ステージ、ステージ、ステージ!

 レイナのもとに、夏の終わりに行われる野外フェスティバルに出場しないかという誘いが舞い込んだ。

 国内外から大御所や新人のミュージシャンが集まるフェスティバルで、3日間にわたって行われる。


「僕はレイナさんの大ファンなんです! アルバムを出したときに、絶対にラブロック・フェスに出演してもらおうって思ってたんです!」


 ディレクターは熱っぽく語る。今年は20周年でとくに大物アーティストが参加するのだと言う。スティーブも参加すると聞いて、レイナは一も二もなく、「やりたい!」と即決した。


 レイナはるりりんとの騒動から、「自分が行ったら、また迷惑をかけるかも」と、ゴミ捨て場でのコンサートを控えていた。

「早くみんなの前で歌いたい!」

 久しぶりにレイナの心からの笑顔を見て、裕は安堵する。


 レイナはロックフェスに初参加だが、メインステージで初日のトリを務めることになった。

「ハイ、スティーブ!」

 レイナはスカイプでスティーブにロックフェスのことを報告した。トムがスティーブの後ろから顔を出す。

「ユーチューバーに変なことされて、大変だったんでしょ? 大丈夫?」

 ゆりりんとの騒動はアメリカにも伝わっているらしい。

「うん。あの人の動画が本当じゃなかったって分かって、普通に戻ったよ」

 レイナは何ともなかったように答えているが、レイナが深く傷ついて取り乱していた様子を間近で見ていた裕は複雑な気分だ。


「スティーブは最終日の最後に歌うんでしょ?」

「ああ。でも、レイナが出るなら、初日も見に行くよ」

「ホントに!?」

「レイナと一緒に一曲歌うのもアリだな」

「それなら、『RUN  RUN  RUN』を歌いたい!」

「いいね! 最っ高に盛り上がるぞ!」

 スティーブは『RUN  RUN  RUN』を軽く歌う。レイナもすかさず合わせて歌う。トムが踊りだして、アミも手拍子をする。

 久しぶりに、にぎやかな時を過ごした。

 

 

 ラブ・ロックフェス本番前日。

 レイナは会場に来て、打ち合わせやリハーサルをした。

 メインステージは、4万人は入ると言う。アルミ製のパイプで組まれたステージの両脇には、大きな液晶パネルが設置されている。

 レイナは、今はまだ芝生が広がっているだけの空間に向かって、本番と同じように歌う。


「やっぱり、外で歌うの、気持ちいい!」

 レイナはご機嫌で、どこまでもどこまでも声が伸びる。

「すごい、すごい迫力だ!」

 ディレクターは興奮している。


「マイクなしでもいけるんじゃないですか?」

「そうですね、レイナは武道館でマイクなしで歌ったぐらいですから。ただ、野外だと音が飛んでしまうので、やはりマイクを使ったほうがいいでしょうね」

 裕の言葉に、ディレクターはうんうんとうなずく。

「マイクを通したら、なおさら迫力が伝わるような感じですしね。明日は、盛り上がりますよ~!」


 バックバンドやコーラスは、ツアーを一緒に回ったメンバーなので、気心が知れている。

 レイナは久しぶりに大勢の観客の前で歌えることで、気分が高揚していた。

「早く、明日にならないかな」

 まるで遠足の前日の子供のように、レイナははしゃいでいた。



 本番の日は、ロックフェスの様子を知るために、レイナと裕はステージを見て回ることにした。アミは夏休みの登校日なので、午前中は学校に出て、本番までに笑里と一緒に来ることになっている。

 ステージは全部で5つあり、山の中に点在している。

 森を歩いてステージに向かっていると、「うそ、もしかして、レイナ!?」と、すれ違った人たちが気づいた。

 レイナが「こんにちは!」と挨拶すると、たちまち黄色い歓声が上がる。


「うそおっ、レイナ、かわいい~」

「握手してっ」

「一緒に写真撮っていいですか?」

 他の通りすがりの人も気づいて、あっという間に取り囲まれる。

 レイナは快く写真撮影やサインに応じた。

「今日のステージ、絶対観に行くから!」

「レイナ、頑張って!」

 声援を受けて、「ありがとう!」とレイナは手を振る。


 みんなが去った後、離れたところにいた10代の女の子二人が、レイナに近寄る。

「あの、あの、サ、サインもらえますか?」

「もちろん!」

 レイナが答えると、二人は顔を輝かせる。リュックを探って、レイナのCDを取り出した。

 そのリュックがボロボロなことにレイナは気づいた。見ると、二人はずいぶん着古した服を着ている。スニーカーも今にも穴が開きそうだ。


「一生懸命バイトして、チケットを買ったんです!」

「レイナちゃんに会えるのが楽しみで、昨日はよく眠れなくて」

「レイナちゃんの歌を聞いてると、元気が出るんです。明日も頑張って働こうって思えて」

「私、毎日、何十回も『小さな勇気の唄』を聞いてるんです」

 二人は興奮しながら、代わる代わるに話す。


 レイナは丁寧にサインを書く。裕にスリーショットの写真を撮ってもらい、握手をした。二人のその手はガサガサに荒れていた。

 レイナはその手を知っている。懸命に働いている者の手だ。

 レイナは「ありがとう」と両手でやさしく包み込んだ。

 二人は感激のあまり、涙を流している。


「頑張ってチケットを買ってよかった……!」

「ライブ、楽しみにしてます」

 二人は何度もお礼を言い、手を振りながら去って行った。


「あの子たちも、貧しい暮らしをしてるのかな」

「たぶんそうだろうね。ああいう子にとってレイナは希望の星だから、一生懸命お金を貯めて来たんだと思うよ」

「そっか。じゃあ、あの子たちが元気になるように、せいいっぱい歌わなきゃ」

「ああ、そうだね」

 裕は愛情のこもったまなざしでレイナの横顔を見つめる。


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