最後の闘い、始まる。

 各地の投票所の前には、開場時間の前から行列ができていた。

 みな、高揚した様子でおしゃべりに興じている。


「昨日の動画、すごかったよな。片田がさ、とんでもない犯罪をやってきたってことだろ?」

「そうそう。本郷怜人も殺したって。本郷怜人って、国会議事堂を占拠しようとして失敗して、その日のうちに自殺したってことになってたよな。誰かを殺したって話じゃなかったっけ?」

「看護師だろ? 別れ話がもつれたとか言われてたよな」

「それが全部、ウソだったってこと?」

「だとしたら、怖えよな。国のトップが人殺しなんてさ。ロシアか中国の話みたい」


 男たちが盛り上がっている横で、女性陣も興奮気味に話している。


「影山美晴の子供がレイナなんでしょ? ってことは、レイナの父親って、本郷怜人だよね」

「だとしたら、ハリウッド映画みたい! すっごいドラマチックじゃない?」

「影山美晴の昔の動画観たけど、美人だよねえ」

「今もキレイでしょ」

「本郷怜人もカッコよかった~。殺されたなんてもったいない!」


 そのとき、スーツ姿の役人らしき人物がぞろぞろと建物から出て来た。

「え~、投票所にお集まりの皆様、本日はご足労いただき、ありがとうございます。え~、実は、昨晩、国から通達がありまして、え~、その~」

 一番年配の男性が、誰とも目を合わさないまま、ボソボソと話す。


「え~、結論から言いますと、本日の投票は中止となります」

 行列に並んでいた人たちはみな、「?」という顔になる。

「え~、本日の投票は中止となります。別の日に振り替えになるのかどうかは、今のところは分かりません。せっかく足を運んでいただいたのに、申し訳ありません」

 役人はいっせいに頭を下げる。


「え、何、どういうこと?」

「投票が中止? そんなのあり得んでしょ」

「誰が決めたの、そんなこと」


「え~、国から言われたんですが、私たちも状況がよく分からなくて……」

「なんだよ、片田が投票させないようにしてるのかよ。選挙で負けるから」

 誰かが言った一言が的を射ていたらしく、役人は黙り込んでしまう。


「ふざけんなよ、そんなの冗談じゃねえぞ?」

「総理が片田のままだったら困るでしょうがっ」

「国民の権利を奪う気かよっ」

「真実の党に入れさせてよ!」

 みんながワッと詰め寄り、役人たちはタジタジとなる。


*****************


「簡単には屈さないと思ったけど……まさか、投票を中止するとは」

 岳人は苦笑する。

 ここは首相官邸のすぐ近くにある高級マンションだ。1年前から岳人はここを拠点にして、片田たちの行動を見張っていた。

「それで、どうする?」


「抗議するしかないでしょうね、官邸前で」

 美晴はまったく動じていない。

「あれ以来、デモは行われてないんでしょ? 15年ぶりのデモってことになるのかしらね」


 岳人は、「やつらは君を逮捕しようって手ぐすねを引いて待ってるんじゃないの?」と、心配そうに言う。

「美晴さんがつかまらないよう、僕が全力で守ります」

 リモートでやりとりしていた陸が、力強く言い切る。

「僕も母さんも、最初からそのつもりで、覚悟はできてます」


「いいねえ。若者は勢いがあって」

「昔は、はにかみ屋で、私と話すときは顔を真っ赤にしてたのにねえ」

 岳人と美晴が軽く茶化すと、陸は「そういうの、やめてくださいよ」と照れた。

「陸は美晴さんが初恋の人だったのよね」

「母さんっ、余計なこと言わないで!」

 千鶴が横から顔をのぞかせると、陸は慌てて押し戻す。


「おーい、私も行くよお」

 ゆずも手を挙げる。

 5台のパソコンの大画面には真実の党の候補者全員の顔が映し出されている。

 候補者は次々と、「私も行きます!」「僕は北海道だから、行くのが遅れるけど」と、参加を表明する。


「ありがとう。それじゃ、最後の闘いに行きますか」

「うおー!」「よーし!」「行こう行こう!」

 みんな思い思いに叫ぶ。


「岳人さんはここで全体を見ていてください。危なくなったら、またドローンで助けてくださいね」

「了解」


*****************


 裕と笑里は眠れない夜を過ごした。

 思いつく限りの場所を探したが、アミは見つからない。ジンも一緒に探してくれていたが、ゴミ捨て場の住人を茨城まで迎えに行くために、朝方、東京を出た。


「やっぱり警察に届けたほうがいいんじゃないかしら」

「警察も何もしてくれないだろう。片田が手を回してるだろうし」

「それじゃ、どうすればいいの?」


 裕と笑里が憔悴しきっていると、玄関のベルが鳴った。二人は思わず顔を見合わせる。

「もしかして」

「アミが帰って来た?」

 小走りで玄関に向かい、ドアを開けると、門のところに外国人の女性が立っている。二人はあからさまにガッカリしてしまった。


「ハイ、なんでしょう」

 裕が門まで出ると、「ハーイ、あなたはユタカ、サイオンジ?」とカタコトの日本語で話しかけられた。女性はサングラスを取る。

「あっ、あなたは……アリソン・ルイス?」

「そうよ。スティーブから伝言を頼まれたの」

 アリソンはニッコリ笑う。


「レイナとトムは、私と一緒にクルーズ船に乗って、無事に横浜に着いたから。レイナは予定通り、ライブに出るって伝えてくれって」

「そうですか……」

 裕は心から安堵のため息をついた。


「笑里、来てくれ!」

 手招きすると笑里も門のところに出て来て、「あら、歌手のアリソン?」と驚く。 

 裕が簡単に説明すると、「あなたがレイナを助けてくれたんですか。感謝の言葉もありません」と、握手した。


「いいの。悪者の目を欺くなんて、面白いもの。私も楽しませてもらったわ」

 アリソンは茶目っ気たっぷりの笑みを浮かべる。

「電話やメールだとあいつらに気づかれるから、私が直接メッセージを伝えに来たの」

「そこまで考えてくれて、本当に、本当にありがとう」

 裕は深々と頭を下げる。


「いいの。今度、レイナには私のライブに出てもらうから。今夜のライブ、私も観に行くわね。楽しみにしてるから!」

 アリソンは手を振りながら、黒塗りの車に軽やかに乗り込むと、去って行った。


「これは、いいニュースだな」

「そうね。レイナちゃんにやっと会える」

 笑里はもう涙ぐんでいる。

「とにかく、私たちは会場に行こう。芳野さんにここでアミを待っててもらえるよう、頼んでみる」

 裕の表情も明るくなっていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る