消せない熱狂

 裕と笑里はお台場の会場に着いた。会場の前にはすでに人が集まって来ている。

「もしかして、徹夜で待ってたのかしら?」

「かもな」

 裕は、並んで待っている人の中に、見たことのある顔を見つけた。それは、夏のラブ・ロックフェスの会場で出会った、少女二人だった。


「やあ、あなたたちも見に来てくれたんですね」

 裕は声をかける。

「あっ、レイナちゃんの!」

「こんにちは」


「こんにちは。もしかして、徹夜で待っていてくれたんですか?」

「ハイ。レイナちゃんが日本に戻って来るって聞いたら、どうしてもライブを見たくて」

「当日券も出るって聞いて、それで」

「そうですか。そんなに早くから並んでくれて、本当にありがとう。レイナもきっと喜ぶと思います」


「いえ、私たちより、もっと早くから待ってた人もこんなにいるんですよ!」

「昨日の朝から並んでたって人もいるんです」

「そうなんですか」

 少女たちより前で並んでいた人は、どこか誇らしそうな顔をしている。


「皆さん、ありがとうございます。レイナを待っててくれて。レイナは必ず、ライブまでにここに来ます」

 裕は並んでいた人に頭を下げる。

「日本に入れてもらえないって聞いたけど」

「それは何とかなったみたいです。直に着くと思いますよ」

「よかった!」

 みんな安堵と歓喜がまざりあった感情を爆発させる。


 裕と笑里が楽屋口から入ると、行列に並んでいた男が、おもむろにイヤホンマイクで話し出した。

「もしもし……なんか、レイナは既に日本に入ってるみたいですよ。いえ、どこから入ったのかは分からないんですが……直にここに着くって言ってました。ええ。ハイ。分かりました。引き続き、ここで見張ってます」


*****************


 裕がバンドのメンバーと打ち合わせていると、森口から電話がかかってきた。森口は福島のゴミ捨て場から住人をつれてくる役割だった。


「先生、すみません、東京に入れないみたいなんです」

 森口の声は動揺している。裕はそこで初めて、東京に入る道路や鉄道が封鎖され、行き来できないことを知った。

「どうしたらいいのか……とりあえず、いつ封鎖が解かれるか分からないので、ギリギリのところで待機することにします」

「分かりました。こちらでも、何か方法がないか、探してみます」


「どうしたの?」

 そばで聞いていた笑里に事情を話すと、「それなら、ジンさんとか他の人も入れないってこと? 観客が集まらないじゃない」と泣き出しそうな顔になる。

「最悪の場合、表で待っている人たち全員に入ってもらおう」

「それだと、ゴミ捨て場の人を招待するっていう趣旨からずれちゃうわよね」

「うん、だから、それは最悪の場合の話だ。とにかく、ライブまでまだ時間はあるから、何か方法はないか考えてみよう」

 裕は笑里を落ち着かせるために、背中をポンポンと軽く叩いた。


「レイナちゃんは東京に入れたのかしら」

「どうだろう。封鎖される前に入れたのならいいんだけど、そうでないなら……」

 裕は表情を曇らせる。

「そっちのほうが大事よね。レイナちゃんが来れなかったら、ライブをできないんだから」

「ああ。こればかりは、天に祈るしかないな」


*****************


「まったく、あいつは」

 片田は官邸の窓から、「投票中止、反対!」「投票所、開けろ!」とシュプレヒコールを上げている群衆を見下ろしていた。

 最初は真実の党のメンバーだけだったのが、続々と人が集まり、あっという間に数千人規模に膨らんだ。


「堂々とこんな場所に出て来るなんて」

 ギリギリと歯ぎしりをする。昨晩は一睡もできず、目の下にはクッキリとクマができていた。


「とりあえず、東京につながる鉄道や道路は止めました」

 同じく徹夜をした三橋が、青白い顔で報告する。片田はハアアと大きなため息をつく。

「こういう事態を見越して、夕べから封鎖しておくべきだったね。対応が遅いよ」

「はあ、すみません……」


「それにしても、朝から、スタッフが少ないみたいだけど? みんな出勤はしてるんだよね」

「ハ、ハイ、あの、みんな、朝から各方面の調整に走り回ってまして」

「ならいいんだけど。万が一、あいつらが官邸に入って来たときのために、非番のスタッフも呼んでおいてよ」

「はい、ただちに」


 三橋は執務室を出ると、とたんにうつろな目になる。

 昨日の討論会以降、多くのスタッフと連絡が取れなくなってしまった。みんな片田の命運が尽きたと見て、どこかに逃げたのだろう。


「オレも逃げようかな」

 官邸の廊下にも、「投票所、開けろ」というシュプレヒコールは聞こえて来た。

 なぜ、今、自分はここにいるのか。あっち側にいたほうがよかったのではないか?

 そんな想いが沸き上がって来る。


 ――あっち側の人間になりたくなくて、子供の頃から死ぬほど努力してきたのに。その結果がこれかよ……。


 階段を降りる足が、鉛のように重く感じられた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る