。
「結構、オレ達この都市に馴染んでたのかもな」
クローディオが手を振り替えして呟く。
「馬鹿者。共にメシを食い、共に敵を倒し、共に何かを造る。それを戦友と呼ばずに何と呼ぶ」
「そうですよ。皆さん家族みたいなものです」
ヒューリがウンウンと涙半分に頷く。
「僕、最初に辿り付いたのがこの街で良かったです」
「そうだな。オレもだよ……」
船が出港する。
汽笛は無しだ。
港のタンカーがゆっくりと動き出し、彼らが望む無限の海を前にして少しだけ驚く。
がりオスは内陸国でベルもまた話や画像や映像は見た事があっても、真に海というものの上に向かった事も向かう事も無かったのだ。
そんな彼らとは反対に港へと入っていく船を彼らは見ていた。
その明らかに普通の船では無い角ばった大きな艦橋を持つソレが軍艦だと分かったのはフィクシーとクローディオだけであった。
薄霧の中。
そのイージス艦に続いて数隻の艦船と同型艦が二隻。
そうして、その後から入って来る巨大な船体に彼らがさすがに目を見張る。
空母だ。
F35を満載したソレは誰がどう見ても完全無欠に物騒な代物であった。
「バージニアさん。大丈夫でしょうか……」
「我々には無事を祈ってやる事しか出来ない。彼女の戦場はあの街で、彼女の戦うべき場所はあのオフィスなのだから」
「あんな良い女がいるんだ。大丈夫さ。きっと……あの船の連中が野蛮人じゃなかったらな」
「さぁ、もう入ろう。見咎められる前にな」
全員が甲板近くの入り口から船室へと戻っていく。
アメリカ海軍所属の原子力空母。
今や残っている国家において唯一空母を8隻運用する亡命政権たるUWSAはその多くの人員と装備を養う為に今は日本の自衛隊との合同で多くの装備を運用している。
その結果、影響は指揮系統にまでも及び。
今や自衛隊は在日米軍の補間戦力という立場を逆転し、米軍はその動向を自衛隊と日本の政府と内閣に左右される事となっていた。
力関係は対等という建前はともかく。
自国領土をほぼ全て失ったアメリカには日本に軍事力を売り込み、全ての知財を解放してでも今の地位と権力を確保している必要があった。
結果、本来米軍の士官しか入る事が出来なかったはずの空母の艦橋には自衛官が半数配備され、米軍の士官と共に制御に尽力している。
その艦長席の横。
詰襟の50代の役人が一人。
僅かに出た腹と強かそうな顔に太い眉で傍を通り過ぎていくタンカーを見やる。
「提督。我々は聊か攻撃的過ぎやしないだろうか?」
「はは、ミスター村升。此処はアメリカの港ですよ」
60代くらいだろう白髪に白髭。
日に焼けた如何にも海の男というような顔の船乗りが制帽を直しながら、嘗て軍が逃げ出した港へと向かっていく。
「……彼らがそう思ってくれていればいいが……」
「例の件を確認する為に来たのならば、逆に歓迎されるかもしれませんよ?」
「そうかね?」
「この大陸でも“奴ら”は猛威を振るっている……我々には是非とも必要なのだ。彼らのテクノロジーが……だからこそ、自衛隊も防衛省も内閣も同意した。違いますか?」
流暢な日本語。
それこそが艦長たる男。
いや、今その艦隊を率いる提督が派遣された理由だった。
在日米軍所属の艦隊を与る者として日本語のレッスンを勤勉に受けていたという男の妻も日本人だったりする。
「もう15年も経つのに衛星網が未だに生きているとこの間まで隠していたのは何処の軍隊だっただろうか? 吊るし上げを食らったウチの奴が疲れて自殺しないかとヒヤヒヤしたよ」
「HAHAHAHA、気にしない気にしない。我々は一蓮托生……どちらが欠けても生存は不可能。ならば、少し里帰りにご協力下さい。全権は貴方に……実働部隊は我々が……吊り合いは取れているでしょう? 大統領からも言われましたよ。我々が全滅してもデータとミスターだけは本土へ送り届けるようにってね」
ウィンク一つ。
男がチャーミングな髭を撫でながら、親愛の証か。
バシバシと役人の肩を叩いた。
「当時、私は木っ端役人に過ぎなかったが、戦線都市への大規模な投資は聞いていた。だが、聞かされてないことはまだまだあるんだろうな。止めてった先輩方が言ってたよ。長生きして年金を貰いたいなら、この件には手を出すなってな」
「でも、貴方は此処にいる……」
提督が深く笑みを浮かべた。
「永田町はアンタのとこの大統領にお膳立てはしてくれるだろう。だが、そこから先は投資以上の事じゃない。我々の本懐は国土を守る事だからだ」
「……分かっていますよ。自衛隊の名が示す通りにあなた達は戦う事でしょう。だが、それにしても相手が悪い事は事実……だから、我々がファーストルック・ファーストアタック・ファーストキルの精神をお見せしようと言うのです。事務次官殿」
「……最後だけはこっちにもじっくり見せて貰いたいもんだ。このご時勢にテルシオでも銃でも殺せない“騎士の殺し方”って奴をな」
彼らはチラリと横目で互いを見てから、再び黙って港へと向かう道を見つめる。
艦隊は悠々と何一つ憚る事なく。
その都市の沖合いに停泊する事となったのだった。
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