想いは届かない

 ジンがマイクロバスを2台調達して、ジンと森口が運転してトラブルが起きたゴミ捨て場に向かうことになった。

 ゴミ捨て場にはゴミを積んだトラックが忙しそうに行き来し、轟音が響き渡っている。既にバラック小屋はすべて撤去されているとのことで、中に入ることは作業員たちに拒まれた。


「私たちも、ホントはここまでしたくはなかったんだけど……これだけ大騒ぎになったら、役所の言うことに従うしかなくて」

 ゴミ捨て場の責任者は女性だった。


「レイナちゃんの歌は私たちも大好きだし、ここに来てたって聞いて、ホントに悔しくって。休みの日に来ちゃうなんてって、みんなでブーブー言ってたんですよ。ねえ」

 女性が同意を求めると、まわりの作業員も笑ってうなずいた。


「だから、しばらくはゴミ捨て場に住むことは難しいと思います。たぶん、オリンピックが終わるまでは。ここにいた人たちは、みんな近くの河原や橋の下に移ってます。私たちも廃材を運ぶのを手伝ったんだけど、いつまでそこにいられるのか……別の場所に移れるなら、そのほうがいいでしょうね」


 裕は女性の話を聞きながら、感心していた。

「失礼ですが、どこのゴミ捨て場でも、作業員の方はゴミ捨て場の住人を疎んじていました。あなたのような方は珍しい。僕は話を聞きながら、感動しました」

 レイナも大きくうなずく。

 女性ははにかむ。


「そんな……私たちだって、いつゴミ捨て場の住人になるか分からないですから。私の周りでも、仕事がなくてホームレスになった人は大勢いるんです。明日は我が身だって考えたら、笑ってなんかいられませんよ。それと、ゴミ捨て場のみんなに、あのユーチューバーの動画を見せたら、こんなのインチキだって怒ってましたよ。レイナちゃんたちはこんなことを言ってないって。だから、みんなは分かってますよ」


「ありがとう!」

 レイナが手を差し伸べると、女性は驚いたような顔をしてから、おずおずと手を握る。

「レイナちゃん、頑張ってね。応援してるから」

「うん!」

 レイナは作業員たちに求められるまま、一緒に写真を撮ったりサインをしたりした。



 教えられた通り、河原に行くと、いくつかテントが立っている。ちょうど小屋を建てている人もいた。

 レイナの姿を見ると、みな作業の手を止めた。


「みんながゴミ捨て場を追い出されたって、テレビで見たの。それでね、私が住んでたゴミ捨て場の人たちは、今、私の家の近くの団地に住んでるの。そこなら部屋があいてるから、みんなも住むことができるんだよ。迎えに来たから、一緒に行かない?」


 レイナの言葉に、みな戸惑いながら顔を見回す。

「団地に住むって言われても……」

「そんなお金、ないし」

「お金はいりません。レイナのコンサートの収益で団地を買い上げたので、無料で住めます」

「そう言われてもねえ。いきなり東京に引っ越すのもねえ……」


「でも、ここで住むのは大変でしょ? 河原だと、大雨が降って川が溢れたら、流されちゃうし。蚊がいっぱい出るし」

「また役所の人間が来て、立ち退きを迫られるかもしれませんし」

 レイナと裕で交互に説得するが、みな浮かない顔をしている。


 やがて、最年長の男性が口を開く。

「レイナちゃん、心配してくれるのはありがたいんだけど……オレは、レイナちゃんとは距離を置きたい」

「え?」


「今回のことは、レイナちゃんは全然悪くないって分かってるよ。むしろ被害者だ。だけど、レイナちゃんの近くにいたら、きっとまた巻き込まれるって思う。オレは、もめごとはごめんだ。穏やかに静かに暮らしたいんだ。オレの望みはそれだけなんだ」

 レイナは何も返せない。

 他の住人も、乗り気ではないのは顔を見れば分かる。


「レイナは、みなさんを元気づけたくて歌いに来ただけです」

 裕の言葉に、「それは分かってるよ。レイナちゃんは俺たちのことを思ってしただけだって分かってる。ただ、それをよく思ってないやつらがいるんだろ?」と男は返す。


「それが誰か分かんないけどさ。オレはもう、そういう面倒なことには巻き込まれたくないんだ。悪いけど」

 レイナはみるみるしぼんでいく。


「私は行こうかな」

 女性が一人、手を挙げる。

「レイナちゃんが言うように、ここにいても、危ないだけだし。ちゃんとしたところに住めるなら、ありがたいし」

「ああ、女性は行ったほうがいいかもしれない。子供がいるところも。かっちゃんはどこに行った?」

「探してくる」


 結局、レイナたちと一緒に行くことを選んだのは7人だけだった。

「せっかく来てくれたのに、申し訳ない」

 さっきの男性が代表して頭を下げる。

「ううん、私のせいでこんなことになっちゃって……ごめんなさい」

「いやいや、レイナちゃんは悪くないよ」


「あのさあ、あんたら、情けなくないか?」

 ずっと黙って聞いていたジンが、おもむろに口を開く。

「今、あんたらがこういう生活送ってるのは、あんたらがそうやって、おとなしく言うことを聞く生き方をずっと選んできたからじゃねえのか? いろんなところで理不尽なことを強いられて、でも抵抗しないでさ、黙って泣き寝入りしてきたから、こうなったんだろ? 一生そうやって生きてくつもりか?」


 ジンの言葉に、住人たちはみな黙り込む。

「レイナはみんなにチャンスをくれようとしてんだよ。それも、きっと、最後のチャンスだ。それなのに、ここで生きるほうを選ぶなんて、あんたら、負け犬根性がとことんしみついてんだな。レイナよりはるかに長く生きてきた大人が、それで恥ずかしくないか? レイナはちゃんと街で戦ってんだぞ?」


「そんなことを言われても……」

 リーダー格の男が言葉に詰まると、

「そもそもレイナちゃんがここに来たから、こんなことになってるんじゃないか」

 と、別の中年男性が抗議した。


「今回のことはそうかもしれない。だけど、今までゴミ捨て場から排除されそうになったことないのか? オレは何回もそんな目にあったけど」

「そりゃあるけど」


「オレたちを排除したがってるやつらは、いつも同じだよ。今回もレイナを利用して排除しようとしてるだけだ。それなのにレイナがすべて悪いって思ってるようじゃ、あいつらの思う壺だよ。あいつらに洗脳されちまってんだよ」

 みな俯いてしまい、答えられない。


「これから何があっても、レイナを恨むなよ。レイナは助けようとしたんだからな」

 ジンは踵を返すと、「行こう、森口のおっちゃんが待ってるぞ」と土手を登って行った。

「レイナ、行こう」

 裕がレイナの肩を抱く。

 レイナたちの後を、東京行きを選んだ住人がついていく。

 

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