君を待っているよ。

「お医者さんは、精神的なショックで、一時的に声が出なくなったんだろうと言っています」

 裕の言葉に、スティーブは悲しげにため息をつく。

「まったく、クレイジーな話だ。片田ってやつは、とんでもない悪党だな」


 ここは羽田空港だ。窓の外にはスティーブのプライベートジェットが見える。

 レイナは今、光を失った瞳で、呆けたように座っている。その膝の上には、ガラスの箱。タクマからもらったバレッタが入っている。

 アミとトムはぴったりとレイナに寄り添っていた。


「レイナをよろしくお願いします」

 笑里は泣き続けたせいで目がすっかり腫れている。

 裕と笑里は話し合い、しばらくレイナをスティーブに預かってもらうことにしたのだ。日本から離れたほうが心の傷は癒えるんじゃないかと意見が一致した。


 レイナは、メモに何やら書いている。話せなくなってから、筆談でやりとりすることになった。

 裕に差し出したメモを見ると、「ライブ」とつたない字で書いてあった。

「誕生日のライブのことかな?」

 レイナはコクンとする。


「心配しなくても、ライブの準備は進めておくよ。ゴミ捨て場の人たちに来てもらえるよう、バスも手配しておくから」

 レイナは泣きそうな顔になった。裕は腰を落として、レイナと目線を合わせる。


「大丈夫だ。レイナがゴミ捨て場で歌うことも、住んでる人たちと交流するのも、悪いことでも何でもないよ。だから、ひるむ必要はない。堂々とライブをやろう」


 レイナは「いいの?」という顔になる。

「ああ。みんなに歌を聞いてもらいたいんだろう?」

 レイナは何度も強くうなずく。

「じゃあ、ライブをやろう。何が起きても。だから、それまでにゆっくり休んで、声を取り戻してほしい」


「レイナ、全然しゃべれないの?」

 トムは戸惑っている。

「ああ、今はね。でも、少しずつしゃべれるようになるんじゃないかな」

「アメリカでも医者に診てもらうよ。オレの主治医は優秀だからな」

 スティーブがトムの頭をポンポンと叩く。


「声が出るようになったら、アルバムのレコーディングもしようか」

「そうですね、アメリカで録音したほうがいいかもしれない。それについては、レイナの様子を見て相談させてください」

「OK」


 スティーブはレイナの荷物を持ち上げる。

「さあ、それじゃ、そろそろ行こうか」

 アミはレイナに抱きついた。

「あー……」

 アミはべそをかいている。レイナは「ご・め・ん・ね」と口を動かす。


「アミちゃんは、私たちがしっかり面倒見るから、心配しないで」

 笑里もレイナを抱きしめる。

「私たちは、いつでもあなたと一緒よ。離れていても一緒にいるからね」

 レイナは、「分かってる」と答えるように、ギュッと抱きしめ返す。


「それじゃあねえ」

 トムは元気よく手を振りながら、レイナは何度も振り返りながら、スティーブと共に搭乗口に消えた。

「元気でねえ」

「待ってるからな!」

「レイ……ナ!」

 裕たち三人は、いつまでも手を振る。


「ライブまでに、声を取り戻せるかしら」

 笑里がポツリと言う。

「ああ。信じて待つしかない。レイナの奇跡の力を」

 誕生日のライブは、一か月後に迫っていた。


*****************


「あ、今月、選挙だっけ」

 公民館の前にある選挙用のポスターの掲示板を見て、その中年夫婦は立ち止まった。


「選挙って言ってもねえ。民自党が勝つだろうし」

「ねえ。野党は相変わらずパッとしないし。選挙に行っても行かなくても、同じよね」

 すでに民自党や野党の候補者のポスターがポツポツと貼ってある。

「あら、こんな党、あったかしら。初めて見た」

 婦人が真ん中に貼ってあるポスターを指さす。


「何て党?」

「真実の党、だって。影山、美晴……?」

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