小さなうねり

 片田の選対本部は、まるでお葬式のように打ち沈んでいた。

 国営放送が行った世論調査で、民自党の支持率は21%だった。そして、2番目に位置したのは真実の党で19%。ほかの野党を抜いたのだ。

「支持政党なしが50%だけど……この層が真実の党に流れたら……」

 誰かがポツリと言うと、「それ以上は言うな!」と三橋が制する。


「テレビで党首討論をしたらどうですか? そこに影山が現れたら、逮捕するってことで」

 スタッフがおずおずと提案する。

「そんなことをしたら、余計に同情を買うじゃないか。悲劇のヒロインとして、注目を集めるだけだ」

「でも、これ以上、真実の党を無視してるわけにはいかないんじゃ……」

「何かないのか、あいつらが不利になるようなことは」


 みんな、口々に意見を言うが、解決策を思いつかない。

「今回は期日前投票が多いって聞いたんですけど、まさか、みんな真実の党に」

 三橋が睨むと、そのスタッフは口をつぐんだ。

「こうなったら、最後の手段しかないな」

 三橋は大げさにため息をつく。

「投票をいじるしかない」


*****************


「えっ、どういうことですか?」

 区役所のロビーに声が響き渡る。

 ロビーの奥に設置された期日前投票のブースで、女性3人が戸惑ったように顔を見合わせている。


「ですので、期日前投票は、事前に決められた人しかできないことになりまして」

 職員が申し訳なさそうに言う。

「事前に決められたって?」

「えー、事前に期日前投票をしたいと申し込んで、審査を受けて認められた人ってことです」


「は? そんな話、聞いたことないですよ」

「投票するのに審査がいるなんて、どういうことですか?」

「とにかく、とにかく、国からそういう通達がありまして」


「日曜は仕事が入っていて、投票に行けないんです。だから、今日、わざわざ投票に来たんですけど」

「申し訳ないんですが、投票日にもう一度来ていただくか、事前の審査に申し込んでいただくしか……」


「事前の審査って、どこで申し込むんですか?」

「えー、それが、まだ決まってなくて」

「はい?」

「本日、国から通達があったばかりで、これから対処するところなんです」

 3人は絶句した。

「本当に、申し訳ないです」

 職員は額に汗を浮かべて、何度も謝る。


*****************


 その日の朝も、新橋の駅前はオフィスに向かうビジネスマンやOLが足早に行き交っていた。

 ふいに、「皆さん、おはようございます!」と声が響き渡る。

 20代ぐらいの男性が5人、ロータリーに緊張した面持ちで立っている。そのうちの一人がマイクを握っていた。


「なんだ、選挙の演説か? って思った人もいるかもしれません。僕らは、立候補してません。それに、20代だから選挙権もない。今日は、40代以上の皆さんにお願いがあって来ました」

 いぶかしげな視線を投げかけて、通行人は通り過ぎる。


「どうか、真実の党に投票してください! 本当なら僕らが投票したい。でも、僕らにはそれができません。だから、皆さんに投票をお願いするしかないんです。僕らはっ」

 その青年は、そこで言葉を詰まらせた。代わりに隣に立っていた青年がマイクを受け取る。


「僕らは、5人で一緒に暮らしてます。8畳のワンルームで。バイトの給料が安すぎて、そうするしかないんです。僕らはずっと、貧しいのは自己責任だって言われ続けてきました。でも、どんなに勉強で頑張っても、大学どころか高校に行くお金を親が出せなかったんです。親は二人とも、朝から晩まで働き詰めで、それでもいつも生活はカツカツでした。お金を貯めることすらできない。ボロボロの風呂なしアパートに住んで、三食を食べれないときもあって……給食が唯一の命綱でした。親はずっと、ごめんねって、苦労させてばかりでごめんねって、謝ってばかりで……命を絶ちました。二人で。借金だけが残って、僕は今もそれを返してます」


 いつの間にか、足を止めて青年の話に聞き入る人が増えて来た。


「ここにいる5人はみんな、育った場所は違くても、境遇は似ています。みんなそれぞれ苦労してる。自己責任って何ですか? たまたま、お金持ちの家に生まれたら、大学も通えて、いい会社で正社員になれて、お金に困ることもなくて。そんなの自己責任って言えるんですか? 昔の日本は、貧乏な人にもチャンスはあったって聞きました。そんな世の中にしたいって思うのは、おかしいですか? そのためには政治を変えるしかない。真実の党に投票するしか」


「おいっ、何やってるんだ!」

 警官が数人駆けて来た。

 若者は「まずい」という顔になり、「皆さん、真実の党に入れてください!」と叫ぶと、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


 そのころ、全国で同じように若者が真実の党に投票するようにお願いするムーブメントが起きていた。街角でゲリラ的に投票を呼びかけると、あっという間に姿を消してしまう。

 官邸は全国の警察に取り締まるように通達を出したが、あちこちで演説しているので、とても手が回らない。


「おいっ、何とかしろ!」

 片田は側近を怒鳴り散らしてばかりいた。

「若者を止めるのは難しいので、40代以上の有権者に民自党に入れるように仕向けるしかないと思います」

 三橋はやつれた表情で進言する。次から次へと予想外のことが起きるので、最近はまともに寝ていないのだ。


「そのために、多少強引な方法を取るしかないですが」

「いいよ、何でもいいから、できることはやりなさいよ」

 片田は投げやりな感じで言う。

「はい……」

 三橋は力なく答えた。


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