第17話「闘争の流儀」


 廃墟街の端で毎度お馴染みになりつつある不可視の隠蔽結界が女性陣の手で引かれている最中。


 ようやくトイレから出て来たクローディオは運転席から出て来ていた少年とバッチリ会う事になっていた。


「よ、坊主。これからよろしくな」


「は、はい。よろしくお願いします。そ、それと先程は本当に申し訳ありませんでした。クローディオ隊長」


「ぁあ、もう過ぎた事だ。いいっていいって。軍でも同士討ちは無線封鎖中はよくある事だしな」


「よ、よくあったら、ダメなんじゃ……」


「気にするな。いつでも死ぬ覚悟だけは出来てる。軍人上りで失うもんが無くなっちまってると猶更だ」


 先程聞いていた妻子を亡くしているという話に少年が申し訳なさそうな顔で微かに頭を下げた。


「それにしても魔眼の類か。いやぁ、さすがに資質のある奴相手だと技術が無駄になるなぁ。そういやオレの位置も正確に把握してただろ。坊主やるな」


「い、いえ、魔術師の家系ならこ、これくらいは……」


「それに坊主。魔導の使い手だろ? 昔の古巣でも使う奴はいたが、坊主のは随分と洗練されてる感じがする。何つーか。高位の魔導師特有の気配がするな。常時、永続で複数の術式を汎用式で流してるところなんか」


「―――お分かりになるんですか? フィー隊長にも看破された事があるんですけど」


「まぁ、職業柄な。大魔術師殿には今更な話だろう。魔力量もかなり高そうだし、良い部下に恵まれているようだ」


「そ、そんな、僕は皆さんの援護しか出来ませんから」


「軍じゃ兵站握ってる紙の兵隊が一番偉いんだ。次に砲兵。次に上層部」


「そ、そうなんですか?」

「ああ、現場の連中からすりゃな」

「どうやらすっかり打ち解けたようだな」


 外から入って来たフィクシーとヒューリが埃を払って後方の座席へと戻っていく。


「じゃあ、本格的に情報の整理をお願いする。オレも大魔術師殿の部隊の現在状況や詳細が知りたい」


「分かった。来てくれ」


 いつもは自分が座っている場所にクローディオが陣取り、地図や詳細な情報の提供を受けている様子を見て、少年は“この量で正気を保っている”だけでも随分と軍人として有能な人だなという感想を抱いた。


 その合間にもその体が殆ど条件反射的にテキパキと昼飯の用意。


 缶詰と飲料の用意を行っていく。


「なる程? 魔力や魔術の無い世界か。そりゃ、隠蔽しなきゃならんか。で、この世界の通信機器を復活させる為の遠征が数日後に迫ってて、大魔術師殿の部隊はその為に新規の戦術と部隊の最適化の為に遠征中と」


「そうだ。北部を目指す為には戦力強化が必須と考えた。この世界の実情にも触れたが、より詳細な情報や強力な武器や支援機器を手に入れる為には現地からの信頼も欠かせない」


「それで外部から物資を持って来るお仕事に付いたわけね」


「ベルが魔導を使えるおかげでかなり楽をさせて貰っている。この世界が物不足なのは先程も説明したが、魔導は確実にソレを解消出来る手段だ。貴殿にも分かるだろう? 私は魔導に偏見を持っていたが、今は頼もしい戦力として使う気でいる。魔導による兵站の確保は正しく今後の活動の要になるだろう」


 フィクシーの持ち上げぶりに少年が少しだけ頬を朱くする。


 褒められて嬉しくないわけがない。


 例え、それが魔導が無ければ、殆ど役立たずであるという事の裏返しだとしても。


「で、大陸じゃご禁制に近い重火器を大量に使った戦法に切り替えたわけか」


「アンデッド。この世界ではゾンビだが、それの中にも私に手傷を負わせるようなものがいる。最下級魔族並み程度だが、それ以上の個体がいないとも言い切れない」


「……七教会の騎師連中みたいな超越者じゃなけりゃ、オレ達みたいな時代遅れにゃ数の暴力は厳しいな。魔術無しの人間相手なら無双だろうが」


「とにかく。貴殿が加わってくれるならば、ありがたい。早急に四人での戦術に切り替える必要があるな。予備の重火器と弾薬は持って来ている。使えそうなものがあるなら使って欲しい。後、戦力把握として攻撃手段は全て提示してくれ」


「了解だ」


 男が外套を脱いでエルフとは思えない程に絞り込まれた傷だらけの肉体を埃塗れな軽装の下に覗かせ、資料を退けたテーブルに複数の攻撃用の兵器と思われるものを置いていった。


 それから数十分後。


 簡易ながらも四人での戦術を煮詰めたフィクシーが廃墟街の制圧をやってみようと提案し、全員が頷く事となった。


 *


「坊主!! そっち行ったぞ!!」

「は、はい!!」


 少年が廃墟街の中央で片手に持った拳銃で大量のゾンビ達が前衛を抜けて来たのを見ながら、冷静に小さく練ったC4を魔導の人体制御によるコントロールで最適なフォームによる投擲。


 信管だけを取り付けたソレが弧を描いて数体のゾンビの頭上に来た時、魔導による信管への直接の起動信号が送られ、起爆。


 ドガッとまとめて虚空からの爆風に頭部を弾けさせたゾンビ達がザクロになった上半身をそのままに下半身だけでバタバタと倒れ込む。


 前衛ではフィクシーが最前衛、ヒューリがその背後、その後ろにクローディオが付き。


 クローディオの弓矢が次々数本ずつ腰の矢筒から取られては秒間1体の計算で頭の真ん中をぶち抜いて敵を沈黙させていく。


 廃墟街にはまだまだゾンビが屯しているのが少年にも分かった。


 あちこちの住居から漏れ出す空白がゆっくりと外に出てきている。


「まだまだ来ます!! 五時方向!! 八時方向2二体!! 十二時方向から合計19体!!」


 その声にクローディオがゲッソリした顔になる。


「矢の数が圧倒的に足らん。漸減させるのはもう無理だな。真面目に中近接戦闘に移行するか」


「いや、ベル!!」

「は、はい!!」


 駆け寄ったベルが外套の内部からヌッとショットガンとアサルトライフルを取り出す。


「ど、どうぞ!!」

「は~~やっぱ、便利だな。魔導……」


「た、弾も沢山ありますから、無くなりそうになったら戻ってきて下さい」


「分かった。じゃあ、久しぶりに駆け抜けてみますかぁ!!」


 男が体に魔力を漲らせ、アサルトライフルと左手、ショットガンを右手に持って、フィクシーに合図を出すと突出して十二時方向に矢のように飛び出していく。


 その速度は決して矢にも勝るとも劣らず。


 そして、銃撃の連射音が響いたかと思えば、次々に大量のゾンビが倒れ、その背後へと駆け抜けた男があちこちから集まって来るバラバラなゾンビ達に触れそうな至近を通過する際、ショット・ガンで的確に頭部を吹き飛ばしていく。


 そうして、数分後。


 男が戻ってくる頃には残った残敵掃討は恙なく終わりを迎えていた。


 トッと少年の横に街を一周するよりは長く曲がりくねった道筋で戻って来た男は汗一つ掻いておらず。


 しかし、汗を拭うような素振りをして。


「いやぁ~~やっぱ、重火器は便利過ぎる。威力もあるし、弾道も弓よりは真っ直ぐだし、これで音がなきゃ最高なんだが……」


 使い終わった重火器が少年に手渡される。


 それを魔導で解析して、思わず小さな魔導師は目を疑った。


 いや、魔導を疑った。

 たった一戦闘。


 そう、たった一戦闘でクローディオの使っていた重火器は金属疲労と内部の摩耗が尋常ではない事になっていた。


 壊れていないのは単に耐久力が辛うじて持っているだけに過ぎなかったようだ。


「ベル。遺体の遺留品を」

「は、はーい。ただいま」


 少年が疲れたと言いたげに車両へ戻っていく男の背中をチラリと見てから、戦闘後の汗を拭う女性陣二人の傍に向かい。


 地面に手を付いて方陣を起動する。


―――シェムハメフォラシュ。


 いつもとは違う。


 魔導で完全な他の魔術の模倣を行う術式を起動。


 少年の階梯ではまだ汎用式に追加されていなかったゴーレム製造用のソレが事前にフルビルドしていたものの中から選択して立ち上がり、そのまま地面の中から50cm程度の人形が10体近く……フィクシーとヒューリとベルのデフォルメしたような姿で立ち上がり、テコテコと歩いてあちこちのゾンビから遺留品を回収するべく動き出した。


「か、カワイイ……」


 思わず呟くフィクシー。


「ぅぅ、ベルさんはいつ見てもカワイイです」


 ベルとベル人形を見ながら言うヒューリ。


「あ、あはは……ありがとうございます」


 遺体の遺留品回収に時間が掛かると連続戦闘になりかねないという懸念から少年が出した答えはマンパワーを更に魔導で動員するという純粋な力技であった。


 ゴーレムなどは大陸では大抵の魔術師にとってポピュラーな存在だ。


 汎用性の高い魔術体系ならば、誰でも使い魔として創るところだが、生憎とフィクシーとヒューリは作れはするが、それを制御するのが不得手な魔術体系らしく。


 魔導で精密制御が可能な少年が複数体を操って遺留品の探索と回収を行う事になっていた。


「……ふぅ。それにしても仮初ではあったが、やはりとんでもないな」


 フィクシーが動く死体が死体に戻った街の光景を前にして呟く。


「は、はい。速度、攻撃の精密性、相手の反撃を許さずに離脱……確かに事前に申告されていた通りでした」


 2人が直前の男の事前報告を思い出す。


『オレは基本的にヒット&アウェイ。一撃離脱を主軸とする戦闘方法を取る。武器は投げナイフとか投擲武器と弓が主だな。近接用には大振りのナイフが一本と白兵戦用の戦闘術が少々。魔術は遠・近・支援どれでもいける。ただし本業じゃないから、半径30mくらいが射程限界だ。弓の射程は使う時の現地に3日以上滞在していれば、1900m先から人間の頭部くらいの堅さのものなら射抜けるが、入ってすぐの場所なら1000mが限界だ。現地の風を読んだりするのに時間が掛かる。鋼の装甲なら弓でも4cmまでなら100m圏内に限り貫通。相手の硬度次第だ』


 ツラッとした表情でシレッと言われた性能。

 それは二人にとってはそのまま規格外の類だった。


『市街地じゃ音を出して戦闘なんぞしたら、すぐに支援する連中がやってきて、囲まれたら即死だ。射程外から一方的に全滅させるか。その場から即座に遠ざかり、敵部隊に逐次打撃を与えながら無傷で帰投する。それがオレのいた戦術ユニットの戦い方だった』


 だが、そんな彼女達に男は本当に何でも無さそうな顔で肩を竦めて。


『でも、見ろ? オレの体は傷だらけだし、片腕も吹っ飛んだ。そういう戦い方をしていてすらこうなる……オレは軍で地方諸国のクーデター鎮圧やってたが、英雄なんて大魔術師殿は持ち上げてくれるが、実際中身はボロボロだ。ま、七教会に全部任せておけって事だよ。地方諸国間の戦争は中央の国家が出張る必要もなくもう殆ど根絶されたんだ。騎士団もそりゃぁ、要らなくなるよなぁ』


 何処か諦観を含んだ男の顔は笑っているのに目は真面目だった。


 それをヒューリは初めて、戦場に立った事のある人間の目だと理解したのが先程。


「でも、これでも七教会の部隊では超越者には程遠いとされるんですよね? たぶん……」


 男は確かに強い。


 強いが、大陸最精鋭にして最大の軍事力を持つ超国家規模の兵隊にしてみれば、単なる一般人である事は二人には自明であった。


 そうでなければ、騎士団が困窮していたりする事も騎士団長があれこれと改革を行って騎士団を盛り立てようとしたりする事も無かったはずなのだから。


「前に噂で聞いたが、七教会からオファーがあったそうだ。だが、彼は激怒してそのオファーしてきた文官を追い返したと。大隊長連中が言っていたな」


「……その、やっぱりあの事件の事で?」


「ああ、『オレより強い癖して何で救ってやれなかったんだ』と殴り掛かったが、相手は敢て殴り返さなかったし、被害届を出さなかったそうだ。ただ、本当に申し訳ないと頭を下げて帰っていったらしい」


「……私達の大陸も本当は滅びの瀬戸際にいたのかもしれませんね……」


 そろそろ夕暮れに向かう時間帯の街並みを見ながら、ヒューリが呟く。


「二十数年前、魔王との最後の戦争と言われた【黄昏の悠久戦争】が終わった時、大陸中央は完全にこれからは平和な時代が来ると思っていた。だが、事実は君達にも分かる通りだ」


「「………」」


「大陸各地で大災害が頻発し、七教会が地方で戦力を展開したにも関わらず、西部への魔族の大規模侵攻だの、新しい月の出現だの、南東部の大混乱だの、極め付けにアルヴィッツの首都がテロで壊滅……その後は知っての通り、南部の帝国が魔王の手に落ちた……我々の世界とて滅びとは紙一重だろう」


 フィクシーが大きく息を吐いて瞳を俯ける。


「でも、だからこそ、我々も己の力の限りに戦わねばならん」


「そ、そうですよね。頼もしい仲間が入ったんです。これからも生き残って……行けますよね……」


「ああ」


 前方で話している間にもゴーレム達から遺留品を受け取って、外套の内側から出したチューブからの水で洗って魔導で滅菌したソレを麻袋に入れていく少年を見て、二人がチラリと横を見て視線を重ねる。


「ヒューリ。君ももう立派な女性騎士だ。見習いではない。それは保証しよう」


「……ありがとうございます。でも、そのお言葉は皆で祖国に帰ってから受け取る事にします」


「ぁあ、分かった」


 2人の会話が終わるのと同時に百人近いゾンビ達の遺留品を何とか纏めたベルが振り向く。


「あ、お二人ともちょっと手伝って下さい。こ、これ重くて?!」


「ベル。魔導を使え。錬金系の術が再現可能なら、台車くらい出せるだろう」


「あ……は、はい!!」


 大型店舗で使うような物を載せて移動させる台車がかなり不格好ながら地面から珪素を抽出してか車輪付きで出て来る。


 まるで硝子を削り出したかのような代物だったが、ちょっと車両まで運ぶなら十分な事だろう。


「さて、殆どのゾンビは討伐した。付近にまた群れが近付いて来たら、掃討しながら廃屋の探索だ。事前計画通り、ゴーレムも使って効率を上げるぞ」


「わ、分かりました!! フィー隊長!!」


「本来なら二手に分けるところだが、強力な助っ人が増えたからな。街に近付く群れはクローディオに掃除してもらおう」


「ぁ、そう言えば……」

「どうした? ベル」


「毛布とか編み物みたいな単一素材でも複雑な形状のものは僕並みのなんちゃって錬金術ではまだ出来ないと申し上げたと思うんですが、クローディオさんの分の寝具はどうしましょうか?」


「……私が一枚彼に貸そう。毛布も三人ならば二枚あれば十分だろう。枕もな」


「え? え? あ、あの……」

「良かったな。ヒューリ」


 その言葉に何をいみするのかようやく悟った少女がボっと顔全体を赤くした。


「な、何言ってるんですか!? フィー!?」

「ぼ、ぼぼ、僕が枕と毛布無しで寝ます!!」


「そんな訳にいくか。君はこの部隊の中枢だ。風邪など引かれたら目も当てられない。隊長命令だ。今日から君は私達二人と二人分の毛布と枕を兼用するように」


「そ、そんなぁ!?」


 この世の終わりのような顔で赤くなった少年を遠目の車両内から見て、クローディオがポツリと呟く。


『おーおー、青春してるねぇ。南東部の武帝も真っ青なハーレムじゃねぇか。ぁ~~~オレも都市とやらに行ったら、ナンパするかなぁ』


 そう言った男は胸元から取り出したジッポの側面を親指でスライドさせる。


 其処には人間の女性と通常のエルフよりは耳の短い少女が笑って微笑んでいた。


『お前らのいない世界に帰ってもなぁ。しばらくは此処で頑張るとするよ。どう思うお前ら?』


 小さな呟きは途絶え。

 喧しい少年少女の声が近付いてくる。

 更に前へ。

 ハンター達の旅は進み続けていた。

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