第29話「山崩すもの」


 フィクシー・サンクレットの子供時代はいつも黄金色の埃が吹き上がる小さな館の一室に帰結する。


 庭に咲いていた香草の匂い。

 夕立の後に香ってくる大樹の香気。

 古めかしい黴たようにも思える魔導書を開いて。


 今時、骨董品と大陸中央では呼ばれて久しい植物性の油を使ったランプの橙色の光に濃密な闇を照らし出しながら、身長が足らない椅子で脚をブラブラさせつつ、線人達の知恵を学ぶ。


 魔術結社と言っても大陸中央では昔のような力は殆ど無く。


 ほぼ全ての非倫理、非道徳的な研究の廃止とそれの禁止が七教会の影響を受けた国家から出て移行は衰滅する一報。


 地方では七教会に下らなかった“危ない研究をする魔術結社”は全て壊滅。


 それは正しくほぼ全ての組織の事を意味した。

 彼女は言わば新世代。


 大陸中央に極僅か残っている旧い旧い時代遅れの結社が新時代にまだ結社という形を残そうとして生み出した灯火。


 悪い事などせず。


 七教会の倫理規定通りに研究して、ルールを護って楽しく“趣味でやってね”という話を何とか頷けるようにした術師が彼女だった。


 祖父母は既に過去の大戦、黄昏の悠久戦争と呼ばれた魔王との最後の決戦の時に天変地異を治める為に他界。


 両親は彼女を生んでからは殆ど一般人と変わらぬ生活をして、魔術結社を七教会が言うような“良い子”にする骨抜き政策に従って、虚しくも徒労にも思える改革で組織から人が離れていくのも構わずに結社を一般的な研究施設のようにしてしまった。


 彼女は祖父達が残した小さな館で研究職の帰りが遅い両親を持ち、学校に行くよりも魔導書を読んでいた方が嬉しい子供に育ち。


 祖父や祖母を真似て剣も我流。


 術師として繋がる地方の廃滅寸前の魔術師や結社達から秘奥などを密かに託されながら、まるで両親とは真逆の“全うな魔術師”として大成し、12の時には大魔術師の称号を得るまでになった。


 魔導師にならないかと誘うものは幾らもいた。


 その力があるならば、学校になど通っていなかったとしても引く手数多。


 そう言われて腹立たしかったのは彼女の大魔術師という称号がもう畏怖でも畏敬でも集めるような代物ではなくなってしまっていたからか。


 別に彼女は敬って欲しかったのではない。


 魔術師というモノを人々にもう少しだけ時代の中で認めて欲しかったのだ。


 しかし、ランプに使う油すら既製品しか手に入らなくなった昨今。


 明かりは都市の積層魔力を用いた動力炉によって生み出される電気などに頼っている昨今。


 七教会の天候すらも必要とあらば、複数の国家単位で制御される昨今。


 彼女の望む魔術師な仕事も必要とされる場所も無くなっていた。


 多くの仲間達が廃業するか失踪し、大陸地方ではまだ魔術師が生き残っているが、それにしても七教会の厳しい倫理規制や道徳規制によって多くの主要な大多数の中流階級からは力を持つ相手として距離を置かれるようになった。


 無論、そんなところばかりではなかったが、多くの都市国家の首都では魔術は生活の道具以上の存在とは見なされなくなり、術師もまた一技術者として以上の価値を示されず。


 それを全面に押し出した魔導が良くも悪くも最先端という事になっていった。


(私は七教会が綻びる事を何処か嬉しく思っていた。まだ、我々魔術師の居場所が、活躍する場所が、自らの価値を示せる場所が……誰も知らないお爺様の名を知らしめる機会にも恵まれるような気がして……)


 意識が浮上していく中。

 彼女は思う。


(だが、一度強敵と戦えば、この有様……ベルがいなければ、命を落とし、魔導が無ければ、何一つ為せずに荒野で没していたに違いない)


 遠い記憶や小娘と呼ばれる歳で大魔術師として大成した日より強く。


 新たな決意をした。


(護らねば、役に立つのが私でなくとも……お爺様のように世界からも消去られても……ここにはあの子が必要だ。きっと、私達にも……)


 己の全てをきっと知っているのだろう少年はそれでも他人に優しい。


 自らを犠牲にしても助けてしまう程に。


 それは人の心にしても歪かもしれないが、間違いなく尊く守るべき何かに違いなかった。


 *


 繋がった映像は僅かにノイズが入っていたものの明瞭に写っていた。


 映像の先の相手は画面を覗き込んでから一言。


『フィクシー・サンクレット魔術大隊長はどうした』


 そうその痩せぎすな顔の上で眉を顰めたのだった。

 あの戦いから2日。


 未だ病床で栄養点滴とヒューリの介護を受けるフィクシーは軍用の電子戦用らしい車両内には居らず、クローディオは相変わらずだなこの痩せぎすという内心の言葉は飲み下しながら、肩を竦めて余所行きの呆れた顔を作る。


「それは無いんじゃないか? ガウェイン・プランジェ副団長様」


『貴様のような軍人崩れに頼らざるを得ない我が団の弱体化は甚だしいが、だからと言って最も重要な通信に最も重要な戦力の一つである彼女が出ないという時点で異常事態だろう』


「……相変わらず、有能な事で」


『当たり前だ。貴様のような死に場所を求めている凡人と使命感を持った大魔術師。どちらが信用にたる報告をするものか。貴様とて理解の範疇だろう?』


 本当に嫌味でも何でもなく自分の言葉に一切の疑いを持っていないその男。


 青白い肌は死人かと言われ。

 痩せぎすな身体はアンデッドかと陰口を叩かれ。

 嫌味な事実のみを語る口は辞書かと呆れられ。


 合理主義が眼鏡を掛けていると団員から囁かれるその男こそ、善導騎士団の副団長。


 ガウェイン・プランジェ独身30代前半、であった。


 顔立ちは悪くないのだが、とにかくイケメンだが、何処か筋張ったような雰囲気。


 団員の資質を見抜く人事としての能力と特級品と呼ばれる経理能力の鉄人。


 それこそが彼だ。

 潰れ掛けた善導騎士団に入ったのが10年前。


 そして、その十年で他の国家が運営していた騎士団の殆どは潰れたが、善導騎士団だけは決して潰れることは無かった。


 その最たる理由は団長と副団長たる男の努力からとされたのは間違いの無い事だ。


 徹底的な節約志向。

 給費と余暇を切り詰め。


 完全無欠に1年365日騎士団に副業と称して様々な慰問活動やボランティア活動を押し付けて維持費として補助金を獲得し、古来からの団員の逆鱗を買っても徹底的な改革を断行、彼らの欠点弱点家族構成までも把握して理詰めの口先一つでダウンさせた手際は伊達ではない。


 辛辣な物言いは極めて団員達から嫌われているが、逆にその仕事に関する判断と信頼だけは疑いようの無い嫌味マンは変わらず男の核心をエグイ程に軽く串刺しにしていた。


『それで大隊長は?』


「こっちで請け負った仕事中にヤバイ化け物に襲われて重症だ。後一週間は絶対安静。悪いが今現在の指揮権はオレに移譲されてる」


『……ふむ。彼女が重症を負う程の敵か。単なるアンデッドではあるまい。ならば、遺憾ながら貴様を部隊の指揮権を持つ者として認める。現状認識と状況報告から始めよう』


 そうして10分程掻い摘んだ現状を話し合った後。

 ガウェインが僅かに思案顔となった。


『つまり、我々の世界の人間がこのアンデッド。いや、ゾンビ共と関係していると。そして、復讐……か。状況は不明瞭だが、我らが世界の不始末は我らで付けねばなるまい。その前にまずは生存を優先せねばならないが、貴様の話が本当ならば、我々の拠点は整備されているのだな?』


「ああ、魔導を使う坊主の話は団長から聞いてたか?」


『それは知っている。まだ見た事は無いが、団長が魔導を使える者をスカウトして来たと襲撃の前日に仰っていたからな。そちらの現状は分かった。我々の現状は先程も簡潔に述べた通りだ』


「接触を殆ど禁止してたのは裏目だったな」


『仕方あるまい。どのような事になるか見当も付かなかったのだ。この世界が我々の世界ではないことは分かっていた。現地民との接触はその点で極めて慎重に行っていたというのが正しい認識だ』


「で、此処まで自力で移動出来そうか?」


『団員の3割程度ならば。それ以外は魔力もそう多くない。長距離行軍は馬車や車両を用いねば無理だろう。この数ヶ月で体力も落ちている』


「分かった。じゃあ、お迎えに行くよりは物資を送って、来てもらう方針がいいか」


『その案が最も妥当だろう。魔導によってかなり安定した基盤を築いたようだが、我々のところにまで届けられるか? いや、それ以前に団員の半数以上を移動させる程の物資がお前達単体で作れるというのか?』


「ウチの兵站を与ってる坊主は優秀だ。この都市の上層部ともコネがある。こちらで移動用の資金と食料と車両や燃料代を諸々捻出は可能なはずだ。恐らく問題ないだろう。どうなるにしても大隊長殿が完治するまでは動けない。精々、金策に励もう」


『……同意しよう。今はそれが最善か。そちらで更に我々の食料を確保する事は可能か? いや、このような現状で銀行業務が行われているかどうかは分からんが、遠隔地に富を送金することが可能ならば、我々名義での口座と食料の確保を行ってもらいたい』


「それは確認してないが、すぐに繋がりのある上層部の人員に確認を取る。そっちに対する注文は一つ。問題を起こすな、だ」


『現地民との友好関係を築いているというならば、心掛けよう』


「そうしてくれ」


『では、団員の引き締めを図ろうか。では、次の通信の時に懸案の結果を互いに報告するという事でいいな?』


「了解だ。副団長殿」


『フィクシー・サンクレット殿には早期の復帰を願っていると伝えてくれ』


「珍しいな。アンタがそんな話をするなんて……」


『自分の妹のような歳の少女に死ねと命令するのだ。それくらいは人情の範疇だろうとも』


 サラッと必要があれば、死ねと命令することを暴露した副団長の声に後方で控えていた副団長の秘書達は壮絶に青い顔をした。


 命綱の別働隊に対しての言葉ではないだろうとの全うな感情からだが、そんな非合理を介さない男は至極全うに業務を終えたと言わんばかりに通信席から立ち。


 すぐにプツンと映像は途切れた。


 相変わらずだな本当に、という感想をそのままにクローディオが通信車両から出て階段を下りるとベルが待っていた。


「待たせたな。ベル」

「どうでしたか?」


「ああ、奴さんいつも通りだった。いや、少しやつれてたか。どうせ、使える部下に食料を多く分けてたんだろう。ああいうところは見習ってもいいんだがなぁ……」


「ええと、つまり?」


「オレ達はまたお前に頼りっぱなしになるって事だ。悪いとは思うが、今日から金策を頼む」


「金策……いつも通りですか?」

「いつも通りって言われる事が哀しい大人だっているんだぜ?」

「ご、ごごご、ごめんなさい」


「いや、謝らなきゃならんのはオレの方だ。最年長の癖にまともに食わせてやれる方策が立てられるわけでもないんだからな。だから、その分は働こう……何でも言ってくれ」


 ベルがそのクローディオの言葉に恐縮している間にも通信が終わったと知らせが入ったのか。


 そのモスグリーンの車両付近で駄弁っていた彼らの下にバージニアが歩いてくる。


 通信場所は市庁舎の裏手だったのである。


「そちらはどうやら上手くいったようね」

「分かるか?」

「ええ、暗い顔してないもの」


「はは、顔には出ない方だと思うんだがな。まぁ、いい。で、オレ達の方針は決まった。で、相談なんだが……」


 クローディオが懸案を訊ねるとバージニアが頷く。


「可能よ。まぁ、かなりの金額を動かす事になるから、相手側に海から物資を幾らか送らなきゃならなくなるでしょうけど」


「……分かった。ウチのベルが頭金くらいは作ってくれるだろうからな。準備は頼む。後で出来る限り、現物で御支払いって事でいいか?」


「ええ、構わないわ。はい、コレ」

「ん?」


 バージニアが渡してきた紙切れを見て、クローディオがポリポリと頬を掻いた。


「領収書を貰う必要あったかな? オレ達」


「ハンターを動員しての車両回収作業、頼んでいた木材確保の仕事の違約金よ。ハンターの仕事は失敗したら、そうなるって書いてあったかと思うけど」


「……分かったよ。稼ぐよ。ええ、稼ぎますとも!! このベルがな!!」


 グイッとクローディオが少年を全面に押し出す。


「あ、はは、はい!! か、稼がせてもらいます!!」


「そう。よろしくね。坊や……騎士達の報告書は読ませて貰ったわ。書けない事もあるのでしょうけど、ハッキリ言って助かってる。現段階じゃ逃げるくらいしか方策が立てられないという事が分かっただけでも十分よ」


「す、スイマセン。あんまり解析出来てなくて」


「責めて無いから顔をお上げなさいな。さっそくで悪いんだけど、上がね。街にも弾薬と資材が欲しいって言うのよ。引き受けてくれないかしら?」


「は、はい」


「荒野の土砂で銃弾が出来るんですもの。普通の土でもイケルかしら?」


「そのさすがに成分的に含まれてないものを造るのはちょっと時間が……後、僕の汎用式だと元素変換レベルの術式は今のレートだと……かなり死体というか……ゾンビの遺骸が無いとちょっと……」


 バージニアが考え込む。


 フィクシーは一応、協力者であるバージニアにベルの許可を取って、ベルの魔力に付いては一部教えていた。


「つまり、ゾンビ共を大量に死体で集めたから、あの要塞での大規模なことが出来たの?」


「は、はい。魔力源が傍に無いとあちこちから魔力を引っ張って来ないとならないので……」


「分かったわ。残ってるハンター達にはゾンビの遺骸集めを頼んでおきましょう。どれくらい必要?」


「要塞と同じくらいの規模なら500体単位あれば。後、出切れば鉱物資源が出そうな場所の近くに集めて貰えると助かります。原子変換しなくていいなら、かなり早く終わると思うので」


「分かったわ。終わったらすぐに知らせをやるから」


「その、後……出来れば、供養の為に碑を……僕が作るよりこの世界の人が作ってくれた方がいいと思うので」


 その言葉を聞いてバージニアが少年の頭を撫でる。


「ありがとう。坊や……」


 そうして彼らの金策が始ったのだった。


 *


 それから数日。


 フィクシーの腕と腹の傷が完治するまでヒューリは病院、クローディオは野菜の収穫と運搬と夜は騎士団の拠点整備、ベルは拠点整備をする傍ら、資源開発用の魔術具の開発とフィクシーの大剣の試作品の受け取りや新型の武器の製造を行う事になっていた。


 特にベルは目も回る忙しさだった事は間違いない。


 始めて工房から大剣の形をした試作品を受け取り、台車で街中を押して歩いたのだ。


 キャンピングカーは市庁舎に回収されて以降、フルで整備していて戻ってきていなかった為、使えず。


 ハンター用に貸し出される台車はクローディオの物資の運搬と卸す作業、ヒューリなどの送り迎えに必須の為、使えなかったのである。


 それでも何とか拠点を作り、道具を作り、武器を作り。


 正しく研究職となった少年の奮闘結果として、バージニアから呼ばれる前には大抵の事に目処が付いたのは事実だった。


 フィクシーは呼ばれる1日前に完全に腕まで治って、医者が御大事にと半笑いだった事以外は極めて順調に復帰。


 ヒューリもそれを機にクローディオから仕事を返して貰い野菜の聖女様として毎日のように野菜や果実を卸し、子供達に分け与えニコニコ顔。


 クローディオもまた完全に土木作業員のにーちゃんとして朝から晩までゴーレムに指示を出しては測量して、測量しては指示を出してと拠点整備を進め、箱物のガワだけは完成。


 そうして朝日もまだ出ていない明け方の空の下。

 全員が一端仕事を終えて、採掘業務へと駆出された。

 お供となるのはハンターではなく守備隊の人間だ。


 何故なら、採掘場所は都市の壁から3km程離れた来たの山間。


 まだ砂漠化も押し寄せてきてはいない疎らな樹木が生える正しくザ山という感じの小山であった。


 此処でならば、軍用無線も届くという事で現地での採掘開始に当たってはバージニアも時折、無線で状況を尋ねることになっている。


 大型の日本企業製のピックアップ・トラックが数台。

 更に業者の大型ダンプが数台。


 その戦闘で予定地とだけ書かれた看板の先にはただただ山が広がっている。


 雄大な景色というには微妙な景色。

 闇が明けていく最中。


 少年はクローディオに採掘用の機材である金属製の円筒形魔術具を二十本近く渡して、事前に渡されていた地図の地点に置いてくるよう頼むと周囲の地面をおもむろに要塞の時と同じ様に円形に露天掘りし始めた。


 守備隊は聞かされていたようなのだが、ダンプの運転手達は怪しげな宗教結社によるオマジナイでも始るのかと思っていた矢先……土砂が何故か金属の棒に通した金属糸の間に消えて跡形も無くなっていく光景に唖然とし、口をあんぐりと空けていた。


 今では自動化され、ベルが止めるまでは延々と棒が地面を分解して沈み、掘り進めるようになっている為、傍目には棒と糸が勝ってに弧を描いて地面を消し去っていくある意味ホラーな絵面が完成。


 ベルはそうして驚いている者達の背後で同じ様な棒と金属糸の組み合わせで大きくしたポケットの入り口を上空に浮かせて、ポンポンと何も為さそうに見える虚空から次々にブロックを落とし、まるでパズルゲームか3Dプリンターのように各金属資源用の倉庫を作り出した。


 レンガをある程度積み上げたら、壁を超純化した金属元素を出しつつ、ブロック間に染み込ませ圧着。


 後は屋根型のポケットの型を上空に浮かばせて、ゴドンッと屋根を乗せれば、まったく建築技術を意に介さない倉庫が数十分で10棟近く出来上がった。


 内部にフィクシーとヒューリに金属棒を置いてもらえば、すぐに混じりっけ無しの金属ペレットがザアザアと転移で沸き上がり、あっと言う間に資材置き場が完成した。


 これにはさすがの常識人達もゾンビの群れに襲われたような顔で十字を切り『オウ、ジーザス』と空を仰ぐしかなかった。


 そうして半径100m程を5m程露天掘りして穴にした少年がそろそろかなと帰ってくるのを待っていたクローディオが一週回って反対方向から帰ってきたのが1時間後。


「どうでしたか?」

「おう。全部、置いて来た」

「じゃあ、まず、倉庫一杯立てちゃいますね」

「お、おう……何か、守備隊のやつら、彫像になってんぞ」

「ベルの魔導に目を丸くしているだけだ」

「そうか。ついにまた犠牲者が……」


「ぎ、犠牲者ってなんですか!? ベルさんは極めて全うなお仕事をしてるんですよ」


 ヒューリに噛み付かれたので元英雄は途中でゾンビの山が数百体。


 山の中に転がっていた事は言わないでおく。


 後で供養する事になっている為、今は生ける人間の為に役立ってもらおうと片手で謝るくらいが彼に出来る供養であった。


「ええと、手順を複製して、転移先にビーコンを生成して……百棟くらいあれば、足りるかな?」


 ベルの懐の中から勝ってに飛び出て浮遊していく金属棒と金属糸の山が次々に指定位置へと到達すると、露天掘りしていた場所での棒の回転速度が上がった。


 それと同時に次から次へとブロックが山のように所定の場所に積み上がり、その度にベルがテテテと走っていって、その場でポケットから飛び出す液状にした純鉄を染み込ませてカッチコチに接着、屋根もまたバンバンというよりはガンガン物理的な音を立てて、乗っていき。


 2時間後には走り回ったベルの努力も報われたか。

 本当に100棟程の巨大な資材置き場が立っていた。

 目が点の世界であろう。


 そして、露天掘りしていた棒も数百m近い深さまで掘り勧められており、地下水脈に当たったか。


 ザアザアと最下層は水が溢れ始めている。

 奈落の底を『ヒエッ?!!』と叫びながらも覗き込む者は後を絶たず。


 しかし、ベルはようやく“下準備”が終わったと汗を拭ってから、魔術具に指令を送って自己分解させて崩した。


「で、これからどうするのだ?」


 フィクシーが訊ねるとベルがクローディオに渡した地図を受け取り、開いて点が書かれてある場所を指差す。


「山を横に崩すのは危ないとこの間の事で分かったので上から露天掘りしようかと」


「上から?」


「はい。あの小さな山が連なってる尾根とかを頂点にして上からクローディオさんに埋めてもらった魔術具が起動して、込めた魔力分だけ上から導線なんかを使わずにポケットが展開出来るんです。入った瞬間には分解と精錬が終わってますから、それをチャンネルを経由する魔術具で延伸して、一定間隔で其々の一番高い場所から順に……こっちのは一番多い珪素を入れる為の埋める用の穴で……」


 結局、どうなるのかやってみなければ分からない三人とその他大勢を前にベルが魔導を手の甲に光らせ、虚空に手を翳した。


「あの山の頂上部分を見てて下さい」


 ポイッとベルが懐から取り出した金属棒を奈落の穴に落し入れる。


「「「?」」」


 三人が山を見上げた時から倉庫のあちこちでザアザアと溢れてくる金属が小山を形成しながら崩れる音が連鎖した。


 そして―――見る事数十秒。


「「「!?」」」


 彼らはようやくベルが何をどうしているのかをようやく合点した。


 山の上がゆっくりとまるで上から見えないシャッターでも下りてきているかのように無くなりつつあった。


 それと同時に奈落の底でも大量の珪素が吐き出されて水音がゆっくりと消えていく。


「山を丸ごと削ってんのかッ?!」


 さすがに常識人だったクローディオが驚く。


「これなら一々穴を掘るより楽だと思ったので」


 ニッコリとベルは自分の作った仕掛けが上手くいった事を普通に喜んでいる。


 だが、普通の人間勢であるところの守備隊とダンプの運転手達は顎が外れた様子で目玉も飛び出たか、またはどうやら今日は疲れてるみたいだと被りを振って、車両内部で仮眠を取りに向かう。


 だが、その合間にもベルの立てた資源倉庫群の中には次々に鉄、銅、マンガンを初めとしてあらゆる鉱物資源が大量に降り注ぎ、山となって満杯になると次の場所へと同じ様に湧き積もっていく。


「ベルさんはやっぱり凄いんです!! さすが我らがベルさん!!」


 ヒューリの方が何故か鼻高々だった。


「ベル。何をしているのかは分かったのだが、すぐ横のあの大穴だけでは山をあれほどに崩せないのではないか?」


 フィクシーの手が地図の点があった山々を見て疑問を呈する。


「あ、はい。なので、一杯になったら、また穴を掘って倉庫を建てて、山を削っての繰り返しになります。結局1秒間に出し入れ出来るものが家1つ分より少し少ないくらいなので時間はどうしても掛かっちゃいますね」


「少し少ない、の部分に我々の装備が入っているのか」


「はい。重要物資以外はこの間から騎士団の拠点に入れ替えてるので」


 ヒューリが納得した様子で唸った。


「ベルは凄い。本当に……」

「ほ、褒められても速度は変わりませんよ?」


「なら、存分に褒めてやる事にしよう。やる気が伸びるようにな」


「あ……」


 少年を後から抱きしめるようにしてヨシヨシし始めたフィクシーにズルイと頬を膨らませたヒューリも加わってナデナデが加速された。


「そういや、一つ聞いていいか。ベル」

「は、はい。何ですか? クローディオさん」


「鉱物の中にゃヤバイのも入ってるだろ。水銀とか毒になる鉱物も結構あるはずなんだが、そういうのはどうしてるんだ?」


「あ、それはちょっと時間が掛かるんですけど、全部元素変換して弾の材料にしてます」


「ああ、そういう事か。それにしても本当に汎用式は便利だな」


「あ、その、実は……近頃、汎用式で出来る事が増えたんです」


「増えた?」


「あ、はい。要塞を創る前からフィー隊長に魔術の手解きを受けてたので一番今後使うだろう錬金術とかの情報には手が加えてあって……」


「そりゃ、出来る事が増えたんじゃない。お前が強くなったんだぞ。ベル」


「へ? いえ、ぼ、僕は本当にあるものを使うだけで……フィー隊長がいなかったら、魔術方面の知識も延びなかったですし、全部借り物ばかりで」


 褒められて恐縮してしまう少年は本当にそうとしか思っていない顔で返す。


「はぁ~~~ベル……それは学んだ、成果が出たって言うんだ」


「え?」


 クローディオが溜息を吐いて、ウチの兵站を握ってる坊主は人一倍謙虚だ。


 いや、他人に己を主張することが下手なのだなと指先で額を軽く突いた。


「そうですよ。ベルさんは努力家で凄いんです。ですから、胸を張って前より優秀になったんだって言っていいんですよ?」


「そうだぞ。ベル……お前は私の命の恩人で今や要塞を何も無い荒野から生み出し、山を削って宝の山に変える男だ。だから、もっと自分を誇れ。お前を誇る私達がいつでもお前の事を誇れるようにな」


「皆さん……ッ、あ、ありがとうございます」


 ペコッと勢いよく頭を下げる少年の謙虚さに全員が笑うしかなかった。

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